Vamp! V 〜第10楽章〜

 

 

  人間、よほどの聖人君子にでも生まれた者でもない限り、誰でも一生のうち一度くらいはこう思ったことはないだろうか。

 

  『自分は、神に選ばれた人間だ』と…

 

  気が付いた時、私は周りから私に向けられる蔑みの中にいた

  侮蔑と、憐れみとが入り混じった視線の数々

  幼い瞳には、それが氷の射てとなって打ち込まれることを純粋に見抜くことができた

  何故、私はこうも疎まれるのだろうか…

  次に気づいた時には、その視線を避けるようにして、逃げるような生活が続いていた

  私の身の回りを世話する者は、親でもなく、ましてや血の繋がりもない、たった一人の人間

  彼が世間から身を隠しながら、ひっそりと私を育てた

  

  しばらくして、いわゆる学童と呼ばれる時期が来たとき、自ずと社会への接続を余儀なくされる

  私は他者よりも勉強でもスポーツでも、抜きんでて秀でた力があった

  だがそこでも、周囲の目は侮蔑と、あるいは好奇の色を交えた偏見に塗れた

  

  何故『私』という存在は、ここまで負われなければならないのだろうか…

 

  そう思い続けたある時、私を世話していた者が病に倒れた

  ろくな医療も受けられず、日ごと衰弱し、それは子供の目から見ても明らかなほど、『死』を意識せざるを得なくなったある日、その者は言った

 

  ―――「あなた様は、人間ではありません…『吸血鬼』と『人間』の間に生まれた子」だと…

 

  そう聞かされた時、受け止める側には2種類の者がいると思う

  一つは「純粋な人間」として生まれてこられなかったことへの苦悩を抱え続ける者

  もう一つは「人知を超えた力を得た」として、その身を祝福する者

 

  私は『後者』だった

  聞いた瞬間、全身の血が沸騰するような歓喜に沸き出でた

  それ以外、何があるだろう!

  『吸血鬼』…人からは怪物と言われるもの

  だが、人よりもはるかに長い寿命!計り知れない力と英知!

  何より人をも畏怖させることのできる、その存在!

  人の命の与奪など、思いのままにさえできる―――!

  

  それを知ってから、私の目は変わった

  周囲から向けられた視線は侮蔑でも好奇でもない

  嫉妬と羨望の視線だったのだ

  私の力を恐れるがゆえに、人は群れを成して、私を蔑んで見せたのだ

  それが可笑しくて仕方がない―――!

 

  そう…私を恐れるがいい!

  

  所詮、お前たち下賤の虫けら共にはかなわぬ存在、絶対的な存在なのだ!

  この手一つで、お前たちの命など、どうにだってできる存在なのだ!

  

  私に尽くした者…『従者』とか言ったか、奴には感謝していた

  私をこうも高揚させる秘密を最後に与えてよこしたことに

  

  しばしの間、奴が死んで灰になってからも、私は君臨者になるべく、この世界に留まっていた

  類いまれなる才知によって、私は研究者となり己が力の分析にかかった

  吸血鬼の誇る永遠の寿命―――それを研究テーマに論文を書き、能力の分析を惜しまなかった

  幸い、スポンサーとして私の研究を気に入った者がおり、出資もつき、私の地位も安定した

  これでようやくこの力で、この世界を総べて見せようと―――

  

  だが…ふと気づいた

 

  ―――『吸血鬼』と『人間』の間に生まれた子…

 

  ここで一瞬の不安がよぎった

  『君臨者』となり、この世界を総べようとする私に付きまとった暗雲

  そう…混血ということは、この世界のどこかに『純血の吸血鬼』がいる、ということだ

  ともすると…混血と純血では、力に差があるのではなかろうか…?

 

  これは無下にできない問題だった

  幼き日、一番最初に見た光景…この身に受けていた侮蔑と憐みの視線は、果たして本当に『人のもの』だったのだろうか…?

