Vamp! V 〜第9楽章〜

 

 

カガリは、アスランの言葉に<ポカン>と口を開けたまま固まっていた。

その表情がどこかあどけなくって、<クスリ>とアスランの笑いを誘うと、それに気づいてカガリは慌ててアスランに食って掛かる。

「何言っているんだよ、アスラン! 今さっきお前が言ったばかりじゃないか!キラの力は『理性を…吸い出す』力で、それで理性が利かなくなった人たちが欲望のままに暴れだした、って。

だからキラが吸血した人間たちが暴行犯になったんだろう!?」

納得いかない表情のカガリ。それを受け止め、アスランが諭すように話し始めた。

「確かに、キラの力は『理性を…吸い出す』力と言った。でも彼ら暴行犯はキラが吸血したから、あんなに派手に暴れだしたわけじゃない。」

一呼吸置くと、アスランは問題の核心を突いた。

「あの暴行犯の首筋に残っている、牙の痕。実はあれは―――」

 

 

 

 

 

「何ぃぃぃっ!?!?『注射痕』だっただとぉぉぉっ!?!?」

イザークの金切り声が合同捜査本部内に響きわたった。

四課の巡査たちは思わず顔をしかめて耳を塞いだ。報告に訪れた鑑識も心臓が飛び出んほどびっくりしていたが、一課の面々&ニコルは慣れっこなので、全く気にもとめず、黙々と作業を続けている。

そんな余韻の中、ようやく耳から手を外した鑑識が話を再開した。

「は、は、はい。実はあの首筋についていた『2か所の穴』。5人の暴行犯たちに共通してついていたものですが、どの犯人にも等間隔でついていたので、気にはなっていたのです。しかし何しろ調べようとするとこちらが怪我をさせられんばかりに暴れるため、先日取り押さえた、意識不明の犯人を調べられたことで、ようやく判明しました。」

鑑識は決済板につづられた報告書を捲りながら、説明を開始する。

「最初は何に噛まれたものかと思われましたが、実は傷痕から1〜1.5cmほどの深さまで、『均一な太さ』のものを刺し込まれていたことがわかりました。これはすなわち歯や牙のような『三角錐』の物体を刺し込まれたような傷痕ではできず、『先の鋭い円柱』…つまり、現存するもので最もそれに近い形態は『注射針』、その太さを『ゲージ』と呼びますが、献血などで使われる『18ゲージ』の太い注射針であると判明しました。」

「まさか…そんなところに注射痕があったとは…」

イザークも思わず絶句する。

最近の薬物は錠剤や粉剤を服用するタイプや、熱してその蒸気を吸引する形が最もポピュラーだ。人体に傷をつけないし、注射針の使いまわしで感染症にかかるリスクも少ない。

最も、未だに注射で体内注入するタイプの薬物も健在ではあるが、その場合、注射部位はほとんどは腕、あるいは腿等、四肢に行われることが殆どである。頸動脈が走る首筋など、間違えてそこに接種すれば、逆に大量出血や、あるいはショックを起こすといった、ハイリスクを起こす危険は素人でも考えられる。そんなリスクを…しかも2か所も、あえて犯す人間がどこにいるだろう。…仮に一人はそういう無謀な人間がいたとしても、5人すべてが同じリスクを冒すとは到底思えない…

「こちらも併せて報告させていただきます。」

鑑識の後ろに控えていたレイが、敬礼とともに報告書をイザークに差し出した。

「ジュール警視正のおっしゃったとおり、暴行事件にかかわらず、ここ数日の所轄内で警察が出動した諍いやトラブルの件数とその状況を調べましたところ、先の薬物中毒と似た症状の事例が12件ありました。どの加害者も家族や知人の証言では、元々は大人しい、穏やかな人柄の者たちでしたが、ある日いきなり急に興奮するようになったものの、数日でその状態は治まり、また普段と変わらぬ性格に戻ったとのことです。」

「一応調書は取っていたのか。」

「はい。被害は概ね付近の交番に届けられておりますが、そこで対処しきれずに所轄に引き渡し対象とされた者のみ、調書と念のための写真を撮っていたようです。ちなみにすべて数日で元の人格に戻ったため、被害届を撤回したり、示談などで済まされたケースが殆どです。」

