太陽の花
剥き出しの外壁にまぶしい光の入るガラス窓。
その一室で、一人の少年が黙々と機器に向かい合っている姿を、エリカ=シモンズは遠巻きに眺めていた。
表情を殆ど崩さない、冷静な翠色の瞳、――-だが決して人当たりが悪いわけではない。
現に彼に周りには数人の人だかりができていた。
「・・・あの、アスラン様。・・・ここちょっとわからないんですけど・・・。」
声をかけられ、濃紺の髪が振り向く。
「・・・あぁ。ここはこうして・・・。」
「ずるい! わたしも―!」
・・・・・・
こんな光景がここ頻回にみられる。
ここは元オーブ、オノゴロのモルゲンレーテの研究施設。
地球連合軍の攻撃により自爆し、大破した施設を急ごしらえではあるが建て直し、今は地球再建に必要な研究を行う日々が続いている。
終戦後の復興に是非協力を、と申し出たところ、アスランは殆ど二つ返事で引き受けた。
コーディネーターとしてだけでなく、元々の素質もあったのか、その手腕はエリカも目を見張るほどであった。
いつも通り、余裕のある、涼やかな表情で仕事をこなす・・・そう、たったひとつを除いて・・・
「なにやってんだ? こんなにいっぱい並べ立てて。」
「か、カガリ!?」
人垣をかきわけるようにして覗き込んだ、金の髪と瞳を持つ少女が真っ直ぐこちらをみつめる。
カガリはいつもの正装ではなく、周りと同じモルゲンレーテの作業着を着ていた。
「〜〜なんか訳わかんないものだらけだな。」
「あぁ、これは地中に埋め込まれたNジャマ―を除去するための試作で、量子インプラントが圧縮されたときの数値を計量して・・・。」
・・・さらりと説明しているようだが、当のカガリの顔は段々と憮然とした表情になってきている。
「だぁぁ!! もう!! 私にもちゃんと分かるように説明しろよ!!」
「ちゃんと分かるように説明しているつもりだけど?」
余裕たっぷりの、少しおどけたような笑みを浮かべ、アスランが答える。
彼がこんなに自分の表情をみせるのは、ここではこの少女だけ・・・。
「あ〜もういいっ!! それよりお前、ちゃんと飯食ったのかよ?」
「はぁ?」
突然の問いに近くの時計を見ると、もう午後はとうにまわっていた。
「食うときは食う! 休むときは休む! だから分かりやすい説明もできなくなるんだ!」
「おい、ちょっと待てって・・・。」
そういって、無理やりアスランの腕を引っ張るようにカガリが連れ出していく。
「お前らも、ちゃんと休むときは休めよ。根詰めすぎんな。」
取り巻いていた数人が後を追おうとするが、エリカが微笑みながらやんわりと声をかける。
「・・・だめよ。あなた達。お邪魔しちゃ・・・」
* * *
「あ〜ぁ、やっぱり、外の方がきもちいいなぁ。」
背伸びをしながら、あっけらかんとした表情を見せる彼女を見ると、本当に今が平和になったと思う。そう思うとアスランの表情も自然と穏やかになる。
「・・・お前はこんなところにいていいのか? もうすぐ終戦記念式典があるんだろ?」
「・・・わかってる。でも今日午後は休みとったんだ・・・。」
少しカガリの表情が曇った感じがする・・・。具合でも悪いのかと問いかけようとするアスランより先に、カガリが話し出す。
「・・・一年前さ・・・」
「ん?」
「・・・お前、向こう側にいたんだよな・・・」
フェンスの向こうを見ながら、カガリが言う。 そう、あの時キラがこの場所に立っていた。・・・大事そうにトリィを抱えて・・・。泣きそうな顔をしながら・・・。夕暮れに近づくオレンジがかった空の下で。
今その場所に自分が立っているなんて、あの時想像もできただろうか・・・。
