ここは何処だろう

 

全身うずくまる様に身を縮めている感じがして狭い。

でもなんだか温かくて心地のいい、何かに包まれている感覚と妙な安心感。

音が何もしない。普通だったら空気の流れる音くらいするはずなのに…

なんだか…お母さんのおなかの中にいるような…赤ちゃんってこんな感じなのかな…

 

目を開ければいいのに、何故か瞼が重くて全然開けない。

何でこんな状態なんだ、私は…

 

ひょっとして、誰かに誘拐された、とか…?

変な薬を飲まされて、混とん状態にある、とか…

 

ありえるな

うん、十分あり得ることだ。

 

―――となると、私は意識を無くす前に、その犯人の顔や状況を覚えているはずだ。

思い出せ…

 

えぇっと

 

 

 

―――そうそう!思い出した!

今日はアスランの誕生日で、しかも土曜で公休の人も多い。

折角だから誕生日パーティー開こうと決めていたんだ。

なるべく大勢の人に祝ってあげて欲しいけど、でっかいホテルとか貸し切ってしまったら、アスランの方が寧ろフリーズして、そのままUターンする可能性が高い。

…アイツはとことん、派手なことは苦手だし、付け加えれば、自分の事に酷く関心が薄い。

もっと自己主張すればいいと思う場面でも、本当に必要最小限でことを済ませてしまう。

多分…子供の頃からお父様とお母様もお忙しくって、こうして誕生祝いとかしてもらうの、ずっと我慢し続けてきたからなんだろうな。…だけどもう少し自己主張してもお釣りが来るくらいなのに、その釣さえ受け取る気がないくらいだ。

だけどようやく平和な日常を取り戻した中での誕生日だし、折角だからと小人数でも集まれるような街のレストランの一室を押さえた。

そしてアイツに関わる人たちに、参加の呼びかけをした。

そうしたら、結構な数の人たちが身を乗り出して「行きます!」と手を上げてくれた。

(なーんだ。ちゃんといい上官しているんじゃないか。)

あの控えめな人柄だ。

下士官だけでなく、上役の覚えもめでたいらしく、すこぶる評判が良い。

(会場、入り切れるかな…)

何だか自分の事以上に嬉しくなって、「よーし!」と張りきって背伸びをした瞬間―――

「あっ!」

大事なことを忘れていた!

(そうだ!「誕生日プレゼント」どうしよう!?)

上空に向って腕を伸ばしたまま固まっていたことも気づかないまま、私は暫くその姿勢のまま考え込んでいたらしい(後で「代表、いかがされましたか?」と声かけられて気づいたorz)。

思えば出会ってから、誕生日には色々プレゼント渡してきた気はするが、私は彼の欲しいものをちゃんと贈れていただろうか?

何しろ自己主張どころか物欲も低い奴だ。

趣味と言えば「機械工作」なのは知っているけど、こうなると最新技術の工具か何かの方が良いだろうか…

でも、よく知りもしない私が選んでも、既に持っていたとか、あるいは普段使いしない物を贈って、かえって場所だけ取って埃を被る、というのも何だし。

「あ〜〜〜〜っ!悩むっ!!

頭を抱える私の横を、数人が通り過ぎた気がする。

気の毒そうな顔された気がするけど、そんなことは構いやしない。アイツの笑顔を少しでも長く見ていたいんだ。私にとってはそっちの方が大事だ。

 

「男の人でも喜びそうなもの、と…」

昼休憩にサンドイッチ片手にネット検索する。

贈り物としては服とかアクセサリー、後は食べ物、お酒などの飲物、趣味の物、等々が多いようだが、服は正直アイツの趣味が分からない。言ってしまえば美的センスはともかく「着られればいい」レベルで興味なさそうだもんな(´Д`)ハァ…

食べ物は「ロールキャベツ」と、甘いものなら「桃」だよな。

「ロールキャベツ」については、当日レストランでメニューに出してもらうよう伝えてある。

しかし、「桃」に関しては

(―――「申し訳ありませんが代表、桃は生の物は非常にこの国では手に入りにくく…)

(―――「だろうなぁ〜。」)

