Vamp!U 〜第2楽章〜

 

 

12月の午後11時過ぎの歓楽街は、まだ昼間のように往来は賑わっていた。

季節がら、忘年会帰りのサラリーマン風のグループもいれば、行き場の定まらない若者たちで溢れている。

そこを通り過ぎるルナマリアは小さくため息をつき、立ち上っていく白い息の行方を眺めていた。

おとり捜査を開始して3日―――

目立った進展はこれといって無いに等しかった。

警察が捜査に本腰を入れたことが犯行グループ側に漏れてでもいるのだろうかと思うくらい、事件の影はおとり捜査開始以来鳴りを潜めている。

「まいったわね…」

折角舞い込んだ活躍のチャンスだ。早く犯人を引っ張り出して逮捕につなげたい。そのルナマリアの焦りとは裏腹に、ネズミどころか髪の毛先ほどの手がかりもない。

街中を行き交う幸せそうなカップルを見て、またため息をつく。

本来だったらあの中に自分もいておかしくないはずなのだ。彼と一緒に…

確かに現在ある意味男性と一緒だ。遠巻きにルナマリアを囲む男達=それは仕事上ルナマリアを見守る他の男性捜査員たち。つまり仕事であるので、どんなにかっこいい男性であっても同僚でしかない。まぁかっこいいといっても、容姿端麗と言い張れるのは、ちょっと口うるさいのが気になるジュール警視正と、これもちょっと軽い男のエルスマン警部と、クールすぎて近寄りがたい雰囲気のレイかな。あと一人―――『オマケ』でアイツも入れてやるか。

(でも…本当に男らしくってかっこいいのは…)

そう思って思わずハンドバックから携帯を取り出す。

着信画面に映し出される画像は、ステージの上でまばゆいライトに映し出されている―――『アレックス』

ルナマリアは思わず顔を赤らめながら、携帯を胸に抱き、そっと目を閉じる。

(アレックスと一緒だったら、どんなクリスマスや新年を迎えられるだろうか。

クリスマスも子供みたいに騒がしくではなく、落ち着いたレストランで一緒に食事したりとか。

大人びた中にも、時折少年のようなあどけない表情を私にだけ見せてくれたりして。クールなのに、優しげな表情で私を見つめてくれて。

きっとこうして大通りを一緒に歩いていても、エスコートなんてきちんとしてくれるんだろうな。寒くならないようにそっと寄り添ってくれたりするとか。手を握ってくれて、そっとかじかんだ手を握ってくれながらコートのポケットに入れてくれたりして。それでも「寒いね」っていったら、私のこと胸に抱きすくめてくれて…そして最後には私に唇を寄せてくれて―――)

 

―――『好きだよ』―――

 

頬が急激にほてりだす。

(何想像してるのよっ!私ったら、勤務中じゃない!!)

慌てて妄想を掻き消そうと両手を振れば、先ほどアレックスが温めてくれた…のではない、『かじかんだ冷たい手』という現実が舞い戻る。

「はー…」

ことのほか冷え込むこの冬の夜、思わず手袋の上から息を吹きかけて温めようとしてしまった自分の姿が情けない。

つけている白い毛のついた赤い手袋が、今の時期はサンタクロースのそれを思い出させる。

おとり捜査のため、慣れない金髪のウィッグをつけ、さらに暗がりでも目立つように赤いコートとハイヒールで身を固めている。

犯行は繁華街の裏通りで行われている、という情報を頼りに、街中から一歩離れた場所にわざと女性がいるとアピールするかのごとく、ピンヒールのカツカツという足音を響かせたりして歩いてみているのだが、今夜もどうやら空振りのようだ。感じる気配は同僚の男どものモノしかない。

(捜査がばれているのかな。でももしかしたら捜査員が私を尾行しているのがばれているんじゃ…)

周囲の気配を察知しながら、ルナマリアは腕時計を見る。

既に時計は午前0時を30分すぎていた。今日の捜査は終了だ。

 

***

 

「お姉ちゃん、大丈夫?」

早朝の捜査一課、自分の机でうつぶせていたルナマリアに、出勤してきたメイリンがお茶を出しながら心配げに声をかけてきた。

ここの所、捜査で夜間勤務が多い。一応仮眠室で眠ってから部署に登庁するのだが、やはり家で寝ないとリラックスした気持ちになれない。

「大丈夫よ。この手で何とか手柄を立てて見せるから。」

うつ伏せたまま、右手だけを上げて親指を立ててみせる。でもかえってその姿が弱弱しく、空元気のようで、メイリンの声は不安げだ。

「とりあえず頼まれていた着替えと必要なもの持ってきたから。でも無理しないでよ。」

「うん、ありがと。」

まだうつ伏せたままメイリンに感謝すれば、その時聞きなれた足音が部屋に伝わってきた。

「あ、シン…」

メイリンがその名を呟く。その名前に少しルナマリアの肩が<ピクン>と動いた。

「その…ルナ、大丈夫なのかよ。」

先日の喧嘩がまだ尾を引いているのか、シンの声はぶっきらぼうだ。でもその口調より心配されている事実のほうが何やら腹立たしくって、反発するためにルナマリアは<ガバッ!>と勢いよく起きた。

