My Only Secret 〜前編〜
やわらかな朝日が入り込む、明るいダイニングルーム。
そこでは一人の若い男性が、ノートパソコンを開き、手早くキーボードを叩く音が響いておりました。
「アレックス様。紅茶をお持ちしました。」
私が、そっとティーカップを差し出すと、アレックス様は普段と変わることのない、その端正なお顔に、そっと穏やかな笑みを浮べ、受け取られました。
「ありがとう…。」
そして、また響くキーボードの音…。
アレックス様はふと、手を休め、私に向かっておっしゃいました。
「カガリは?」
私は慌てて答えました。
「あ、あのカガリ様は、只今シャワーをお使いになっておりまして…もうじきみえるかと…。」
そうすると、アレックス様は、「わかった」とでも言う様に、軽く頷かれ、またパソコンの画面に見入っておりました。
アレックス様が私たちメイドに、声を掛けることは滅多にございません。
私たちがお声を掛けると、いつもと変わらぬ、穏やかな声でお答えになってくださいます。
アレックス様から私たちに聞かれる事といえば―――この広大な屋敷の主であり、私たちのご主人様であらせられる、18歳のうら若き御当主―――『カガリ・ユラ・アスハ』様のことばかり。
アレックス様がティーカップに口をお付けになった時、ようやく我らが御当主、カガリ様がダイニングルームに姿をお見せになりました。
「よっ! みんな、おはよう!」
「「「おはようございます。カガリ様。」」」
私たちメイドは一斉にお辞儀をし、ご挨拶を返します。
私たちのご主人様であらせられるカガリ様は、18歳にして、私たちの住まう国『オーブ』の代表首長という、私たちには恐れ多くも、とても手の届かないところにいらっしゃるお方なのですが、とても気さくに私たちのような下々の者にもご挨拶を下さる、明るく、お優しい方です。
「あ〜、お腹減った。」
そういって、アレックス様のお向かいのお席に座られるカガリ様―――
カガリ様は姫君らしからぬお言葉が多い方なのですが、私たちとの間に垣根を作らない、明るい笑顔で、かえって私たちをお気遣いしてくださっているような方なのです。その笑顔が、私たちにも満遍なく降り注がれ、明るい気持ちにさせてくださる、不思議なお方です。
カガリ様のお声に、キッチンメイド達が、朝食を並べますと、カガリ様は満面の笑みで「いただきま〜す!」と、料理にお手をお付けになりました。
「うんま〜〜いvv」
「ほら、カガリ…あんまり急いで食べるから、口元にケチャップがついてるぞ。」
アレックス様がそういってカガリ様にお言葉をかけます。
その表情は、私たちには見せることのない、この上ない優しい眼差しを、カガリ様に向けられます。
アレックス様は、カガリ様の補佐兼護衛であり、軍令部の方に私室があるのですが、そこでお一人で食事をとるのはつまらないだろうと、カガリ様の御提案で、ご朝食・お夕食を一緒に召し上がるのが、習慣になっております。
また、仕事がお忙しくなると、アレックス様も、昨夜のように、このお屋敷にご用意したお部屋で、お泊りになることもあります。
慌てて、ゴシゴシとお口元を拭かれるカガリ様に、可笑しそうに微笑み、ナプキンを差し出すアレックス様―――
このお屋敷でアレックス様が表情を崩されるのは、カガリ様がご一緒の時だけ…。
カガリ様とご一緒の時は、先ほどの無口なお姿が嘘のように、にこやかに談話されます。
朝食を終えると、カガリ様はオーブの議会服に着替えられ、アレックス様のお車で内閣府に向かわれます。
「…わざわざ着替えに手伝いなんて要らないのに…」
身支度されるカガリ様のお手伝いは、『主人付きメイド』の私の役目―――
カガリ様の髪を整えながら、私は答えます。
「でも、これが私たちのお役目ですから…」
本来なら、朝のシャワーもお着替えを用意して、お傍に控えていなければならないのですが、カガリ様は「一人にしてくれないか」とおっしゃられたので、カガリ様の言われるまま、私は席を外し、先にダイニングルームに向かったのです。
流れるような柔らかな金の髪に、ブラシを通すと、カガリ様はおっしゃいました。
「わかった、わかった。…いうこと聞かないと、アニーがマーナに怒られるもんな。」