  もしや…純血の者たちから受けた仕打ちであるとしたら、奴らは私の存在を知っている可能性がある

  あわよくば、その存在を抹消しようとさえ思っていたのでは

  そのために、従者は私を人目から避けるようにして、逃げていたのではなかろうか…?

 

  私は決断した

  純血と呼ばれる吸血鬼たちを見つけ出し、私よりどれほど優れているか、そしてわが存在を脅かすほどの存在か見極めようと―――

  

  だが『伝説』と呼ばれるその存在は、ようとしてこちらの世界からは見つけられないものだった

  どれだけの時がかかったであろう

  ある日、私は鏡に映るわが姿に驚愕した

  『吸血鬼は鏡に映らない』という伝承を信じるのであれば、幼き日に我が正体について疑念を持ったであろう

  だが、私の驚愕はそこではなかった

  私の顔に刻まれた、年月の証

  

―――『老い』というもの―――

  

  寿命を知らないはずの吸血鬼に、あってはならぬものが私の顔に刻まれている―――!

 

  私は焦った

  早急に純血を見つけ出す必要が生じた

  悠長になどしていられぬ

  

  そして、ようやく奴らの世界を見つけ出した

  そして…同じく絶望も見つけ出した

  

  力も 寿命も 奴ら純血には私の存在など敵わぬものである、と

  だが、まだ今なら奴らを殲滅し、私だけが生き残る世界が作れる、まだ私にはそれだけの才能と力がある!

  しかし、それも儚いものであった

  純血の中でも、最大の力を持つといわれる『王族』

  しかも奴らに男女の『双子』が生まれた、と

  兄妹の双子の純血、奴らがもし対になり、その子が誕生すれば、明らかにそれは『絶対者』となってしまう

  そうなれば、私の野望は潰えることとなるではないか!

 

  私は一計を案じた

  綿密な計画を練り、王家の者に脅威を与えた

  双子の命…一人は絶対者の誕生を阻止するために抹殺し、そして残った方を永遠の命を得るための研究材料として使わせてもらおうと

  だがここで一つの狂いが生じた

  双子のうちの一人の行方がつかめなくなったのだ

  最初は死んだと報じられたがしかし、周囲の状況、そして私自身の生い立ちから、片割れは人間界に逃がされたのだということに気づいた

  片割れの行方を探そうとしたが、まだ王家の能力を発揮していない吸血鬼を探すにしても、片割れの特徴すら知らない私には、情報がなさ過ぎた

  改めて残された片割れ―――『キラ・ヒビキ』の命を狙ったが、流石は王族、警戒も厳重であった

  だがそれ以上にキラは幼少期から王族の力に目覚め、私の力では容易に手が出せなかった


   私にしては珍しいほどに手をこまねいたまま、時だけが無情に過ぎてゆく・・・

  これでは、わが野望が潰える―――!

  となれば、残る手段はまだ王家の力に目覚めていない片割れを見つけ出すのみ

  私は王家に脅威を与え続けた 

特に生きているであろう片割れへの脅威を謳いつづけた

そうすれば、奴らは片割れを見つけ出し、保護するであろうと

 

そんなある日、成長したキラが急に従者を連れて人間界に降り立った

  その性急な動きを見て私は確信した

  片割れが見つかったのだ

 

  キラの動きを見ながら、私は先んじて片割れを手に入れようと動き出した

  ターゲットは『女』であること そして『人ならざる力を持つ』者

 

  そしてついに発見した!

  『カガリ・ユラ・アスハ』

  彼女こそが、王族の片割れだったのだ!

  

  だがここでも、私の追随を困難とする状況となっていた

  よりにもよって、人気ミュージシャンとして成功を収めていた彼女は、人の注目もさることながら、警備も厳重、おいそれと近寄れない存在となっていた

  しかも、私生活も何者かの手によって、私の英知でも踏み入れない、鉄壁な守護がなされている

  

  私の焦りに追い打ちをかけるように、キラが彼女に接触を開始した

 

  ―――もう、待っている余地はない!

