Vamp! 〜第11楽章〜
♪「抱きしめた想いを解き放つ世界へ
舞い降りた君は Feel like a Precious Rose
砂の海に咲く 花一つ―――」
金の瞳を閉じて、思いの篭ったハスキーボイスがしっとりと歌い上げる。
「いいじゃないの〜v 今日も乗ってるね、カガリちゃんは♪」
コンソールルームの向こうで、プロデューサーのムゥ・ラ・フラガがご機嫌な声をあげる。
今日はレコーディングスタジオでの新曲録音。ニューシングルとなる『Precious Rose』は殺伐とした砂漠にたった一つ誇り高く咲く花をイメージした曲だ。アスランがカガリをイメージして自信を持って作り上げた。都会という砂漠のなかでも輝きを失わないカガリとも取れるが、たった一人「人ではないカガリ」であっても誇り高く生きている事を暗に意味している事は、このスタジオ内でもアスランとカガリしかいない。
「TAKE4 OK! お疲れ様でした!」
ミキシングマシンのグライコをOFFにして、防音ガラスの向こうからムゥの大きな○が出されると、カガリはイヤホンを外し「ふー」と一つ大きく息をつく。
「お疲れっ!こんな感じでよかったか?」
「もちろん。サイコ―だぜ♪」
ムゥが親指を立てれば、カガリもそれを見て満面の笑顔で答える。
「「イェーイ!」」
<パチン>―――カガリとムゥのハイタッチ。デビュー時からずっと『I.F.』のプロデュースを担当してくれているムゥは、アスランにとっても欠かす事のできない存在だ。だがこの妙に明るいノリに、アスランはやや引き気味だったのに対し、カガリは直ぐになついてしまった。
その様子を見るとどこか、自分の心の中に澱が溜まるような嫉妬感に襲われたが、やがてムゥの目当ては事務所の社長、マリュー・ラミアスだと知り、ようやく落ち着いた。
・・・しかし一体、カガリに対するこの独占欲はいつまで続くのだろうか。
いや、多分永遠に治まらないだろう。初めてあの金の瞳に惹き込まれたあの時から、この命が尽きるその時まで・・・
「どうした?アスラン。」
カガリが下から見上げるようにアスランの顔をうかがっていることに気付き、慌ててアスランが居直す。
「よかったよ。流石はカガリだな。」
「ホンとか!?アスランがそう言ってくれるなら、本当に大丈夫だな!私の声にすごい合ってるし。最高の曲をありがとな!」
「あ、あぁ・・・」
何故、彼女はいつもこんなにも正面きって人を褒められるのだろう。惜しみない賞賛や感想を素直に言ってくれる。上辺だけでごまかす事は一切しない。ただの素直ではなく、十分に相手の気持ちを癒してくれる。だからこそ、誰にも渡す気はしないのだが。
「さてと。じゃぁ後はミキシングだけなら、私はちょっと先に上がらせてもらうから。」
「あれれ、もう帰っちゃうの?」
カガリがさっさと荷物をまとめだしたのを見て、ムゥが目を丸くするが
「大丈夫です。後はいつもどおり俺が残ってチェックしますから。」
アスランが柔らかくムゥを制すると、「野郎と二人きりか〜」とやや渋い声をあげるも、カガリに向って手を振り、直ぐに真剣な顔に戻ってアスランと楽譜を付き合わせる。
カガリはスタジオから出る。その時アスランがムゥに視線を向けたまま、指で丸を作る。
カガリは頷いて外に出た。これは「もう一つの仕事」を開始する合図だ。
カガリがカーキ色のパンツに赤のTシャツと、目深にかぶった帽子に伊達めがねをつけた、いわゆる芸能人変装に着替えると、ポケットに折りたたんでいたメモ用紙を取り出す。
「先ずは、ストレイズ区の『シルバーファング』か・・・」
*
**
「『共通点がないのが共通点』??」
カガリが素っとん狂な声をあげると、アスランは静かに頷いた。
「警察の考えはあくまで『アーティスト達のファンを狙った金銭目的強盗』としている。ライブグッズなんかを購入するファンは確かに高額を持参している事が多い。だが、事件発生時間はあくまでライブが終わった頃。そうすると概ねのファンはグッズは買い終わった後だから、高額を持っている可能性は少ない。金銭狙いならそんな非効率な事しないで、もっと高額狙いの手段はある。」
「うんうん。」
「更に『アーティスト、またはそのファンに対する怨恨』という可能性も上がっていたが、こちらも7回の事件で標的はバラバラだ。特定のアーティストやファン同士の争いにしては、標的をあいまいにするために、他のアーティストファンを狙ったにしても、あまりにも効率が悪すぎる。」
