空はオレンジジュースみたいな色の夕焼け

   髪を撫ぜていく風は、だんだん冷たくなっていく

 

   でもこれは本物の空でも、風でもないことは、小さな子だって知っている

 

   本当の空ってどんな色なんだろう?

 

   風ってどんなにおいがするんだろう?

 

   「じゃぁ、アスラン、バイバイ!」

   「うん、キラ、また明日。」

   手を振れば、幼年学校の友達のキラはブンブン手を振り返して、勢いよく玄関の中に消えていった。中からキラのお母さんが、
   彼を温かく迎える声が聞こえる。

   彼を見送った後、いつも通りにカードキーを取り出して、一件となりの家の前に立つ。

   

   帰ってきても誰もいない家

   今の季節は玄関を開けたら、もう家の中は真っ暗だ。

   だから直ぐに鍵を開けたらすぐ横にあるスイッチを押して、玄関の灯りを付けて、 

   それから…

 

   <ピー>

   「あれ?」

   何故だろう?鍵が開いている。

   (まさか…泥棒か!?)

   確かに家を出るときは鍵をかけたはず。

   まずいな…セキュリティが甘くなっただろうか。

   また強化した設定の物を作らないと。

   そう思って敵が襲ってきてもいい様に、身構えてそっと玄関を開けた、その時だった

 

   「おかえりなさい!アスラン。」

   「は…母上…?」

   奥のキッチンからエプロン姿で走ってきたのは、殆ど毎日遅くまで仕事をしているはずの母。

   「どうしたのですか?…まさか、身体の具合が悪いとか―――」

   「ぜ〜んぜん!とっても元気よ♪ それよりもアスラン、何故私がこんなに早く家にいるのかは…早く手を洗ってダイニングに
    いらっしゃいv」

   満面にっこりとした母に促され、そのまま手を洗い、自室にカバンを置いてダイニングに向かうと、その時玄関のドアが開いた。

   「…今戻った。」

   「ち…父上!?どうして―――」

   帰りが遅いどころか、普段滅多に帰ってこない父まで顔を見せた。すると

   「あ、お帰りなさい、パトリック。丁度良かったわ♪ 今準備ができたところよ。」

   エプロンで手を拭きつつ、母が俺たちをダイニングに招く。その目に飛び込んだのは

   「うわぁ…」 

   色鮮やかな野菜が盛られたサラダ。さっきの夕焼けみたいなオレンジジュース。クレソンで飾られたバターライスに、それと、
   もう一つ…

   「母上…『これ』、何ですか?」

   指さした先にあったのは、赤いスープの満たされた皿の上に…何やらダラリと広がったクタクタの葉と、何かが粉砕された
   ような塊。

   でも母の声はとてつもなく上機嫌。

   「これ?フフ〜ン♪ 今日は貴方の誕生日でしょ?だからあなたの大好きだっていう『ロールキャベツ』よ!カリダさんに
   聞いて作ってみたんだけど。」

   自信満々に腰に手を当てて「どう?」と聞く母。

   すると無言を決め込んでいた父が、ボツリと呟いた。

   「…お前が以前アスランのために作ったっていう、離乳食以来だな。一体、どうやればこんなのができるんだ。」

   「あら失礼ね!パトリック。聴きながら作ったんだから、間違いないはず、よ!特に味は!ま、とにかく座って坐ってv」 

   そういって母は俺の肩をそっと押して椅子に座らせる。

   すると父は物々しい顔つきで俺に小さな箱を手渡してくれた。

   「父上、これは?」

   「…開けて見なさい。」

   そう言われて開けた箱の中は

   「わぁ…『桃のケーキ』だ。」

   自然と口元が緩む。顔をあげれば、目の前で母上がテーブルに頬杖をつきながら、ニコニコと話した。

   「あら、流石はパトリックね。息子の好物を知っていたなんて。」

   すると赤くなった顔をごまかすように横に振りながら、父は答えた。

   「お前がいつも「アスランの好きなものは桃」と言っていただろう。…それにしても、キャベツの研究をしている人間が、
    どうやったらこんな『ロールキャベツ』ができるんだ。」

