Vamp!U 〜最終楽章〜
アスランはルナマリアを壁にもたれかけるように寝かせてやると、もう一度二人の男に振り向いた。
「ば、ば、『Vamp』!まさか…」
「この野郎!」
銀時計の男がアスランに殴りかかろうとすると、アスランの氷のような翡翠が一瞬でそれを見切る。
「―――!?」
やおら殴り掛かった拳をいとも簡単につかみ抑え、後頭部に一撃を加える。
その攻撃に失神した銀時計の男がどさりとアスランの足元に崩れ落ちると、その向こうで赤シャツの男が震える腕でピストルを構えていた。
「や、やめろ…来るな…」
ガチガチと歯の根もあわないほど震える男に、アスランは躊躇せず、無表情のまままっすぐ向かって歩き出す。
「く、来るな…くるなぁぁぁーーーーっ!」
この距離なら目をつぶっていたって弾は当たる。
男は目をぎゅっとつぶると同時に引き金を引いた。
<パーン!>
銃口が火を噴く。
続いてドサリと体が崩れ落ちる音―――が、するはずだった。
「あ…え…?」
ピストルを構えたままの赤シャツの男が恐る恐る目を開ける。目の前にあったのは撃たれたアスラン―――ではなく、涼しい表情のアスランの、その前に立ちふさがった金の光。
不敵な笑みを浮かべる、金の髪と見透かすような金の瞳、そして…サクランボのような真っ赤な唇から覗く二本の牙。
彼女が目の前で握りしめていた拳が開くと、<キン>という硬質の音を立てて、床に落ちたのは、先ほど撃ったはずの弾丸。
(ま、まさか、素手で弾を受け止めた!?)
「ひ、ひぃぃーーーーっ!」
腰を抜かし、後ろに這いずろうとする赤シャツ男の前に、彼女はコツコツと静かな足音を忍ばせる近寄ると、鋭い牙でその首筋を刺した―――
「…ふぅ。御馳走様でした。」
目をつむって両手をぱちんと合わせ、お辞儀するカガリにアスランが苦笑する。
「どうだ?少しは満足できたか?」
「うん!金髪の女性をシンジゲートに売るだけで、相当お金になっていたみたいだから、欲望も半端なかった。欲望とそれに関する記憶を4人分吸い上げたから、十分お腹いっぱいだ!でも…」
カガリがふと瞳を曇らせる。その視線の先をアスランも追うと、そこにいたのは気を失ったままのルナマリア。
「折角友達になれそうだったんだけれどな…。」
カガリが寂しそうに呟く。
「仕方ない。彼女には俺たちが、というか俺が『Vamp』だとわかってしまった節がある。そうなった以上、彼女をこのままにしておくわけにはいかない。」
「でも、どうしたら…」
困ったように呟くカガリの目の前に、アスランがふと微笑んでそっと「あるもの」を差し出す。
「これって…」
それはルナマリアのスマートフォンだった。
(…ナ…ルナ…)
(――誰…?私を呼んでいるのは…)
目の前に影が映る…私を抱いてくれた…夜風になびく濃紺の髪と、優しく見つめる…翡翠の…瞳の…
「――ナ!おい、ルナったら!」
ゆっくりと目を覚ましたルナマリア。彼女を抱いていたのは
「シン…」
赤い瞳がしっかりとルナマリアを捉えている。
「シン…アンタ、どうして…ここは…」
「どうしてもこうしてもあるか!ルナが一人で犯人を追った痕跡を追って、ここまで来たら、犯行グループのメンバーとルナが倒れていたんじゃないか。」
そういわれて慌てて飛び起きる。
そうだ、確か犯行グループが『誰か』を捕まえようとしていて…それで助けようとして、一緒に捕まって…で、その後『誰か』を逃がしたすきに、犯人に気づかれて…そこで殴られたところを『誰か』が助けて…
「って、シン、犯人のほかに誰かいなかった!?」
慌てて質問するルナマリアに、シンは一瞬呆気にとられると、ため息とともに答えた。
「誰もいない。ルナと主犯の4人の男たちだけ。…って、これ、ルナ一人で倒したんだろ?」
「え?アタシが!?」
「でなきゃ、誰がこいつら記憶なくなるくらい吹っ飛ばしたんだよ。」
シンの呆れた声に促され、ルナマリアが周りを見渡す。倉庫の前は既に赤いテールランプを点滅させた車両で埋め尽くされ、犯行グループの4人組は手錠をかけられ護送車に乗せられているところだった。
「私…がやったの…?」
いや…なんか違う気がする…倒してくれたのは、意識が飛ぶ前に、私を助けてくれた…
「ねぇシン。アンタが私のこと助けてくれたの?」
そう面と言われてシンが躊躇する。すると代わりにそばに立っていたレイが説明した。
