Vamp! V 〜第11楽章〜
まだ銃口からは硝煙が立ち上っている。
そしてそれは確実にラウに向かって、2発目の警告を雄弁に語っていた。
慌ててラウは意識のないラクスを胸元まで引きずり上げ、見せつける。
「貴様っ…この娘がどうなってもいいというのか!?」
「それがどうした。」
ラウの表情が慄きひきつる。
銃口を向けたまま、アスランは淡々と言い放った。
「俺が大事なのは、俺の歌姫だけだ。お前とSFがどうなろうと、俺の知ったことではない。…寧ろ邪魔なライバルが減って清々するだけだ。」
返ってきたのは、あまりにも無表情で冷酷な一言。
そして更に2発目のトリガーを引くアスラン。
ラウの銀仮面の内側から、冷や汗が伝う。
この硝煙のにおいに混じった独特の香り…奴が撃ったのはただの弾丸ではない―――銀の弾丸だ。
これを撃ち込まれれば、いかな吸血鬼であったとしても、ダメージは計り知れない。
いや…仮に普通の弾丸であっても、2発目を確実に体に入れれば、その隙にラクスを奪い返すこともできるだろう。
しかし―――こいつはラクス・クラインの命など、どうとも思っていない。ということは今度は確実に私の命を狙いに来るか…
「ちっ!」
形勢はいつの間にか逆転していた。慌ててラウはラクスを抱きかかえると、一目散に地下から階段を駆け上がる。
「待てっ!」
キラが散乱した調度品を飛び越え、ラウの後を追う。しかし逃走経路も確保していたのだろう。キラが事務所のドアから駆け出た時、既にラウの車はテールランプの残像だけを残し、走り去っていた。
「くそっ!」
<バン!>と壁を叩いた握りこぶしから血が滲む。だが痛みはちっとも感じない。痛みは心に次々と突き刺さっていく。
ラクスを…最愛の人を奪われた痛みが…
キラは踵を返すと、地下の部屋に戻った。
部屋では心配げにカガリがアレックスの様子をうかがっている。
それを見つめるキラの瞳は、怒りに滲んでいる。
(アレックス・ディノ…先ほど自分たちを「救いたい」と言っておきながら、同じ口であんなことを言うなんて―――!)
「アレックス、君っていう人は―――」
今まさに殴り掛からんとするキラを、鋭い視線が止めた。
「違う!アスランはそんなことをいうやつじゃない!」
真っ直ぐな金の光。カガリがキラをけん制している。すると
「…う…」
うめき声と共に、ぎこちなく体を動かすアスランを、カガリが慌てて支える。
アスランは右肩を押さえながら、力ない視線をキラに向けた。
「…すまない…できれば彼に当てたかったが…この肩と腕では無理があった…」
そう言いながら、右手の銃がコトンと床に落ちる。
「アスラン!」
カガリが彼の上体をギュッと抱きかかえた。
それを見てキラはようやく悟る。
(そうか…僕との戦いのダメージのせいで…)
手傷を負っていたアスラン。彼はただの人間だ。怪我の回復は自分たちからすれば非常に遅い。その怪我では腕を上げるのもやっとだったのだろう。これでは的確な射撃は不可能だ。
「大丈夫だ、アスラン。ありがとう…私たちを助けるために…」
カガリの瞳から大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちている。
確かにあの状況では、キラとカガリ、どちらかがどちらかを殺すまでラウの手中で運命が躍らされていただろう。それを土壇場で逆転させたのはアスランだった。
銃を構えるのもぎりぎりだっただろう。それでもラウを警戒させ、更に表情まで変えずに彼に恐怖を与えたのだ。既に2発目は撃てない。それを知りつつ迫真の演技でラウを追い詰めた。
「…敵を騙すには、まず味方から、というだろう?…でもカガリもなかなかの演技だったよ。」
カガリの腕の中で、アスランがうっすらと笑む。カガリも涙を乱暴にぬぐい、笑顔を見せた。
キラは二人を見てようやくすべてを悟った。
―――この二人は知っていた。お互いがどんな行動をとるのかも…
カガリはまるでキラに追い込まれるようにして見せ、ラウの視線をキラとカガリに集中させ、アスランが撃つ隙を誘ったのだ。
アスランが、この状況を打開してくれることを信じて…
そしてその祈りは届いていた。
あれだけの怪我を負いながら、照準を合わせるには時間が必要だ。その時間をカガリが稼ぎ、アスランは何とか銃口をラクスに危険が及ばない範囲で固定させ、発射させたのだ。
言葉にしなくても、互いがどう思うか、どう動くか、心の底から信頼し合っているからこそ、互いの命を懸けた計らいができる。
それが…眩しくって羨ましい。
自分とラクスは、どうだろう。この二人のようになれるだろうか…?
