Ring
<…その…それで…彼女に…渡そうと思っているんだけど…>
モニターの向こうの菫色の瞳は、面と向かって言いにくいのか、それとも恥かしいのか、モジモジとしたまま視線を合わせようとしない。
まるで初めて告白された乙女のように、頬を赤らませて呟く親友の姿は、初々しいといえばそれまでだが、悪く言えば何だか女々しい。
(もうとっくに時効なのに…まだ気にしているのか…?)
『彼――キラ』のいう『彼女――ラクス』はアスランとは以前婚姻統制が決めた間柄―――
確かに政府の決め事とはいえ、あの戦争がなければ…何事もなければ、アスランは疑うことなく彼女と結婚していただろう。
しかし、たったこの数年で急変した事態の中、キラもアスランも運命の糸が結びつけた本当に自分にとって大切な相手を見つけられた。
ラクスとアスランとの関係は、今更言うまでもなくキラ自身が良く知っているはずだ。
(なのに何故、今更俺に相談を…?)
「俺のこと気にしているのか? だったら気にするな。俺はもう彼女とは―――」
<ううん!そのこと…じゃなくって…>
奥歯に物の挟まったような物言いに、ついアスランは口走った。
「一体何なんだ? 聞きたいことがあるなら男らしく早く言ったらどうだ!?」
(あれ?…なんだか俺、口調が一瞬誰かに似ていたような…)
<アスラン…なんだか口調がカガリに似てきたね…。>
今度は不機嫌な声色で、モニターの向こうのキラが話し掛けた。
―――――『カガリに・・・似てきた』―――!?
・・・そうか・・・意識していなかったが、いつのまにか『カガリ』が俺の中に浸透していたらしい。
『カガリ』という、俺にとってずっと傍にいたい場所
温かく、優しく、楽しく・・・泣くことも、怒ることもできる、本当の俺をさらけ出せる場所
いや・・・もうとっくに彼女の傍が俺の故郷になっているんだ。
守りたかった『プラント』
でも今は―――『プラント』以上に『守りたい場所』
そんな大切な『カガリ』の癖が俺の一部になっている、ということは、それだけ傍にいられた証だ。
最も忙しくて思ったように会うことは出来ないが、いつでも『赤い石』は俺たちをつなげてくれている。
そんなキラの言葉に僅か嬉しさを感じたアスランだが、モニターの向こうの顔はなんだかアスランの表情を恨めしそうに見ている。
「はぁー」と一息ついて改めてキラを見つめると、キラは姿勢を正して改めてアスランに向って言った。
<その…指輪贈ろうと思っているんだ…ラクスに…なんだけど…>
「ようやく告白するのか?」
ラクスがキラを思っていることは、あの大戦の最中気がついたことだ。
ラクスの父が凶弾に倒れた時、彼女が唯一悲しみを見せた相手はキラだった。
そして心に痛手を負ったキラをずっと傍で見守って来たのもラクスだった。
だからその2人がようやく結ばれる、というのはアスランにとっても感慨深いものがある。
<告白…!? ううん!そんな大げさなものじゃなくって…。うん。以前僕達が最後の出撃に出るとき、ラクスから『また帰ってくるためのお守り』に―――って、ラクスのお母さんの形見の指輪もらったんだ。でも僕まだ返していないんだよね。だから返そうかと思ったんだけど、それよりも僕の代わりに『新しい指輪』贈ったら、ラクス喜ぶかな、って思って。だってほら!アスランもカガリに贈ってたじゃない!>
今度は話を振って急に元気になるキラ。
(…正直、あの『指輪』については、少し痛い思い出だったりするのだが…)
「あぁ。キラから貰ったら喜ぶんじゃないか?ラクス。」
その少し苦い思い出を悟られないようにしながら、アスランは返事をすると、キラはパァっと顔を輝かせて勢いづいて話を持ちかけた。
<うんうん!それでどんな色の石が付いた指輪がいいかな?って思って。ラクスは何色が好きなのか、サイズはどのくらいなのか、とか元婚約者のアスランだったら良く知っているかと思って。>
―――――『元・婚約者』ね…
確かにそうだが、その言い回しは何だかいい気分がしない。
今は互いに大事な彼女がいるんだから、せめて『昔からの知り合い』くらいにしてくれない物だろうか。
「色は…ピンクは好きなようだが…あまりこだわっている様子はなかったな。それから俺はサイズは知らない。」
<えー!?だって婚約してたんでしょ!?>
「成長しているんだから、サイズだって変わっているだろう!? 好きな相手のことぐらい自分で調べろ!!」
半分不機嫌、半分呆れ返ったようなアスランの返答に、シュンとなるかと思ったが、逆にムスッとしながらもキラは追い討ちをかけてきた。
<じゃぁ聞くけど、アスランはカガリのサイズどうやって知ったの?>
「…自分なりの計測方法だ。」
<それ、答えになってない…>
確かにカガリに指輪のサイズなど聞いていない。
そんなことを言ったら彼女なら「そんなこと聞いてどうするんだ?」とキョトンと突っ込みを入れてくるに違いない。
