Scheherazade vol.1

 

 

「…暑い…」

辺り一面の砂丘の中、一人の砂塵よけの白いマントを羽織った人物が、マントから覗かせる、金の髪から伝う汗を無造作に零しながら、砂漠の中を、ヨロヨロと歩いていた。

少しでも砂丘の影に沿い、日のあたらないところを、通ろうとしてきたが、一風吹けば、あっという間に砂丘の形など、変わってしまう。

「……もう、限界かなぁ……」

ややハスキーな声で呟いた人物は、砂丘の日陰に腰をおろすと、パタリと倒れた。

 

(…ごめんな…『約束』…守れないかもしれない…)

 

そして、そのまま目を閉じた。

 

 

 

 

―――どのくらい意識を失っていたのだろう…

 

ふと、唇から、多少温かみはあるが、何かが注がれる感覚に、その人物は、それを<コクリ>と、音を立てて飲んだ。

 

(…み…ず…? …水…?)

 

うっすらと金の瞳が開く。

そこには、カップに満々と注がれた水が、自分の目の前にあった。

「――! 『水ぅ――――っ!』」

慌てて目の前のカップを取ると、勢いよくグビグビと喉まで水を零しながら、一気に飲み干した。

「うっまぁーーーい!」

先程の力のなさはなんのその。うって変わって、カップを大事そうに持ちながら、満面の笑みで空を見上げた。

 

―――風に靡く金の髪、砂漠とは無縁そうな白い肌、そして、クリッと開いた金の瞳…

 

そこに諭すように、砂漠の熱とは無縁のような、冷静な声が掛かる。

「…おい。一気に飲むと、逆に嘔吐するぞ。…まだあるから、少しずつ、ゆっくり飲め。」

満足したその金の髪の人物は、その声に気が付いて、辺りを見回す。

自分の直ぐ隣―――同じく砂塵よけのマントを羽織った人物が、金の髪の人物に、少しだけ、水筒から水を注いだ。

「…どうも…」

金の髪の人物は、慣れないように恐縮しながら、ゆっくりと、一口ずつ、水を飲み込んだ。

声からすると、水をくれたのは男のようだ。

ただ、深くかぶったマントの所為で、その口元しか見えない。

水をゆっくりと飲み込む、金の髪の人物に、その男は呆れた様に声を掛けた。

「…お前、一体何でこんなところに居るんだ。…もう少しで脱水で死ぬところだったぞ。」

カップの水を飲み干した、金の髪の人物は、カップを男に返すと、ポツポツと答え出した。

「だって、しょうがないだろ? 私はお前の連れてるラクダみたいに移動手段がないんだ。歩くしかないだろ?」

そう答える声は、男にしては甲高い、ハスキーな声。

マントで隠れているが、カップを返したその腕は細く、どうやら女性のようだ。

男は女に聞いた。

「お前、何処まで行く気だったんだ…?」

その言葉に、女が答える。

「うん。『バナディーヤ』まで。」

「―――っ!『バナディーヤ』!?」

「なんだよ…そんな驚く事かよ。」

少しむくれた声で、女が答える。

 

―――『バナディーヤ』―――

 

四方を砂漠で囲まれた、文字通り、『陸の孤島』の様な街―――

そんなところまで、女一人で、しかも徒歩で行くなんて…

男は半分呆れながら、女に聞いた。

「『バナディーヤ』までって…何しに行くつもりなんだ?」

男の声に、女は静かに答える。

「…『約束を守る』為…」

「えっ?」

女は首を横に振ると、話を続けた。

「ううん。仕事だ。何でも『バナディーヤ』にあるお城の傍の、「『ジブリール』さん」ってとこのお屋敷が、破格の値段で、メイドを雇っている、っていうから、そこで働こうと思って。」

