「いいから、入ってくるなってば! お前ら!」
「しかし、姫様。そのようなことは我々が―――」
アスハ邸の、とある場所。
カガリはそこに揃った一同に大声で、言い放った。
「だぁーーっ!!もう! 私がやらなきゃ意味無いんだ!」
そして一同は追い出されると、カガリは<バタン!>と大きな音を立てて、ドアを閉めた。
ほの暗い部屋には、カガリ一人―――
「さぁ! やるぞ!!」
Sweet Memory
「プラントに…ですか? 私が?」
軍令部でキサカに呼び出されたアスランは、続くキサカの言葉に聞き入った。
「君も知っているだろう。…思い出したくないだろうが、あの『血のバレンタイン』の悲劇からもう直ぐ2年が経つ。プラントでは、恒例の追悼慰霊式典が組まれることになっているが、停戦後、結んだ『ユニウス条約』をより明確なものにするためにも、地球側から式典に参列することになった。そこで我がオーブからも、カガリが―――アスハ代表が直々に参列を望まれたのでね…君にその随員を頼みたいのだ。」
停戦後、プラントに足を踏み入れることは正直気が進まなかった。
だが、カガリが自ら向かうというのであれば、仕方がない。
「…わかりました。」
アスランは無表情に答えると、キサカは一通の封書を差し出した。
「これはカガリから預かった、君へのスケジュールとプラントまでのシャトルのチケットだ。」
「スケジュール…?」
普通は補佐が、首長のスケジュールを立てるものだ。
アスランも、カガリがプラントに向かう、と聞いた瞬間に、その予定を頭の中に張り巡らせた。
だが、前もってカガリがスケジュールを自ら立てるとは…一体どういうことだろう?
自室に戻って、アスランは封書を開封した。
中身はワープロで書き込まれたスケジュールと、ところどころに手書きの文字が書き込まれている―――文字からいって、書き込んだのは、カガリに間違いない。
2月13日:8時プラントへ出立。夕食後、プラント理事と会談。
14日:10時より追悼式典開始。昼食後ある人物と極秘会談。アレックスは自由行動
15日:12時のシャトル便で地球へ
(…何だ?これは?)
アスランでなくても疑いたくもなる。
大体、式典後、誰と会談するのか―――補佐の自分が知らなければならないのに、書き込みがない上に、自分は自由行動―――?
確かに極秘の会談の場であれば、自分は席を外す事もあるが、護衛として発つ以上、カガリの傍を離れる訳には行かない。
(俺の自由行動は、カガリの護衛―――だな。)
―――「君は、俺が護る」
そう心に決め、このオーブへとやってきたのだから。
アスランは、自身にそういい聞かせると、再度、自身のスケジュールの綿密な調整に入った。
* * *
2月13日―――
「それじゃぁ、行って来るからな。」
「お気をつけて。代表。」
他の首長達に見送られ、カガリはアレックス―――アスランを伴い、出発した。
プラントに着いた早々、明日の予定の調整や、そのための会談で、カガリは息つく暇もないほどの忙しさだった。
夜、ようやくホテルに二人が戻ると、カガリは早速ベッドの上に足を伸ばした。
「はぁ〜疲れたぁ〜」
よほど気が張り詰めていたのだろう。
アスランは苦笑し、グラスに水を注ぐと、カガリに手渡した。
「ん〜〜んまいっ! ありがとう、アスラン!」
「それよりも明日が本番だぞ。気を抜くなよ。」
「わかってるよ! …それよりもお前…その…辛くないか?…お前のお母さんに関係あることだし…」
アスランの翡翠の瞳を覗き込みながら、カガリが呟くと、アスランは柔らかな眼差しをカガリに返した。
「大丈夫だ。もう割り切ったことだ。…それよりもカガリ―――」
アスランは気になっていたことを口に出した。
「明日の式典後、休暇をくれるのは嬉しいんだが、お前は誰と会談が入っているんだ?」
カガリは大きな金の瞳をキョトンと開くと、にこやかに答えた。
「それはお前にも秘密だ。ものすごーく重要な人物との会談だからな。」
「それなら、尚更、俺が護衛につかないと―――」
言いかけたアスランの口を、カガリの人差し指がフッと止める。
「だーいじょうぶだって! お前は久しぶりの里帰りなんだから、友達に会うとか…行きたい所にいって来いよ。私なら、心配要らないから。」
「しかし…」
「さて。もう私は寝るぞ! 明日は早いんだから!」
服をバサリと脱ぎだしたカガリに、アスランは顔を赤らめながら、慌てて用意された自室に戻った。
* * *
翌日―――
式典はとどこおりなく、厳かに執り行なわれた。
カガリも、マーナが用意した、控えめなドレスで参加し、オーブ代表として式典のスピーチで再度の平和を訴えかけた。
アスランにとって、式典は心苦しいものになるかと思っていたが、予想に反して、その気負いはなかった。
(…何故だ…?)
