Two Shots   −4th.stage−

マグナムは想像以上に重かった。

 

それだけでなく、今のカガリにとっては分が悪かった。

 

普段の動きやすい服装であれば、咄嗟の体勢の立て直しなど、充分に出来るはずだった。

 

 

只、今身に着けているのは―――履き慣れないハイヒールと、足首まで埋まるほどの長さの、レースをふんだんにあしらい、膨らませられたドレス―――

 

それが、カガリの重心のバランスを崩れさせた。

 

 

銃の反動を真似たつもりが、逆にその重さに泳がされ、後ろにそのまま反っくり返る状態になってしまった。

 

「―――!!」

 

後ろ向きに床に打ち付けるようして倒れそうになったところを、アスランは紙一重でカガリの身体と床の間に、自らの身体を滑り込ませて抱き止めた。

 

「〜〜〜っ。痛たぁ〜〜」

「…だからあれほど、重いから気をつけろと―――」

 

 

マグナムを取り上げ、叱るように言いかけたアスランの頬を―――金の髪が柔らかな風に煽られ撫でる―――

ほのかな甘い香り―――シャンプーかバスソルトかなにかの香りだろうか―――が、鼻腔をくすぐる―――

『オーブ』の温かな気候の所為か、薄作りのドレスから、抱き止めたカガリの身体の温かさが伝わってくる―――

剥き出しの肩は―――今まで気付かなかったほど、酷く華奢で小さく見えた。

 

 

「…ご、ごめん…」

 

謝るようにして、白い頤を仰け反らせて、後ろ向きにアスランの顔を見上げるカガリ―――

 

 

 

 

―――金の瞳と翡翠色の瞳の視線が重なる

 

 

 

その距離…僅か10数cm―――

 

   

   

   数時間前までの『プラント』と『地球』の距離が―――まるで嘘のような―――

        

        

 

あの『最後の出撃』の前に

        お互いの気持ちは確認したはず―――

        もし、あの時と『何一つ』変わっていないなら…

        

        

 

 

―――このまま…

        

        

        

        

カガリは不思議そうに、只アスランの顔を見上げている。

相変わらず、『こうした状況』には鈍いようだ。

心の中で苦笑しながら、自然と込み上げてくる想い―――

 

 

その顎を軽く引き上げ、自分の顔を近づければ―――今なら簡単に奪えてしまう…

        

        

        

 

―――唇が僅かにかすめた…

        

        

        

        

「!? ―――駄目だ!!」

 

 

ホンの一瞬、触れるか触れないか、といったとき、カガリがアスランの腕から逃れるようにして、後ろに後ずさった。

 

「…カガリ…」

「駄目だ! …その…お前…」

「・・・」

「ル、“ルージュ”が付いたら…お前、気持ち悪いだろ!?」

「…はぁ?」

 

 

そう言いながら真っ赤になって、カガリは自分の手で自分の唇を拭う。

 

「…“付いたら”って…で、何でカガリが唇拭うんだ?」

「…あ…」

 

 

気恥ずかしかったのか、余程慌てたのか、カガリの手には拭ったルージュの鮮やかな赤が、ベッタリと付いている。

「わっ///」

 

床にペタンと座ったまま、自分の手を見つめ、更に顔を赤くするカガリ―――

その姿がやはり彼女らしくて、自然と笑いが零れてしまう。

 

「〜〜〜っ 笑うなっ!!///」

 

 

手についたルージュをふき取ろうと、辺りを見回すカガリを見つめながら、ふとアスランは思った。

 

 

―――多分、カガリのとった行動の方が『正解』だろう…

   

もしあのまま受け入れてしまったら…感情は何処まで歯止めがきいただろうか?