イザークがレイの報告に合わせながらページをめくる。

なるほど…確かに一過性の者たちには、首筋に傷痕がない。

「また興味深い証言としまして、加害者は全員、被害を起こした時の記憶がありません。…といってもアルコールが入っていた場合も記憶が欠落することはありますので、この辺りは重要である可能性はわかりませんが…」

「いや、興味深い事実だ。」

レイに対し、イザークが深く頷く。そしてニコルも続いた。

「現在鑑識の方で、有機薬物以外に、ウイルスや菌などの検出がないか、検査の幅を広げています。もう間もなく結果が出るかと。」

「急がせろ。」

 

 

(もうすぐだ…もうすぐ何かが見える…)

 

 

イザークの氷のように澄んだ瞳の奥には、熱い炎が灯り始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

「『注射痕』…?」

カガリがキョトンと首をかしげる。

「あぁ。…もともと俺は最初から何か違和感を感じていたんだ。それを感じたのは、警察が薬物中毒暴行犯として取り押さえた5人の犯人の首筋の写真を見た時だ。」

「あ…あの、何かに噛まれたような痕っていう、あれ…」

アスランから『食事』の場所のポイントが書かれた地図に、獲物の特徴として、状況が書き足されていたのをカガリも思い出した。

 

―――「首筋の2か所に牙の痕のようなものがある」、と…

 

「そう、キラが吸血した痕なら、『その痕がいつまでも残っていること自体がおかしい』んだ。…カガリ、君は何故俺たち『Vamp』が、これだけ騒ぎになっても、警察の追及を逃れることができていると思う?」

言われて見ればそうだと思い、カガリが「う〜ん…」と腕を組んで数秒考えたのちに答える。

「それは…アスランの立てた作戦が巧妙だから、ばれないんだろ?」

「お褒めの言葉は光栄だが、俺の力量ではない。一番の理由は『君のある力』…『体質』と言った方がいいかな。」

「私の!?」

またも目をパチクリさせるカガリ。アスランはカガリとキラ、二人を見やる。

「カガリだけでなく、君たち吸血鬼は怪我の自己修復が飛びぬけて早い。出血するほどの傷であっても数十秒から数分で消失するほどだ。『Vamp』の足がつかない理由は、そこにある。君たちが吸血した人間は、確かに吸われた部分に牙の痕が残るが、それと同時に君たちの特殊体質である『自己修復力』の成分の入った体液がその牙から人間の体内に僅かながらも入る。そのために、その牙による傷痕の部分は、人間の力では及ばないほどの急激な回復を見せ、警察の手が届いた時には、牙の痕がきれいに消えている。それで証拠が残らないわけだ。」

「…そういうことか…」

カガリが頷く。

 

確かに牙痕が残っていれば、警察はすぐに歯形を取って、証拠となりうる資料としただろう。

まさか犯人が『吸血鬼』とは思いつかないだろうが、それでも捜査の手掛かりにはなり得るはずだ。相手の特徴が判れば作戦も立てやすい。そうなると『Vamp』は動きがとりづらくなるだろう。

 

二人のやり取りを聞いていたキラも、観念したように話し始めた。

「そう、僕たちの牙はある意味特殊でね。吸うだけじゃなく、注入することもできるんだ。それで傷を治すこともできる。今はそんなことはないけれど、大昔の吸血鬼にとっては、人間は「ただのエサ」としか見ていなかったからね。全ての血液が無くなるまで吸血していたこともあったらしい。だから昔の物語では、「吸血された痕が残った干からびた人間の死体が発見される」なんてのもあったけれど、それは自己回復できるのは生きた細胞がなければ意味がない。出血多量で死亡した人間にはどんなに修復能力のある体液を注いでも生き返ることも、回復もできない。だから死ぬまで吸血された人間の遺体には、牙の痕が残ったままなんだ。」

 

カガリが先ほどまで見ていた夢を思い出す。

家で見ていた、恐ろしい吸血鬼の描かれた絵本。

幼いころに見たあの凍れるような怖い絵は、キラの言った事実の状況を描いていたのだろう。

カガリは思わず身震いした。

 

「そして、君たちの体液にはもう一つ共通した能力があるね。」

アスランがキラに向き直る。

「君たちの体液には、『人間を従属させる能力』もあるんだろう?」

カガリがハッと顔を上げる。

キラは眉をひそめた。

(この男…一体どのくらいまで、僕たちのことを理解しているんだ…?)

