Vamp! 〜第10楽章〜
秋の夜空は釣る瓶落とし。まだ終業前だというのに既に日は暮れかかり、車通りの激しい環状道路は、光り輝くネックレスのような車のテールランプが家路に向って繋がっている。
今朝はあれほどまぶしい青空を映っていた窓は、今は暗がりに反射し、この残業ムード満々の部屋を煌々と映し出し、まるでこの部屋が2倍の広さに見えるようで憂鬱だ。
「はぁ・・・」
自分のディスクに突っ伏して、ルナマリアが深いため息をつく。
こんな残業が毎日続けばシンとのデートは一体いつになったらできるだろう。前回のデートでシンの好きなアクション映画を見に行ってから、もう2ヶ月も経ってしまった。ストーリーなんてすっかり忘れている。
それだけではない。若いとはいえ不規則な生活のストレスと睡眠不足で肌だって荒れてきた。ここ最近は化粧ののりが特に悪く、メイリンに様々なパックやら化粧水を押し付けられているが、それでも大して効果がないのは乙女としては死活問題だ。
「おい、何をやっているホーク姉!さっさと会議室に来い!」
美しいプラチナブロンドの髪を逆立てて、上司が廊下から怒鳴っている。
朝から全くテンションの落ちない上司。しかもサラリとした髪も陶磁器のような肌も全く崩れたところなど目にしたこともない。一体どんなお手入れをしているのだろう。
・・・というか私たちを怒鳴る事で、ストレス発散にしているのではなかろうか。
「は〜い。」
やや間延びした返事とあえてゆっくりと緩慢な動作で起きだしてみせたことで、ルナマリアは精一杯の抵抗をしてみせた。
会議室では既にレイが机上に配布資料を配り終えていた。シンはこのところ現場検証に引っ張られて行く事が多く、相当疲れているのか先程のルナと同じように机に伏している。レイはイザーク警視と同じで朝から全く顔色一つ変わらない。同期とはいえ何でこんなに個人差があるのだろうと、シンの隣に座ったルナマリアが考えていると、大きな音をたててイザークが正面の総責任者席に<ドカッ!>と座り、その様子を見て慌てて着席しだした捜査官たちを見下ろした。
椅子の音から既にご機嫌斜めな様子がビシビシと伝わってくる。その音でシンが『起き上がりこぼし』のように<ビクッ!>と姿勢を正したのを見て、ルナマリアが思わず噴出す。
「なんだよ、ルナ。」
「ううん、何でも。」
気分がすぐに顔に出るところは上司に似てきた。まぁ2人とも素直なのだろう。そう思えばなんか可愛い。
「おいそこ!本題に入るぞ!」
プラチナブロンドが逆立ったのを見て、今度は慌てて2人揃って<ビクン!>と姿勢を正した。
「いい加減お前達も判っているだろうが、先日から続発している『強盗事件』についての捜査状況だ。まずはこれまでの経緯の概要を説明する。ハーフネンス。」
「はい。」
すると一番左手前に座っていた、長い黒髪の女性が立ち上がった。美しく理知的で落ち着いた印象から署内の男性職員のマドンナ的存在となっている「シホ・ハーフネンス」だ。
「先ずはお手元の資料をご覧下さい。」
静かな会議室に紙の擦れ合う音がする。
「最初に『被害者の年齢』、『被害者性別』、『被害者職業』、『事件現場』、『発生時間』、『被害状況』についてですが、『被害者の年齢』は10代後半から70代まで。『被害者職業』も学生から会社員、バイト、主婦業と全く一貫性がありません。共通点としては『被害者女性』が全員『女性』であることと『発生時間』が概ね21〜23時台ということです。『事件現場』は繁華街を離れた人気のない駐車場や裏通りが主。最近こうした事件が連続しているため、安全のため照明のある表を通るように呼びかけたり、警備会社を通して警備誘導しているところもありました。ですが中にはこうして人気のない裏に行くものが後を絶たず、被害者にその理由を問いただしましたが、口ごもる者や「近道だから」との回答でした。危機感を抱いていない者が多いです。『被害状況』は当初は財布や携帯等が入っていたバックごと奪われただけでしたが、最近は殴るなどの暴行も行なわれています。そしてこれが最大の共通点かと思いますが、お気づきのように全員「何らかのコンサートやライブ」に参加した直後に襲われております。」
