Snow Drop

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―――また『あの日』がやってきた―――

 

 

完全管理の天候プログラムに入っていたのか、『プラント』のその上空はどんよりと曇って空気が冷たい。

 

(…まるで、今日の『俺』の様だ…)

 

アスランは上空を、翡翠の目を細めて一瞥すると、足元に手にした花束を静かに置いた。

 

 

誰にも何も言わずに、また“此処”へやって来た。

足元には一つの墓石―――『レノア=ザラ』C.E.33〜70―――置かれた花束からは、風に舞って花びらが舞い散る…。

 

『あの日』から、一体どの位の時間が流れたのだろう…

色々な事が有り過ぎて…ほんの一瞬だったのか、永遠にも感じる程長かったのか、それすら思い出せないほどに…

 

『血のバレンタイン』―――C.E.70.2月24日―――全ては『あの日』から始まった…。

戦うことなど考えたこともなかったが…母を亡くして、プラントを…“同胞”を護る為…銃を取る決意をした。

迷いなんて、欠片もなかった…それがあのときの自分の『答え』だったのだから…

 

だが、運命はその『答え』をあまりにも否定的に、目の前に突きつけた。

 

   『―――キラ!?』

 

『Xナンバー奪取計画』での運命の再会…手の届かないところへ去っていく友…

そして、その時から歯車が狂い始めていた…

ラスティ…ミゲル…ニコル―――『仲間』が失われて…

信じていたラクスも…手の中から飛び出して…

残された唯一の『答え』…その大儀も儚く消え去って…

 

 

「…『大儀』…か…」

 

今となっては、酷く虚しい言葉だ…。それを掲げ続けた…『父』を信じていたのに…。

 

正直、今の自分に『そこ』は見たくはなかった。

『母』の墓標から、暫く離れたところにある『父』の墓標―――

母と同様、父の墓石の下にもその躯はない…母と同じく、広い宇宙に散ったままだ。

 

 

行くつもりはない…。行っても母へと同じ様な気持ちでそこを参る気にはなれない。

そのまま踵を返そうとしたその時―――

 

(―――!?)

 

見慣れた、金の髪が視線を横切る―――

 

(!―――まさか―――!?)

 

幻だと思った…誰にも告げずに来たのだから。

だが、行くつもりのなかった、その方向へ消えた金の髪を追うように、アスランは足を小走りに向ける。

 

 

幻は、やがて現実となって、アスランの目に飛び込んできた。

 

金の髪の少女―――カガリが、『父』の墓標に静かに花を手向けている。

 

「―――カガリ!? 何で…こんなところに…!?」

振り向いた金の髪はやがて同じ色の瞳に変わって、アスランに答える。

「やっぱり、此処だったのか…。お前、黙って出てっちゃったからさ。…それにしても、此処も広いよな…。ホンと探すの苦労したぞ。」

何の疑問もないように、真っ直ぐ見返し答えるカガリ―――

だが、その言葉は余計にアスランを混乱させた。

「何で…その…『こんな所』に…。」

 

 

カガリ達、ナチュラルにとって…地球に住まう人々全てにとって…『父』は…忌むべき『存在』だったはず。

そのカガリが何故『父』を…?

「『何で』って言われても…ただ『そうしたかった』から…」

酷く不鮮明な理由…

まだ訝しげなアスランの表情に、カガリが言う。

「…なんだよ…人が思ったことに、いちいち『答え』が必要なのかよ…。」

 

 

カガリの答えに、蘇ってくる鮮明な『記憶』―――

初めて『ジャスティス』で地球に降下したとき―――あの時既に、自分の中の“戦うこと”への『答え』は

見失っていた。

    

    

(「―――アスランが信じて戦うものは、何ですか?」)

    

    

ラクスから突きつけられたその言葉に、見ようとしなかった――いや、見まいとしていた『真実』に気づかされたとき、自分の中の何かが崩れ落ちていくような気がして…もう、何も残されていなかった自分に、これ以上何を失えと言うのだろう…。

 

眼下に広がった光景は、一人、『真実』の『答え』を得ようとしていた友―――キラの戦う『フリーダム』の姿―――

その時、何故だろう…助けようとしたのは…

 

   

(…ただ『そうしたかったから』…)

 

 