「そうだ。お前がスタンドプレーに走った時、一番にお前を探し出して見つけたのはシンだ。」
ルナマリアの携帯からGPS反応が途絶えたとき、速攻現場に駆け付けたのがシンだった。
慌てて後を追ったレイたちが、ルナマリアの最後の反応があった、大通り周辺を洗っていた。
しかしその時、シンは何かを思いついたのか、裏通りに入っていった。
「シン、ここは反応の出た場所とは離れている。ここではなくもっと通り沿いを――」
「違う!ルナだったら絶対こっちの方を探しているはずだ!」
レイの静止を振り切って、シンが裏路地に走りこんだその時だった。
「あった!」
そういってシンが手にしたのは―――『赤いハイヒール』
「その後、シンは赤いハイヒールのあった近辺の防犯カメラを休まず一気にチェックし、消えた時間にほぼ一致するあたりで怪しいワゴンを見つけた。そこから方向を割り出して、すぐにこちらに向かったわけだ。」
「そうだったの…」
傍に立ち寄ったディアッカが、ルナマリアの頭を軽くこつんと叩いた。
「シンに感謝しろよ、ルナマリア。シンがいち早くここを割り出してくれなかったら、お前さんより犯行メンバーの誰かが意識取り戻していたら、お前さん、命はなかったかもしれないからな。」
―――「お姉ちゃん、今週の運勢で最悪なのは『しし座』、「とっても大変な災難に巻き込まれそう!?」だってさ。
お姉ちゃんしし座なんだから気を付けてよ。あ、ラッキーアイテムは『赤いハイヒール』だって!」
そういえばメイリンがそんなことを言っていたのを思い出す。
「ありがとう…シン。」
「いや…その…改まって言うなよ///」
頬を赤らめるシンにクスリと笑いかけるルナマリア。
『赤いハイヒール』と『赤い眼のシン』が助けてくれて…なんか素直になれた。
(―――こういうのを『雨降って地固まる』っていうのかしら。うん、災難だったかもしれないけれど、今週はなんかラッキーじゃないの!)
「そうだ、ルナ。これが倉庫の前に落っこちていた。」
ごそごそとシンが差し出したのは、ハンドバッグとスマートフォン。
「このハンドバック、私確かどこかで放り投げたような…」
「確かに中身めちゃくちゃ散乱していた。倉庫街に入った時、防犯カメラもなくなっていたから、正直倉庫の数が多くってどこにルナがいるか見当つけるのが難しいと思ったんだ。でも探していたら、ルナのカバンの中身が点々と落ちていて、その先にこの倉庫があったんだ。まるで「ルナはここにいます」って言っているみたいに。」
「そうだったの…」
落ちているスマートフォンの電源をルナマリアが入れなおすと、着信画面は黒一色で無機質な時計が午前6時をうっていた。
(あれ?こんな画面だったっけ…?)
「そういえば、大丈夫なのかよ。ルナ。お前、首筋、怪我してるぞ。」
「え?」
そういって触るルナマリアの首筋には、二つの小さい傷跡があった。
「どうやら無事に忘れてくれたみたいだ。」
倉庫街から離れたビルの屋上から、手すりにもたれるようにして、アスランが双眼鏡でルナマリアとシンの様子を見守る。
「でもまさかルナマリアが『IF』のファンだったとはな。携帯の着信画面にアスランが映っていなかったら、どうやってルナマリアから私たちの記憶消すのか、悩んだぞ。私は記憶だけ吸い取ることができない。欲望に付随した記憶しか吸い出せないんだから。」
隣にいたカガリが言う。アスランは視線はそのままに話し出した。
「元々俺たちだけで犯行グループを上げるつもりだったからな。カガリが拉致されたふりして犯行グループの根城を見つける。カガリの指輪に仕込んでおいたGPSで、俺がカガリの居場所をみつけ、後を追う。指輪を光で点滅させたら俺が到着した合図。それを見て二人同時にカガリは倉庫にいる2人の見張りを捕え、俺はその隙に積み荷の用意をしていた残り2人を捕えるつもりでいたが、彼女が巻き込まれてしまったのは予定外だった。でもあの携帯の画面を見つけたことで、彼女に俺たちに対する興味という名の欲望があるとわかったから、カガリに欲望を吸い上げて共に記憶を消す手段を思いついたんだ。だから彼女に真の姿を知られてはいけないと思って出てこられなかったカガリの代わりに、それに気づいていた俺が4人を倒す強硬手段に出ることができた。それに巻き込んでしまった彼女の命は、なんとしても守りたかったし。」
「ふーん…」
アスランから女性への興味をそそる発言を伺わされて、カガリが横目でじろりとにらむ。
