「カガリ、ここだよ。」
しばし彼らに触れた後、カガリが案内されたのは、既に非常用電源以外落とされたままのコンソールルーム。
「ここで僕はこの写真を見つけたんだ。」
キラが取り出したものは、見つけた、というよりクルーゼが投げてよこしたもの。カガリがウズミから渡されたものと同じ写真。母が自分たちを抱き、嬉しそうに微笑むその姿。
「じゃぁ、きっとここでお父様とお母様は…」
「襲撃を受けた現場かどうかは分からないけど、確実にここにはいた、とは思う。」
「そうか。じゃぁ」
そういってカガリは手持ちの花束を取り出す。
折紙で作られたそれをそっとデスクに乗せて。キラも写真たてをその場に添えた。
「本当は生花の方がいいかなって思ったんだけど、生花じゃ枯れちゃうだろ?だから枯れない花にしたんだ。」
以前AAが水の確保でユニウスセブンの残骸に立ち寄った際、手向けとして捧げた花。あれは―――
「フレイが教えてくれたんだ。折紙っていって、紙で作れる花。」
キラがそっと花の一つを懐かしそうに指で撫ぜる。
フレイ・アルスター。あの大戦で散ってしまった彼女。コーディネーターを忌み嫌いながら、それでも最期はコーディネーターではなく「キラ」という一人の人として心から受け入れた少女。
もうはるか遠い出来事のような日々が、つい昨日のように思い出された。
あの時は後悔と懺悔の日々だった。彼女を守れなかった苦悩が、今もこうしてどこかに燻っている。するとカガリがあの頃、キラに向けたのと同じ笑顔で応える。
「よかったな。」
「え?」
驚きカガリを見つめるキラ。あえてその視線を合わせず、カガリは優しく彼の心に触れる。
「フレイは亡くなってしまったけど、フレイが花に込めた思いは本物だったはずだ。だからお前はフレイが折っていたこの花を覚えていたんだろう?」
「…うん…」
「フレイの生きた証が今ここでこうして繋がっている。それを伝えてくれたお前もいい奴だ。」
「そうかな…?」
「そうだ。何せ私の弟だしな!」
「それついさっきまで「許さん!」って怒っていた人の台詞じゃないと思うけど・・」
「今は両親の前だ。仲良いとこ見せておかないと、安心して眠れないだろう?それに―――」
カガリも花のひと房を指先でそっと撫ぜる。
「枯れない花―――どんなに過酷な目に遭っても枯れない花は、私が目指したい平和の花と一緒だ。この平和を絶対枯らさない。今、こうして私たちが生まれた日に、両親への感謝と共に私は誓うために私はここに来たかったんだ。」
キラは目を細めてカガリを見やる。
かつて自分もあの少年に言った。オーブを愛していたのに、家族を戦争で亡くし、憎しみで必死に上書きし、生きる意味に変えていた赤い目の少年。
―――「何度流されても、僕らはまた、花を植えるよ。一緒に戦おう。」
―――「…はい…」
涙にくれたあの少年に誓った言葉。カガリも同じように誓ってくれている。
無事を祈った両親と、生まれて来られなかった子供たちに。
キラは頷く。
「そうだね。もう争ってあの子たちみたいな子を残していかないようにしたいな。」
すると、カガリが顔をあげてキラに視線を向けた。
「あそこにいる子たちは私たちの兄弟になるのかな? 人工子宮っていっても、体外受精とか色々あるだろう?」
「カリダ母さんが僕らの母親に聞いた話だと、卵子と精子を最初から遺伝子変換して受精させても、殆ど細胞分裂を起こさないままだったらしいよ。だからきっと僕とカガリは同時にお母さんの子宮の中で受精したけど、僕だけ取り出されてその後遺伝子を替えられたみたい…それで、あの冷たい人工子宮の中で、僕は…」
「キラ…」
キラが顔を伏せ、カガリが不安気に彼の様子を見守る。
「クルーゼが言ってたんだ。人の夢、人の欲、人の業が生み出したんだって。人は「やってみたい」「なってみたい」という夢という名の興味が欲になって、それが業になった。欲の果てに生み出されたのが業である僕だって。この僕を生み出すために、どれだけの犠牲があったのか。あの子たちの中にももしかしたら僕を生み出すための礎になった子が―――」
「キラ!」
苦しみに表情を歪ませるキラを、慌ててカガリが静止する。だがキラは顔を乱暴に振った。
「あの子たちの業を背負わなきゃいけないって思ったんだ。コーディネーターにするとき一緒に感情も遺伝子から奪ってくれたら、こんなに悩まずに済んだのに!サイやトールたちと何も変わらない普通の学生で、普通の大人になって、普通の生活をしていられたのに。人の手で完璧にって作り直された僕なんて、万能な機械を作ったのと一緒じゃないか!僕は―――カガリと」
キラが涙で濡れた顔をあげる。
「カガリと一緒に、お母さんのお腹の中から生まれたかったな…」
「…」
あの頃と同じ涙に暮れるキラを見て、カガリは思う。
メンデルから帰還し、フレイを救えなかったキラがその後倒れた。
あの時、どれほどの業を背負って戻ってきたのだろう。
自分は何も知らされないままだった。彼の荷を一緒に背負っていくべきだったはずなのに。
―――「今はそっとしておいてやれよ。」
そうアスランに促され、一旦は黙したが、その後もずっとキラは抱えたまま生きてきた。
弟だと知りながら、支えてやることができなかった。自分もオーブの事だけで手一杯だったから。一番近くにいる者の苦しみに寄り添ってやれなくって、何が代表だ!
