Let’s go to “Her Secret House”!?
「・・・ん?」
軍令部にある私室に近づいた、濃紺の髪をした青年が、その翡翠の瞳に『とある物』を映し出す。
(・・・また、か・・・)
青年が私室のドアの前に置いてある『とある物』――『濃い深緑のビニールの袋』を取りあげると、中身をあらためる。
中には――『コーンミール』と『ラップサンド』が一つずつ・・・そして『カード』が一枚・・・
―――『アスランへ――夜食代わりに食べてくれ。ほっぺた落ちるぞ!』
濃紺の髪を揺らしながら自室に入り、シャワーを浴びた後、コーヒーを入れると、アスランはテーブルに置いておいた、その袋の中の『パン』を取り出し、口にする。
もうこれで、4,5回目――だろうか・・・
カードの筆跡からいって、送ってくれたのは『カガリ』に間違えないのだが、本人に尋ねても
(―――「いや、別に・・・」)
と曖昧な答えをするだけで、そそくさと、その場を立ち去る。
ただ毎回共通していることに気が付いたのは、2,3回目の頃だろうか・・・
いつも決まって『水曜日の夜』に、置かれている事・・・。そしてこの『濃い深緑のビニール袋』の中は『パン類』で、その袋には金色の文字で『Zipf』――と書かれている。
確かに味はいいのだが・・・一体何故カガリがこんな事をはじめたのか・・・
アスハ邸には、お抱えの料理人がいるというのに、どう見てもこれは『外の店』の物だ。
それも『代表首長』である以上、カガリが外に出るときは、護衛である自分が傍にいて、彼女の身を守らなければならない。
(・・・もう一度、カガリに聞いてみるか・・・)
そう思いながら、アスランは最後の一欠片を口にした。
* * *
火曜日―――
議会が終わってカガリが外に出てくると、アスランはいつも通り、車を横付けし、カガリを迎え入れた。
「あ〜ぁ。今日も疲れたなぁ〜・・・」
半ばウンザリした様子は、どうも議会の題材が、思うように進まなかったのだろう。
アスランは口元を緩めながら、カガリにふと尋ねた。
「・・・カガリ・・・少しゆっくりと休んだらどうだ?・・・明日は公休になっているんだろう?」
「ん・・・まぁな・・・」
「キラやラクスに、たまに顔を見せてやったらどうだ? 俺も一緒に行くから・・・。」
だが、アスハ邸に戻るまで、カガリは口を閉じたまま、アスランへ答える事はなかった。
* * *
そして、翌日の夜――
アスランの私室の前には、同じように『濃い深緑のビニール袋』
今回は『ボストック』が一つと、何時ものカード。
朝、出掛けに、アスランはキラやラクスの所へ行こうと、カガリを尋ねたが、
(―――「カガリ様でしたら、もうお出かけになりましたが・・・」)
メイドの言葉に、アスランが慌ててキラとラクスの居る『マルキオ邸』に連絡をとったが、
(―――「あらあら。カガリさんでしたら、こちらにはお見えになっていらっしゃいませんよ。」)
柔和なラクスの返事。
(―――「そうか・・・すまない。」)
誰よりも大切な彼女を――いや、大事な『代表首長』を一人で出歩かせる訳には行かない!!
そう自分に言い聞かせ、モニターを切ろうとしたその時
(―――アスラン・・・カガリさんに「先日は『美味しいパン』をご馳走さまでした」とお伝え願えますか?)
ラクスの言葉に、一瞬言葉が詰まる。
(―――「『美味しいパン』って・・・あの『濃い深緑の袋』の・・・?」)
(―――「はい!」)
嬉しそうなラクスの声に、アスランはモニターを切ると、自室に戻り、ビニール袋を改める。
金の文字で『Zipf』と書かれた下の方には、住所と連絡先が書いてあった。
(・・・来週も確か・・・水曜日が公休になっていたはず・・・)
―――つけてみるか・・・。
そうアスランは心に決めると、深緑のビニール袋を握り締めた。
* * *
まだ、日が昇りきらない、『水曜日』の早朝―――
アスランが止めてあった車の窓から、そっとアスハ邸を見守っていると、まるで少年のような服を身につけ、帽子を深く被ったカガリがそっと邸を抜け出した。
護衛もなければ、運転手に車を出させることもなく、小走りに駆け出していく。
(・・・車も出さないなんて・・・アスハ邸は街中に行くにも離れているのに・・・)
―――余程、誰にも気付かれたくないのだろうか・・・?
確かに自分は『護衛』だ。でもその前に、誰よりも大事な『恋人』だと自負している。
その自分にさえ、秘密にしているなんて・・・
―――まさか!? 『密会』!?