「なんだ、カガリ。妬いているのか?」
アスランがからかうように言う。
「ち、違う!そんなわけないだろ!」
「懸命に否定するところが怪しいな。」
「違うったらー!」
怒ってポカポカと叩いてくるカガリの両手を封じると、アスランはそのままカガリを引き寄せて唇をそっとふさぐ。
「ん…」
もうキスは何度繰り返しただろう。それでもカガリはいつも初々しく、頬を赤らめて違った反応を見せる。あのヴァンパイアとなった時の強さとはまるで真逆の、どこか頼りなげでか弱い彼女が愛おしくってたまらない。この姿を知っているのは、もちろん自分だけ…他の誰にも見させる気はない。
これは俺だけのものだ。
「俺が守りたいのは、カガリだけだよ。」
(ルナマリアを助けようとして、君が無茶しようとしないか、ハラハラしていたんだ。君はいつも自分より、他人を大事にするから…それに…)
―――本当は指輪なんかなくっても、君の居場所はどこだってすぐに見つけてみせるから―――
朝日が昇り始めた沿岸部。アスランは陽の光から、カガリを守るように抱きしめた。
***
「そういうわけで、今月の給料から減俸。さらに2週間の謹慎だ。」
白い包帯と三角巾で頭と左腕を巻かれたルナマリアに、イザークの厳しい洗礼が下りる。
確かに犯行グループは検挙した。だがスタンドプレーに加えて、危機的状況、さらに捜査を複雑化させたことで、ルナマリアに一定の処分が下されたのだ。
「はい。」
動く右腕で敬礼をすると、ルナマリアは警察庁を後にした。
確かに厳しい沙汰ではあるが、なぜかとっても気分がいい。
官庁街の空は珍しく澄んだ空気で、ルナマリアは精一杯深呼吸をした。
―――「すごく輝いていて、かっこいいぞ」―――
誰かがそういってくれた気がして後ろを振り向いたが、サラリーマンやOLの忙しい足並みだけで、他には誰もいない。
―――そうよ、私の仕事はかっこいいのよ!
履きなれたパンプスを力強く踏み出して、ルナマリアが部署に戻ると、シンがそっと近寄ってきた。
「ルナ…その今まで…悪かったな。」
「ううん、わたしこそ、ツンケンしてごめん。」
「お詫びに、これ、行かないか?」
そういってシンが差し出したのは
「『IFのカウントダウンライブチケット』?…私、『IF』って好きだったっけ?」
「なんだよ、毎日CD聴きまくっていたじゃないか。」
あきれた口調でシンがつぶやく。
「でも、『I』Fのチケットってファンクラブでもなかなか取れないって言ってたよね。シン、わざわざありがとう。一緒に行こう!」
久しぶりのシンとのデートだ。ルナマリアはこれまでにない笑顔でシンに答えた。
***
12月31日
5万人の観衆を集めたアププリウス・ドーム。そのステージは眩しいくらいに輝いていた。
黒皮の衣装に身を包んだ金の光を放つ少女の圧倒的なボーカルと、対比するような濃紺の髪の男の放つ重厚なベースの音で、ドームのすべてを支配する。
「すごい!『IF』ってこんなかっこよかったんだ!!」
「まだ怪我が完治していないだから、あまりはしゃぐなよ、ルナ。」
ステージをあつらえたドーム球場の1階席で、抑えようとするシンの手を振り切って、興奮したルナマリアが手を振って、カガリの姿を目で追う。
すると一瞬ふと、カガリがこちらを見て目が合った気がする。
あの距離から見えるわけないのに…気のせいだと思うのに…
ふと包まれる、どこかで感じたあの温かい感覚…
(あれ?なんで私、こんな気持ちになるんだろう…)
何故か目の奥が熱くなって、涙があふれた。
そんな不思議な思いに駆られるルナマリアの目に映るカガリは、まるでルナマリアの気持ちが通じたかのように、マイクスタンドを握ると、ニッコリと微笑みながら、大きな声で叫んだ。
「今日はとっても輝いている、私の大事な友達のために歌うぞ!」
場内が割れんばかりの拍手で埋まる。
(カガリの友達か…いいなぁ…きっとすごく素敵な人なんだろうな…)
カガリが視線を向ければ、アレックスが微笑んでベースの音でそれに答える。
「キャァァーーーーッ!!アレックス!!カガリィィーーーっ!」
ルナマリアは溢れる歓声に負けないくらいの大きな声で、その名を叫ぶ。
ドームの天井が開き、ドーム内の熱気が冷たい夜空に溢れだす。
カウントダウンとともに、ルナマリアの前途を祝福するかのような大輪の花火が新年を迎えた冬の夜空に咲き誇った。
・・・fin.