でも…だから、今なら―――
「キラ、こっち向け。」
「…え…」
「いいから私の方を向け。それから…ラクスごめん!」
戸惑うキラの両頬を包み込むようにして親指で涙をぬぐった後、カガリの顔がキラに近づく。
(フワ…)
「―――っ!?」
一瞬何が起こったか分からなかった。ただ感じたのは、唇を掠めた温かくて柔らかい温もり―――
「カガリ!?い、い、今なにして!?///」
慌てて唇をグローブで拭うキラ。あっという間にその目の涙は引っ込んでいた。
「どうだ!ウジウジ悩んでいたこと、ぶっ飛んだだろう!」
えへん!とばかりに腰に両手を当てて胸を張るカガリ。
「ぶ、ぶ、ぶっ飛ぶどころじゃないよ!僕らは血のつながった兄弟で、こんなことは―――///」
「キラ…お前今、唇、温かくなかったか?」
「え?あ、温かかったけど…」
唇に触れながら、キラが応えると、カガリが力強く頷く。
「私も温かかった。…唇はな、顔の表面の中で一番血管が集中している場所なんだそうだ。本当は全身でガッチリ抱きしめて確かめてやりたいところだったけど、今はパイスー着ているからな。直接確かめられるのはそこしかなかったんだ。驚かせたのは、その―――わ、悪かったと思っている/// と、ともかく!お前の唇は温かかった。機械だったらこんな風に温かくないし、感情が無かったらこんなに赤くなったりしないぞ?」
「それを確かめるために、わざと…?」
「確かに感情をプログラムすれば、喜怒哀楽は機械に取り込めるらしいが、恥ずかしさや照れくささ、何より「悩む」という感情はインストールできないらしいのは、お前の方がよく知っているだろう。コーディネーター、しかもお前が機械のような人間だったら、こんな感情は起きてない。それに―――」
カガリはキラに抱き着く。
「か、カガリ!?」
「お前がコーディネーターだったから、ストライクを動かせて、そして「キラ」だったから戦争の根を考えて、戦いを終結させる方法を探せたんだ。両親がこうして生み出してくれた「キラ」が世界を変えたんだ!お前はお前だ!私の自慢の弟だ!文句あるか!?」
「カガリ…」
(―――「貴方が優しいのは、貴方だからでしょう?」)
ラクスもかつて同じことを言ってくれた。
「僕」は「僕」
コーディネーターで、カガリの弟で、アスランという友達がいて、ラクスという恋人がいて―――
それが今の―――『僕』。
途端に、心の澱が洗い流された。キラは微笑む。
「カガリはやっぱりすごいよ。」
「はぁ?何だよ藪から棒に。」
キョトンとするカガリに、尚も優しい笑みで応えるキラ。
「ううん、いつも一番辛い時に一番どん底から引き揚げてくれるのはカガリだけだよ。」
「ラクスがいるじゃないか。」
「ラクスは寄り添ってくれる、かな。アスランは一緒に歩いてくれる。そんな感じ。」
「…なんか私がバカ力みたいじゃないか。」
「だって腕相撲で僕カガリに勝てたことないよ?」
「そうだっけか?」
「そうだよ。」
「「……」」
顔を見合わせること数秒、そして
「ウフフ」「アハハ!」
いつの間にか声高に笑いあう。
「やっぱり僕はここに来てよかった。カガリは気が済んだ?」
「あぁ、十分だ!お前も付き合ってくれてありがとうな。」
ニカッと笑うカガリ。その表情にふと気づく。
「カガリ、段々母さんに似てきたね。」
「え?」
キラは穏やかな瞳で、愛おしそうに写真を指でなぞる。
「この写真たての…僕たちを抱っこしている女の人。…僕さ、以前落ち込んでいた時、カガリに「よしよし」ってしてもらったでしょ?あの時不思議なくらい落ち着いたんだ。何でか分からなかったけど、きっと本当のおかあさんと同じ匂いがしたんだろうな。」