「大丈夫に決まっているでしょ!アンタに迷惑かけるつもりも世話になるつもりもないから、そっちはそっちで頑張りなさいよね。あたしの足を引っ張らないようにね!」

「なんだよ、人が心配してやっているのに!」

お互いの口調が感情的にいら立ち、間に挟まったメイリンが不安そうに二人の顔を交互に見回している。

慢性の寝不足だけがいら立ちの原因ではない。

疲れている自分を甘えさせてほしい欲求に駆られているのだ。

昨夜も、そんな自分を包み込んでくれる、理解ある男性としてアレックスを想像してしまった。今のように子供のケンカになってしまうようなシンが相手では、受けとめてくれるほど大人の男の余裕を感じさせてくれない。

そう思うと、急にむなしくなって悲しくなってしまったのだ。

「そうよ、大体昨日の私の追跡だって「見張っています!」ていう空気があちこちに強烈に充満していて、あれじゃ犯人だって警戒するにきまっているじゃない。サポートするならもっと上手くやって―――」

(…『警戒』…?)

自分で言った言葉に、ルナマリアがふと考え込む。

「おい、どうしたんだよ、ルナ?」

呼びかけるシンの声は、ルナマリアの耳には届かなかった。

 

***

 

そしてその夜、午後9時過ぎ―――

「おい、ホーク姉はどこに行った?」

部署内でイザークが周囲を見渡す。

「そういえば、もうそろそろおとり捜査の開始時間ですが…見当たりませんね。」

レイも周りに注意を張ったが、ルナマリアの姿はどこにもない。

「何やっているんだ、あいつは…これから今日の張り込み場所について打ち合わせだというのに…」

顎に右手を添えながらブツブツとつぶやくイザークの元に、お茶を運んできたメイリンが事も無げに答えた。

「あの…お姉ちゃんなら、もうとっくに出かけましたけど…」

「何ぃぃーーーーっ!?」

大声とともに<バンっ!>と机をたたいた拍子に、イザーク愛用の三代目『初志貫徹』の極太江戸文字の入った湯呑が倒れ落ち、メイリンの救いの手も届かず悲壮な最期を迎えた。

 

***

 

「やっぱり一人のほうが気楽ね。」

繁華街の裏通りをルナマリアはマイペースで歩いていた。

自分を見張る張り込み刑事たちが付いていると、ペースを彼らに合わせなければならない。小さなインカムに「もっとゆっくり歩け」「早く移動しろ」などやたらめったら指示が飛び交い、かえって動きが不自然になり、犯人に怪しまれること相違なかった。

チームで動かなければならないことぐらい、ルナマリアも重々承知している。だがルール違反だとしても、検挙してしまえばこっちのものだ。

そう思いながら歩いていると、ふと視界に一人の金髪の女性の姿が映った。

柔らかそうなそれが夜風に揺れ、ウィッグの自分とは似つかないほど美しい。身に着けているモスグリーンのコートからのびる足は長く細く、服の上からさえ、スタイルの良さを感じさせる。

その姿にルナマリアはふと思いこむ。

(…なんか、どこかで見かけたことがあるような…)

その時一瞬脳裏に映し出されたのは

 

アレックスの相棒―――美しさと魅力をステージで放つ光の持ち主

 

(『カガリ・ユラ』!?―――って、まさか、ね…)

何とか素顔を見たいと思ったが、その相手は夜だというのにサングラスをかけていて、特徴がよく伺えない。

だがルナマリアは気になって仕方がなくなった。

(カガリ、だとして、何でこんな人気のないところにいるんだろう…)

女性はルナマリアの気配に気づいていないのか、周囲の様子に気にも留めず、裏通りを通り抜け、沿岸部の方に向かっている。

(一体どこに行くつもりなんだろう…)

身を隠しながら距離を維持しつつ、ルナマリアは彼女を尾行した。

裏通りを進み、表通りに出ては更に進み裏路地に入っていく。目的地にまっすぐ向かっているとは思えない。

いぶかしげに思ったルナマリアの目前で、彼女は更に人通りのなさそうな路地へ左に折れた。その時だった。

「何するんだよ!」

路地の奥からハスキーな女性の叫び声が響く。

「離せ!このぉ!」

もがいている様子から、女性が何者かに襲われているのは確実だ。

飛び出そうとして一瞬ルナマリアは躊躇する。

(今、私は一人でおとり捜査やっているのよ…ここでもし別の事件に遭遇していたら、犯人を取り逃がすかもしれないじゃない。それにスタンドプレーを咎められたら―――)

だがルナマリアは一瞬でその迷いを払しょくした。

(私は『刑事』よ!市民の安全を守るのが仕事なんだから!)