 

 




「久しぶりだな、キラ・ヒビキ。…いや、今は『キラ・ヤマト』と名乗っていたのだったな。」

マスクの男―――ラウ・ル・クルーゼがラクスの首筋に注射針を当てながら、唯一見える口元に、不敵な笑みを浮かべている。

「キラ!私のことは構いません!早くカガリ様を連れてお逃げください!」

「煩いっ!」

必死に叫ぶラクスに、忌々しげにクルーゼがその頬に手を上げる。

<パシン!>

「キャッ!」

「ラクス!」

キラが必死の形相で飛び掛かろうとするが、クルーゼがラクスの首筋を見せつけるようにして牽制し、その勢いを殺される。

「くっ…!」

口元を苦しげにゆがめるキラ。

「おい!ラクスを離せ!彼女には関係のないことだろう!?」

カガリも負けじと必死に叫ぶ。

だがラウはそんな二人をあざ笑うかのように、高みから言ってのける。

「確かに。彼女はただの従者。王家に従うようにされてはいるが、元はただの人間風情。従者なぞ、殺されても替えはいくらでもきく。そうだろう?キラ。」

ラウは知っているのだ。キラとラクスがただの主と従者の関係ではない感情があるということを。

だからこそ、彼女を人質にとれば、キラは言うことを聞くと判断した。

つまりは、ここに来たのはキラを狙うためでも、カガリを狙うためでもなく、最初からラクスを人質にとることが目的だったのだ。

今のキラなら、カガリとラクス、二人を天秤にかけたら、どちらを取ろうとするか。

どちらにしてもキラが苦しむ様を、ラウは楽しんでいる。

「クックック…最強を誇る王家がこの様では。さぞかし第一始祖も第二始祖も、その情けない姿に悲しむことだろうよ。」

「クルーゼ…」

キラが苦々しくその名を呟く。

すると、ラウが懐から何かを取り出し、放り投げた。

<カツーン>

カラカラと音を立てて転がってきたのは…『杭』

「さて、キラ。愛しい彼女を救いたくば、することはわかっているだろう…?」

顎でしゃくるようにして、ラウはキラにそれを取るように指示する。

「吸血鬼の弱点の一つ…『杭で心臓を撃つ』と一瞬で灰と化すらしい。今のところ、私の実験では実証されていないが、今から公開実験だ。カガリ・ユラ・アスハの心臓をそれで打て。」

「「―――っ!?」」

キラとカガリの顔が硬直する。

「そしてその後、お前は私とともに来い。私の寿命を延ばすため、その体を構成する細胞、一つ一つに至るまで、丹念に材料として調べつくしてやる!」

「キラ!やめてください!私はどうなっても構いません!」

「お前は黙っていろ!」

ラクスの叫びはラウに打ち下ろされた掌底によって、意識を失いかき消された。

「ラクス!」

「さぁ、早くやれ!キラ・ヒビキ!」

キラの喉がゴクリと鳴る。

震える手で目の前に転がってきた杭を手に取りあげ、悲痛な紫水晶の瞳にカガリを映す。

カガリの表情も恐怖と悲しみで覆われている。

 

(勝った…これで、王家の血は途絶え、私に永遠の命を与えてくれる―――!)

 

ラウの口元が緩み、笑い声が響こうとしていた、その時だった。

 

<バンッ!>

 

その場の全員の耳をつんざくような強い音。

見ればラウの口元が、あれだけの笑みから恐怖に入れ替わっている。

マスクに隠れているが、視線は―――その首筋近く、すぐ背後の壁から硝煙が上がっている。

カガリが音の元を辿るように、視線を動かせば

 

一人彼に銃口を向ける男がいた。

 

ラウの口元が、その名を発する。

 

「『アレックス…ディノ』…」

 

翡翠の澄んだ瞳は揺らぐこともなく、真っ直ぐに銃口を向けていた。

 

 

・・・to be Continued.