「……」

キラの無言を肯定ととらえたアスランは、話を続けた。

「カガリの吸血した相手は、ほとんど全員が欲望を抜かれ大人しくなっていた。最初はその影響で脱力しているだけかと思っていたが、キラ…君の登場で『この能力』のことが分かったんだ。

おかしいと思ったのは、エターナルプロダクションの面々。社長のバルトフェルド氏をはじめとして、君たち『SF』二人の過去の記録は一切何もないのに、プロダクションに入れたのは、スカウトされたわけではなく、プロダクションの人たちを吸血して、君の従属下に置いたんだろう?」

キラの表情が厳しくなっていく。視線はアスランを睨んだままだ。だがアスランはそれに動じることなく続きを語った。

「そしてもう一つ。この力が及ぶのは、ある程度期間が定められている、ということだ。多分注いだ体液の量や継続した回数吸血を行うことで、従属を維持できるんだろう。一度きりの吸血では、与えた体液も僅かなら、一定期間が過ぎれば従属は解消され、元の人格に戻る。君が現れてから現在に至るまで、もし薬物中毒暴行犯5人の血液しか吸っていないなら、あまりにもそれは少なすぎる。もしかして、他にも吸血している人間が居たら、彼らは一過性で感情がむき出しになるが、それはすぐに治まり、警察沙汰であっても大きな事件性のものとしては処理されていないはずだ。」

 

「本当にすごいね、君は…」

キラは全身の力を抜かれた様に脱力して、座り込みながら呟いた。

「君の推理通りだよ。元々の従者であるラクスはともかく、僕は体液を注入する量を変えて、エターナルプロダクションのみんなには定期的に大量に吸血と注入を繰り返していたんだ。そして血液不足の部分は従属させる必要のない、見知らぬ人間の血に頼っていたんだ。僕の力が弱まれば、従属させる力も弱まるからね…だから僕に血液不足は許されないんだ。」

「でもさ、アスラン。」

カガリが問う。

「その話と『キラ達が薬物中毒事件の主犯じゃない』ってことの、どこに接点があるんだ?『牙の痕』じゃなくって『注射痕』というのが判っただけで、やっぱりキラの能力と同じ力で暴行に至ったことには変わりはないじゃないか。」

「それも織り込み済みだ」

 

アスランが核心をもって語る。いつもの事件を解決に導く、あの時の表情だ。

 

カガリの大好きな、優しくも自信にあふれたあの表情―――

 

「キラが今、言っただろう?「不足の部分は見知らぬ人間の血に頼った」と。不足を補った人間はもっといたはずなのに、5人だけ暴れだした、というのは腑に落ちない。更にその5人の事件はいずれもこのエターナルプロダクション…つまりキラとラクスの拠点のすぐそばで起きている。しかも、その5人だけ注射痕があったということは、キラではなく、「他の誰かがキラの犯行と仕向けるように意図して行われた」ということだ。歯形は一人一人違う。多分君たちもそうだ。ということは、さもキラがそうさせたと疑われるように、キラが吸血した牙の痕の上から、正確に注射針で、何らかの成分を注入することで、凶暴性だけを引き出させたに違いない。」

アスランがきっぱりと断言した。

 

「だから、キラはこの事件の真犯人ではない、ということだ。」

 

カガリもアスランの推理に力強く頷く。

カガリの感じていた感情―――キラのことがどうしても嫌いには思えなかったのは、血のつながりだけじゃない…悪人と思えなかったからだ。

その説明付できなかった感情を、今、アスランが見事に裏付けしてくれた。

それがとてつもなく嬉しい…

 