「うんうん。」
「だから、それ以外で『アーティストやファンに関わる第三者』を上げてみればいい。」
「うんうん。」
「ならカガリに質問だ。『アーティスト』と『ファン』以外で、彼らに関わる者といえば一体誰だと思う?」
「うんうん・・・って、急に振るなよ!」
ずっと首を縦に振っていたカガリが、急に振られて慌てる。だが今度は首を横にかしげて「う〜ん」と真剣に悩む。いつも真っ直ぐに受け止める彼女のくるくる変わる表情がなんとも愛らしい。わからなくって降参する時は眉が下がって困った顔をする。そんな表情を見せられると、早く甘えて欲しくて心がうずく。
さぁ、今日はどんな顔をしてくれるか・・・
「『アーティスト』がいて『ファン』が聞きに来てくれるとして・・・あ!わかったぞ!」
自信満々の金の瞳が暗い部屋にキラキラと輝く。
「『スタッフ』だ!」
どうだ、まいったか!とでも言わんばかりに、PCの前に座っているアスランに上からふんぞり返ってみせるカガリだったが、アスランはすまなそうな顔で答えた。
「半分正解。」
「え〜たった半分!?」
眉間にしわが寄ったカガリ。今日は「降参」してくれなかったのが、アスランにとってもやや残念だった。アスランが笑いかけながら、カガリの眉間のしわをなぞる。
「ほら、しわ寄せていると、このまましわが残るぞ。」
「えぇっ!?」
カガリが慌ててそこを摩っていると、アスランはクスリと笑いながら、そっとモニターに向き直った。
「確かに『スタッフ』と言えなくもないが、被害にあったファンが行っていたアーティストの中には、まだインディーズでも客が少なく、照明や音響も全て『対バン』(※いくつかのグループでステージを共有する形式)同士で協力し合っている。だとすると確実に関わっている者は、その会場になった『ライブハウス』の関係者だったら・・・」
「―――あ!」
カガリが目を見開く。アスランは続けてキーボードを叩いた。
「事件のあったアーティストの結成以来のディスコグラフィーとツアーの情報が記録媒体として残っていた。それに基づいて、今まで利用したライブハウス及びコンサートホールを全て塗りつぶしていくと―――」
画面に映った地図に、様々な色のマークが点滅しだした。
「注目すべきはここ。」
アスランがエンターキーを軽く叩くと、色のついていないライブハウスが3ヶ所浮き上がった。
「『ここ』だ。この『3ヶ所のライブハウス』だけが、「彼らが共通して利用していない場所」。つまり―――」
「『共通点のないところが共通点』ってことだな!」
勢い込んでカガリが乗り出す。
「ご名答。」
アスランが満足気に頷く。
「とはいえ、これだけで『犯人』を決め付けるわけには行かない。あくまで仕入れた情報の中だけでの推理だ。決定的な根拠と証拠さえ掴めば次の事件場所を予想して、これ以上の犯行をさせないようにできるが・・・」
「じゃぁ、ここからが私の出番だな!」
カガリが胸を張る。アスランは頷いて言った。
「カガリ、頼む。この3ヶ所の中からできるだけ証拠に繋がるもの、若しくは発言を集めてくれるか?」
「まかせろ!」
意気揚揚とするカガリに、アスランはすっとカガリを抱き寄せた。
「アスラン?///」
「女の子の君にこんな危険はさせたくないんだ。でも」
「わかってるって!無理はしないさ!」
「今度のレコーディング後にミッションスタートだ。スタッフはこっちで引き受けるから、どうか気をつけて。」
「うん・・・アスラン、私のためにいつも苦労と心配かけてごめんな。」
「いや、俺は君の為だけじゃない、俺自身のためにもやっているんだ。」
(そう―――少しでも父の仕事を早く楽にして、母の元へ帰れれば―――)
「アスラン・・・」
カガリもアスランの背に手を回して目を閉じる。手に伝わる背中のぬくもりが愛おしい。
(アスランはご両親に懺悔しているんだ。アスランだったら、本当は今頃お父さんの下でお父さんの仕事を、こんな風に「こそこそ」、じゃなく堂々と手伝って、ご両親を安心させて上げられたのに・・・。アスランは私の方を選んでくれた。だから私も私にできる事でアスランを助けてあげたい。私の『狩り』のためだけじゃなくって・・・)