自分でも判らない。
流れた歳月がそうさせているのか、それとも―――
目の前の壇上には、金の髪をなびかせた少女が、アスランの目に眩しく映った。
式典が無事終了し、昼食を挟んで次のスケジュールへと移る時だった。
(…確か『ある人物』と会談、だったな…)
アスランはそう思い、護衛すると誓った、カガリの姿を探した。
が―――
既にカガリの姿は見当たらない。
アスランの胸に焦りが生じた。
(俺としたことが…ミスったな…)
慌てて式典会場や、ホテルにカガリの居場所を問い合わせるが、誰もカガリを見かけていないと言う。
アスランはオーブにも連絡をとった。
「キサカ一佐もご存じないのですか?」
<…その予定はカガリが決めたことだからな。私もそこまでは知らんよ。>
「そうですか…ご心配をお掛けしました。」
そういってアスランは力なく、電話の受話器を置いた。
―――「だーいじょうぶだって!」
瞼に浮ぶ、大きな金の瞳―――
アスランは式典の時より遥かに重い焦燥感に駆られた。
―――そう…『カガリ』がいたから
式典に臨むことも、辛いと思えることも、乗り越えられてきたんだ。
今、その大切な少女は自分の手の届かない、誰かの所にいる。
―――「私なら、心配要らないから。」
(無事でいてくれ…カガリ…)
今のアスランには、そう願う以外、何も出来なかった。
ホテルでカガリの帰りを待とうと思ったが、ふとポケットの中に手を入れると、ガサリという音と共に、一枚の紙が舞い落ちる。
『アレックスは自由行動』
そう書かれた、手書きのスケジュール用紙。
(行って来るか…)
アスランはホテルを出ると、とある場所に向かった。
* * *
草のなびく中、一面の墓標―――
そこにアスランの母―――レノア・ザラの墓標がある。
『血のバレンタイン』で亡くなった者達の墓標群の所為か、今日はあちこちに花束が置かれている。
アスランも、母の墓標へ花束を持ち、近づいた、その時、
(―――!?)
見覚えのある金髪の後姿。
「…そんな訳で、今、アスランは私と一緒にオーブにいます。そして、私の補佐をしてくれていて…それから…えーっと…」
聞き間違うことのない、ややハスキーボイスなその声は、アスランの母の墓標に花を手向け、懸命に何かを話していた。
(カガリ!? どうしてこんなところへ??)
―――『ある人物と会談』
そうスケジュールには手書きで書かれていた。
(まさか…会談の相手って…)
アスランは墓標の一つに隠れながら、カガリの様子を伺った。
「…この前は、私が閣議に遅れそうになっちゃって、そうしたらアスラン、ものすごいスピードで車とばしてくれたんだ! お陰で間に合ったけど、乗ってるとき怖かったぁ〜〜! …えっとそれから、いつも時間にうるさくって、でも仕事が上手くいかないと、手伝ってくれて。判らないことがあると、優しく教えてくれて、いつも私のこと励ましてくれて…えっと…だから…その…」
カガリは一呼吸置くと、墓石に向かい真っ直ぐに見つめて一礼した。
「私はアスランと出会えて幸せです。…だから…アスランを生んでくれて、ありがとうございます。」
―――母上…
俺が彼女と出会えたこと
喜んでくれますよね…
アスランは墓石の陰から立ち上がると、真っ直ぐ母の墓標へ向かった。
それに気付き、振り向く金の髪
「あ、あ、アスラン!?」
「『ある人物』との会談は、無事終了したのか?」
「お、お前、まさかさっきの聞いて―――」
慌てるカガリを他所に、アスランは母の墓標に花束を手向けながら黙祷し、呟いた。
「俺も…母上に感謝したい…生まれていなければ、カガリにこうして巡りあえなかったんだから。」
「アスラン…」
アスラン立ち上がるとカガリに振り向く。
暫く見つめ合う金の瞳と翡翠の瞳―――
ふと、カガリが思い出したように言った。