レストランで出してもらえる料理を打ち合わせたのだが、「桃」の名を出した時、シェフに困った顔をされてしまった。やはり熱帯のオーブには桃を育てる環境には向かない。しかも
―――「それに桃の旬は北半球の「夏」に当たる季節です。既に出荷の時期も過ぎておりまして」)

(―――「そうだよなぁ〜。」)

なので、「桃」は非常に難しい。

やっぱり、食べもの以外の物にした方が良いのかな…

(こうなったら、仕事上がりに気晴らしも兼ねて街に出てみるか。)

こうして私のプレゼント探しは、ブラウザを閉じ、まずは今夜の迎えはいらない旨を屋敷に伝えることから始まった。

 

***

 

そうして夕方、繁華街をウィンドウショッピング。どの店も人目を引くほどセンス良く並べてはあるが、服もアクセサリーも、展示されているものの殆どは女性向けの物ばかりだ。

「やっぱり洋服は、選ぶのは難しいかも…」

何しろ私自身が着る服は構わないタイプだから、人様、ましてやアスランだと思うと余計に難儀する。

「とすると、時計とかの方が実用的か…」

こうして並み居る店を、片っ端から目を皿のようにして探していたその時、

「あ、アスハ代表!」

呼ばれてふと顔を上げれば、そこにはオーブ出向中のルナマリアとシン。

「二人とも、珍しいな、こんなところで。あ、デートか?」

「あからさまに言わないでください。…ったく本当にアスハってデリカシー無いよな…」

「シン!」

ルナマリアがたしなめてくれるが、シンが私に逐一文句つけてくるのはいつもの事。寧ろその方が通常モードなので、安心する。

「アスハ代表こそ、珍しいですね。お一人で買い物ですか?」

ルナマリアが小首をかしげて尋ねてくれる。いい機会だ。寧ろ相談に乗って欲しい。

「うん、実はアスランの誕生日プレゼントを探していてさ。」

「あ、私たちもです。一応決めてはいるんですが、折角だからもうちょっと眺めていいのがあったらそっちにしよう、って。」

「もう決まっているのか。…ちなみに何にしたんだ?被らないようにしたいし。」

「アスハに教える義理はない。」

「もう、シンったら!」

そっぽを向くシンに怒るルナマリア。いいなぁ〜この二人はもう夫婦安泰だ(笑)

「一応、衣料品、と言っておきましょうか。アスランさんはカッコいいから、何つけても似合いそうなので♪」

「…そう、だな。」

そこはあんまり肯定できないが、二人の気持ちを無下にするような発言はできない。寧ろ先の戦時下、ずっとアスランの傍にいた二人の方が、私の知らない間のアスランの好みとか知っていそうだ。

「―――で、そういうアスハは何にするんだよ?」

いいところでシンが質問してくれた!渡りに船で相談する。

「うん、それがさ。まだ見つからなくって…私の知っているアスランの好きなもの、って限られていてさ。」

「でも、好きなものならいくつあっても嬉しいんじゃないでしょうか?物に限らず、食べものとかお花とかでも。」

ルナマリアがそう言ってくれたおかげで、ちょっと目の先が開けた気がする。

「そうか…そうだよな。食べ物ならロールキャベツは店で用意してあるんだけど、桃はちょっと手に入らないし…」

悩める私に、何とシンが事も無げにサラリと言った。

「桃だったらいいのがあるじゃん。」

「な!どこにあるんだ!?教えてくれ!!」

何て朗報!思わずシンの両肩を掴んで必死に聞き出そうとすれば、

「お、おい!やめろよ!この握力化け物っ!…あったよ、ほら、そこのスーパーに『桃缶』が。」

仏頂面でチョイと指示してくれたのは、確かにスーパー。そして「特売!」の文字と共に桃缶が薄高く積み上がっている。

私は先ほどまでのテンションが急落し、肩を落としてしまった。

「『桃缶』って…」

「いいんじゃん?別に。非常時の食料になるし。」

「…(―△―;)」

男というものは、こんなものなんだろうか? こうなると、彼女の誕生日もこのノリで行かれては相手を失望させるに違いない。だったらルナマリアの為にも、シンにちょっと説教しておかないと。

「あのさ、『誕生日のプレゼント』だぞ?色気というか、もうちょい雰囲気を選ぶだろ?」

だがシンはどこ吹く風のごとく、しれっと言ってのけた。

「あの人、そんな雰囲気とか気にする人に見えるか?どっちかっていうと「実用主義」だし。」

確かにその傾向はある。あるけれど、本当にそれでいいのか?

