Vamp! 〜第二楽章〜
朝の官庁街―――今日も雲一つない青空が、ビルの窓々に映り、眩しい日の光を部屋に注ぎ込んでいる。
だが、この部屋だけは天井に積乱雲が漂っているが事く、重すぎる空気で澱んでいる。
お茶汲み係のメイリンが、音も気配もさせないように、そ〜〜〜っと細心の注意を払って上司の机に湯呑を置く。
『民俗学』が趣味、という上司が、一体どこから仕入れてきたのかわからない、『初志貫徹』の極太江戸文字が入った湯呑はこれで三代目だ。
初代湯呑の『緊褌一発』は<ドンッ!>と机を強く叩いた弾みで落ちて割れた。
二代目の『虚心坦懐』は職場に来て僅か2週間の命で、メイリンが置いた直後に怒りのオーラだけで大破した。
この調子だと、三代目もいつまで持つだろうか・・・
一番奥にある上司の前に立たされているルナマリアが湯呑の心配で気を紛らわせていると、新聞に穴があくかと思うほど顔を突っ込んで読んでいる上司の両手がワナワナと震えだした―――と、途端
「クッソォォォーーーーーーーッ!!##」
手にしていたスポーツ新聞を一瞬で紙吹雪に変えたかと思うと、<バンッ!>と両手で机を叩きながら立ち上がった。その勢いで三代目があわや落ち―――かけたところをメイリンがサッと両手ですくい上げた。今日はどうやら生きながらえたようだ。
「またしても『Vamp』、『Vamp』、『Vamp』っ!! 一体警察をなんだと思っているんだっ!##」
三白眼で紙吹雪を撒き散らしたかと思うと、今度はとなりのゴミ箱を蹴り倒しだす。
ルナマリアがなんとか笑顔でとりなそうと、口元を必死に引きつらせながら言った。
「あの〜ジュール警視正・・・それは『スポーツ新聞』ですから、オーバーに書き立てているだけで・・・」
「何が「オーバー」だっ!こういうことを書かれる、ということは、市民意識がそういう風に捉えている、ということだっ!」
更に二度<バンバンッ!>と机を叩き立ち上がったはずみで、今度は椅子が倒れた。
確か最初に『Vamp』に手柄を取られたときは、叩いたショックで初代湯呑と机に積まれた書類の山が崩れ落ち、2回目の時は新聞を瞬時に丸めて一番離れたゴミ箱に見事なスリーポイントシュートを決めてくれた。そして前回は怒りのオーラとともに二代目とパソコンが倒れた。
この分だと『机をちゃぶ台返し』する日は、そう遠くないだろう。
「だいたいお前たちは何をやっているんだっ!アスカ巡査長、ルナマリア・ホーク巡査長!あれだけ警備を配置しておきながら、何故こうも簡単に取り逃がしたっ!?」
イザークの背後から立ち上る怒りのオーラになんとか踏みとどまって、シンが報告する。
「人員と配備は完璧でしたよ。・・・だけどあんだけ証拠ひとつ残さない犯人が、まさか正々堂々と人混みの中を通って逃げるなんて思っていなかったし・・・。」
「言い訳するなっ!」
<ダンッ!>とさらに机にヒビが入らんばかりの音を上げて、シンとルナマリアは傍目でもわかるほど<ビクッ>と怯む。
「俺が怒っているのはそこだけじゃない!そんな警察も追いつけない人混みの中を、なんで『Vamp』が追いつけた!? この街をすみずみまで知り尽くし、日夜鍛錬を怠らないはずの刑事が負けるわけ無いだろ!」
「さぁ〜?羽でもついているんじゃないですか?」
頭の後ろで手を組んでシンが不服そうにルナマリアにしか聞こえないような小声で呟く。
「馬鹿!今ここでそんな態度しないでよ。こういう時の警視正は地獄耳―――」
ルナマリアが必死に耳打ちしたがもう遅い。積乱雲からついに稲妻が落ちた。
「シ〜ン〜ア〜ス〜カァぁぁーーーーーっ!」
シンとルナマリアが二人揃って両目をギュッと閉じた、その時だった。
「お取り込み中失礼します、ジュール警視正」
捜査一課のドアを開けて、涼しい声がイザークを諌める。
「レイ!」
「レイ・・・助かったぁ〜」
神の救いでも受けたかのように、シンとルナマリアがホッと安堵の表情を浮かべる。
声が物語るように、冷静さを失わないクールな表情の男が敬礼とともにイザークに調書を差し出した。
「バレル巡査長か。どうだった、被疑者の供述は?」
イザークが冷静になろうとメイリンの入れ直してきたお茶を一口飲む。
レイはシンとルナマリアの同期の刑事だ。常に冷静であり、激しい感情を表すことがない。その為犯人の事情聴取なども的確に引き出すため、別名『落としのバレル』と呼ばれている。
「またいつもの通りです。取り調べには非常に素直に応じています。繁華街での女性暴行事件を起こしたことも覚えています。しかも的確に時間も場所も。ただ「何故自分がそんな暴行を起こそうと思ったのか」については、「全く覚えていない」というのです。こちらが「女性への欲望」を示唆しても、「女性に全く興味がない」と。詳しいことは専門家による精神鑑定と記憶鑑定の結果を待たなければなりませんが、前々からの事件と同様、「鑑定されない」との結果が出る可能性は大きいでしょう。」
「またか・・・『Vamp』絡みの事件は何故か被疑者から欲望が消え去っている。」
「なんか薬とか飲ませてるんじゃないの?」
口をはさんだのはイザークの次にこの一課を取り仕切っているディアッカ・エルスマン警視。イザークと同期なため、敬語も使わず、また部下たちにも気さくに接するおかげで、イザークと二人で見事に「アメとムチ」の役割を果たしている。