今目の前にいるカガリと、なんら変わりのない想い…。

 

 

「…私だって、お前のお父さんがしようとしたことは…此処で言うのも何だが…良い事じゃなかった、と思う…。」

カガリから突然切り出され、アスランは意識を取り戻す。

「…でもさ…それって…確かに『酷いこと』だったけど…『自分の為だけ』に…しようとした事じゃ…ないだろう?」

 

「…それは…」

アスランは言葉に詰まる…。

最後の父の…死の間際の…必死の叫び…

   

(―――「…撃て…“ジェネシス”…我ら…“コーディネーター”の…」)

 

事切れる、最後の瞬間を一緒に見取ったのは、今、隣に立つカガリ…

「あの時さ…お前のお父さん…お前に…伝えたかったんじゃないかな?…その…『想い』をさ…」

 

 

決して許される『想い』では無い。だから此処に足を運ぶのを躊躇った。

苦悶するような表情のアスランを、心配そうに見上げると、カガリは続ける。

「『人』って…色んな人がいて…色んな『想い』を持っていて…だから、色んな行動をしようとする訳だし…」

 

 

そうだ、と思う―――だから、軍に志願し、銃を取った―――それが『正しい』と思ったから…でも…

 

 

「でも…人のすることに…『正解』なんて…あるのかな…」

カガリの『答え』―――その言葉にアスランはカガリを見つめると、カガリも真っ直ぐにアスランに向き合う。

「皆が同じ『想い』を持つことなんて、無理だと思う…だから…きっと、『何処にも』無いんだと思う…『正しい答え』なんてさ…」

 

 

否定でも、肯定でもない『答え』―――

カガリ自身も初めは『正しい答え』しか、この世に無いと思っていた。

でも、カガリの『父』はどちらにもその『答え』を出さなかった。

 

 

―――『何処にも無い―――正しい答え』

 

すこし、父の墓石を見ることが出来た気がする…。

 

 

ふと、思い当たることがあって、カガリがアスランに言う。

「あのさ、アスラン。…そこ、座って。」

「…?」

「…いいから、早く!」

カガリに促されるまま座り込むと、柔らかな微笑を浮べ、カガリが続ける。

「…じゃぁ…目を閉じて…」

言われるままに翡翠の瞳を静かに閉じる…

と、次の瞬間、温かなカガリの唇の感触が瞼を包む―――

 

(―――!)

 

柔らかなその感触に、暫く預けていると、ゆっくりと離れながらカガリが照れくさそうに言う。

「…お前さ、この前、そうしてくれただろ?…そうしたら、ちゃんと『泣くこと』出来たから…凄く安心できて…嬉しかった。…だから、今日はお前が『泣いて』いい番だから。」

 

『この前』―――戦後初めてオーブが『崩壊した日』を迎えたとき―――代表者として、誇り高くあるように、人前で涙を見せることを耐えていたカガリに、アスランがその唇でカガリの堪えていた涙を導いた…。

彼女にとって、それが救いになれば…

只、それだけの想いだったが、カガリは今それを覚えていてくれている…そして、同じ気持ちで導いてくれた…

 

「…なんだよ。お前は泣かないのか…」

若干不満を見せ、背中を向けるカガリに、アスランは立ち上がって、小さく微笑みながら呟く。

 

 

「…ありがとう…」

 

冷たい空気の中、瞼に微かに残る…『生きている』という証の『温もり』を感じて―――

 

 

その声が聞こえなかったのか、カガリが尚、ぶっきらぼうに続ける。

「お前さ…『あの時』…お父さんがしたこと…死んで止めようとしただろ?」

    

そう…“ジェネシス”を食い止めようとして…何時死んでも構わない覚悟だった…

それが、自分が今まで『正しい』と信じて葬ってきた人たちへの…償いとして…

    

否定せず俯くアスランに、尚、背を向けたまま、カガリが続ける。

「あの時さ、私…お前が凄く妬ましかった…」

「えっ!?」

驚いて顔を挙げるアスランにカガリが向き直る。

「…だってそうだろ!? 勝手に自分で決めちゃって…キラもラクスも…私もいるのに…誰にも何も相談もしないでさ…。 『死ぬ』つもりって事は、それで、お前の人生に『答え』出しちゃったって事じゃないか!   