柔和になったカガリの表情を見て取って、アスランも頷くとそのままキラの傍に片膝をついて屈みこんだ。

澄んだ翡翠がキラに訴える。

「注射に含まれていた成分、君は何か、気づいているんだろう?それだけは俺にもわからない。よかったら教えてくれないか?俺は…君たちの力になりたい。」

キラがハッと顔を上げる。

 

信じられない…ここまで自分を追い詰めた男が、救いの手を差し伸べるなんて…

 

キラは戸惑いの波に飲み込まれ、うまく言葉を返せない。

「何で…?僕は君をこんなに痛めつけて、排除しようとした…あまつさえ、殺そうとまでしたのに、そんな僕に何故君は…」

「君はラクス嬢のことが好きなんだろう?」

「―――っ!!」

キラの紫水晶の瞳が見開く。

「先ほどの君の豹変ぶり…あれだけの強さを誇る君なら余裕で俺を倒せたはず。それこそ、赤子の手をひねるように。なのに君はラクス嬢が姿を見せなかったことで、最悪の事態を感じ、俺に怒りをぶつけてきた。冷静でいられなくなるほどに。ここまで感情を露わにする理由は彼女を想っているからじゃないのか。」

「……」

キラの動揺が表情に見て取れるほど明らかになっている。そんな彼を見て、カガリも屈んでキラの顔を覗き込みながら言った。

「それにな、ラクスもお前のこと、吸血して従属させたからじゃなく、心の底からキラ自身のことを好きだと思うぞ。」

「え…」

「だって、あんなに感情を出さないラクスが、最初に私たちとスタジオで出会った時、お前が私に抱きついてきたとき、慌てて注意しただろ? あれって芸能界のしきたり云々じゃなくって、私に対しての嫉妬で思わず出ちゃった言葉じゃないか? でなきゃ、あれだけお前に従順なラクスがお前に意見するなんて、絶対しないと思う。」

 

 

この二人には、何故僕とラクスのことがわかるのだろう…

出会って、そんなに時間はたっていないはず。なのに、何故僕たちの心を見抜けるの…?

 

 

狼狽するキラ。するとアスランが少々言いにくそうに呟いた。

「あの時の俺と、さっきの君は似ていたから。」

「…あの時…?」

アスランは頭をかく。

 

 

そう、カガリをキラに奪われたとき―――街を彷徨ったあの時の自分の感情そっくりだ。大事なものを奪われた者にしかわからない感情。それが今のキラに重なるのだ。

 

 

「大事な人を奪われそうになる苦しさは俺にもわかる。君たちは互いを何かから必死に守ろうとしている。でもたった二人だけの戦いよりも、すこしでも仲間がいたほうが力になるだろう? 君を助けたいんだ。無論、ラクスも。」

 

<ふわ…>

 

柔らかい何かが手に触れた。

 

カガリの手だ。

 

温かく、優しい手が、そっと自分を包み込んでくれる。

 

「わたしもアスランと同じだ。大丈夫だ。お前は私の兄なんだろう?だったら私にとってもお前たちは大事な人だ。心配するな!そんな相手をアスランは絶対傷つけたりしない!もちろん、私だってお前を守るぞ!」

「カガリ…」

 

 

何で二人はこんなにも温かいのだろう

今まで自分が気を許せたのは、従者であるラクスだけ

 

でも不思議だ

 

強引に意図的にカガリを目の前から奪おうとして、憎んでいるであろうはずのアレックス・ディノ、いや、アスランが、自分を真剣に考えてくれている。

 

 

そう思うと、キラは心の奥底にいつも沈めていた不安を二人にぶつけた。

「無理だよ…ラクスは従属させているとはいえ『人間』。生きる世界が違うんだ!どんなに想っていても、結ばれるはずがない!僕が生きている限り、彼女は僕のエサにされるんだ。そして僕を守ろうと一人ああして戦ってくれている。そんなことさせたくないのに、僕は彼女を不幸にするだけの存在なんだ!そんな彼女が僕のことを想ってくれているなんてありえない!君達だってそうだろ?お互い相容れない存在で、心から愛し合えるなんてはずは―――」

苦しみを吐き出すキラ。

だが、そんなキラの手を取っていたカガリが、片手でアスランの手を取り、二人の手を自分の手で包み込むようにして重ね合う。

 