記憶の向こうにみえるその後の悲しい運命を振り払うように、アスランもフェンス越しに外を眺める。
未だ、砲撃の後が残る大地に、ふとその傷跡を癒そうとするかのように大きな大輪の黄色の花が咲き乱れているのが目についた。・・・そういえばあの時もあんな花がさいていたような・・・。
「なぁ、あれなんていう花なんだ?」
アスランの突然の問いかけに「ん?」とカガリが答える。
「あぁ、あれ? 『向日葵』っていうんだ。太陽に向かって素直に真っ直ぐに咲くんだぞ。プラントにはなかったのか?」
プラントには太陽はない。鏡による集光で明るさを取り入れ、天蓋に空を映し出す。
「・・・プラントには本当の太陽は無いからな・・・。」そう言ってやや俯いたアスランはふっとカガリを見つめる。
「・・・太陽に向かって『真っ直ぐ』で『素直に』か・・・なんかお前みたいな花だな。」
そう言われて、カガリはキョトンとした顔をする。 この後いつもなら『何言ってんだっ、ばかっ!』などと顔を真っ赤にしながら照れ隠しをする彼女だが、アスランから視線をはずし、遠くを見やると
「・・・そうか・・・『私』みたいか・・・。」と一瞬憂いを含んだ表情をみせる。
やはり、今日のカガリは何処かおかしい。そう思ってアスランが声をかけようとする。
「・・・カガリ、お前、今日・・・」
「決めたっ!」
アスランの声を掻き消す大きな声で言うと、カガリはいつもの笑顔でアスランに振り向いた。
「どうしようか迷ってたんだが、お前のおかげで決まった! ありがとな! え・・・と・・・仕事の邪魔して悪かったな。じゃあな!」
「あっ、おい!」
(何が『ありがとう』なんだよ・・・。)アスランを振り返りもせずに走り出すカガリを見送りながら、納得のいかない表情で、アスランも自分の場所に戻った。
* * *
窓から入る日差しが眩しい。
少し傾きかけた日差しから避けようと、アスランが窓際にシェードを落とそうと近寄ると、眼下でなにやら走り回るカガリの姿がうつった。
―――?
よくみると、数人の作業員に手伝ってもらいながらか、先ほどの『向日葵』という花を抱えきれないほどもち、何度も往復している。
―――花屋か、あいつは。
地球圏の一代表として、オーブの姫として政治の表舞台で普段走り回る彼女が、作業服のまま何度も走り回り、そんな姿を誰に見られても一向に構わない様子に、アスランはつい可笑しくなり笑みがもれる。
だが、その光景からふと目を外そうとした瞬間、カガリを手伝っていたらしい作業員が、手を振り走り出すカガリに、脱帽し、深く礼をとる姿が入ってきた。確かにカガリは一国の代表なのだから、礼をとるのは自然なのだろうが、自分の立場を誇示しようとしないカガリに対し、いつもと雰囲気が違うことに気づく。
視線を上げると、もう少し先の窓際で目を閉じ僅かに頭をさげるエリカ=シモンズの姿が見えた。
「あの・・・」
「はい?」
いつもと変わらぬ表情で、エリカが答える。
「今日何があったんですか?」
・・・誤魔化そうとすればできたかも知れない。でもこの嘘を見通すような翠色の目には簡単に見破られてしまうだろう・・・この瞳に対抗できるのは、嘘の無いあの真っ直ぐな、金色の瞳だけ・・・。
「・・・今からいうことは、私の独り言よ・・・。」
「?」
「・・・あなたは、あの時足掛け2日しかいなかったから覚えていないと思うけど・・・」
「・・・。」
「・・・丁度今ごろよね・・・『クサナギ』が飛び立ったのって・・・」
それだけ聞くと、アスランは走り出していた。
―――カガリ!