鏡の向こうで、カガリ様が笑いながらおっしゃいました。
* * *
「それじゃぁ、行ってくる。後は頼むぞ。」
「「「いってらっしゃいませ。カガリ様。」」」
私たちメイドと執事が深くお辞儀をすると、カガリ様はアレックス様のお車で、お仕事にお出かけになりました。
さて、ここからは、私達メイドのお仕事が待っています。
まずは私たちも、朝食を摂ると、お屋敷の掃除を行います。
カガリ様お一人が住むには、広い広いお屋敷です。住み込みのメイドたちもおりますが、何せお部屋の数だけでも多いのです。
でも急なお客様や、パーティーがあるとき、慌てる事の無いよう・・・カガリ様に恥をかかせることなきように、全てのお部屋を、毎日かかさずお掃除しております。
私たちは、それぞれに役割分担された場所を、総出でお掃除します。
皿洗いメイドたちは、キッチンメイドと共に、ダイニングや、台所を。
雑用係は広大なお庭を。
室内メイドはお屋敷中のお部屋を、埃一つ付かないよう、お掃除していきます。
私たち『ご主人付きメイド』はカガリ様や、アレックス様のお部屋をお掃除します。
―――そんな時でした。
「あら?」
「どうしたの?アニー。」
私が空けた、『くずかご』に、いつもなら見られない、ティッシュペーパーが多く入っていたのです。
カガリ様は内閣府での仕事が終わらない時、よくお屋敷まで仕事を持ち帰り、必要書類を書いておいでですが、間違えたり必要ない書類は、シュレッダーにかけて、くずかごにお捨てになるので、ゴミが多いときが、たまにあるのですが…。
「…ううん。何でもないわ。」
私はそう言うと、くずかごのゴミを、ダストボックスに空けました。
* * *
カガリ様のお部屋の掃除を終わらせ、シーツやお着替えを洗濯すると、それだけでもう半日が過ぎてしまいます。
キッチンメイドたちは、カガリ様が午前中の閣議だけの時は、忙しく昼食の用意をいたしますが、今日は一日閣議のご様子で、お昼には、キッチンメイド達が、私たちメイドや使用人の昼食のみを用意してくださいます。
昼食を挟みながら、休憩をとるメイド達。
控え室には、何人かが集まって食事をとりつつ、おしゃべりを楽しみます。
たわいもない話から、ゴシップまで。私たちのおしゃべりは止みません。
「…そういえば…」
私はこのときとばかりに、先ほどの気になったことを尋ねました。
「カガリ様、お風邪でも召されたのかしら…」
「あら?どうして?」
私と同じく『主人付きメイド』のニナが聞きます。
「…さっきカガリ様のお部屋を掃除したとき、くずかごに、ティッシュが多く捨てられていたから…」
私の疑問に、やはり私たちと同じ『主人付きメイド』のレベッカが、ヒソヒソ声で答えました。
「きっとアレよ!…私、この前見ちゃったの!」
「何々!?」
私たちは頭を寄せ合って、レベッカの話を聞きました。
「私が夜の見回り、担当だった時の事よ―――」
「夜の見回り」―――南国のオーブでは、少しでも窓を開けて、涼しい風を取り込むため、夜近くまで窓を開けていることが多いのです。
そのため、このお屋敷の窓に鍵がちゃんとかかっているか、カーテンを閉め忘れていないか…等を、夜の10時くらいに、泊まりのメイ
ド達が巡回して確認していくのです。
…とはいっても、このお屋敷のセキュリティーは万全ですから、あまり心配は要らないのですが…。
「そのときね。カガリ様のお部屋の前を通りかかった時―――。」
カガリ様のお部屋のドアが、少し開いていたので、カガリ様にお声をかけようとしたその時―――
「…グスッ…ヒック…お父様…」
カガリ様は、亡きお父上様の写真を片手に、一人、忍び泣いていらしたそうです。
「まぁ! なんて、お可哀想なんでしょう!」
「カガリ様…きっとお辛いことがあって、ウズミ様を思い出していらっしゃったのね…。」
代表首長といっても、まだ18歳の少女―――
その小さな両肩に掛かる国家という重責には、思い悩む事もあるでしょうに…。
それでも私たちにはそんなそぶり一つもを見せず、笑顔をくださるカガリ様に、尊敬と憧憬の思いを抱いて止みません。
「せめて、カガリ様の支えになってくださる方が、いらっしゃればいいのに…」
私の言葉に、レベッカが答えます。
「ユウナ様がいらっしゃれば、カガリ様も少しはお気持ちを緩めることが出来るんじゃないかし