ルナマリアが路地に駆け込む。点滅する街灯の下、先ほどの女性が2,3人の男たちに取り囲まれ、両手を後ろ手に掴まれて身動きできなくなっている。

「その手を放しなさい!」

警官の本能というべきか、ルナマリアがかけていたショルダーバックを放り投げ、走りこんでその中の一人の男の胸ぐらをつかむと、背負い投げで路地に外に向けて放り投げる。

「なんだ、こいつは!?」

「まて、こいつも金髪だ。ターゲットに加えろ!」

残りの男どもの声にルナマリアが気付く。

(もしかして、こいつらが追っている事件の犯人!?)

だったら全員この場で捕まえてやる!―――と、ルナマリアはもがく女性に向かって叫んだ。

「しゃがんで!」

女性がタイミングを見計らったかのようにしゃがみこむと、彼女を掴んでいた男の顔めがけてルナマリアの回し蹴り炸裂した。

「ぐあっ!」

男が後ろにのけぞる。

「この!」

別の男がナイフを取り出し、ルナマリアめがけて突っ込んできた。

それをくるりとかわすと、ナイフを持った手首を掴んで、後ろ手に縛りあげる。

「早く今のうちに逃げなさい!」

叫ぶルナマリアに、女性が声を上げた。

「後ろ!」

ルナマリアが反射的に後ろを見ようとしたその時、布のようなものを手に持った男が、後ろからルナマリアの口と鼻をふさいだ。

「んんっ!」

もう一度背負い投げを決めようとしたルナマリア、だが

<カクン>

力を入れて踏み込んだ右足が捻る。

(―――しまった!)

履きなれないハイヒールの上、更に先ほどの回し蹴りの強打により、かかとが折れ、脱げてしまったのだ。

もう一度体勢を立て直そうとしたが、体から力が抜けていく

「んーっ!ん…」

(この布にしみこませてあるの…エーテル…睡眠…剤…)

何かを叫んでいる女性の姿がぼんやりと歪み、やがてルナマリアの意識は遠のいて行った。

 

 

数分後、二人の女性と男たちが消えた場所に、一人の人物が現われた。

「…。」

路地裏に入り、その場を検分するかのようにゆっくりと歩き回ると、現場に残されていた一足のハイヒールと、中身の散乱したバッグを見つける。

その中から手帳を拾い出し、その中身を改める

『本庁捜査一課巡査長 ルナマリア・ホーク』

写真付きのそれらを一瞥すると、更に翡翠の瞳がとらえたのは暗がりに光り輝くものが一つ。

彼女の持ち物と思われるスマートフォンが電話の着信を告げる点滅を繰り返し、画面に『捜査一課』の文字が光り輝いている。

冷たい冬の風がビル風となって濃紺の髪を激しく揺らすと、その髪を書き上げるようにしながら、冷徹な光を放つ翡翠が着信を切る。
するとその待ち受け画面に現れたのは自分の姿―――ステージ上の『表の顔』の自分を見て苦笑する。
我ながらよく撮られていると思う。少なくとも今の『もう一つの顔』の自分とは大違いだ。
表では見せない怜悧な表情で、彼は数メートル先の大通りまでそれを持ち出すと、チップを抜き出し、更に電源を落とした。

 

***

 

「ルナが行方不明だって!?」

一課に飛び込んできたシンが大声を上げると、ディアッカが普段見せない深刻な表情で状況を説明した。

「行方不明…つーか暴走だな。一人で検挙するつもりで出て行ったようだ。」

今朝のルナマリアの様子を思い出す。確かに焦っている様子がうかがえたが、まさか…

「電話にも応じないのか。」

イザークが問いかけると、携帯を耳に当てたままレイが静かに首を振った。

「どうやら電源を切られたようです。彼女の携帯のGPSで追跡できるかと思ったのですが、それすらも消失しました。」

「最後に消えた場所はどこだ。」

「この近辺の大通りです。」

パソコンの画面所の地図でレイが示した場所は、本庁管内から沿岸部までの中間部。

「何だ、俺たちが張ってきたところから随分離れているじゃないか。」

ディアッカが驚きを隠せないようにして言う。

その時

<バタン!>

「あ、待って、シン!」

乱暴に開くドアの音とメイリンの悲鳴に似た声に全員が顔を上げると、既にシンの姿はなかった。

 

 

・・・to be Continued.