Vamp!U 〜第3楽章〜

 

 

寝転がっているコンクリートの床の冷たさで意識が回復していった。

身体が思うように動かない。何かに縛られている感覚だ。

ゆっくり開いた眼には何も映らず、漆黒に覆われている。

「あ、気が付いた!大丈夫か!?」

どこかで聞いたことのある、ハスキーな声。

やがてその声に導かれるようにしてぼんやりと視界が開けていく。

真っ暗な広い空間に、どこかの照明の明かりがさしこんでいる。

そしてその明かりが、スポットライトのように照らし出す金髪の女性。

「大丈夫か?どっか痛いところないか!?」

心配げな表情で自分を覗き込むその顔は、とてもよく知っている気がする。

そう思ったら覚醒しかけていたルナマリアの意識が急速に蘇り、驚きに変わった。

「か、か、『カガリ・ユラ』!?!?」

目を見開いて改めて座っている相手の頭のてっぺんから足の先まで眺める。テレビで、ステージで何度も穴が開くほどよく見ている、あのIFのカガリ・ユラが目の前にいるなんて!

「は、は、初めまして!…って、そんな場合じゃなくて、えっと――ここって夢の中とかじゃなくって―――」

混乱して口がうまく回らない。憧れの有名人が急に目の前に現れたのだ。夢じゃないだろうか??もしかして「暗い場所」てことは、ここは「ステージの上」とか??

一方のカガリはまだ心配気にルナマリアを見つめている。

「どうしてカガリが…いえ、カガリさんが!?」

「『カガリ』でいいぞ。お前も私もあの時の4人の男たちにさらわれて、ここに閉じ込められたみたいだな。」

そういいながら、カガリが天井を見上げる。

視線で誘われるようにして、ルナマリアも辺りを観察する。

打ちっぱなしのコンクリートの床に、冷え冷えとした広い空間。いくつかの大きな箱が無造作に転がっており、2階の高さと天井にガラス窓があり、そこからどこかの照明が、この部屋にわずかな明るさを供給してくれていた。

どうやらどこかの倉庫のようだ。

ルナマリアも起き上がろうとするが、体が動かない。よくよく見れば、両手は後ろで縛られ、両足もご丁寧に膝と足首の二か所がロープで縛られている。

体を這わせながら、何とか座る姿勢まで持って行った。でないと冷えた床に熱を奪われ、低体温症になりかねない。

「お前、名前は?」

カガリが問う。ルナマリアは急に振られて驚いた。

「わ、私の名前なんて、そんな―――」

「でもこうして知り合ったんだ。名前くらい教えてくれてもいいだろう?ダメか?」

小首をかしげて微笑むカガリ。こんな状況なのに、なんで彼女はこんなに落ち着いているのだろう。

いや…それだけじゃない。あの大きな金の瞳が語りかけてくる。


―――安心していいぞ。お前は一人ぼっちじゃないんだ。


あの目に魅入られるように、すっと緊張と力が抜けていく。

不思議な力だ。初対面ならば多少の警戒はあってもおかしくないのに、すっと安心感に包まれる。

出会ってたった数分なのに、どうして彼女はこんなにやさしく包み込んでくれるのだろう…

自然と心が解放される。その暖かい雰囲気に身をゆだねて、ルナマリアは心を落ち着けて返答する。

「ルナマリア。『ルナマリア・ホーク』です。」

「『ルナマリア』か。いい名前だな。『ルナ』って呼んでいいか?私のことも『カガリ』でいいぞ。」

にっこりと笑うカガリ。その表情はステージ上で見る、あの眩しさそのままだ。

普通だったら褒め言葉は社交辞令ととってもおかしくないのに、カガリから出る言葉はまっすぐ素直に心に届く。ルナマリアにとって芸能界の頂点にいるという、別世界の人間であることの高い壁など、いとも簡単に崩して、すぐ傍に寄り添ってくれる感覚に包まれる。