「は!?私あの時汗まみれだったぞ!?」
「人の匂いってね、耳の裏が一番その人そのものの匂いが香るところなんだって。カガリにヨシヨシってされた時、丁度カガリの首筋に僕の顔が当たったから、感じたんだと思う。カガリを通して母さんを…ううん、お腹に少しだけ一緒に居た時のカガリの匂いを覚えてたのかも。」
「そんな訳ないだろ?」
「あるよ。今だって―――」
そう言ってキラがふとカガリの首筋に顔を寄せる。そして
(チュ)
耳の後ろ、首筋に感じた先ほどの柔らかな温もりに、カガリが驚き慌てて手を当てる。
「―――っ!?お前、今なにした!?///」
「これでおあいこだね!さっきキスされたからそのお返し♪」
「あ、あれは、べ、べ、別に好意とかじゃなくて―――」
「これで二人だけの秘密ができたね。ラクスには内緒だよ?あと、アスランにも。でないと僕たち二人に殺されかねないよw」
「お前///このっ!」
ポカリとキラの頭を叩くカガリ。
「痛いよ、カガリ…」
「さっきのMS戦は決着つかなかったからな。これで終わりにしといてやる。」
不服な顔の弟と、強気の姉。二人は顔を見合わせると、再び微笑んで写真を見返した。
「お父様、お母様、私たちはこんな風に元気だから。」
「僕をコーディネーターに、カガリをナチュラルとして生んでくれたから、僕らは出会えて、この世界を変えられたよ。共存できる世界に…」
写真立ての微笑みは変わらない。
いや、ほんの少し嬉しそうに口角が上がった気がした。
「それと、今日の誕生日は僕らにじゃなく、産んでくれた感謝を込めて、僕らからもう一つプレゼントがあるからね。」
施設の外、砂塵の吹き荒れる中、二人は各々作業を進める。コードを持ったキラが、適度な大きさの石を運んでくるカガリに向かって叫んだ。
「こんなところでいいかな?施設から電源取ってくるとなると、ここまでが精一杯だから。」
「わかった!じゃぁまずは水を撒いて、ここに石で壁を作ろう。あとこれ。」
カガリが手に取りだしたのは、花の種。
「真っ黒な種だね。これなんて言うの?」
「見ての通り『クロタネソウ』。学名だと『ニゲラ』っていうな。花言葉は―――『不屈の精神』。」
「不屈の…」
「これさ、私が明けの砂漠にいたとき咲いているのを見つけたことがあるんだ。乾燥した砂漠の一角で青と白の花を咲かせていて。過酷な環境でも負けずに生きていく花なんだって。キサカに聞いて種を貰ってきたんだ。」
そう言ってカガリが施設の一角に設けた花壇に、種を振りまく。
「水の生成はこれ。アスランにお願いして「誕生日プレセントの前倒し」って言って作ってもらったんだ。空気中の酸素と水素と、後、窒素を取り入れて、自動的に花に必要な肥料を含んだ水を電気分解で作って散布できるらしいよ。」
「へぇ〜やっぱりアイツ、軍人よりこういう機械づくりの方が好きなんじゃないか?」
「好きだろうけど、多分アスランは軍人を選ぶと思うよ。」
「なんで?」
「そりゃだって、一緒に居たい人を一番近くで護るために決まっているじゃない。」
「誰と?」
「…アスランの苦労が分かるよ…」
「は?」
キョトンとするカガリに苦笑するキラ。軽く首を振って話を続けた。
「いや、この機械はアスランのお母さんがユニウスセブンで開発途中だったらしいものを基礎にしているんだって。だから―――」
「そうか。ユニウスセブンの皆の思いもこれで繋がっていくな。」
「もしかしたら上手くはいかないで、枯れちゃうかもしれないけど…」
「大丈夫。何度枯れても何度も種をまいて、何時か咲かせて見せるさ!」
カガリはそう笑い飛ばした。
種を蒔き、水を生成し、乾いた大地にできた小さな花壇。