その瞬間、キラの凍てついていた心が、溶け始めていく―――

 

 

恨みと嫌悪に囲まれて生きていた自分…ラクス以外、誰も信じられなかった自分…

そんなラクスも不幸にしてしまう存在の自分…

異種族同士は結ばれるわけがない。

住む世界も、寿命さえも違う相手を受け入れるわけないと思っていた。

 

 

でも

 

 

『アスランとカガリ』―――

 

 

この二人は異種族同士でありながらも、誰よりも互いを信頼し、心から想い合っている。

 

 

必死にアスランの名を叫んだカガリ

自分の命を顧みず、それでもカガリを救おうとしたアスラン

そして、本能に目覚めてなお、アスランのために自我を取り戻したカガリ

 

 

その二人の姿が、何よりも物語っている

 

 

どんなに引き裂こうとしても、不可能なほどの強い絆があることを――

 

 

 

(そうか…僕は最初から君たちには敵うわけなかったんだな…)

 

 

 

「ありがとう…」

キラの紫水晶の目から、熱いものが零れた。

 

そんなキラを見て、アスランとカガリは見つめ合い、微笑む。

「話してくれるか?」

アスランの再度の問いかけに、キラは目を擦りながら「うん。」と答える。

「さっきカガリには言ったけれど、僕たち王族を狙っている一族があるって言ったよね。」

「うん、さっきキラが言っていた、『王族の地位を狙っている奴』だな。」

カガリがアスランにもわかるように言葉を添える。

キラは頷いて続けた。

「その一族は、実は正統な吸血鬼ではなくって、吸血鬼と人間とのハーフ…つまり混血の一族なんだ。彼らは僕たちのような純血種じゃないから、寿命も僕たちから見れば極端に短い。そのため正直に言うと、一族の末裔はほとんど亡くなっていて、現存しているのはたった一人なんだ。」

「たった一人って…じゃぁそいつの犯行にほぼ決まりじゃないか!名前だってわかっているんだろう?だったら早く捕まえて―――」

「今の世界では吸血鬼は伝承の存在でしかない。警察にいったところで信じてもらえると思うかい?」

キラの言葉にカガリは「う…」と自身の発言を飲み込むしかない。

「しかも彼は今現在、名前も変え、人間社会に見事に溶け込み、行方をくらましている。人間界に逃げる前に僕の血をわずかに手に入れてね。だから僕の血から研究を重ねて、更に効力の強い成分を作り出し、それで人を刺して回ったんだろう。僕の吸血の後を巧妙に付いて牙の痕の上からね。」

「ということは、人目につかないところで研究をつづけたか、あるいは…」

「逆に人目についても怪しまれない場所で研究と増産を続けた…」

カガリとアスランの推理に、キラが加える。

「そう、それができる場所があるんだ。僕はカガリを見守りながら、併せてその場所も探し続けていたんだ。」

「その場所って!?」

カガリの焦る問いかけに、答えたのはアスランの方だった。

「おそらく、『大学』あるいは『製薬会社』だろう…」

 

 

 

 

 

 

「はぁ!?!?ぷ、ぷ…『プリン』!?」

「違います。『プリオン』です。」

イザークの素っ頓狂な声に、鑑識が冷静に突っ込んだ。どうやらイザークの大声には慣れたらしい。

「だ、だからその『プリオ…なんたら』とは、一体何なんだ!?」

「『プリオン』ですよ、イザーク。」

鑑識に代わって答えたのはニコルだった。

「感染能力があり、それでいて菌やウイルスのような遺伝子のないタンパク質のことですよ。人間が感染するとクロイツフェルト・ヤコブ病を起こすといわれるものです。」

「警視正も『狂牛病』という名前なら、お聞きになったこともあるのではないでしょうか。」

ニコルと鑑識の説明に、イザークの頭の中のメモ帳が勢いよく捲られる。

「あぁ、それなら聞いたことがある。確か、それに感染した牛の脳やら脊髄やらを食べると病気になるとかなんとか…」

「その通りです。」

鑑識は頷き、さらに続けた。

「正確には『プリオン』とは違いますが、今回被疑者から検出されたものは、『プリオン』と同じような、ウイルスよりも小さい病原性のタンパク質であることが判明しました。これが体内に入ると、1〜2日中に主に基底核や中脳辺縁系に取り付き、興奮ホルモンを極端に大量分泌させ、善悪の判断もつかなくなる。作用を引き起こすようです。」