   「まぁ、そんな言うなら食べなくてもいいのよ。ね?アスラン、貴方はどう?キラくん家のロールキャベツに負けてないで
    しょ?」

   「…キラの家のロールキャベツは、クリーム仕立てです。」

   「あら、そうだったの?」

   「そして、ちゃんと丸まっていて、ベーコンを紐のように巻いて、止めてあります。」

   「……ま、まぁ、気を取り直して食べてみましょ。味は自身があるのよ!さぁ、パトリックも。今日はいいワイン用意した
    のよ!アスランの誕生日ですもの。」

   そういって父のグラスにワインを注ぐと、母の音頭でグラスを掲げた。

   「「アスラン、誕生日おめでとう!!」」

   

   誰もいないはずの家

   声のない、灯りのない家

   

   今日もそうだと思っていたのに

 

   「どう?アスラン。お口に合うかしら?」

   母が心配そうにのぞき込む

   

   どうしてだろう

   キラのおばさんより全然綺麗にできてないし

   スープも違うし

   キャベツもクタクタになっているのに

 

   凄く美味しい

 

   大好きな、母の味だ

 

   そうだ、あれは…

 

 

 

 

「―――んしょう!ザラ准将!起きてください!」

「…ぁ…」

目をこすりながら事務次官の呼びかけに頭を起こせば、いつの間にか、ブラインドからオレンジジュースのような斜陽が差し込む時間になっていた。

いつか見たプラントの空より、複雑なグラデーション。自然だからこそ成せる複雑で美しい夕焼け空。

眠い目をこすりつつ、ようやく意識を覚醒していく。

「すまない、つい転寝してしまって…」

「「すまない」じゃないですよ。今日は准将休日じゃないですか。それに明日は凄く忙しい日になるんですよ!なんで今日もこんな仕事しているんですか。」

腰に手を当てて頭ごなしに叱られた。

つけっぱなしだったパソコンのモニターには「10.28 SUN 16:35」の文字が点滅している。

「いや、暫くここに顔出せない分、片づけられることだけでもしておこうと思って。」

「はいはい。准将が勤勉なのは、この国の1歳児だって知ってます。でも今日はもうお帰り下さい。でないと僕が叱られちゃいますから。」

「いや、でもあと残りこれだけ―――」

「お・か・え・り・く・だ・さ・い、い・い・で・す・ね!」

「…わかった…」

睨みまで効かされては、今後の仕事上の人間関係に響くといけない。早々に退散することにして、ロッカールームに行くと、すっかり着慣れた制服を脱ぎ始めた。

 

 

どうせ帰ったところで寝るだけだ。

明日は朝から早いのは重々知っている。

軽く食事を済ませて、シャワーを浴びたら早々に寝るか。

そう思って自宅マンションのカードキーを入れた時だった

<ピー>

「ん?」

何故だろう?鍵が開いている。

(まさか…泥棒か!?)

確かに家を出るときは鍵をかけたはず。

完璧なセキュリティを敷いたはずだったのに。甘くなっただろうか。

また強化した設定の物を作らないと。

そう思って敵が襲ってきてもいい様に、身構えてそっと玄関を開けた、その時だった―――

 