まさかその場で理由を述べる訳にも行かず。
取った手段は彼女が社交でどうしてもドレスを着なければならなくなったとき、装飾でつけていた別の指輪を参考にしたまでだ。
不満そうなキラが、思いついたように言った。
<そういえばあの指輪、なんで石『赤い』のだったの?カガリの誕生日なら『エメラルド』だから緑だし…。瞳の色にしても『金色』だから『トパーズ』とかになるし…。ねぇ、何で?>
「それは…///」
<うんうん!>
「…俺のなんか参考にしないで、自分で考えろ!お前自身の真心が篭っていなけりゃ意味無いだろう!?」
これ以上、『理由』を思い出すと気恥ずかしさで、頬が赤くなってくる。
キラに気が付かれないよう、そういってアスランは<ブチ>っとモニターを切った。
* * *
「え〜、じゃぁアスランに直に聞いたの?」
そう言って驚くのはミリアリア。
<だって他に指輪贈った男の知り合いっていないんだもん。 ムゥさんだったら参考になりそうだけど、それ以上にからかわれそうだし、後が怖い…>
「ごもっとも。」
思わずミリアリアも吹き出す。
「でも確かにサイズはともかく、好みのデザインとかどんな石がいいか・・・それはアスランの言う通り、キラ自身が探して決めなきゃね。他人を当てにしたら『本当の気持ち』は伝わらないもの・・・。」
<・・・うん・・・>
「それに―――」
<?・・・『それに』?>
一呼吸置いたミリアリアが微笑んで答える。
「ラクスは物の価値とか、そんなことを気にする子じゃないことは分かっているでしょう?」
<・・・うん。>
「どんな女の子でも価値なんかより『一生懸命自分のために選んでくれたんだ』っていう思いが伝わったもののほうが、どんな安い物でも『大事な物』になるんだから。」
<・・・そっか・・・ありがと!ミリィ!>
「どういたしまして。」
モニターの向こうのキラの表情が少しでも明るくなったのを見て、ミリアリアも笑顔をほころばせる。
<あ・・・じゃぁ何で・・・>
「え?」
級に怪訝なキラの様子に、ミリアリアが不思議そうに聞き返す。
<さっきもアスランにも聞いたんだけど、何でアスランはカガリに『赤い石』の指輪を贈ったのかな?>
「そうね・・・アスランもなんだかいつも『赤い石のネックレス』つけてたじゃない?それで「おそろい」だからじゃないのかしら?」
<僕もそうかと思ったんだけど・・・アスランに聞いたら急になんだかぶっきらぼうになって、切られちゃったんだ。>
「ふ〜〜ん・・・『赤い石』ね・・・・・・・・・あ!」
急に両手を<パチン!>と合わせて、急に笑い出すミリアリア。
<え、何!?何がわかったのミリィ!?>
モニターの向こうから真剣な表情で覗き込むキラに、ミリアリアは(フッ・・)と微笑んでキラに継げた。
「・・・だって彼、『赤のナイト』だもの。カガリにとっての・・・ね?」
<・・・『赤の・・・ナイト』って、それミリィの以前使った暗号じゃない。何でそれが指輪と関係があるの?>
どことなく鈍感なのは、やっぱり『双子』だからだろうか?
カガリを鈍い――というが、こういうことだとキラも案外カガリといい勝負だ。
「はい!私が上げられるヒントはここまで! 後はキラ、ちゃんと自分で考えて思いを込めてあげるのよ。」
<あ・・・うん・・・忙しいところありがとね、ミリィ。>
そういってモニターの向こうが消えると、ミリアリアはふと夕焼け掛かった空を見上げた。
「全く、朴念仁そうな顔してて、その実『赤のナイト様』も粋なこと考えるわね・・・」
そう―――『赤い石』のついた『指輪』
『ナイト』はお姫様を守る者よ。
大事な『お姫様』をほかの誰かの男に盗られる訳にはいかないもの。
だから『ナイト様』は自分の代わりに『赤』のついた指輪を彼女の左手の薬指に通したのよ。
自分が帰ってくるまで、他の男から、この大事な『お姫様』の薬指を守るように。
誰にも他の指輪を通させないように。
ね?そうでしょ?
「あ〜ぁ!私も誰か『薬指のナイト』が出てこないかな〜。」
そう思ったら少しだけあの肌の色の黒い青年の姿が頭をよぎって、そんな自分にミリアリアはまた可笑しそうに笑いながら、赤い夕焼けの中に左手をかざした。
・・・Fin.
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>結構『指輪ネタ』のSSは何本か書いた気がするんですが、何故に『赤い石』を選んだのか、そういや妄想していなかったので、考えてみました。
大体大方『ハウメアの守り石』とリンクして・・・と思っていたのですが、別の視点のも書いても面白かろう―――ということで一筆。
でも、あのアスランがそこまで深く考えて『赤い石』のついた指輪を贈ったかは謎(笑)
ただ、「そうとうハツカネズミになっていた。」ことは間違いないと思います。はい。