(―――いつでも『真っ直ぐ』に・・・・・・)
(・・・『素直』に太陽に向かって・・)
行き先は誰に聞かなくてもわかっている・・・。
* * *
小高い見晴らしの良い台地にカガリは一人で立っていた。足元に広がるのは数え切れないほどの石碑・・・そう、今日は・・・オーブの・・・国と家族が・・・
―――無くなってしまった日・・・。
「えーっと、これはマユラで、こっちはジュリだろ。それっと、アサギは・・・これだな!」
何かを堪えるように明るい声で、一つ一つの墓石に向日葵を置いていく・・・。
「・・・えっとそれから・・・あれっ??」
あれだけ摘んできたはずなのに・・・向日葵が足りなくなってしまった。
「・・・違う・・・足りないんじゃない・・・。」
眼下に広がる光景を目にしながら、カガリはつぶやく。
「・・・おまえらが、多すぎるんだよ・・・。」
一つの墓石の前に立つと、カガリはまた明るい声で話し出す。
「ごめん! お父様。 花足りなくなっちゃって。えっと・・・なかなか来られなくてごめんなさい!その・・・色々忙しくて・・・。」
膝を抱えるようにして座り込むと、カガリは空の棺が納められた父の墓石に向かって話し出す。
「・・・あの後大変だったんだから・・・プラントも2つに割れて・・・地球軍は核使うし、プラントはジェネシスって兵器でてくるし、壊すの大変で・・・あっ、キラには話ししたんだ。アイツも無事で元気にしているぞ。・・・それから・・・、それから・・・何話すんだっけ・・・」
沈黙になってしまうのが怖くて語りかけた。そうしないと心の中がどうにかなりそうで・・・
と、そのとき、
(ふわっ・・・)
黄色い大きな花の束が墓石におかれる。
――――アスラン!?
翠色の瞳を閉じ、濃紺の髪を揺らせて頭をたれると、カガリは暫くその姿を見続けた。
(・・・何で?・・・ってその前に、何て言ったら良いんだ? また「何故黙ってた!?」とかいうに決まってる・・・)
「あ・・・あのっ・・・アスラン・・・っその・・・」
立ち上がり言い訳気味に話そうとするカガリだったが、次の瞬間、
(フッ・・・)
急に体が引き寄せられる感覚と、全身が温かく包まれるような、胸の中にしまい込まれるような感覚――。
カガリがアスランの顔を覗き込もうと顔を挙げようとすると、その瞬間、目元に熱い何かが触れる――。
(・・・!)
目元にアスランの唇が触れるのを感じると、やがてカガリの中で堪えてきた何かが溢れそうになる。
「・・・泣いて・・・いいから・・・」
そうしてまたアスランはカガリの瞼に唇を落とす。
まるでアスランの口づけに導かれるように、カガリの目から涙が降り始める・・・。
「・・・声出してもいいから・・・誰もいないから・・・」
アスランがカガリの金の髪を、かつて父がそうしてくれた様に優しくなでると、顎を少し引き上げ優しく口唇を重ねる・・・。
・・・促されるように、やがてカガリはアスランの胸に顔を埋める様にして、声をあげて泣いた・・・。
ずっと泣くことに耐えた・・・。だって国の代表が涙みせちゃいけないって・・・でも・・・今は・・・
アスランの胸の中で、カガリは父の墓前で話せなかったことを思った。
(・・・いつも胸張れないかもしれない・・・真っ直ぐになれないかもしれない・・・でも『そういうときがあっていい』って言ってくれる人が・・・大切な人が傍にいてくれるんだ・・・)
・・・fin.
>アスカガで小説書いた初作品。今から半年以上前に、某有名サイト様の『48ac祭り』に出展させていただきましたものです。(見たことある方もいらっしゃるとは思いますが^^;)
・・・何故今頃?―――とお思いの方もいらっしゃるかと思いますが、『6月16日』・・・オーブが敗戦してクサナギが
飛び立った日です。
あれからもう一年・・・ちょっと当時をしのんで、改めて掲載させて戴きます。
>Nami
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