   もしカガリの『想い』も自分と同じだったら…なし崩しに抱いてしまったかもしれない

   薄いドレスの合間からみせる白い肌に…全部『自分のものである証』を刻み込むようにして…

   誰にも渡さないように―――

 

 

「そ、それにだな! ラクスの護衛で来てるヤツが、その…『こんな事』してるなんてバレたら…お前…マズイだろ!? やっぱり…」

 

手についたルージュをハンカチでふき取りながら、さも付け足しの様に言い訳しているが、言葉の中にさり気なく、自分を気遣ってくれているのが彼女らしい。

 

「…ごめん…」

「お前、いちいち謝りすぎ。…ったく、謝るくらいなら、こんな事するなよな…」

 

 

未だソッポを向いたまま、真っ赤になって呟くカガリに、答えになるかとアスランがカガリに向き直る。

「大丈夫。確かに表向き『ラクスの護衛』だが、他にも『護衛』はいるし…。今はキラが護ってくれている。」

「キラぁ!? アイツちゃんと護れるのか!? 一応軍人だったくせに、MSはともかく銃も使えないんだぞ!?

…“モールス信号”は判ったけど…」

「…?…“モールス信号”?」

「知らないのか? …やっぱりザフトじゃ、そんなのやってる訳ないか…」

「いや、少しくらいなら…聞いたことがある。」

 

 

―――確か、アカデミーの頃だったか…敵軍にある通信方法の一つとして、傍受の必要がある場合にと、簡単に教わった気がする。

「ナチュラル共の、下等な通信手段だ!!」

等といって、イザークが馬鹿にしていたっけ…。

 

 

「とにかく、キラは―――アイツは大丈夫だよ。 『大切なもの』は…ちゃんと護るから…」

 

アスランの穏やかな答えに、カガリもふと思い出す。

 

 

―――そう言われれば、『バナディーヤ』で、銃も使えないくせに必死になって護ってくれた。

只、キラが『本当に護りたかった人』は…あの戦争で亡くしてしまった。

それが、今も深く心に傷を残している事は、充分に知っている。

 

今、傍にいてくれるのがラクスでよかったのかもれない。

 

 

 

「…うん。」

 

 

小さく頷くカガリに、笑顔が戻る。

「でも! やっぱり、アイツは私が護ってやんなきゃな! 姉として!!」

「“姉”って…」

 

(…未だにそう信じているのか…)

 

何処から湧いてくる自信なのか判らないが、これ以上笑うとカガリの機嫌を損ねかねないので、あえて笑いを飲み込みながら、アスランはふと、先程カガリが言った言葉への疑問を投げた。

「『護る』のはともかく…『お前』は大丈夫なのか? ちゃんと『護衛』は?」

「だーい丈夫だって! キサカもいるし。」

「だが、さっき言ってた“非常時”って…『中庭に道』を造ったっていうのは―――」

「あぁ、アレか? 別に狙われた事とか今までないし…『万が一』って話さ。」

「…まぁ、お前なら銃の扱いも知っているから…」

「? 銃なら無いぞ?」

 

キョトンとしながらいうカガリに、アスランは一瞬驚く。

あれだけ何時も携えていたカガリが、どうして…

 

「どうして…何時も持ってただろ?」

「・・・取られた。」

「誰に?」

「・・・キサカに・・・」

 

再び顔を赤らめながら、視線を逸らすカガリ。

 

 

―――銃を携え、再び血生臭い世界に足を踏み入れるようなことはせず、護衛は任せて国の事を学んで欲しい―――

 

大方、キサカ―――若いては亡き父、ウズミの願いでもあるのだろう。

カガリの小さな手に、これ以上銃は持たせたくない気持ちは、アスランも同じだった。

 

 

「…でも、やっぱり何かあったときって考えると、銃くらいあった方が気楽なんだけどなぁ…お守り代わりに。」

天を仰ぐようにして呟くカガリに、苦笑を漏らしながらアスランが胸元から一つの銃を取り出し、カガリに手渡す。

 

「はい、これ。」

「?…これって…『トカレフ』?…でもこれってお前のじゃぁ…」

「『オーブ』なら安心な要素が多いからな…その為にラクスも此処を選んだ訳だし。…こんなものを使う機会は無いと信じている。それに…」

「…?…“それに”?」

 

不思議そうにアスランの顔を見つめるカガリに、アスランは胸元を押さえてカガリに微笑む。

 

 

「俺にはちゃんと『お守り』がついているし…な。」

 

 

 

*        *        *

 

 

 

ラクスの地球滞在期間は1週間を予定されていた。

 