「だったら、シンは誕生日に『缶詰』貰って嬉しいのか?」

「あーそーですね。実用的だし、センスのないもん贈ってこられても迷惑なだけだし。」

全くコイツは…要は私と喋るの自体が面倒くさいんだろう。だったら――

「そうかそうか。なら来年のお前の誕生日には、『シュールストレミング(※1)』っていう缶詰を贈ってやるよ。」

「は?『しゅーすと何だそれ!?」

ようやくお前が私の言葉に関心を向けたな。私は内心ニヤリとしてやった。

「すっごい貴重なんだぞ?何しろ空輸は不可。陸上で、しかも細心の注意を払って揺れを少なくしてしか運べない缶詰なんだ。滅多に出回らないんだぞ。それを特注で贈ってやるよ。」

シンの喉が<ゴクリ!>と鳴った。

「へ、へぇ〜…そんな勿体ぶるような、大層なもんなのか…」

「あぁ。開けたらすぐに他のヤツ(※2)が直ぐに群がってくるから、1人でこっそり開けないと、後悔するぞ?」

「ま、マジで!?」

見開いたシンの目は、明らかに興味で輝いている。

「来年の9月を楽しみにしてろよ?」

私は口角を上げて意味深に微笑んで見せた。

 

で、その後二人と別れたのち、いくつか店を回ったり情報収集もしたんだけど、あんまりピンとくるものはなかった。

翌日マリューやムゥ、そしてミリィと一緒に居たメイリンに聞いても

(―――「それはカガリさんが選んだものなら、ねぇ?」)

(―――「アイツが喜ばないわけないと思うけど♪」)

(―――「寧ろ、分かり易いと思うんだけどな〜w」)

(―――「え〜本当に気づいてないんですか?まさか…冗談ですよね?」)

とか言ってはぐらかされたし、たまたまそこにいたバルドフェルトに至っては

(―――「僕が贈るものが知りたいか?もう決めているからな、もちろ―――」)

(―――「『お前のブレンドしたコーヒー』一択だろ。邪魔したな。」)

なんか後ろでワイワイ言っていたけど、コーヒー談議が始まると長いのでスルーした。

 

「はぁ〜〜〜〜〜〜…」

出るはため息。こうして時間が過ぎて行くと同じくらい、アスランの笑顔がどんどん遠ざかっていく感じがする。

(こうなったら―――!)

致し方ない。一番アスランを知っているアイツに聞くか。

そうして私室のPCからホットラインを繋ぐと、珍しく数十秒の呼び出しで彼が出た。

<カガリ、久しぶりだね!どうしたの?>

「よっ、キラ。元気そうで何よりだ。えと…実はさ、困ったことがあって―――」

<うん、アスランの誕生日のプレゼントでしょ?>

「…。」

流石は双子の弟。何故かこういう時だけ、時空を超えたシンパシーが働くらしい。

「ご明察だ。何あげようか悩んでいてさ。…ちなみにキラはプレゼント、もう決まったのか?」

<そうだね、本当は直接手渡しできたらいいんだけど、その日僕もラクスも仕事が入っていてさ。プレゼントだけ贈る形になっちゃうけど。>

「で、何にしたんだ?」

<『桃缶』!>

「…へ?」

<だから『桃缶』vアスラン、桃好きだし、それに非常時の食料にもなるでしょ♪>

「…(―△―;)」

プラント、いやZAFTに入ると、皆そんなに缶詰フリークになるのか?