「でも、ラクスは…」
今は、敵の手中。普段のキラだったら、ラウの車に追いつくだけの力はある。だが、自身もカガリとの戦いで、まだ回復しきれていなかったのだ。
目を伏せ、溢れてくる悲しみに耐えるキラ。すると
「大丈夫。まだ勝算はあるさ…」
そう言ったのは、アスランだった。
***
「どうだ、見つかったか!?」
警視庁特別捜査室と書かれた会議室の真ん中で、イザークは解決への糸口の発見の高揚感と、まだ見つからぬそれに苛立たしさが、綯い交ぜになった渦中にいた。
「ま、急かしてもしゃーないって。そっちは情報のプロに任せるとして…俺たちの最大の難問はこれからだぞ。仮に見つかったとして、家宅捜索への許可が裁判所から降りるかどうかだ。」
飄々とした中に、一滴の冷たい現実を投じるようにして、ディアッカの口調が厳しくなる。
「あぁ、わかっている…何しろ物証がないからな。証拠固めできる材料がなければ、逮捕状さえ取れん。」
イザークが珍しく煙草をくわえた。さりげなくディアッカがライターを差し出す。
イザークが窓際に来て、窓の外に煙を吐きつつ夜空を眺めた。
唯一の手掛かりとなった『プリオン』
それが被疑者の自宅や近辺から見つかれば、それを証拠に逮捕状が取れる
しかし、大きな問題なのは、それが研究機関…たとえば国家規模のものだったとしたら
上から揉み消される可能性もある
更に、警察の動きを事前に察知されて、証拠隠滅を図れば、証拠不十分となり起訴すらできない
だが問題のタンパク質とそれを注入したと思われる注射針
それが取れれば、今度こそ犯人を追いつめることができる
一本吸いきらないうちに、イザークは灰皿の底に煙草の火を押し付けた。
と、そこへ廊下からひた走りに走ってくる足音が近づいてくる。
この足音は―――シンか。
<バタン!>
扉の開く音と同時に、シンが肩で息を切らしながら、イザークを凝視している。
「見つかったか!?」
イザークの懸命の叫びに、シンは息が切れて言葉が出ない。
代わりに―――
<グイ!>
親指を立てて見せた。
「やったな!」
ディアッカが思わずイザークの肩を思いっきり強く叩いた。
「よし!全員に招集をかけろ!」
普段ならディアッカに説教するところだが、高揚したイザークには痛みなど微塵も感じなかった。
会議室に関係者全員が集まった。
「見つかったのは国内外におけるタンパク質研究を中心とした論文からです。」
ニコルがスクリーンにそれを映しだした。
「特に国内の大学・病院・製薬会社等、各研究機関で集めた中に、こんなものがあったのです。」
暗転した室内に、スクリーンに映し出されたその文字だけが白く浮かび上がっていた。
「『Eradication
in the life expectancy by eternal restoration-ization of a telomere by fitness
protein.』…訳せば『適合タンパクによるテロメアの永久修復化による生命寿命の根絶』って…なんだそりゃ?」
さっぱりわからずイザークが首をかしげる。見渡せばディアッカも両手を挙げ「お手上げ」と言わんばかりに首を振っている。
そこにレイがさりげなく解説を加えた。
「簡単に言えば、細胞が寿命を迎える…つまりテロメアの長さによりますが、そのテロメアを永遠に再生させ、老いと寿命をなくすためのタンパク質を研究した論文です。」
皆が顔を見合わせ、ざわつく。
要するに…永遠の寿命の研究をしていた、ということだ。
「そんなもん、あったらみんな飛びつくにきまってるじゃないですか!」
シンが思わず声を上げる。
「そうですよ。それこそノーベル賞もの、というか・・・誰だって注目するはずです。」
ルナマリアも負けじと感嘆する。
「ですが、当然ニュースにもなっていない、ということは…みなさん、おわかりでしょね?」
ニコルの落ち着いた声が、周りの雑音を一掃した。
「…そうです。「成功していない」。それどころか、全くの愚問として、学界から葬り去られている論文だったのです。」
「よく見つけたな〜そんなもん。」
ディアッカが頭をかきながら賞賛する。
「えぇ、ですがある意味「認められている論文」というものは、既に実用化に向けて動き出しているために、オープンな話題となっています。研究するためにはスポンサーが必要ですからね。でも、今回の事件のあのタンパク質。『プリオン』に類似したもの。この研究を行っている機関は数が少なく、併せて正体が明らかになっているものを外していけば、自ずと学界から抹消されたものとわかってきます。」