「で、質問だけどさ。」
やはり一番前列に座っていたディアッカが、ペンを器用に指の間でくるくると回しながら言った。
「その女の子達ってみんな金持ちそうな格好していたってこと?あの、ほら、ヒラヒラしたメイドさんみたいな―――」
「『ゴスロリ』ですか?」
ルナマリアが口を添えれば「そうそう!」とディアッカが頷く。だが
「いえ、確かに被害者の数名はそうした特徴的な服装だったようですが、着物のご夫人やTシャツとショートパンツという軽装のものもおります。」
シホの一刀両断にディアッカが「あっそ。」と肩をすくめて見せる。
イザークがふと思い出したように手を挙げ、シホに質問した。
「大体「ライブ」ということなら、何か特定のロックミュージシャンの熱狂的な追っかけとかなんじゃないか?あの・・・『I.F.』みたいな・・・」
イザークが勢い込んで話し出すも、珍しく失速する。
「どうかしましたか?警視正。」
「い、いいやっ!何でもないっ!」
思わず口にしてしまった。いっつも学校ではTOPクラス。運動でも勉強でも俺が勝ったことが一度もない『アイツ』。自分の上司になったのならまだ納得いくが、何が良かったのかいきなりミュージシャンになって、アッサリとエリートコースを捨てた涼しい顔のライバルを思い出し一人悔しがった。
それに気付いてか、ディアッカが苦笑しつつ助け舟を出す。
「で、その「アーティスト」とやらは同じなの?同じじゃなくても例えば『ロック』とか『レゲエ』とか『ジャズ』とか特徴が一緒みたいな。」
「いえ、ロックからジャズだけではなく、フィルハーモニーカルテットや津軽三味線のような邦楽までとジャンルは一定しておりません。」
「まぁ70代で『ロック』ってないけどな。」
「いえ70代の方はそのロックで、邦楽は40代の女性です。」
ディアッカの言弾(だんがん)はシホが容赦なく全て撃ち落していった。ディアッカはまたも肩をすくませ「あっそ。」と呟く。
「あのー、例えば『事件現場』ですけど、範囲の限られた特定のライブハウスとか会場とかないんですか?」
シンが珍しく冴えた質問をして、隣のルナが目を丸くして驚いた。
「いえ、この首都には50弱ライブハウス及びコンサート会場がありますが、どこと決まった会場ではないようです。」
結局は大きな手がかりになるものは全く得られていない、ということで、会議室内の全員が「はぁ・・・」と思いため息をついた。
だがシホはそんなため息にも負けず淡々と続けた。
「続きまして『加害者』についてです。『特徴』は身長175cm前後。中肉中背。年齢不明ですが体格や襲われた時の状況からして20〜40代。声は発した様子は見られませんでしたが、被害者達の聴取から、反抗に武器のようなものは使わず力だけで奪いに来る様子や、背格好からいって男性と思われます。気になるモンタージュですが加害者は『目だし帽』のような特徴を隠すものはつけておらず、目深な帽子だったそうですが、あまり照明の効かないところまで誘導してから犯行に及んでいるようなので、被害者たちは暗くて加害者の顔の全体像まで見えないと思われます。服装も目深帽もその犯行時々で変えているようですが、被害者が暴れた時に付けたとみられる加害者の衣服の繊維痕から、どれも至極一般的に大量に流通しているもので、顔さえ覚えられることがなければ、特徴たるものがない「大勢の中の一人」になるのです。」
「加えれば、直ぐに夜の都会に溶け込める、どこに現れても違和感のない姿、ということか。」
イザークが椅子の背もたれに体を預けて考え込む。
「はい。そして現場に残されていた下足痕(ゲソコン)ですが、被害者と犯人のものと思われるもの一つずつありましたが、犯人と思しきものが事件現場によって26〜28cmとサイズが合いません。したがって犯人は一人とも断定がつかないのです。」
シホが加えるとまたもや部屋中で「はぁ・・・」とため息が落ちる。
部屋内に立ち篭める陰鬱な空気に押されて、イザークまでもがその人も羨む美しいプラチナブロンドを掻き乱す。
「全く目立った特徴もない。共通点は『被害者が女』で犯行時間が『ライブの後』のみ。加害者が現場に残した特徴が一致しない。どこから手をつけるか―――」
