(ど、どうしよう!?///)
止められない顔のほてりと、心臓の鼓動。
多分脈拍は、今の電車のスピードに勝てる自信がある。
―――いや、そんなことを考えている場合ではない。
旋毛の上に小さく落ちてくる吐息と、そこに乗せられた頭の重みで身動きすら取れない。
気づいたのはほんの少し前。おでこの辺りに感じた柔らかな感触と温かさ―――
「・・・ん・・・」
転寝してしまったんだ。そういえばここのところ、練習がハードだったからな。
ついでに弱冷風と電車の揺れ、そして―――仄かに伝わってくる温かさが、余計に心地よい。
今まで感じたことのない気持ちの良さ。
(もっと、このまま眠っていたいな…)
眠りと目覚めの中間地点。そんなカガリを目覚めに引き連れたのは、おでこに感じるその感触だった。
「・・・?へ?」
恐る恐る目を開いていく。そして、そこにあった正体に、目覚め等優しいどころか一気に覚醒させられた。
(な、な、な//////っ!!)
目の前にはアスランの顎。そして位置からして、額に触れているのは、彼の
(く、く、くちびっ―――//////!)
思考が上手くまとまらない一時思考と同時に体までフリーズしてしまった。
他の感覚も見事に停止。額だけがこそばゆくなってきて、やがてそれが頬まで上気してきた。
我に返って慌てて引き離そうとするが、何故か頭が一向に動いてくれない。
(なんでだ!?)
そして気づく―――自分も思いっきりアスランに寄りかかっていることを。多分眠りに陥って、そのまま彼の身体にもたれ掛かってしまったらしい。
やがてそのまま彼まで転寝を始めてしまったのだろう。
電車の発車と同時に、彼の頭が寄りかかっていたカガリの頭に、そのまま重なるようにして―――「現在のこの姿勢」が完成。
まさに「「ひと」と「ひと」が支え合って『人』という漢字ができる!」を体現したようなこの絶妙なもたれ合い。そしてこの形が力学的ベクトルで、非常に安定しているため、ちょっとやそっとじゃびくともしないこと、まさに「人と人との結びつきは簡単には断ち切れない」ということを、物理も倫理も苦手なカガリには、さっぱり理解できない。
(あ、頭でホールドされてる///)
ようやく気付いたか。だがいつもなら「おい!」と無理矢理起こすはずの自分が、何故か動き出せない。
電車の振動も乗客のざわめきも聞こえない。聴こえてくるのは・・・ただ自分の破裂せんばかりの心臓の鼓動と、彼の安らかな寝息だけ。
(〜〜〜〜っ!!)
どうしよう、頭のてっぺんがこそばゆい。そして額も更に意識すればするほどむず痒くて仕方がない。
でも・・・
少し上目遣いに覗き見れば、身体を預けてくる彼の肩は―――こんなに大きかっただろうか。
確か小学校の時は、私の方がずっと背が高かったはずなのに。
それに、無意識に投げ出された手も、節くれだって大きい。
そういや、いつの間にか声まで太くなって、艶めいた色をしている。
一体、アスランは何時こんなに大人に近づいていたのだろう。
(―――「カガリ・・・その・・・君が・・・好きだ。」)
言われなくても私だって大好きだ。幼稚園の頃から面倒見がよくって、それでいて優しくて頭がいい。だから決まってこう言い返した。
(―――「うん!私も好きだぞ!」)
最初はそれで彼も頷いていた。でも、学年が一つ、また一つと上がって、彼から確認されるようにそう告げられる度、何故か頬を赤らめ、伺うような視線を送ってくるあの翡翠。
気づいた瞬間、自分の中で抑え込まれていた蓋が一気に開いたような感覚に襲われた。
(これって―――)
カガリは胸を抑える。
(そうか、これって、こういう気持ち・・・なんだな・・・)
彼を初めて「男の子」と認識した今ならわかる。このふわりとして、温かくて、それでいてドキドキする気持ち。
胸の中にいた小鳥が一斉に羽ばたいていくような、そんな感じ。
「そうか、私も、アスランの事―――」
口の中で自分の気持ちに向き合った瞬間
<まもなく終点です。どなた様もお忘れ物のないよう、御手回り品の確認を―――>
車内アナウンスに、隣の彼が<ビクン!>と跳ね起きた。と同時に頭が解放される。
「え、今、俺、眠って・・・//////」
初めて触れたことで、一気に緊張が取れてしまったのだろう。自分まで転寝してしまうとは。
慌てて視線を隣に向ければ、うつむきかけた前髪で表情がよく見えないが、頬だけは赤くなっているのが判る彼女。
(まさか・・・俺、カガリに触れたまま、眠って―――///)
<キキィーーッ!>
やや乱暴なブレーキが、二人の身体を同じ方向に揺らす。先に立ち上がったのはアスラン。
(ど、どうしよう??)
まだパニックな頭で身動きが取れないカガリ。気持ちに気づいた今、どんな顔して彼を見上げられるのだろう。
だが
「!」
目の前に差し出されたのは、先ほど見入った、あの少し大きな手。
見上げれば、彼がはにかんだように、少し笑っていった。
「帰ろう?」
その瞬間、スッと全身の緊張が取れた。
「うん!」
差し出された手を笑顔で握り、カガリも立ち上がる。
触れてしまえば、なんてことはない、いつもの二人。
プラットホームに伸びる影が、ようやく重なった。
・・・Fin.