男はマントの上からではわからないが、明らかに何か驚いた様子だった。

「お前こそ、こんなところで何してるんだよ?」

まるで自分がたった今、助けられたとは思ってもいないような、女のその口調に、逆に男は笑しくなって、思わず笑いを零す。

「なんだよ! 人が折角聞いてやってるのに!」

ムキになる女に、男は笑いを押さえて言った。

「いや…失礼…俺も今から『バナディーヤ』に戻るところだから…。一緒に行くか?」

先程の冷静な声とは裏腹に、優しい声で語る。

女は一瞬、答えに迷ったようだが、先程の元気な声で、男に尋ねた。

「一緒に行ってくれるなら嬉しいけど…ちょっとよりたい所もあるんだ。」

「何処だ?」

「『タッシル』。」

『タッシル』―――この砂漠の王国『ザフト』の中でも、僅かなオアシスによって、人が集まり、村を作っている。

首都の『バナディーヤ』に比べたら、ホンの一握りの小さな村だが…。

「俺は構わない。…どうせ『バナディーヤ』への通り道だし…。」

「…いいのか?」

女が不思議そうに答える。

「あぁ…それに、さっきのように、倒れられて、日干しになった―――なんていったら、『夢見』がわるいからな。」

そう言って笑い出す男―――

「〜〜〜っ/// わ、悪かったな!」

女はそういうと、男が差し出す手を取り、ラクダの背に乗った。

「そういえば、お前、名前は?」

薄ろから尋ねる女に、男は躊躇うように言った。

「…別に名のるほどでもないだろう…?」

だが女は負けていなかった。

「だって、折角の『命の恩人』の名前も知らないんじゃ、私だって『夢見』が悪いぞ! 何かあったとき、『恩返し』できるかも知れないじゃないか!」

その表情が見て取れるようで、男は僅かに笑いながら答えた。

「『アレックス』…『アレックス・ディノ』だ。」

それを聞いて、女は嬉しそうに答えた。

「私は『シェラザード』だ! 『シエル』でいいぞ!」

「じゃあシエル…ちゃんと掴まっていろよ。」

「あぁ!」

そういって、シェラザードはアレックスの腰に手をまわし、背中にピッタリとくっつく。

一瞬感じた胸の柔らかさに頬が赤らむと、アレックスはそのままラクダを『タッシル』へと向かわせた。

 

 

*     *     *

 

 

「よう! カガ―――じゃない。『シェラザード』! 久しぶりだな!」

「あぁ! サイーブも、村のみんなも、元気だったか?」

嬉しそうに声を掛け合いながら、シェラザードは、ラクダから下り、サイーブという、岩窟そうな男に駆け寄った。

そこで、初めてシェラザードはマントを取った。

 

 

―――風に揺れる、柔らかな金の髪

  砂漠とは無縁そうな、白い肌

  そして、まぶしく輝く、金の瞳―――

 

 

アレックスは、一瞬、その姿に目を奪われた。

 

 

「…ところで、『そこのヤツ』は誰なんだ?」

サイーブが目を細めて、アレックスを覗き込む。

シェラザードは屈託なく言う。

「あぁ…さっきミイラになりそうな所を、助けてもらったんだ! 名前は―――」

言いかけたシェラザードを制し、男はラクダから下り、マントを取りながら取った。

「初めまして…『アレックス・ディノ』です。」

「ふ〜〜ん…『アレックス・ディノ』…ねぇ…」

サイーブがまるで値踏みでもするように、アレックスをみる。

 

 

―――肩口まで伸びた、濃紺の髪

  やはり砂漠とは縁がなさそうな、白い肌

  端正な凛々しい顔立ち

   そして、冷静な翡翠の光を放つ瞳―――

 

 

「…お前さんとは、どっかで会った気がするんだけどな…」

サイーブの視線に、アレックスは冷静に答える。

「お人違いでしょう…俺はここに来るのは初めてですし…」

「…ふ〜〜〜ん…」

まだ訝しげなサイーブを押しやり、シェラザードは、集まってきた村の皆に声をかけた。

「お〜〜い! 久しぶりだな! 皆!」

一人の子供が駆け寄る。

「あ! カガリ―――」

「しぃーーーーっ!」

慌てて母親らしき人が、子供の口を押さえる。

「…『カガリ』…?」

アレックスはシェラザードを覗き込む。

シェラザードはアレックスに向き直ると、慌てて答えた。

「い、いや。違うんだ。…なんか私が『オーブ』王国の姫に似てるって言うから、皆が『あだ名』でそう呼ぶんだ。」

 