何処となく湧き上がる苛立ちと共に、気付かれないように、アスランはそっと車からおりると、カガリの後を追った。
* * *
小走りに駈けていったカガリは、街中を通ると、何のへんてつもない、閑静な住宅街についた。
その中をカガリは迷うことなく、『一件の家』に入っていく。
(・・・何だ?・・・この『家』は・・・?)
アスランが一見したところ、普通の2階建ての『木造の家屋』―――だが、不思議な事に『窓』が全くなく、その代わり、『ドア』が2箇所―――『家』の左右についている。
カガリは迷わず、左手のドアを開けると、その中に入っていった。
(窓のない家――中に一体『何』があるんだ!?)
様子を伺うことの出来ないアスランが、その『家』に近づくと、また勢いよく『ドア』が開く。
(―――!)
慌ててアスランはドアの死角の壁に寄り添い、外を窺うと、包みを持って飛び出してきたカガリが、今度は真っ直ぐ右手のドアを開けて、中へと入っていく。
アスランも後を追うようにして、右手のドアを開ける。
中には―――2階へ繋がっているのだろう・・・踏み込むと、<キシキシ>と木造らしい音をたてる階段がついており、そこをアスランは静かにあがって行く。
ふと、階段を昇り始めたアスランの耳に、カガリの声と『複数』の人の声が届く。
「――――!?」
アスランは思わず壁に張り付くようにして、自分の気配を消すと、その声を聞き逃さないよう、じっと神経を研ぎ澄ます。
「・・・だから言ったじゃないか! お前達が欲しい物、ちゃんと持ってきたって!」
カガリの声――
「確かに受け取った・・・それにしても『いい物』が手に入ったな・・・これだけの『硬さ』があれば・・・かち割ることぐらいできるんじゃ
ないか?」
「クックック・・・確かに。」
アスランには聞き覚えのない、男性と女性の声―――声の様子から・・・60〜70代頃だろうか・・・?
「・・・さて、「お楽しみ」の準備が出来たし・・・はじめましょうか? お嬢さん?」
「ダメだ! 止めてくれ!! まだ―――」
必死に抵抗するカガリの声に、またも男の声が聞える。
「もう充分だろう? 早く済ませないと・・・他の者達が、ヨダレたらしながら待っているから・・・。」
「ちょ、ちょっと待てって! だから―――うわっ!」
(―――っ!? カガリ!!)
アスランは、ホルスターから拳銃を抜くと、2階まで駆け上がり、ドアを勢いよく開け、鋭い視線で拳銃を構えながら叫んだ。
「カガリから手を引け!! さもなければ―――・・・」
その瞬間、一斉にアスランに人の視線が集まる。
だが、アスランはその様子に言葉を無くす。
「―――!?」
アスランが見たものは―――幾つかある、こじんまりとしたテーブルに、香ばしい香りが漂う料理と、それを囲んで口に入れようとした状態のまま、『固まった』人達の自分に向ける視線。
「なっ!? アス――いや アレックス!? どうして此処に!?」
金の瞳を見開き、驚き声をあげるカガリ。
そしてカガリの座っている『テーブル』の前には―――品の良さそうな、『老夫婦』
「おや? キトリちゃんのお友達?」
そう穏やかに口を開いたのは、優しげな老婦人。
「わかった!『彼』だね! キトリちゃん、こんなカッコイイ『彼』がいるんだったら、私達とじゃなくて、『彼』と一緒に来れば良いのに。」
そう言って笑う老紳士。
「・・・『キトリ』?」
状況がつかめないまま、聴きなれない名前を呟き、その場で立ち尽くすアスランの前に、カガリは懸命に弁解する。
「い、いや! アレックスは――そう!『友達』だ! 『友達』なんだ!!」
「でも、男の子の『お友達』なら、『ボーイフレンド』でしょ? そうそう! 如何かしら?貴方も此処に座ったら?」
そう言って、微笑む老婦人がアスランにカガリの隣の席を勧める。
「此処は・・・一体・・・それにこの人達は・・・?」」
店内のお客の視線がようやく自分から離れ、我を忘れるほど取り乱して赤面していたアスランがようやく落ち着くと、まだ状況が把握できないアスランに、カガリがそっと囁く。
「この人達は、ここの常連さん。いつもきてるから、友達になったんだ! あ、此処では私は『キトリ』っていう名前にしてあるんだ。ほら!本名言ったらまずいだろ!?だから―――」
「『だから』って、此処は何なんだ!? さっき聞こえた会話は一体なんだ!? 『いいものが手に入った』、『硬さがあれば、かち割ることが出来る』っていうのは―――」
カガリの言葉を遮るアスランの声に、老紳士は笑いながら答えた。