「ジュール警視正。」
イザークの愚痴を遮って、レイが音もなく立ち上がる。
「もう一つ犯人の特徴と思しきものを、鑑識が発見しました。」
イザークが目の色を変えて飛び上がった。
「なにぃ!?何だ、それは!?」
「『下足痕』に『細い筋』?」
カガリが不思議そうに目を見開いて、アスランの肩越しにPCのモニターを覗き込む。
夕方から始まった音楽雑誌のインタビューを終えると、自宅に戻った二人は早速アスランの自室で、『もうひとつの仕事』へと取り掛かっていた。
「そう。これだ。」
父のPCを通じて極秘にコピーした警視庁情報を開いて、アスランはカガリに「それ」を見るよう促す。
画面には数個『下足痕』の写真が並べられ、そこに白い矢印がいくつかの部分を指し示している。どれも細い傷のような筋が、足底をほぼ真横に走っていた。
「場所から言って『土踏まずの少し上』いわゆる『足のアーチ』の部分。しかも『右足のみ』だ。」
「すごい細いな〜。矢印がなきゃ肉眼で見つけるのはやっとだ。でもさ」
「どうした?」
「みんな靴の大きさバラバラだぞ?犯人って複数人いるんじゃないか?」
「いや『一人』だ。」
「え?」
キョトンとアスランを見るカガリに、アスランはカガリに視線を合わせると、軽く微笑んで指でモニター上の下足痕の『ある部分』をなぞった。
「・・・『かかと』?」
カガリがその場所をいうと、アスランは「正解」と言う代わりにゆっくりと頷いた。
「この右踵部分がやや鋭利に地面に突き刺さっている。どの靴であってもだ。こういうクセは複数人に同時にあるものじゃない。クセは変えられないが靴の大きさは変えられる。多分一番サイズ的に合うのは26cmのものなのだろう。犯人が一人ではないと見せかける為、犯行時に別々の靴を履いたということだ。」
「ふふん♪ でも、その推理には無理があるぞ。アスラン。」
私もいいところに気がついたんだぞ!とばかりに、カガリは得意満面に言った。
「どこがだ?」
「でっかい靴なんか履いていたら、ダブダブで被害者を追いかけたり逃げる時に脱げるぞ?」
アスランに負けるもんかと言うかの如く、カガリはアスランの推理に突っ込む。それが実はとんでもないヒントに継っていたりするのだ。そうなると頭脳派のアスランとしてはやはり負けるわけにはいかない。勝気なカガリは言いくるめられるとぷっくりと膨れるか、一生懸命ムキになる。そんなカガリもアスランのお気に入りなのだが、でもそんなことはおくびにも出さず、涼しげな顔でアスランはいとも簡単に答えてみせた。
「もし犯人にとって『直ぐに犯行を実行できて、更に逃げても直ぐ隠れられる場所』があったら?」
「は?」
「犯人は『帽子一つ』で大して顔も見られていないが、普通、犯行に及べばある程度でも服が乱れたり汚れたりするはずだ。そうしたら犯行後、人目につく場所に行ったらどんなに流通しているものでの服装であれ、やはり周りの人間から見て違和感が出る。だがそれがない。ということは潜伏できる・若しくは中継地点にできる場所―――つまり直ぐに着替えたり、靴を履き替えられる場所が近い、ということだ。」
狐につままれていた表情のカガリ。だがアスランの説明を聞くと金の瞳がみるみる輝き、驚きと感嘆に溢れ出す。勝気だが、正論を言えば、素直に喜び賞賛してくれるのだ。
「本当だ!すごいな、アスラン!すっごくよくわかったぞ!でも・・・」
「ん?どうした?」
「すごく広いこの街のどこを探せばいいんだ? 犯行現場もバラバラだし、犯行現場に近い潜伏場所なんて幾つも用意してなきゃいけないじゃないか。犯人は一人だったら、いっぱい隠れ家持っているヤツでないとムリだぞ。そんなヤツどうやって見つけるんだ? 警察だって「共通点なくてバラバラだ」って言ってるじゃないか。」
「いや大丈夫だ。『共通点』ならあるから。」
「??・・・どこがだ?」
訝しげなカガリの顔をアスランは両手で抱え込むようにして引き寄せる。柔らかな頬にそっと唇をつけると、みるみる赤くなるカガリにお構いなしに、アスランは唇をカガリのその耳元に寄せて囁いた。
「『共通点がない』という『共通点』だ。」
・・・to be Continued.