 

―――『オーブ王国』―――

   

『ザフト王国』とは違い、海に囲まれた美しい国だ。

国力も王もその力は各国に名声を誇っている。

だが、『ザフト』とは縁遠い―――

 

「一縷の『望み』」をかけたが…

 

 

「ところで、シエル―――お前さんがわざわざ出向くなんて…『手紙』は読んだが、ちゃんと説明してくれないか?」

サイーブの言葉に頷くと、「ちょっとで済むから待っててくれな!アレックス!」とだけ、言い残して、シェラザードは走っていった。

 

 

*     *     *

 

 

「…で、『用件』ってのは…やっぱり『あの事』か…?」

歩きながら、サイーブと、村の若者達の顔つきが、一斉に厳しいものへと変わった。

「あぁ…我が国にも、援軍の要請が来た…もしこれが事実なら、放っては置けない…だから『私』が直接『確かめ』に来たんだ…」

「まったく…厄介な『王様』だぜ…」

毒づくサイーブに、シェラザードは答えた。

「…だから、もし『ルージュ』が戻ってこなかったら…その時が『合図』だ…いいな?」

岩陰にもたれかかり、人々の輪の中心で話をするシエラザード。

と、そこへ―――

 

<ヒュン>

 

一筋の短剣が、シェラザードの頬を掠めるように、投げつけられた。

 

投げた人物は―――『アレックス』

 

「てめぇ! 何の恨みがあって、いきなり物騒なモン投げつけやがった!」

若者達が一斉に、振り返り、憎憎しげにアレックスを見返す。

「…良くみて見ろ…」

アレックスの言葉に、一同がシェラザードに振り向くと、その頬の直ぐ横の短剣の先には、サソリが刺さっていた。

 

(…あの『距離』から…正確に投げつけやがったのか…)

 

サイーブはシェラザードを見返す。

だがシェラザードは表情一つ変えずに、短剣を引き抜くと、アレックスに向かい「ありがとな。」と声をかけて短剣を返した。

その2人の姿に、サイーブは不思議な『見えない糸』の様なものを感じた。

「さて! 頑張って『仕事』しにいってくるから! みんな元気でな!」

「シエルも元気でね!」

「また遊ぼうね!」

アレックスに続き、ラクダの背に乗ったシェラザードは、振り返り、元気良く手を振った。

 

 

*     *     *

 

 

「…なぁ…」

「うん?」

アレックスの言葉に、シェラザードが頷く。

「さっきの短剣…怖くなかったか…?」

恐る恐る尋ねるアレックスに、シェラザードは微笑んで答える。

「全然!」

「…どうして…」

尚も不思議がるアレックスに、シェラザードは屈託もなく答える。

「だって、私を傷つけたいなら、砂漠で貴重な水をわざわざ私なんかの為に、分けてくれるわけないだろう?」

「……。」

 

 

―――この少女は不思議だ…

  出会ってまだ、少ししか経っていないのに、

  もう自分を信頼してくれる…

 

アレックスの中に芽生えた、小さな明かり―――

 

 

「あ! あれ『バナディーヤ』の街なのか!?」

シェラザードがアレックスの後ろから身を乗り出し、嬉しそうに叫ぶ。

2人の目の前には、夕暮れに染まり始めた『バナディーヤ』の街が広がっていた。

 

 

                                                                    ・・・to be Continued.

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>初出20051010 神原様との合同誌『STAY』で掲載しました『エセファンタジーSS』です。今から4年前の代物なので、もういい加減時効(笑)と思いUPしてみました。

 オフ誌のほうは、『Half Moon』のかずりん様が素敵な挿絵を描いて下さったのですが、PCに落としていないので、今回は文面だけです。

 このオフ誌、表紙は『紅葉』の翠様、神原さんの挿絵は『猫月屋』の猫月健一様と『月の島に蓮の花』の月島ゆり様が担当という、今考えてももの凄い方々が参加してくださっていて、今更ながら驚きです!

 

・・・大事に保存せねば・・・