「ははは! 聞えましたか。ここは下のベーカリー『Zipf』のパンを主に、食事も出来る店で、『Ruheplatz Zipf』といいまして。・・・いや、此処のパンは非常に『固く』てね。例えば『このフランスパン』で『リンゴ』を叩けば、かち割れるんじゃないか?――とね。」
「じゃぁ・・・『いい物』っていうのは・・・」
「・・・それは今さっき、私が店のほうで買ってきた、この『パイザー』と『フランスパン』! この店、1種類焼けると、もう別のパンを並べるから、なかなか『その時』でないと、手に入らないんだ。」
アスランの声にカガリが答える。
「ホホホ・・・私どもの『息子夫婦』が、この『固いパン』が大好きでしてね。いつも此処に行くなら『買ってきてくれ』と頼まれていたのですが・・・なかなか手に入らなくて・・・そうしたらキトリちゃんが時間を見計らって、買ってきてくれまして・・・。良かったわ。ようやく手に入って。キトリちゃんがいてくれたお陰ね。」
老婦人が嬉しそうにカガリを見つめる。
アスランは肩の荷が下りたように、大きく溜息を付いた。
「それよりどうしたんだよ!? そんな物騒なモン持ち出して・・・。みんなビックリしたじゃないか!?」
カガリがアスランに問い掛けると、アスランは呆れたように話し出した。
「なら、さっき、「『お楽しみ』はこれからだ。」「他の連中がよだれ垂らして待っている」っていう声に、お前が「止めろ!」とか「待て!」って、大声を出していたのは、何々だ!?」
「それは・・・『これ』のことか?」
カガリが指さした先には・・・色んな種類のパンと・・・『チーズフォンデュ』
「もう、2人とも早く食べたがってさ。まだ『チーズ』が熱くなっていないから、まだ「止めろ!」って言ったんだ。でも「他のお客さんが、『早く食べたい』って『よだれ垂らしながら待ってる』から、急いで食べよう」って言うから、でも『待て』って言ったんだ。・・・確かに待ってる人達は居るけど、だからって、わざわざ遠くから来ている、このお二人が遠慮しようとして早く食べなきゃ――って。でも折角遠くから来ているんだったら、一番美味しく食べなきゃ損だろ!?
アスランは声をひそめ、カガリの耳元で囁く。
「・・・じゃぁ、わざわざ『偽名』使って、『コッソリ抜け出した』のは・・・」
「『約束』したんだ。この方達に。遠くからいつも一生懸命、息子さん達に食べさせたいのに、『買えなくって』って、困っていたから。『だったら私が日にちと焼き上がりの時間聞いておいて、買ってきてあげる』って。偽名使ったのも、私が本当の名前出したら『代表首長』だって気付かれて、こんなに皆と普通に楽しく話しながら食べられないだろ!? それに堂々と『ベーカリー』に行っていた――なんて言ったら、アスハ邸の、専属コックに悪いだろ!?だから――」
「・・・見つからないように、コッソリ来ていた訳・・・か・・・。」
カガリの言葉に、アスランは今度こそ拍子抜けした。
「さぁさ! いつもお待ちかねの『豚の角煮』が来ましたよ。貴方もどうぞ。これ美味しいのよ。」
老婦人の言葉に、カガリは「うわぁ!」と目を輝かせると、「いただきまーす♪」と元気よく声をあげる。
「う〜〜〜ん! 美味〜〜〜〜い!!」
満足そうなカガリの笑顔に、アスランは思わずつられて微笑む。
(・・・そういえば、最近、カガリがこうして『普通』に『笑っている』のを・・・見たことがなかったな・・・)
「・・・さっきまでは、あんなにキトリちゃんのことを心配して、怖いくらいの鋭い視線で私達を見たのに・・・」
「・・・我を忘れるほど取り乱すなんて・・・よほど『大切』なんだろうな・・・キトリちゃんのことが・・・だって今は、ほら!・・・あんな穏やかになって・・・。」
優しげにカガリを見つめるアスランの横顔を見ながら、老夫婦はお互い見つめあい、まるで自分達が若かりし時の邂逅をするように、目の前の若い2人の様子を微笑みながら見守った。
* * *
「さーて! 食事も済んだし。後は―――『アレ』だけだな。」
2階のレストランから降りてきたカガリの言葉に、アスランはまた問い掛ける。
「今度は何だ・・・? まだ何かあるのか・・・?」
その言葉に「まぁ、見てろって!」というと、カガリは時計を見ながら、けや木の並木道をアスランと2人、並んで歩いた。
それから数時間たっただろうか・・・
カガリは時計を眺めると、「よし!」という言葉と共に、再び『Zjpf』に戻った。
左側の入り口のドアを開けると、『カウベル』の<カララン♪>という音と共に、香ばしい香りが漂ってくる。