ら?」
「そぉ〜? …だってユウナ様ってカガリ様を「お守りする」って感じじゃないわよ。ハッキリ
いって。」
「それだったら、やっぱりアレックス様よ!」
ニナが興奮して喋ります。
「やだ〜。またあの話!?」
レベッカがウンザリしたところで、ニナが不意に、私に話を振りました。
「だって! ほら、アニーだって見たでしょ!?」
確かに私も見ました。
それは2〜3週間前の出来事です。
「「いってらっしゃいませ。カガリ様。」」
いつものように、アレックス様の車にカガリ様が乗り込もうとした時―――
「カガリ! 伏せろ!」
突然響く、アレックス様の声。
アレックス様は、カガリ様を庇うと、目にもとまらぬ速さで、胸の拳銃を取りだし、玄関周りの植え込みに向かって発砲しました。
すると、
「ウァッ!」
「グッ!」
2人の男がドサリと倒れこみました。
アレックス様は更に、ヒラリと片手で車を乗り越えると、車の向こう側から、男の悲鳴が上がりました。
よく見ると、その男も拳銃を持っていましたが、アレックス様が、いとも簡単に男をねじ伏せていたのです。
「『かくれんぼ』は子供のする遊びだ…お前達では、少々歳をとりすぎたな…。」
後ろ手に男の腕を掴みあげながら、車の前に男を引きずり出すアレックス様―――
―――その表情はいつもと変わらず冷静で…ですが発する言葉も、その翡翠の瞳も冷徹で…。
「な…何故、俺たちが潜んでいると…」
男の言葉に、アレックス様は淡々と答えられました。
「…カガリを狙うとしたら、この屋敷のセキュリティーが消えるのは、カガリの出発時刻と帰りの時だけ。
言い換えれば、その時間しか狙うタイミングがない訳だ…その時間の確立が高ければ、俺もその時間集中して、護衛すればいい訳
だ…。」
全く冷静な表情一つ変えず、アレックス様は「護衛兵を…」と執事に声をかけ、
呆然としていた執事が慌てて護衛兵を呼び、アレックス様はカガリ様のお命を狙う犯人を引き渡したのです。
「ねっ! やっぱりアレックス様みたいに、強くて頼りがいがある人のほうがいいわよ〜。」
ニナが酔いしれるように話します。
確かにアレックス様がお傍にいらっしゃると、何故か私達も安心して、カガリ様の御身を任せられる気がいたします。
「…でも、ご身分が違いすぎるわよ〜」
クッキーを摘まみながら、レベッカが言います。
「何よ! 身分が違ったって、いいじゃない! ここ『オーブ』はあまり身分制度気にしない国だし。」
ニナが慌てて反論します。
そうすると、レベッカがニナをからかうように言います。
「…実は、ニナがアレックス様のこと、お慕いしているんじゃないの?」
「べ、別に、そんなことないわよ!///」
ニナは顔を赤くして否定します。
確かに、あの端正な顔立ち…静かな物腰…それとは裏腹に、普段のお姿から想像できない程、窮地に冷静沈着に発揮される、あの『強さ』―――
確かに私達メイドの中には、密かにアレックス様をお慕いしている人もいるのです。
「ね? アニーはどう思う?」
急に話を振られて、私はドキッとしました。
「わ、私は……。」
答えあぐねていたその時―――
「まぁまぁ! 皆さん、もうお休み時間は過ぎていますよ!」
女中頭であり、カガリ様の乳母でいらっしゃるマーナ様からの声に、私たちは話を切り上げ、慌てて部屋を後にしました。
・・・to be continued.
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>’05.6.17の15時さんから戴きましたリクエストで、
どうせなら、「カガリ様の休日」ということで、一日どう過ごしているかを追ってもよかったのですが、なるべく普通の一日を追っかけてみました。(っていうか『休日』のカガリの過ごし方って、一日外で身体動かしていそうで、メイドさんたちがどう動くか、想像できなくて(イメージ貧困だから(涙)…))
あと、余談ですが、ちょっと外国のメイドさん達の資料(っていうか漫画)見たら、結構役職別でやること違ったり、階級があったりして、メイド服も、その仕事で違ってたりして、面白かったです。
…さて、後編は…ちょっと怪しく(笑)なるので、それはまた後ほど…