「失礼ですがエルスマン警視。今までの被疑者ではたとえ闇ルートの薬物販売の者であっても、逮捕直後に行われる尿及び血液検査からも、精神への影響を及ぼす薬物反応は認められておりません。」
レイが教科書通りに答えると、ディアッカは「あっそ。」と拍子抜けしたように肩をすくませる。
「唯一感情的、といいますか、反応を示したのは、私の顔を初めて見た瞬間でしょうか。」
「どういうことだ?」
レイからの意外ともとれる報告に、イザークの眉がピクリと動く。
「対面時、あまりにも怯える様子なので、取り調べに対し恐怖心を抱いているのかと思いました。が、私の声を聞き、「男か・・・金色だが・・・男なら大丈夫・・・」とか細い声で。
「あ、それなら私たちも被疑者確保時に聞きました。」
ルナマリアが思い出したようにイザークに伝える。
「そうそう。確か「金の・・・怪物・・・女・・・」とかなんとか。」
シンも名誉挽回と言わんばかりに報告する。
「金髪の女、なんてこの街のどのくらいいると思ってるんだ。外国人からはたまた髪を染めた女まで含めたら星の数だぜ。」
「・・・ですよね。」
ルナマリアが苦笑とともに大きなため息をついた。
「ともかく、だ。」
イザークが冷静に課内の一同を見渡す。
「今回の事件は取調の後、検察に提示。警視総監には俺から報告する。そしてもうお前たちには次の事件に対処してもらう。先月から勃発している若い女性を中心とした『金品強奪事件』だ。今のところ被害者は身体的には軽傷で済んでいるようだが、いつ『強盗事件』に発展してもおかしくない、と三課からも応援を頼まれている。今度こそ『Vamp』に遅れを取らないよう、警察の威信にかけて、絶対取り逃がすな!いいな!?」
イザークの声に、署員一同が一斉に敬礼した。
***
<ピピピピ・・・>
気に入らない目覚ましのアラーム音が部屋に響き渡る。
既に目の覚めていたアスランがスルリとベッドから抜け出すと、隣の姫君はまだ眠た気に枕に顔を押し付けていた。
アラームを止めながらバスローブを羽織り、アスランはそのままシャワールームへと向かう。
腕を洗おうとしてふと気づけば、まだあの金の髪の柔らかな感触が残っているそれが消えてしまうのが妙に惜しい気がしてそっとそこに口付けた。
髪から雫を垂らしたままベッドルームに戻ってみれば、カガリが目をこすりながら微睡んでいるところだった。窓に引かれた分厚いカーテンは日の光を遮り、朝昼の判別がつかない。
「もう・・・時間か・・・?」
寝起きの掠れた声でカガリが問えば、微笑みながらアスランが答える。
「大丈夫だ。仕事は午後3時過ぎからだからまだ十分時間はある。朝は苦手なんだからカガリはまだ寝ていていいよ。」
「うん・・・」
言わんがすぐに顔の半分を枕に埋めながら、安らかな寝息を立てるカガリ。アスランはベッドサイドに座りながら、その柔らかな頬を人差し指の背でそっと撫ぜる。
血色は大分良さそうだ。この分なら慌てなくても暫くは大丈夫だろう。
潤んだ小さなさくらんぼのような唇までそっと指を滑らせたあと、頬に小さくキスを落とし、アスランは別室へと向かう。
そこは窓もない真っ暗な部屋。照明器具のスイッチも入れず、アスランは暗闇の中、手馴れたようにディスクトップパソコンのスイッチを次々と入れていく。
<キュイーーーン・・・・・・>
起動音を鳴らしながらモニターが浮かび上がる。
暗闇の中、画面の灯りを受けてアスランの翡翠の瞳が輝く。
それは先程までカガリを見つめていたものと同じものとは思えないほど、鋭さを備え冷たく冴え渡っている。
<カチャカチャ>とキーボードで暗証番号を打ち込めば、画面が切り替わり、いくつものデータが点滅するこの首都の地図。
その一つには警察幹部にしか判らないはずの機密データ―――シンやルナマリアたちの警察の張り込み現場が赤い点で点滅している。
更に
「「今までの逃走経路」・「襲われた女性たちの年齢・職業・ファッション・ビジュアル・好みの音楽性」・「事件発生時の場所から近いスタジオ・ライブハウス」・「発生時ライブを行っていたバンド・」・・・・・・」
データがいくつもの色覚点状を示し、それを一つの地図に重ねていく。
更に打ち込んでいくと、<ピー>という電子音と共に、一つの線がマークされていく。
一昨日未明に捕まった、暴行犯の『逃走経路』。
「・・・『Delete』。」
無機質な声でアスランがEnterキーを押すと、音もなく全てのデータが画面から消え、モニターは部屋と同じ漆黒へと変わった。
「フー・・・」
深呼吸とともに、椅子の背もたれに体重を預ける。
そこに<ブー、ブー>とマナーモードのスマートフォンがキーボードの横で弱い点滅を加えながらブルブルと震え始めた。
「・・・・・・。」
発信者の相手を画面で確認すると、アスランは深い溜息とともに通話回線を開いた。
・・・to be
Continued.
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>気がつけば主人公より何故か目立ってしまいました、ZAFT組こと捜査一課のみなさんです(笑)
イサークさんは性格がはっきりしているので、色んな形で活躍してくれるので助かりますねv 思わず応援したくなります。
次回こそは主人公‘s・・・ガンバレ!