「おかえり!アスラン。」

奥のキッチンから飛び出してきたのは、エプロン姿の

「カガリ!?一体どうして―――」

「ご飯にするか?先にお風呂にするか?それとも…えと…なんだったっけ?」

何やらゴソゴソとエプロンポケットの中を手探りして、一枚の紙片を取り出した。

「そうそう、「それとも…わ・た・し?」だった!」

「……」

呆気というか憮然としながら、その超棒読みのセリフについて、とりあえず問いただすところから始めてみた。

「…カガリさん、今のそのカンペ付きのセリフの出典は一体どこから?」

「んと、エリカが「帰宅した男はこういうと喜ぶ」というので、やってみたところだ!」

「シモンズ部門長…」

ため息半部呆れてみれば、瞼の裏で「どう?」と得意気にウインクして見せる、エリカ・シモンズ開発部門長の顔が浮かんだ。

「どうした?お腹でも痛いのか?」

小首をかしげてのぞき込んでくるカガリ。

「いや、別に体調に問題はないが―――」

「だったら早く手を洗って、ダイニングに来いよ。丁度今できたところなんだ!」

今度は満面の笑顔で俺の腕を引っ張るカガリ。

(…「ご飯」と「お風呂」と、って、さっきの質問の選択権、俺には全然ないじゃないか…)

それでもその文句とは裏腹に、頬がだんだんほころんでいくのが止められない。

独り住まいが長かったせいもあるが、幼少のころからほぼ学校から帰宅しても、誰も迎えてくれないことが当たり前だった。

当たり前すぎた分、余計に喜びを隠せない。

何しろ今一番愛する人が、俺の一番好きな笑顔で出迎えてくれたのだから。

それを誤魔化すように苦笑しながら、腕を引かれるままにダイニングに入ると、そこには

「これって…」

俺は目を丸くしてそれを見つめる。

色鮮やかな野菜が盛られたサラダ。クレソンで飾られたバターライスに、氷に入れられたピッチャー入りの赤ワイン、デザートには桃のムース。

それともう一つ

赤いスープの満たされた皿の上に、何やらダラリと広がったクタクタの葉と…何かが粉砕されたような塊。

いや、どうにもどこかで見たことがある。

「カガリ、それってもしかして…」

「あ!わかったか!お前の好きな『ロールキャベツ』だ!」

得意満面なカガリだが、どう見ても原形をとどめていない。

「カガリ…『ロールキャベツ』って見たことあるか?」

「失敬な!食べたことあるぞ。玉ねぎと人参とピーマンを細かく切ってひき肉と混ぜてこねて、キャベツで包んで煮込んだんだ。間違いない。」

「いや、確かに間違いないんだが…先にキャベツの葉は茹でておいただろうな?」

「先に、「茹でる」?」

「やっぱり…」

キョトンとしているところを見ると、下ごしらえというものを知らずに見様見真似でやってしまったのだろう。

だが、これで落ち込むようなカガリではない。

「ま、まぁ、見てくれは悪いが、味は絶対いいから!食べてみてくれよ、な?」

そういって俺の背を押して、無理矢理席に座らせられた。

自分も座りながら、カガリは用意していたグラスに赤ワインを注ぐ。

「明日は朝早いから、そんなにお酒は入れられないけど、ちょっとくらいはないとな。」

「カガリ、なんで急にこんなに頑張って…」

するとカガリはちょっとだけ頬を赤くして、うつむきがちに言った。

「だって、その…明日はお前の誕生日だろ? でも明日は忙しくなっちゃいそうだから、せめてなにかプレゼントを、って思っていたんだけど、なかなか思いつかなくって。それで、アスランの好きなもの、って考えたら、これしか用意できなかったんだ。…その、すまん。」

「何で謝るんだ!?こんなに素敵なプレゼント、嬉しくて涙が出そうだ。」

「ほ、ほんとか!?」

「あぁ。」

力強く即答する。

何しろ人生の殆どを宇宙空間で過ごしてきたため、レトルトの食事がほぼ当たり前で育ってきた。

温かく、しかもカガリの手作りとくれば、これを喜ばずして居られぬわけがない。

そんな俺の自信に満ち満ちた表情を見て取ってか、カガリはドキドキしているかのように、上目遣いにそっと勧めてくれる。

「だ、だったらロールキャベツ、その…食べてみてくれるか?」

熱い視線に促され、先ずはスープから。ゆっくりとそのスープをすすってみれば、トマトソースの味が口に広がる。

「…美味しい…」

「ほんとか!?」

「あぁ、それに…」

「『それに』?」

「…それに…」

何時だろう、これと同じ味のものを食べたことがある。

キラのお母さんが作ってくれたものと全然違う。見た目もお世辞にも美味しそうとは言えないのに、とてつもなく懐かしくって

 