するとどうだろう、自分も自分の気持ちに素直になれる。そう気づいたとき、ルナマリアの中に、おりのように澱んでいたものが溢れ、言葉が自然と溢れた。

「ごめんなさい。」

ルナマリアが深々とカガリに対し、首を垂れる。

「は?どうしてルナマリアが謝るんだ??」

きょとんとしたカガリの表情が、無垢なそれを思わせる。同じ場所にいながら、彼女は穢れさせてはいけない思いに駆られる。

「あの時、襲われていたあなたを助けてあげていられたら、こんなことにならなかったのに…」

悔しくて目に涙がにじむ。

彼女が襲われていたとき、なぜ助けられなかったのか。自分の力不足だ。ううん、それ以上に回りにサポートしてくれる捜査員をきちんと連れていたら…いいえ、それだけでなく、自分がスタンドプレーに走らなければ―――

「私は実は警察官なの。あの時、私にもっと力があれば…もっと周りを頼っていれば、あなたを巻き込まずに済んだのに…」

何故だろう、なぜか彼女には素直な自分の気持ちが話せてしまう。だからこそ、謝らなきゃいけない。まるで教会の懺悔室のように、ルナマリアはその苦しみを吐き出した。彼女に何を責められても、今の自分なら素直に受け止められる気がした。

だがその澱んでいたルナマリアの懺悔をカガリが一言で一掃した。

「そうか、だからあんなにかっこよかったんだ!」

「は?」

カガリの言葉にルナマリアが一瞬聞き間違えたかと、呆気にとられる。

「えと…『かっこよかった』?」

「うん!本当にかっこよかったぞ!」

カガリが満面の笑みを湛えながら力強く訴える。

「だって普通だったら、あそこで私を助けないで、そのまま逃げた犯人を追うってこともできたかもしれないのに、ルナは自分の危険も顧みず、私を助けようとしてくれた。しかも犯人を何人も一人で撃退して。その姿が…不謹慎かもしれないけど、キラキラ輝いていて、すごくかっこよかった。」

「輝いていて…かっこいい…」

(ううん、それはあなたでしょ。カガリ、あなたの方が輝いていて…)

「ルナは警察官なんだろ。ああして見えないところで市民の安全を守って、それってすごいことだよな。正義をその身を以て貫いている姿がすごく眩しく輝いていて。誰でもできる仕事じゃない。私だったら絶対無理だと思う。だから余計に憧れるな!」

 

いつも地味な仕事だと思っていた。

誰に感謝されるでもなく、自分の時間を削って。

そんな私を、輝いていると言ってくれる人

何もかもが報われる気がして

 

涙があふれ出した――

 

「でも、カガリの仕事も素敵よ。音楽の力で私たちに力と勇気をくれるもの。」

「本当か?そういってくれるとすごく嬉しいぞ!」

カガリが嬉しそうに笑顔を輝かせる。

 

この笑顔の輝きを、奪わせない!

彼女を絶対守らなければ。

それが私の警察官としての使命なんだから!

 

「ともかく、この場を何とか切り抜けて助けを呼ばなければいけないわね。」

膝で涙を吹き払い、ルナマリアが改めて周囲をうかがう。

倉庫の扉は…多分犯行グループが見張りを置いているだろう。正面突破は難しい。

叫んで助けを呼ぶ、という手もあるが、倉庫街だとしたら、こんな夜中に人通りなんて滅多にないから、作戦としては不適合だ。

だとしたら…

ルナマリアが見挙げたのは2階の窓。そしてそこへと連なる荷物の箱。

あそこから何とか抜け出せたら―――

ルナマリアがカガリにそっと囁く。

「あそこの窓から逃げ出せるかもしれない…」

「だったらまず、この手足を自由にしないとな。」

そうだ、まずこのロープを何とかしなければ。

どこかに鋭利なものはないだろうか。ガラスの破片とか、釘とか…

するとカガリが自信たっぷりに言った。

「ルナ、後ろ向いてくれ。ロープを噛み切るから。」

「え?ちょっと噛み切るって、これ相当太いわよ。」

「大丈夫だ!歯にはちょっと自信があるんだ。」

 

 