「そうだ!…本当はホテル帰ってから渡そうと思ったんだけど…」
「何だ?」
そういって覗き込んだアスランの目に映ったのは、小さなリボンの付いた『包み』
「今日、『バレンタイン』だろ?…この前、一人で作ったんだ。」
そう言うカガリに手渡されたアスランが、包みを解くと、小さなハート型のチョコレートが2つ―――
「もう、コックとかが『手伝う』って言い張ってさ。断るの大変だったんだ!」
「…これを…俺のために?」
アスランが尋ねると、カガリは頷いた。
「これは気持ちの問題だろ?…誰かに作ってもらったんじゃ、意味無いから…ちょっと形はいびつになっちゃったが…あ、味は保障するぞ! 何度も味見したからな!」
母を参ってくれたカガリ
自分のために懸命に慣れないキッチンで奮闘しながら、チョコレートを作ってくれたカガリ
アスランはカガリの心根に、直ぐにも抱きしめたい気持ちが溢れそうになるのを、辛うじて堪えながら言った。
「ありがとう。カガリ…とっても嬉しいんだけど…」
「…?」
「俺、甘いもの、苦手なんだ…」
「えぇ〜〜っ!?」
急にシュンとうなだれるカガリ―――
アスランは慌ててとりなす。
「だけど、折角カガリが作ってくれたものだから遠慮なく戴くよ。」
「む、無理するな! た、たかがチョコレートだし―――」
「『カガリの気持ち』だろ? それを受け取らない訳には行かないよ。…じゃぁ、一個ずつ食べないか?」
アスランはそういって一つを口に放り込むと、残りの一つをカガリに差し出した。
「…いいのか?」
見上げるカガリに、アスランはコクンと頷く。
「じゃあ、もらうぞ。」
そういって、残りの一つをカガリはほおばる。
「ん〜〜〜美味しいv」
「…カガリ…」
「ん? 何だ?」
「唇に溶けたチョコ、ついてるぞ。」
「えっ?」
慌ててふき取ろうとするカガリの手を掴むと、アスランはチョコのついたカガリの唇を舐めた。
「〜〜〜〜///っっ!! な、何すんだよ!?お前!!」
「…カガリの唇についたチョコレートの方が、美味しかったな…」
「そ、そんな訳ないだろっ///! さっきお前が食べたのと同じチョコなんだから!」
「…違うよ。」
アスランの言葉にキョトンとするカガリに、アスランは再びゆっくりとカガリと唇を重ねた。
「…カガリの唇の味が美味しいんだよ。」
「////っ!!お、お前!こんなところで―――」
「『こんなところ』だから人目につかずに出来るんじゃないか。」
カガリは頬を真っ赤に染め上げながら、視線を逸らす。
「…アスランのお母さんが見てるぞ…」
だが、アスランは困ったそぶりも見せず、カガリをゆっくりと抱き寄せ言った。
「母上に…見てもらえたなら光栄だな。」
―――母上
俺は何度も命を捨てようとしました。
でも、そのたびに、彼女が生きる意味を教えてくれました…
彼女が、今の俺の生きる『証』です。
だから、俺はプラントではなくオーブで彼女を護ること
許してくれますよね…
「なぁ、お前はお母さんに、なんて話したんだ?」
カガリが翡翠の瞳を覗きこむ。
「…秘密。」
「ケチ〜〜教えろよ!」
「内緒。」
「アスラ〜ンっ!!」
そういってポカポカとアスランの背を叩くカガリ―――
アスランは笑ってその感触に甘えた。
墓前に手向けられた花束が、風に乗って花弁を散らす。
花弁はまるで二人を祝福するように、二人の周りを舞い踊った。
・・・Fin.
>本来はオフ本用に書き下ろしたものですが、オンラインでUPしました。
バレンタイン―――アスランにとっては辛い事ですが、カガリが傍にいてくれたらきっと
これからも乗り越えていけるんじゃないかと思って…この一本を書いてみました。
カガリの唇についたチョコが美味しいのは…王道ですね(笑)
アスランだけの秘密の味ですv