「『起こすよう』というのは…まだはっきりしていないのか?」

「はい。タンパク質の一種であることは間違いないのですが、現存する成分で該当するものはありません。全く未知のものです。」

「なんだと!?じゃぁ新種ということか!?」

「おそらくは…ただ、新種のタンパクを研究している大学や製薬会社はじめ、大手企業によっては、既に未発表ながら発見、あるいは開発している可能性も。」

「海外からの持ち込みは、検疫で引っかかりますから、国内の線が有力ですね。」

鑑識に続き、ニコルも絞り込みをかける。

イザークは姿勢を正した。これで道は開けた。

「全員注目!」

その声に弾かれるように、全員の姿勢が<ピン>と伸びる。

「今から国内のタンパク質関係の研究施設を徹底的に洗え!そしてその分野に特出した研究員を調べ上げろ!」

「「「はいっ!」」」

長く続いた捜査に終止符が打たれようとしている。長いトンネルを抜け出せたような、出口に光が見えてきた高揚感に、捜査員もおのずと声が高ぶった。

 

 

 

 

 

「『大学』に『製薬会社』に…って、この世界にどれだけあると思うんだよ!?全部調べていたら、きりないじゃないか…」

なんだか呆れ混じりの声でカガリが文句を言う。するとアスランが励ますように教えた。

「大丈夫だ。数は随分と絞れるから。」

「どうやって?」

「カガリ、血液の成分って実は壊れやすいんだ。」

「壊れる!?…液体がか?」

液体が壊れるって…想像つかない。

「血液を構成している成分。つまり『血球』だね。」

カガリに代わってキラが答えた。アスランが頷く。

「そう、長い時間揺らされたり、温暖の差があったりすると、タンパク質は結構変性を起こして壊れてしまうことがあるんだ。当然輸血パックなんかはそれ専用の入れ物に入れて運ばれるし、十分大がかりな輸送も行われるが、今回の事件は組織的ではなく、単独犯であることがキラの証言から絞り込まれた。とすると、たった一人で周りにばれないよう持ち運ぶには長距離はまず難しい。航空手段は検疫もあるし気圧や温度変化もあるからこれも向かない。道路を使っての輸送は時間がかかるが、人目に付かない方法でとなると、この手段しかない。ただし長時間の運転では完全な状態を維持するのは厳しいだろう。すると、自然と距離が近いほうが有利だ。だからこのエターナルプロダクションを中心とした首都圏内と、ほぼ断定できる。そこでこうした血液…体液成分と、特に刺激する基底核や中脳辺縁系との関係を研究している機関に絞って決めればいい。」

「そうか!じゃぁ善は急げだ!早速調べて―――」

カガリが勢い込んで立ち上がる。

 

 

その時だった

 

 

「キャァッ!」

 

 

聞き覚えのある女性の悲鳴。

耳の良いキラが瞬時にその声の主を悟る。

「ラクス!?」

全員がドアの方を見たその時だった。

 

 

「探していただく必要は皆無だよ。第3始祖…いや、キラ・ヒビキ。」

 

 

ドアの向こうから聞こえた声は、低めのテノールの声。

その声の聴き覚えがあるのだろう。キラの表情が一変して厳しいものに代わる。

<ギギギ…>とドアの開く音とともに現れたのは、羽交い絞めされたまま、身動きできずに引きずられるようにして現れたラクス。

そして彼女の首に、注射器の針を突きつけたまま現れたのは、顔の上半分を特徴的な銀の仮面で覆った金髪の男。

 

 

「やはりあなただったんだな。」

 

キラが怒りの表情とともに、苦々しくその名を呼んだ。

 

 

「…『ラウ・ル・クルーゼ』…」

 

 

 

 ・・・to be Continued.