ふっと離れた顔、互いの瞳に吸い込まれるようにして唇が重なった。
***
ライブハウス『シルバーファング』は、ストレイズ区の中心駅から徒歩10分程度の雑居ビルの地下にあった。
なにやらベースの響く音が聞こえる様子から、今日は何かライブを行なっているらしい。
通りに面した壁に小さな黒板があり、白チョークでバンド名と曲目が書いてある。出演バンドの名前が2つ書いてあるところを見ると『対バン形式』のようだ。
暗い階段を下りようとしたカガリに、踊り場付近の小窓から声がかかった。
「ちょっとアンタ、入場料3000円とドリンク代500円、ここでちゃんと払っていきなさいよ。」
見れば今時珍しく金髪の山姥メイク、ゴスロリを着こんだ年齢20前後くらいの女性が、小窓の隙間から左手を出していた。『室内禁煙』と堂々と張り紙がしてある横で堂々とタバコを吹かしている。喉が商売道具であるカガリはタバコは大敵だ。さりげなく避けたつもりだったが、ゴスロリは只でさえ不機嫌そうだった気分を更に害したらしい。
「今日も外れだよ。」
そうとだけ言い残して、さっさと奥に引っ込んでしまった。
「なんだよ。接客がなってないな。」
今度は遠慮なしに思いっきり咳き込んでから階下に向かい、防音扉を開けてみれば、観客はテーブルに10人弱。確かに高校の文化祭で軽音楽部が演奏しているのとレベルは変わらない。天井を見ればメインライトとサーチライトがあるものの、光彩ライトはこれまた、今時珍しい赤・青・黄のセロハンで、ところどころ破れている。スピーカーもマーシャルアンプもどれも年代ものだ。
「でも・・・これが「始まり」ってやつなんだよな。誰も・・・」
一番奥のテーブルに座ってミネラルウォーターを頼む。頬杖をつきながらカガリは目を瞑る。夜間高校での学園祭。一般課程の高校生と違って、夜間高校は年齢も職業も夜間に通わなければならない理由も様々だった。だが必死に勉強する姿勢は一般課程の学生以上だった。そして小規模ながらの文化祭。僅かの生徒を前に初めてステージに立った。緊張のあまりちゃんと歌えたのかどうかさえ記憶にない。でも皆が拍手とアンコールをくれた。あの感動があったから、今の自分がいるといっても過言ではない。
<ジャーーーン!>と大きなFコードで演奏が終わった。
「あ。」
慌てて我に返る。今は過去に浸っている場合ではない。カガリはバックステージを覗きに行ったが、スタッフも先ほど演奏していたバンドの構成員と変わりない年齢だった。対バン同士でスタッフも掛け持ちしたのだろう。どうにも年季の張った道具類とは釣り合わない。するとこのライブハウスの経営者は別のところにいるのだろう。カガリは仕方なく入口まで戻って、ゴスロリのいる窓口を叩いた。
「何?」
やっぱりひどく機嫌が悪い。
「あのさ、ここのライブハウスのマスターっていないのか?」
「親父?オヤジなら今、上のバーでウェイターしてるけど・・・それよりさ、アンタどっかであったことない?」
ゴスロリがカガリが目深にかぶった帽子の下から覗き込もうとする。
「なんかさっき来た時から気になってたんだよね〜アンタさぁ、名前教えてくんない? 有名人ならサイン欲しいじゃん!だからさ―――」
慌ててカガリが頭を降る。
「い、いや、私ここ来たの初めてだし・・・き、気のせいじゃないか??」
「そうかな〜でもやっぱり―――」
「お、教えてくれてありがとなっ!」
「あ!ちょっとぉーー・・・」
正体がバレたら仕事どころじゃない。カガリは早々にすぐ左脇にあった階段を駆け上がり、雑居ビルの3階にあったカウンターバーに入った。
「いらっしゃ・・・って、子どもは入れない店だよ。帰りなさい。」
確かにズボンにTシャツ、帽子の出で立ちはどう見ても大人には見えない。でもカガリだって大人のプライドがある。
「私はもう20過ぎだ!」
「え!?」
店のマスターは慌てて目を凝らすが、顔を見られるわけにも行かず、カガリは所在なげにカウンターの一番入り口近くに座った。
床も壁も天井もカウンターも全て板張りで、まるで西部劇に良く出てくる酒場のようだ。磨きこまれている分、地下のコンクリート剥き出しのライブハウスより、よほどお金がかかっているように見える。
と、詳しい観察は後々。怪しまれないように普通のお客のフリしなきゃ!