たった16年でさ…それで、もう『答え』がわかっちゃったなんて…それで、もう終りかよって思ったら…悔しくて…止めたかったんだ…。」

「…カガリ…」

只見つめるアスランに、カガリは真っ直ぐに見つめ直し、続ける。

「人が『死ぬ時』って…自分の人生に…いい『答え』だけじゃなくて…後悔する様な『答え』もあるかもしれんが…きっと判ったとき…その時神様が自然と迎えてくれる気がするんだ…だから…勝手に自分で決めるなんて…ただ、『答え』出すことが怖くて…逃げてるだけなんじゃないかって…」

   

   

(「―――生きる方が、戦いだ!」)

   

   

彼女の言葉―――それが今の『俺』を導いた…。

 

 

「私は…お父様の言った事とか…多分まだちゃんと理解できてないと思う…でも、早く見つけなきゃって…思わないんだ…今は…」

カガリはそういいながら、満面の笑みをアスランに向け、言い放つ。

「だって…早く『答え』見つかっちゃったら…面白くないだろ?」

 

 

    (―――「皆で探せばいいよ…。それも、さ…。」)

     

     あの時のキラの言葉…

 

 

―――何処にも無い『答え』

       でも、そう、ゆっくり探せばいい…

       『自分だけ』じゃなくて…

       『皆』で…

       生きている間に『見つけること』が出来ればいいんだから―――

 

 

「あっ、『雪』か!? これ?」

カガリが嬉しそうに、上を見上げる…。

 

2月という季節の天候プログラムの中に入っていたのだろうか…白い花びらの様な雪が降り始めていた。

 

「そうか…熱帯のオーブじゃ『雪』なんてみられないからな。」

嬉しそうに手を伸ばすカガリを、眩しそうに見守るアスラン―――

 

急にカガリが思い出したように、アスランに向き直る。

「そうだ。あったぞ! …お前のお父さんのところに行ってみようと思った『答え』―――」

「えっ?」

アスランから墓石に振り返ると、上手くつながらない言葉を紡ぐ。

「…その…どんな人であったにせよ…だな…お前の『お父さん』がいなきゃ、私は…『お前』に会えなかった訳だし…だから…『アスランに会わせてくれて“ありがとう”』って言いたかったから…かな…。」

 

 

頬を赤らめながら懸命に言葉を紡ぐカガリ…。

その姿に、一つだけアスランも『答え』を見つけた―――

 

 

「…何だよ。ようやく『泣けた』な。」

悪戯な笑顔でアスランを覗き込むカガリ。

ふと、頬に手を当てると…流れる『跡』―――

 

 

カガリの視線を外すようにして歩き出す。

「…違うよ…これは雪が顔に当たって溶けたから…」

「…違うな。」食い下がるカガリ。

「…本当だよ…」

「いーや、違う! 雪が都合よく、両目に当たる訳無いだろ!?」

そう言って、アスランの言い訳を尻目に、先にたって歩き出すカガリ…。

 

   

(…そうだよ…雪がこんなに…“温かい”訳…ないだろ…)

 

 

そう呟きながら、アスランは『答え』を―――『カガリ』の後を追う。

 

『答え』の先を―――『未来』を―――信じて…見たくなったから―――。

 

 

 

・・・fin.

 

 

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>・・・最近、色んな“事件”をニュースでみます。

 それが何の躊躇いもなく『自分で命を絶つ』事だったり、『人を傷つけたりする』事だったり…。

 なんで、そんなに簡単に『答え』を出しちゃうのかな・・・って・・・。

 自分で抱えないで・・・もっと周りを良く見てみれば、きっと一緒に『探してくれる人』がいる、

 と思うのに・・・。

 最近の社会は『時間の流れ』が速すぎて、ゆっくり『探す』ことが出来なくなってるのかなぁ・・・。

 『人』も『答え』も・・・。

 

 『SEED』―――再放送じゃなくて、1話から見直していると、本当に色々な事が後から気づかされて

きます。  人の『死』とか・・・『生きる意味』とか・・・。

今回は何となく、アスランとカガリの視点を借りてNamiの感じたこと、連ねてみたのです・・・。

不快に思った方も多いと思いますが・・・それもあなたの『答え』だと思います。

                                   >Nami