<大丈夫ですわ、カガリさん。>

思考に困っていたら、救いの女神―――キラの背後からラクスがいつもの笑顔で現れた。

「ラクス!よかった〜ラクスにも聞きたかったんだ。アスランに何を贈るか決めているか?」

<えぇ。レノア様がお育てになられていた、お花の原種が手に入りましたの。せめてアスランにお母様の思いを受け取ってもらえたら、と。>

キラと比べて何と尊いものを…流石はラクス。

<カガリさんは、随分お悩みのようですね。>

「うん…どれを見ても、アイツが喜んでくれる顔が浮かんでこなくってさ。」

今一番アイツの近くにいるのに、一番浮かんで来ないだなんて。親友と元婚約者は(例え桃缶と言えど)ちゃんと既に考えているというのに。

なんか自身が無くて自然と俯く。するとラクスが言ってくれた。

<大丈夫ですわ、カガリさん。アスランは貴女が心を込めて選んでくださったものなら、何でも喜びますわv>

そう言って柔和な笑顔を浮かべる彼女。

皆にも同じようなことを言われたが、やはり物に込められた「思い」が大事だということか。お陰で少し気持ちが軽くなった。

「ありがとう、ラクス。」

こちらも笑顔で返すと

<ねぇ、僕にもお礼は?僕もちゃんと教えたのに。>

全く、こういう自覚のない甘えを見せるところが「弟」だというんだ。可笑しくなって笑いを押さえながら、唯一の肉親に、思いっきり微笑んで見せる。

「もちろん、ありがとうな、キラ。」

 

***

 

こうしていよいよ誕生日―――

いかにも分かり易く、主賓は公休日だというのに律義にフルタイム出勤をしていた。

何でも「家族を持つ将校たちは、子どもが休みの日には一緒に過ごせるようにしてあげたいんだ…」というのが彼の信条らしい。そりゃ上司・部下共に受けもよくなるわけだ。

でもお陰で十分パーティー会場のセッティング完了に間に合った。

「ようやく主賓の登場だぜ!」

ムゥがわざわざ彼を迎えに行ってくれたらしい。現れた彼は、仕事帰りの軍服のままムゥに捕まり、そのまま連行されてきたらしい。

ムゥに同行したらしいメイリンが、無理矢理背中を押しての会場入りだ。

「すまない、皆遅くなって…」

「全く、ホントですよ。」

「今日くらいフツーに過ごせないんですか?アスランさん。」

呆れ顔のシン。そしてルナマリアが腰に手を当てて顔を膨れさせる、が直ぐに笑顔を取り戻し、

「早く、主賓はこちらですよ♪」

そういって一番中央の席の椅子を引く。

「…なんか落ち着かないな…こんなにしてくれなくてもいいのに…」

「主賓の意見は聞きません。――じゃぁ早速!」

さっさとアスランにシャンパングラスを手渡すと、いい形で彼女が音頭を取って乾杯となった。

 

 

暫く歓談の時間が続き、立食だがみんな壁際に用意した席で、各々食事と共に話に花を咲かせていた。

主役は相変わらず控えめに、隅の方で下士官たちと話をしていた。やがて下士官たちが料理を取りに席を立った。

(―――!プレゼントを渡すなら、今しかない!)

私は勇気をもって立ち上がり、アスランの元に向かった。

「アスラン。」

声を掛ければ、彼の翡翠が嬉しそうに輝きだした。

「カガリ、今日はありがとう!俺のためにこんなわざわざ…」

「気を使うなよ。年に一度しかない大切な日だ。祝わせてくれ。」

「でも、君も忙しいのに…」

全く、コイツの口から出るのは気遣いばかりだ。

だったらすこーし、滑らかにしてやるか。

「ともかくだ、その…これ。」

私が彼に手渡したのは、一杯のグラス。

「これは…?」

「まぁ、口にしてみてくれ。」

勧められるまま、彼が手にしたワイングラスをそっと口に含む。淡い黄色の液体が彼の口に注がれた時、彼が「!」と何かに気づいた。

「これ、もしかして…「桃」?」

「正解。『桃のワイン』だって。お前、桃好きだろうから、ちょっと選んでみた。」

「桃のワイン、か。こんなものもあるんだな。」

天井の淡い照明に透かして見せるアスラン。

 

でも…これを選んで尚、私の心は晴れなかった。

取り寄せて、一応味見と思って、先に一度試飲してみたんだ。その時―――

「っ!甘ぁ〜〜〜!」

想像以上に甘かったのである。確かにアルコール度数14%のワインなのだが、それにしては口に甘みが残るのだ。

「アスラン、甘いの好きじゃないしなぁ…」

これを喜んで飲んでくれるだろうか。

ドキドキしながら、乾杯の後、持ち込んだこのワインの栓を抜き、料理が程よくなくなったところで持って行ったのだが…

 