二人は並んで座り込み、出来立ての花壇を眺める。
いつかこの地が青と白の花でいっぱいになったら、そして消し飛ぶこともないようになったら、
それは僕らが生まれてきた証、そして生きた証。
「誕生日おめでとう。キラ。」
「誕生日おめでとう、カガリ。」
何時しか二人はそっと優しく、互いの命を確認するように抱きしめ合った。
***
そして一方、オーブでは―――
「は?喧嘩の原因は「折紙が折れなかった」、ですか?」
アスランが本格的に呆れた顔をすると、エリカがヤレヤレと言わんばかりに解説する。
「なんでもご両親に花束を贈りたかったそうよ。でも生花だと枯れるから、とカガリ様が難色を示したら、キラ君が「だったら枯れない花を作ろう!」と言い出したらしくって、二人そろって折紙を一晩中折っていたそうよ。」
「だけど、キラはあんまり折り方よく覚えていなかったらしくって、「きっとこう」を連発しながらやって見せるんだけど、結局綺麗に折れなくって、それで私に連絡が来たのよ。しかも朝の5時に!勘弁してよ…」
そう言うのはミリアリア。
フレイ亡きあと、知っているのは彼女だけだろうと、2国の代表クラスが頭を下げてお願いされては、ミリアリアも流石に断れなかったらしい。
「でも結局時間が足りなくって、満足の行く花が折れなかったもんだから、愚痴言い合っているうちに…」
「MS搬入作業の準備中に、本格的に喧嘩という名の実戦が始まってしまった、と。」
やれやれとばかりに天を仰ぐアスラン。そこに
「大丈夫ですわ。あの二人の事ですもの、もうそろそろ仲直りをされて帰っていらっしゃいますわ。さぁ、早くパーティの準備を終わらせてしまいましょう。いつお二人が戻ってきてもいいように。」
「ラクス、貴女までオーブに来るとは。キラから聞いていませんでしたよ。」
「あら。そうですわ。だって内緒にしておりましたもの。」
その言葉通り、キラとカガリがメンデルに向かった数分後、入れ替わるようにしてシャトルから意気揚々と降り立った彼女。国のトップの二人が私用で不在にしていいものだろうかと、アスランは顎が外れるかと思う程驚いたものだが、直ぐに現状を思い苦笑した。
(いいのか。それだけ今は平和を維持できている、ということか。)
「アスランも準備の方はよろしいですか?」
物思う彼に明るく声をかけるラクス。そんな彼女に微笑み小首をかしげて答えるアスラン。
「えぇ。カガリの好きなものは、数日前からしっかりと準備しておきましたから。」
そう言って上質の白ワインの瓶を軽く叩いて見せる。
「あらあら。ウフフv 戻ってこられたときの顔が見たいですわね。でも…」
ラクスが微かに切なく遠くを見つめる。
「メンデルということは、今頃、お二人はあそこにあった多くの命と向き合っているのでしょうね。」
「はい…」
「きっとご自身たちの命が守られたこと、そしてその責務を感じて戻られると思いますわ。だから私たちができることは―――」
「無条件で、二人の命が生まれてきたことを喜ぶこと。ですね。」
心得たようにアスランが言えば、ラクスも頷く。
「えぇ。私たちはお二人がいなかったら、きっとこうして幸せになることは出来ていなかったかもしれません。ですから、生まれてくれたこと。そして私たちの傍で生きてくれていることに感謝を込めて…」
ラクスが祈るように両手を握る。
その仕草にアスランも柔らかな笑みを浮かべる。
二人が戻ってきたら、こんなに二人を愛する人がいてくれることに、きっと驚いて、それから喜んでくれるだろう。
そうしたら、こういうんだ。
「誕生日おめでとう」。それから―――「お帰り」って―――
・・・Fin.