『オーブ』だけでなく、近隣の諸国まで出向く事もあったが、その際はロアン・カミュらがその都度で同行し、護衛に当たっていた。

どうやら、こうした『護衛』も今回の訪問先や、関係諸国で持ちまわりしているようだ。

 

 

流石というべきか―――ラクスの周囲に与える影響は、父シーゲル・クラインに負けないほどの卓越した演説と、『歌姫』として培ってきた人当たりで、地球側にも好印象を博していた。

もちろんカガリも―――中立国『オーブ』の代表として、会談の場や講演にも参加した。

歳若い女性二人が、ナチュラルとコーディネーターの壁を越えて、仲よく共にいる姿は、これからの地球とプラントの未来の道を示しているようだ。

 

 

 

地球からの『護衛役』―――ロアンはその様子を伺いながら、見るともなしに入ってくる“不思議な光景”に、ボンヤリと思考を巡らせた。

 

“不思議な光景”―――その存在自体が不思議なラクスも無論だが、それ以上に気になったのが―――同じ『護衛役』としてラクスが連れてきた、酷く大人びた―――と思っていた少年、アスランの“表情”―――

 

最初に出会った時は―――落ち着いていて、冷静に対処できる能力…表情一つ変えない冷淡さが印象に残る少年だった。

しかし、肩を並べ、共に仕事をこなしている間に…妙な好奇心がロアンの心に浮んだ。

 

殆ど冷淡と思われていたアスランの表情が、時折だが…可笑しそうに笑いを零したり、心配そうにしたり、優しげな眼差しを向けたり…僅かに変わっていることに気づいた。

 

初めはそれがラクス・クラインに向けられているものと思っていた。

 

―――だが、それは間違いだった。

 

そんな表情を見せるときの彼の視線は―――ラクスではなく、違う誰かに向けられている、ということに。

 

―――それが誰なのか・・・

 

アスランの表情が、とある人物の表情や行動に、酷く左右されていること。

 

 

コロコロと感情のまま、豊かに変わる表情…裏表無く、人に接する態度―――

 

     

     ―――オーブ首長国代表『カガリ・ユラ・アスハ』

 

 

(…なるほどねぇ…)

 

ロアンは地球に向かうシャトルの中の“違和感”が、間違いではない事の確信を得た。

 

 

 

*        *        *

 

 

 

その後の1週間は、殆どトラブルらしいトラブルも無く過ぎていった。

 

最終日は、大きな会合が一つ―――そこで、プラント側からある提案がなされるということ位で、夜は送別を兼ねたパーティーが、アスハ邸で行われる予定になっている。

 

 

(…これで、全部…終わるんだよな…そうしたら…ラクスが帰って…アスランも…)

 

 

これまでの疲れも手伝ってか、会合の席に付いていたカガリが、ボンヤリとラクスから発表される『提案』を聴いていた時―――

 

 

「――――。」

 

 

ラクスの発言に、一瞬耳を疑う。

 

 

(―――!? 今、何て…!?)

 

 

大きく眼を見開き、今のは聞き違いではないかと、席から立ち上がる。

 

 

 

「ラクス…今…“何”て言って…」

 

 

「お話した通りです。」

 

 

何時もの柔らかな微笑みではなく、毅然とした表情―――『エターナル』で指揮をとっていた時と同じ―――

 

カガリを一度見やると、再度会合に座した一同に向かって、ラクスは言い放つ。

 

 

 

 

「わたくし共『プラント』は―――『キラ・ヤマト』の『プラント』への技術提供と、その為の移住を強く希望いたします―――。」

 

 

 

 ・・・to be “next stage”.

 

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>ちょっと甘い部分を継ぎ足してたら(笑)こんなことに…。

 NamiのSSでは王子・・・姫に甘すぎですね(笑)

 只、どうにも『ロマンアルバム』とか読むと、『こう』なってしまう、罪な妄想…許してくだされm(__)m

 

 …さて、カガリのピンチ!・・・『キラがプラント』へ!?

 ラクスの仰天発言から、急展開!!

ようやく山場に入ります…が…上手くまとめられるかなぁ〜(汗

                                 >Nami