「うん、美味しいよ。」

口元をほころばせてくれる彼。

「そうか。よかった…」

でもな、私にはわかる。

お前、一口飲んで、その後ほとんど口にしていない。

美味しい、は社交辞令であって、本心じゃない。

(なんか、気まずいな…)

いつもだったら私からじゃんじゃん話しかけるところだけど、何だか今日は口を開きにくい。

ごめんな、折角のお前の誕生日なのに、私から贈る形が、お前の望まない物になってしまって。

(情けない…)

一番近くにいて、一番彼を分かっていて…

その考えが傲慢だったと、今更思い知って落ち込んでしまう。

それを察しているのか、アスランも私の横顔にチラチラと視線を向けてくれているが、かける言葉が喉元で詰まっているようだ。

 

この空間だけ、誕生パーティーの晴れやかさから取り残されたような重い空気が取り囲む。

すると

「ザラ准将、こちらでお―――あ、代表!失礼しました!」

彼の部下が慌てて敬礼するのを見て、好機とばかりに私は立ち上がった。

「っ!カガリ!?」

「行って来いよ。折角の部下のお呼びだぞ。ほらほら!」

アスランは何か言いたげな顔をしているが、今の私にはなんか酷だ。彼から一口つけただけのワイングラスを受け取り、席立たせて送り出す。その背中を見送りながら、私は両手に残されたワイングラスと、脇のテーブルに置いたまま、まだなみなみと瓶の中で波打つワインの双方を見やる。

「…意外と高かったんだけどな…」

女の子たちに勧めようか。…いや、でも、これは私がアスランの誕生日プレゼントとして贈ったものだから、アスランにだけ口にして欲しい。でも気の進まない彼に無理に飲ませるわけには…

(だったら―――!)

まだワインが残されたグラスに、更にたっぷりと注ぎ込み、私はそれを喉に流し込む。

(甘い!けどデザート食べたと思えば飲める!)

こうして私は失敗したワインを一人飲み進めた―――・・・

 

 

 

―――ここで意識が途切れたんだった。

ということは、誘拐されたとしたら、パーティー会場を出た後だろうか。あの会場内に怪しい人物はいなかった。

外に出て、酔い覚ましだと、ふらふら歩いている時に、攫われたんだろうか。

そしてこの狭い空間…おそらく「箱」か何かに押し込まれて、運ばれて…

 

でも、そうだったら何故こんなに温かいんだ?

それに、痛くもない。箱だったらこんな窮屈な場所にいたら、それこそどこか圧迫されて痛くてもおかしくないはず。

でも私が目覚めたのは、痛覚によるものではなく、普通に意識が覚醒しつつあるからだ。

音も聞こえない、空気の流れもないような場所

 

ん?まて

なんか音は聞こえている。

何というか…鼓動の音だ。

ドキドキと異様に早いのは、胎児の脈拍と同じ―――私の心臓の音…?

いや、耳が聴いているんだ。私の右耳だけがその音を捕えていて。

瞼の重みが薄らいでいく。

ゆっくりと、目を開けて、そして状況判断を―――

 

「起きたか?」

 

余りにも耳元にいい声が聞こえて、今度こそ目が覚めた!

「―――っ!な、あ、アスっ、アスラ―――」

目を開ければ、目の前数pにこの世の粋を集めたような美形が、熱を帯びて潤んだような翡翠でじっとこちらを見つめていた。

口をパクパクする以外、何もできない状況に、アスランは少しずつ状況を説明してくれる。

「よかった。君が一人であのワインを飲み干して、前後不覚に陥っていたから、俺が連れてきた。…ここまでは分かったか?」

そうか、千鳥足どころか会場内でもう歩けないまで酔っていたのか、私は///

―――で、この現在の状況は!?

「ここは見ての通り。言わなくても分かるだろう?」

蹲っていた私がそっと首を回すと、アスランの前方、手に届くところは様々のモニター、スイッチ、そして操縦桿。

「って、インジャスの中かよ!」

どうりで狭くて動きづらいわけだ。しかも無音。はっきり覚醒した今は、空気の流れる音は聞こえてくるが、外部からの音は全く聞こえない。

「てか、何でインジャスの中!? アラート鳴ったか!? というより、私まで出撃中!?」

インジャスが出撃するということは、国家防衛上の危機が起きている、ということだ!