「つまりは、『消去法』でたどり着いた、と。」
「はい。」
ディアッカにニコルがニコリとして答える。
「で、その論文は何者の手によるものなんだ?」
イザークが結論を急いだ。周りも緊張が走る。
「はい。このタンパクの研究を推進している機関が唯一国内にありました。『ジェネシス製薬』という国内外にシェアを持つ製薬会社で、この論文を書いた研究員も、そこに所属していました。
名前は『アニダ・フラガ』。会長であるギルバート・デュランダルの個人的出資もあって、そこの研究所に個人主任として勤務していました。」
「『していました。』…ということは、現在そこにはいないのか?」
「いえ、『個人主任』という珍しい役職なので、興味もあって調べたのですが、普通は研究者たちがチームで研究する、その代表が主任という形ですが、このプリオン型タンパクの研究は、アニダが一人で行っていたようです。」
ニコルの説明に、イザークの目が冴える。
「だとしたら、まずは『ジェネシス製薬』が足がかりだ。」
「物的証拠はないぞ!?」
ディアッカの忠告を受け、イザークは全員に指示する。
「まずは『ジェネシス製薬』にて、その『アニダ・フラガ』なる人物の所在を掴め。そして彼の行動を尾行しチェックするチームと、彼の過去の動きを集めるチームに分ける。更に先の事件の物的証拠を上げるため、再度の現場検証並びに暴力事件の被疑者たちを再調査する!今からチームを分けるぞ!いいな!」
会議室の椅子が一斉に音を上げて、刑事たちは散らばった。
***
「カガリ…そこに放り投げた、俺のカバンを取ってくれないか。」
カガリが頷き、壁際に無造作に置かれたままのカバンを持ってきた。
「その中にラップトップが入っているから、広げてくれ。」
言われるがまま、カガリはノート型パソコンの電源を入れる。
すると
<ピ…ピ…>
暗転した画面に地図が映る。そこには赤い点が点滅を繰り返しながら地図上を移動していた。
「アスラン、これって…」
カガリが気づいたように言うと、アスランは頷いて話を引き取った。
「そう、『カガリのインカムの発信装置』だよ。」
「え、だって、これ…」
カガリは先ほど正気に戻ったときに、アスランがつけてくれたインカムを触った。
「カガリがキラに連れ去られたとき、インカムが落ちて壊れていたんだ。修理した時に、何かに使えればと思って、発信機だけ外しておいたんだ。そしてまたキラ達が君を連れて行っても、場所がわかるように、ラクスと戦っているときに、彼女の衣服にそっと忍ばせておいたんだ。彼女は必ずキラの傍にいるからね。」
「でも、すごい速さで走って行っているけど…これ、途中で切れちゃうんじゃないか?」
カガリが心配気に訴えるが、アスランは首を振った。
「いや、先ほど言っただろう? 「壊れやすい血液成分を運ぶために、奴の行動範囲はエターナルプロダクションを中心とした首都圏内と、ほぼ断定できる」、と。だから奴が最後まで気づかなければ、ラクスの監禁場所、つまり奴のアジトも判明する。場所が判れば対抗できる手段はいくつか考えられる。」
キラは息をのんだ。
「でも…場所がわかっても、もしラクスを助けに入ったとして、アイツが何も準備していないとは思えない。あいつは慎重な奴だ。もしかしたら従者を見繕って見張りにさせているかもしれないし、僕たちへの対抗手段も考えているに違いない。」
「それに関しては、もう一つ情報がある。」
アスランはキラに視線を向けると、説明を加えた。
「先ほど、俺は奴の脅しに対し、「カガリ以外はどうでもいい」と言い切った。ハッタリとはいえ、怯まず銃まで撃った相手が言った言葉だ。俺を凝視した奴の表情は読めなかったが、それでもあの慌てた様子から、俺が少なくとも君とラクス嬢の味方ではない、寧ろ敵だ、という印象が焼付いたはずだ。ならば奴が接触を求めてくる相手はキラ、君以外にはいないはず。全ては君とラウを中心とした流れで、事を運ぼうとするはずだ。だとしたら、隙は必ずそこに生まれる。」
「君は…」
キラは驚愕する。
たった数十分ほどの出来事で、これだけの計算をして、仕込まで図ってしまうとは。
アスランの明晰な頭脳と判断力に舌を巻く。
と同時に、とてつもない力と安心感が溢れ出てくる。
(カガリ、君は本当に頼りになる友人を持って、幸せだね…)
ふと自分に向けられているキラの視線に気づき、カガリがニッコリと微笑み返す。
「大丈夫だ、キラ。絶対ラクスをアイツから無事に取り戻すぞ!」
3人はその声に勇気を分け与えられたかのように、自信を持って立ち上がった。
・・・to be
Continued.