―――「一番大好きな味」だ―――

 

「…なんか、気になることでもあるのか?」

カガリが再び小首をかしげる。

俺は横に首を振って、答えた。

「以前誕生日に、母が作ってくれたことがあるんだ。ロールキャベツ。正直見た目は酷かったけど、味が美味しくって。キラのお母さんよりも美味しかった気がするんだ。」

「そっか、それが「家庭の味」ってやつなんだな。」

カガリまでどこか懐かしそうな表情になっている。彼女には母親はいない。だが、ウズミ様やマーナさんたち、愛情深い人に囲まれそだったことが、彼女の人柄でわかる。

「揃いのカトラリーまで持ってきてくれたのか。」

「うん。だってお前の荷物、もう殆ど送っちゃっただろ? だからとりあえずの分、だけど。…で、その、ところで…」

カガリが落ち着かない視線を逸らしたまま、ぼそりと尋ねてきた。

「私も…その…「家庭の味」って作れるかな?」

その少し恥ずかしそうな顔を見て、俺は安心して笑う。

「大丈夫。カガリの味は、俺は大好きだ。」

「そうか!?嬉しい。でも…」

急に沈む表情に、今度は俺がつられて胸が詰まる。

「どうした?」

「その…「家庭」はな、一人じゃ作れないんだぞ。」

カガリは手にしていたフォークを置いた。

「…最初の大戦があったとき、お前は自分を犠牲にしようとした。2回もだ。キラを倒すため、そして次はジェネシスを止めるため。…ようやく平和になったと思ったら、今後は議長の下にお前は行ってしまって…もう戻ってこないかと思ったら、ボロボロになって戻ってきて…」

「…すまない…」

「謝って欲しいんじゃない。 私もお前に酷いことを押しつけてきた。オーブに居て欲しいがために名前を捨てさせ、そしてお前を待てずにユウナと…」

その手が震えている。

初めて出会ったときは、銃を構え、とても女の子とは思えない強さで俺に挑んできた。

そして、初めて抱きしめた時に気づいた、その小さな手と肩の細さ。一人で必死に国のために戦ってきた彼女を、俺は置いて自分の道を進もうとした。

本当は望んでいた物は同じだったはずなのに。なんでこんなにすれ違ってしまったのだろう、と。

「でも」

 

その震える手に、そっと手を添える。

 

もう手の届く距離にいるんだ。

 

道を違えることはない。

 

「これからは、ずっと一緒だ。」

精一杯の謝罪と、思いを込めてこの一言を伝える。

すると俯いていた彼女が、俺の言葉に顔を上げた。妙に神妙な表情で。

「アスラン…私な、お前に―――」

だがその瞬間、カガリの携帯が鳴った。

「…しまった…明日の準備で、急ぎの要件だって。マーナが「至急戻ってきてください、姫様!」―――だそうだ。全く…勝手に周りがやってくれるから、それでいいのに…」

カガリが悔しそうに苦笑する。俺も苦笑しつつ、彼女を促す。

「大事な姫様の晴れ舞台だ。マーナさんだって気合入れているさ。」

「…本当はもっと地味にしたかったんだけどさ。」

「仕方ないさ。それが国家元首、だろ?」

「うん。…ごめん、誕生日のプレゼント、もっと一緒にきちんとやりたかったんだけど。」

「いいさ、十分幸せだよ。それに―――」

俺にしては満載の笑顔で言った。

「明日は「人生で一番大事なプレゼント」をもらえるから。」

 

 

・・・to be Continued.