アスランもカガリに付き添って、中に入るが―――カガリが寂しげな表情で、パンをのせるトレーを持ったまま、立ちすくんでいる。
「どうした? カガリ・・・。」
アスランが声をかけると、カガリがポツリと呟く。
「・・・時間・・・狂っちゃったな・・・。」
「え?」
「此処の店・・・夕方6時に閉店なんだけど・・・ギリギリになっていくと、水曜日だとサービスしてくれるんだ。次の日、休みだから・・・。」
(・・・それで『水曜日の夜』に、あの『深緑のビニール袋』があったわけだ・・・)
アスランが、ようやく納得したその時、一人の白衣の男性が、レジに現れた。
「やぁ、キトリちゃん。悪いんだけど、今日は早めに売り切れたから・・。」
すまなそうに話し出す、その男性に、カガリは明るく声をかける。
「ううん。ごめん、キハラさん。・・・いっつも貰ってばかりで・・・」
そういいながら、カガリがトレーを置くと、キハラ――とカガリが言っていた男性は、厨房に走っていくと、一つの『パン』を持ち出し、深緑のビニール袋にそれを入れて、カガリに手渡した。
「これ! 『キャラメルガレット』! まだこれだけ残っていたから! これあげるよ!」
「え? いいって! だってそれはキハラさんが、娘さんにあげるやつだろ!? 私、今日はいいから―――」
「いいって! ウチはいつでも食べられるけど、キトリちゃんは1週間に1回しかこれないんだろ?だから!」
そう言って、カガリの手には、まだ何処となく温かい『キャラメルガレット』―――
「ありがとう! 大事に食べるから! あ、あとクリスマス前になったら、絶対『シュトーレン』買いに行くから! 予約しとくから!」
「今から!? まだ半年以上あるのに、もう予約か。 理由は・・・そこの『彼』かい?」
そう笑いながら話すキハラに、カガリは「違う!」と真っ赤になりながら懸命に弁解していた。
* * *
「・・・ん?」
夜――軍令部の私室に戻ったアスランの部屋の前に、『深緑のビニール袋』
(・・・確か今日は、『売り切れ』と言っていたはずだが・・・)
そう思いながら、アスランが袋を開けると、其処には―――
(・・・『キャラメル・ガレット』?・・・)
そして何時もの『カード』
―――『アスラン! 今日はお前と一緒に外で食事出来て、楽しかったぞ! これ、半分ずつにして食べような!』
「カガリ・・・」
思わず微笑むと、アスランは『シュトーレン』をカガリと2人で分け合う日を思い馳せながら、半分のガレットを口に入れた。
・・・fin.
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>『666666』のキリリクを踏まれました『たれりん様』からのリクで、『アスカガ in Zopf』のお話を書いてみましたv
そう、この『Zopf』(小説の中では『Zipf』というデタラメな名前にしましたが)――1月頃、サイト内の日記&拍手で話が出ました、実際に存在
するお店でして、全国のベーカリーのランキング特集をすると、殆どの雑誌&ネットで1位になるくらい、美味しいパンを売っております。
嬉しい事に、Namiはこのお店の近くに住んでおり、よく買いに行きます。
中に出てきた『深緑のビニールの包み』&『木曜日お休み』なのは本当です。
ちなみにオーナーの○原さんは、とても気さくな方で、「水曜日の夕方5時半頃、店に行くと、たまーに売れ残りをくれることがある」のです
(但し、最近は有名になりすぎて、5時まで残っているかも微妙…)。
Namiはこの手を使って、タダで『シュークリーム』とか『ガレット』を戴いて帰ることが結構ありました(笑:ひでぇ・・・小ざかしい悪党だ^^;)
今回、出しました『Ruheplatz Zopf』も、本当に2階に有るお店で、『豚の角煮』は本当に美味しいです!(後でパンを汁につけて食べるの)
あとこのSS内に登場した『パン』はNamiの好きな物ですが、他に『胚芽米パン』とか『五穀米パン』とか・・・メチャ美味しいです(^o^)
ちなみにSSの『キトリ』というカガリの偽名は、『SEED(無印)』が始まる前、設定資料として最初に上がっていた『カガリ』の名前の候補の1つ
です。(ロマンアルバムより)
…なんか『実在のお店』&『アスカガ』って、どうやってまとめるか難しくて、上手くいかなくて申し訳ありません(汗っ!!m(__)m
たれりん様、こんなSSですいません!!&リク、ありがとうございました!!