Scheherazade 〜final〜
「ええい!」
「うわっ!」
シェラザードは短剣で、兵士に手負い程度の傷を負わせながら、夢中で外に走っていた。
「姉上―――っ!」
遠くでキラの声がする。
「キラァ―――ッ!」
必死に駆け出すシェラザード。
と、そこへ、『ザフト』の兵士に囲まれる。
―――まずい!
だがそこに、強い一太刀が道を開く。
「――アスラン!!」
「シエル!」
2人が駆け寄ろうとした、その瞬間、
「キャァッ!」
シェラザードの腕を掴み、シェラザードの短剣を力任せに落とすと、そのままシェラザードを盾に取るようにして、黒髪の男がアスランに近づく。
「…デュランダル…」
怒りに顔をこわばらせるアスランに、デュランダルは優位に立ったように、余裕の表情で、アスランに語りだす。
「…これはこれは『国王陛下』…御自ら、他国と通じて、我が国を滅ぼすおつもりとは…亡き父上様がお嘆きになりますぞ。」
「何を言うか! 領主と手を組み、人身売買を行って、政治の裏で汚れた金を稼いでいたのは、お前じゃないか!」
シェラザードが叫ぶと、デュランダルはシェラザードの首に剣を突きつけ、話し出した。
「その金で生きてきたのは、誰だとお思いです? 陛下…」
アスランの顔に、苦渋の色が浮ぶ。
「今すぐ剣を降ろしなさい。そして、今こそ、私がこの国の『真の王』であることを、認めるのです! さもなければ…お分かりですな?」
シェラザードに突きつけられた剣。
アスランは剣を投げ捨てた。
「そう。そうやって最初から、この私に従っていれば、国も安泰だったものを…貴方はもうこの『国』に必要ないのですよ! 死んでいただく!」
デュランダルが、シェラザードを引き摺るようにして、アスランに剣を向けようとした、その時―――
「アスラン! 『アンタレス』!」
シェラザードが声をあげると、自分の足元に落ちていた短剣を、アスランに向かって蹴り上げる。
アスランはダイレクトにそれを受け取ると、迷うことなく、投げつけた。
「―――っ! ぐぁっ!」
デュランダルには、今何が起こったか、信じられなかった。
アスランの投げた短剣は、盾にとっているシェラザードの隙間をぬって、自分の左胸に突き刺さっている。
サソリの心臓―――『アンタレス』を貫いた短剣。
シェラザードは表情一つ変えていない。
まるで、最初から、自分に当たるとは微塵も思っていなかったかのように…。
「…どうして…こんな…」
デュランダルは驚きの表情を隠せずに、そのまま崩れ落ちた。
「シエル!」
「アスラン!」
2人は駆け寄ると、互いの無事を確かめるように、抱き合った。
「アスラン。早く―――」
そう言って見上げるシェラザードに軽く頷くと、アスランは剣を掲げて叫んだ。
「『ザフト王国』国軍に告ぐ! 摂政デュランダルは、国益と称し、不正を働いた。デュランダルと、その側近たちを直ちに『国家反逆罪』として、『ザフト王国』国王『アスラン・ザラ』の名のもとに、直ちに捉えよ!」
その声に、『ザフト王国』国軍だけでなく、『オーブ』国軍、そして『タッシル』の面々が、一斉に歓喜の声をあげた。
* * *
それから数時間が経った。
アスランは、シェラザードに向かうと、凛々しい表情で、話し出した。
「…君が助けてくれたんだね…シエル…いや、『オーブ王国』姫君―――『カガリ・ユラ・アスハ』殿…」
シェラザード―――いや、カガリはおくびもせずに、無邪気な何時もの表情で、答えた。
「だって、言っただろう?…『約束は守る』って―――」
「姉上。ご無事で――」
「お怪我はありませんか。姫様。」
キラとキサカが声をかける。
カガリは頷く。
その向こうで、ステラが見たことのない笑顔で、「ネオ!」と金髪の男性に飛びつき、ミリアリアもラクスも家族に囲まれ、嬉しそうに笑いあっている。
『バナディーヤ』の街に、笑顔が溢れた。
* * *
「さて、これで『約束』も無事に果たしたし、『オーブ』に戻ろうか。」
そう言って背を向けるカガリ。
「待ってくれ。」