そんな時に酔っぱらっているなんて、代表失格じゃないか!!

しかもアスランの戦闘の邪魔になっているなら、早く降ろしてもらわないと!

暴れて藻掻く私を、アスランが懸命に抑えつけてくる。

「カガリ、大丈夫だ!落ち着いてくれ!」

「これが落ち着いていられるか!早く国防司令室に降りなきゃ―――」

「いいから!暴れるとずり落ちる!」

「『ずり落ち』―――…へ?」

はらりと私を包んでいた何かが落ちて、ようやく私の目は私の全身を捕えることができた。

そう、アンダー一枚で、彼の裸の上半身に、ぴったりと身を寄せていた私の姿が…―――

「…うぁああああああああああああっっっ!!!!何やっているんだよ!お前はぁああああああ!!///

首を占めんばかりでアスランにつかみかかる私は既にパニックだった。だがアスランは必死に諫めてくれる。

「それは君が勝手に脱ぎ始めたんだ! ワインで酔ったせいで身体が熱かったらしくて、俺の腕の中で「…熱いっ!」と叫びながら、俺が止めるのも聞かず、ポイポイと服を…///

頬を赤くしたアスランが、やり場のない目を閉じたまま指さした方には、確かにパーティーの時まで着ていた私服がコクピットの端に投げ出されていて。更に彼曰く、

「挙句、今度は「…寒いっ!」と言い出して、俺に縋りついてくれて…いや、服を着せようと思ったんだ。だが流石に意識の無い相手の服を、この狭い中で着せるのは難しくて、仕方なく緊急時用の毛布を取り出して…///

なるほど。これも私がした醜態か…orz

普段、意識無くすまで飲むこと等ないのに。余程あの桃のワインのことが悔しかったのか。

だが!だがっ!それ以上に問題なのは―――

「だからって、何でお前まで裸になる必要があったんだよ!?そこはくれぐれもよく説明しろっ!///

「それは、狭い上に君を抱いていたら、君は寝返りを打てないことが辛かったのか、「…痛いっ!」と言い出して。どうにも丁度、制服の階級章とかその辺りに頬が当たっているのが嫌だったらしい。抱く向きを変えようとしたんだが、計器が多くて難しかったんで、いっそ俺が軍服を脱げばいいかと。そうしたら、思いのほか君が心地よさそうで…///

 

・・・もういい(ノД`)・゜・。全て私の不徳の致すところだ。

 

でも、これは

これだけは聞かないと。

 

「この状況下で、戦闘ではないことは理解した。でも何で私がお前に抱かれながらインジャスに乗っているんだ?」

こうなったら恥の上塗り覚悟で、この状況に至った真意だけは明らかにしたい。

恥ずかしすぎて彼の顔も見れず、やり場のない視線を少しでも誤魔化そうと、身を縮めて自分の肩を抱いていたら、アスランがもう一度自分ごと私を包んでくれた。

自然と耳が彼の胸の上に収まる。温かくて心地よくって。心臓の音はアスランの鼓動だったわけだ。

そっとそのまま彼の胸に身を預けながら、露になっている彼の鎖骨の辺りをそっと指でなぞる。くすぐったそうなアスランが、今度は落ち着いて諭すような声で話してくれた。

「…本当に「二人きり」になれる空間が、ここにしかなかったから。」

「え…?」

『二人きり』…?

「もちろん、アスハ邸や官舎の俺の私室でも、二人きりに成れる場所は作れると思う。でも、官舎は壁を越えれば他人がいる。アスハ邸でもメイドや執事がいる。だから「空間ごと二人きり」に成れる場所が欲しくて、ずっと考えていたんだが、ここしか浮かばなかった。だから今日はこのために飲酒を控えていたんだが…まさか、君が俺の分まで飲み干すとは思わなかったよ。」

そうか、だから桃のワインも一口しかつけなかったのか。

嫌いって訳じゃなかったんだ。

そう思うとようやく心から安堵して、張っていた気が弛むとともに、身体の力が抜ける。

でも、そこまでして、アスランが欲しかったものって…まさか―――

「誕生日プレゼント。…『君を思う存分独占できる、二人きりの空間と時間』が欲しかったんだ。君にそれを告白して、俺にくれるかどうかお願いしようと思ったんだが、その、会場では大勢人がいたし、なかなか言い出せなくって…」