倉庫の扉の前には二人の男がいた。

「もうすぐ船の荷物の積み込み完了です。」

腕に大きな銀の時計を巻いた男が倉庫の前で見張りをしていた、赤シャツの男に報告した。

「じゃあ残りのあの二人も木箱に突っ込んで足がつかないうちに積み込むとするか。」

その時

<ガチャン!>

「!?何の音だ?」

「倉庫の中からだ。」

重い扉を開けてみると、そこには床にキラキラとしたガラスの破片が散乱し、二階の窓枠に捕まっているカガリと、カガリの足を支えるルナマリア。

「なぜロープが――」

「そんなことより、捕まえるぞ!」

二人の男が同時にカガリとルナマリアに向かって突進してくる。

(しまった…ガラス窓の窓枠がゆがんでいて、ガラスが外れて落ちるなんて)

「早く!」

ルナマリアがカガリの足を強引に持ち上げ、カガリは窓の外、屋根の上に躍り出た。

「ルナも早く!」

カガリがすぐに窓から手を差し伸べる。だがルナマリアは振り返ると、男たちに向かって空手の構えをして叫んだ。

「私はここで追っ手を抑える。だからカガリは早く逃げて!」

「ルナっ!」

カガリの悲鳴にも似た叫び。だがルナマリアは思いのほか恐怖を感じなかった。彼女を守る、という思いの方が強く溢れ続けている。

頭だけ振り返り、カガリを見上げるルナマリアは明るい表情で力強く頷いた。

その瞬間、二人の男たちがルナマリアに襲い掛かる。

「はぁっ!」

ルナマリアの渾身のこぶしが男の腹に食い込む。

「グフッ!」

銀時計の男がエビ反りに腹を抱え込む。

もう一人の赤シャツの男がルナマリアの背後から羽交い絞めしようと、髪をつかんだその時だった。

<ズルリ>

「な、なんだこいつ?」

ルナマリアの金のウイッグが外れてしまったのだ。

「こいつ…金髪じゃない。」

「だったら、用はない。こいつは捨てていけ!」

腹を殴られていた銀時計の男が、よれよれと立ち上がり、ルナマリアの鳩尾に拳を入れる。

「あぁっ!」

ルナマリアが床にへたり込む。

(だめ…まだ倒れてはいけない…カガリを…助けなきゃ…)

「さっきの女を追うぞ!」

そういって駆け出そうとした赤シャツが思い切り転倒する。ルナマリアが男の足首を必死に満身の力を込めてつかんでいた。

「こいつ!」

「面倒だ、さっさとやっちまえ―――」

ルナマリアに男たちの蹴りが飛ぶ。

(早く…逃げて…カガ…リ…)

意識が暗転していく。

だがその次の瞬間

<バン!>

倉庫の外から何かを打ち付けたような大きな音が響く。

その音に、男たちの動きが止まる。

「なんだ?何が起こって―――」

扉の方に赤シャツが足を向けたその時だった。

<ドカッ!>

「「うわっ!」」

大きな塊が二つ、倉庫に投げ込まれ、ルナの周りにいた男二人がその塊に吹っ飛ばされ、壁に打ち付けられる。

(何…が…起きたの…)

腫れぼったい瞼を気力で開くと、扉の向こうから一人の男が近づいてきた。

「くそっ…な、なんだお前は!?」

銀時計の男が立ち上がり際、足元を見ると、彼らを吹き飛ばした大きな塊に見えたものは、彼らとは違う白シャツと金のネックレスをした2人の男――犯行グループのもう二人のメンバーだが、既に気を失っている。

吹き飛ばされた赤シャツの男が、狼狽しながら立ち上がる。

「警察?…いや、まさか、まだこのアジトは割れていないはず―――」

その瞬間、ハッした赤シャツ…その表情が驚愕に歪んでいる。

「き、聞いたことがあるぞ。この業界で警察より早く動いて犯人を締め上げる、警察以上に気を付けなければならないヤツら…」

銀時計の男がその言葉につられ、思い出したように目を見開く

「ま、まさか…あの悪名高い…『Vamp』!?」


(―――『Vamp』!?)


ルナマリアが必死に瞳を見開いて近づく男を見る。

男はルナマリアのそばに来ると、そっとルナマリアを抱き上げた。

濃紺の髪、クールで端正な顔立ち、そして――自分を見つめる印象的な翡翠の瞳…


―――アレックス―――


(…アレックスが…Vamp…?)

その穏やかな瞳に自分の姿が映っているのを見つけると、言い知れぬ安心感でルナマリアの意識はすっと遠ざかって行った。

 

 

・・・to be Continued.