「え、えっと、『ギムレット』。」
「かしこまりました。」
言うが早いかあっという間にロックグラスが酒を満たしてカガリの前に滑り込んでくる。
一口飲み込めば、冷たい液体なのに、焼けるような感じで喉を滑り落ちていった。
しばらく落ち着けば、アルコールの助けもあって、少し度胸もついてきたところで、カガリは早速調査に入る。
「なぁ、下のライブハウスのマスターって―――」
「俺に何か御用ですか?お嬢ちゃん。」
まだ子ども扱いされている。怒りを押さえてカガリは尋ねた。
「結構機材古いな。音響板も。」
「おや、行ってくれたんだ。ありがとな。まぁそうだよ。最近は新しいライブハウスもできて、綺麗だし機材は最新ときて、みんなそっちに客が流れちゃうんだな。お陰で段々利用してくれる人がいなくなって、今ではそう、お嬢ちゃんもさっき見てくれたように、高校生が本番前のステージ練習に使うような感じだよ。」
50歳くらいだろうか。身長は175cmくらい。バーテンダーらしいチョッキを着ているが、結構肩幅は広そうだ。手のひらも大きく、特に磨いているグラスを持っている左手は指先の爪皮が厚く、その無骨そうな指先で、華麗に繊細なカクテルを作り上げている。
「じゃぁ、ライブハウスではあんまり儲けはないな。大変じゃないか?」
「おや、こんなお嬢ちゃんにまで心配してもらっちゃって。ありがとな。うちの娘にも「こんなのいい加減手放せ」って言われてるよ。」
口元の『ほうれい線』を更にしわ寄せてマスターは苦笑した。
「でもこのビルは元々俺の地所だし、固定資産税やらいろいろあるけど、このバーと貸している部屋代で何とか生活できているから、下のステージは自分の娯楽と思っているよ。『青春の一ページ』っていうか」
「うん。何かそれわかる。」
カガリが力強く頷く。
「あそこにいたら、初めてメンバーと一緒に音出したときのこと思い出したんだ。自分が音楽をやり始めた、大事な時間。あの感動は「消せ」って言われたって絶対消せない。一生大事に取って置きたい時間と空間だな、って。私は学校の体育館がステージだったから、取って置く事もずっと居続ける事もできないけど、もし取っておく事ができたなら、ずっとずっと大事にしたい・・・」
瞳を閉じてゆっくりと話す少女に、男は何時の間にか少女の世界に引き込まれる。「汚い」「古い」と言って去って行った者達。でもこの子は一度あの場に来ただけで、どうしてこんなに自分の大事にしたいものを判ってくれたんだろう。この子は一体・・・
溜まらず男はカガリに声を掛けた
「あの、君は―――」
「ごめん、もう行かなきゃ。『ギムレット』美味しかったぞ。ありがとな。」
スツールからストンとおりて、出口に向う。その後ろからマスターが歓喜を含んだ声で言った。
「君と話ができてよかったよ。私はタチバナというんだ。また来てくれ!」
カガリは振り返り頷く。その時床に敷かれた木板の隙間からキラキラと光を放つものがあった。
カガリの視線にマスターが気づく。
「あ、これはお客がグラスを割ったとき、掃き取ったんだが、溝に落ちて取り切れなかった物なんだ。踏まないように気をつけて。」
そういいながらタチバナはそこにしゃがみこむ。
―――「靴底に細い線」―――
カガリは不意にアスランが見せてくれた下足痕のことを思い出した。
・・・to be Continued.