背後から、アスランの声―――
キラとキサカは、立ち入ってはならないように、静かにその場を離れる。
カガリは背を向けたまま、アスランに話し出す。
「…お前には2度も…いや、さっきも命を助けてもらって3度目だ…。『約束』1つじゃ割りに合わないかもしれないが…ごめんな…騙していて…。」
カガリの声が震えている。
アスランは背後から、カガリを抱きしめると、その耳元に優しく囁いた。
「…じゃぁ、俺にもう2つの『約束』を果たすことで、3つずつにしてくれないか?」
カガリの身体を自分の方に向けさせると、優しい翡翠の瞳は真っ直ぐに、既に涙の溢れた金の瞳を見つめる。
「言っただろう?…俺は…『君が好きだ』って…だから…」
アスランは自分に勇気を与えるように、息をつくと、カガリに向かって言った。
「『1つ』は…これからも…『この国』に残って、『この国』を俺と一緒に守ってくれないか?」
「…ぇ…?」
キョトンとするカガリに、アスランは頬を赤く染め上げながらも、ハッキリと言った。
「『2つ目』は…だから…俺と『結婚』してくれないか…?」
カガリの顔が、たちまち赤くなる。
「なっ! お前!? い、いきなり、そんな!!///」
「カガリに傍にいて欲しいんだ…これから先も…ずっと…」
翡翠の優しくも真摯な瞳が、カガリを包む…。
「…姉上…」
キラが戸惑うカガリの背中を、優しく押す。
そのまま、カガリは涙を溢れさせながら、アスランの広い胸に、その身をおさめた―――。
数ヶ月後―――
『オーブ王国』の使者が夜分、『ザフト王国』の『バナディーヤ』の宮殿に到着した。
アスランが『オーブ王国』国王―――『ウズミ・ナラ・アスハ』に宛てた書面―――「貴国の姫君『カガリ』殿を、妃に迎えたい」―――ことへの返事
『アレは男勝りで、快活な娘だ…敵が現れれば、我先にと飛び出すかも知れん…。
どうか一つ、アレを『一人の女』として幸せにしてやって欲しい…それが父の願いであり、貴殿と私の『約束』だ。―――アスラン殿、よろしく頼む』
――――『ウズミ・ナラ・アスハ』
アスランはその手紙を大事にしまうと、そこに『ウェディングドレス』の仮縫いを終えた、カガリが飛び込んできた。
「お父様からの手紙だって!?」
カガリは目を輝かせて、飛び込んでくる。
アスランは、微笑みながら頷いた。
「なぁ、見せてくれよ!」
せがむカガリ。
「ダメだ。」
笑いながら、答えるアスラン。
「中身が何書いてあったかくらい、教えてくれたっていいだろう!?」
むくれるカガリに、笑いを零すと、アスランは優しい翡翠の眼差しを、カガリに向けて言った。
「…どうしても教えて欲しいか?」
カガリは「うんうん!」と大きく頷く。
アスランは、カガリの傍に立つと、カガリを抱き上げ、ベッドに横たえる。
「…ア…アスラン…?」
「この前は『断られた』からな…」
アスランは、そう言って、カガリの唇に、静かに自分のそれを重ねる。
暫くして、唇を離すと、カガリの潤んだ金の瞳の中にアスランを映す。
そして翡翠の瞳にも、頬を紅潮させたカガリの姿が映る。
「…『君を幸せにする』…これが『ウズミ様と俺との『約束』』だから…。」
そう言うと、静かな部屋に、衣擦れの音が響く―――
そして、愛しい人と、互いの想いを確かめ合うように、肌を重ね、求め合う―――
―――やがて、静寂な部屋に、少女の甘く切ない嬌声が
響き渡った―――
腕の中で眠る愛しい人の寝顔を見つめながら、アスランは微笑むと、もう一度唇を落とし、その金の柔らかな髪を優しく梳きながら、想う…。
この国の『悪事の連鎖』をたった一人で断ち切り、勇気と未来をくれた少女―――
―――『カガリ』―――
君は、俺が君の命を3度救って、自分はたった一つの『約束』しか果たしていないと言った。
でも、俺は、君から『たった一つの『約束』』以上のものをもらっているんだ…。
この『国』を守る『勇気』と
明日への『希望』と『未来』を…
そして―――
『君』という名の『勝利の女神』を―――
・・・Fin.