「あ…」

そうか、あの時アスランが何か言いたげだったのは、重苦しい雰囲気じゃなく、私に「独り占めプレゼント」を強請ろうと思って、言い淀んでいたのか。

「で、結局帰り際、人がいなくなったところで君に聞いたら―――」

(―――「あひゅらんらほしいもならったら、なんれもやるぞ!(※「アスランが欲しいものだったら、何でもやるぞ!」)

「…つまりお前が言った時には、既に私のろれつも思考も回らない状態だったが、一応OKが出たということで、お前の望むとおりにした、と。」

「あぁ。」

お返しとばかりに、私の唇や頬をしなやかな指先が優しくなぞってくれる。時折「キュッ」と頭をかき抱いてくれるようにしながら、指に金糸を絡ませては梳き流して。

「でも、ハンガーって結構中の声、響くぞ? 誰か整備士とかいたら聴こえているんじゃ…」

するとアスランは無言でモニターボタンの一つを押す。すると

「―――!ここは…」

私は思わず目を見開く。

真っ暗…じゃない、僅かに薄い蒼が上の方できらめいている。ヒラヒラと光のカーテンのように薄いレースが舞っている。

「オーブの海の中。静かだし、誰も見ていない。音声もGPSも全て切っているから、文字通り誰にも邪魔はさせない。」

コクピットの中が暗転し、蒼い光だけがぼんやりと映す蒼い幻想。こんな中で「二人きり」が、お前の欲しかったものとはな。

 

「今、何時だ?」

「もう夜明けが始まっている時間だ。」

「まさしく『暁』―――「お前の事」だな、アスラン。…一日過ぎたけど、改めて誕生日おめでとう。」

プレゼントなんて気取る必要もなかったんだ。思いが込められているなら…

皆が何度も教えてくれていたいのに、ようやく気付いたよ。

だから、彼が生まれて来てくれたこと、こうして一緒に居てくれることへの感謝を込めて、彼の首に両腕を回し、引き寄せるようにして唇を奪ってやれば、彼は途端私の頭を離さないと言わんばかりに抱え込み、角度を変えて貪るように何度も何度も求めてきた。

「ありがとう、カガリ。…それで、なんだが…///

ややあって、ようやく唇が解放されると、彼はおずおずと話し出した。

「何だ?」

「このまま…いいか…?///

「何を?・・・って、まさか!?///

「…///」

あ、視線逸らしやがった。

もう顔中、真っ赤だぞ?お前。

「いいか?って、もうじき朝だぞ? もうそろそろ戻って出勤準備しないと―――」

「今日は『日曜』なんだが。」

「…え“。」

「つまり、余程の事がない限り、休日という訳だ。…だから、折角一緒に飲みたかったのに、君が飲み干した分、君自身に俺を酔わせて欲しい…///

・・・つまり、空間と時間だけじゃなく、私自身も欲しいのか。

 

(―――<アスランは、カガリさんがくれるものだったら、何でも喜びますわ♪>)

 

「くれる」どころか「私を献上しろ」とは呆れた厚顔だ。

本当に強欲だな。お前は。

 

でも、本音を言ってくれるお前が好きだ。

私だけに明かしてくれるお前が好きだ。

 

だから

 

「…その…痛くするなよ?///

「善処するよ。」

 

途端、私は身も心も、彼という名の温かな優しさと快楽の海に抱かれながら、深く、深く、堕ちていった―――

 

 

・・・Fin.

 

 

 

 

<オマケの解説>

(※1)シュールストレミング:北欧のニシンの塩漬けの缶詰ですが、世界一臭い缶詰として有名。普通缶詰は詰めた後、殺菌の為高温処理をするのですが、これはその処理をしないので、中で発酵が進んで終いには、缶詰の入れ物自体がパンパンになる。空輸すると気圧の低くなる飛行機内で破裂して、阿鼻叫喚になるので、絶対陸&水運でないと無理。

(※2)他のヤツ:主に蠅の皆さん。