ゆっくりと私の中に冷たいものが流れ始める。
一滴、また一滴…
やがて瞼が重くなって、そして―――
目の前は真っ暗になった。
その中にほのかに見えるあれは…
「赤い・・・光」
そうだ、アスランがつけてくれていた、あの赤い指輪の石だ。
―――「待って!行かないで!!」
必死に手を伸ばす私の胸には、まるでそれを追ってくれるような、赤のもう一つの光。
『ハウメアの守り石』
それが急にまぶしく光って
―――「っ!」
私は目を覆った。
ダメ、また見失ってしまう!
そう思って必死に目を開けてみた。
そこに広がるのは…
―――「あれ?ここって…」
一面の海
ううん、違う、どこかで見た懐かしい景色
!そうだ!明けの砂漠にいた時だ。サイーブやアフメドたちと戦い抜いた、あのアフリカの砂漠。
でも、どうしてここに…?
私の胸の光は導くように光の道を示す。
あの、淡い赤い光のほうへ…
そこには、ずっとずっと想い焦がれた―――彼の姿
―――「アスラン!!」
砂漠に浮き出た岩陰にIジャスティスの機影と、濃くポットの中に彼が―――いた。
―――「アスラン!アスラァァァーーーン!!」
(――「!?カガリ…?」)
気が付いてくれた。私の声が届いた!でも私の姿が見えないのか、必死に探してくれている。ちゃんと私はここにいるぞ。
―――「そうだ、私だ!聞こえているか?私の声」
(―――「聞こえる。ずっと聞きたかった君の声だ。」)
そういってアスランはネックレスを取り出し、指輪を握った。
私も守り石を握る。まるで、アスランに触れているみたいに温かい。
―――「よかった、お前、生きてたんだな。」
(――「もちろんだ。でも、どうしてカガリ、君がこんなところに」)
―――「お前の消息が途絶えたって…私、ものすごく心配したんだからなっ!」
(―――「すまない。素直に対面できる相手じゃなかった。要は俺が死んでも焼け焦げさえしなければ体の一部さえ手に入ればいいと考えている連中だ。指定場所が本拠地と考えていたんだが、手っ取り早く俺を撃墜させて、水も手に入らない状況を作れば、戦わずして俺を手に入れられる計画のようだ。ご丁寧にジャミングまでかかっていて、一体今どのあたりを飛んでいたのかすら、見当もつかない。」
静かに首を振るアスラン。
そうか、ジャミングのせいで通信もレーダーも絶たれた訳か。
ナビが効かない。
一面砂漠のこの土地では、今どこにいるのかさえ見当もつかないのだろう。
でもな、アスラン。心配するな。
だったら私がお前の眼になってやる!
―――「大丈夫だ。ここは私が以前、お前と出会うちょっと前まで戦っていた場所だ。自分の庭みたいなもんだ。だから、私が誘導する。」
(―――「まさか…そんなことが…」)
アスランが目を見開く。
そうだよな、まるで漫画家小説の中でしか起きない。クリスマスに起こった奇跡のストーリーだ。
今日だけじゃない。私たちは今まで何度離れても繋がったよな。それこそ奇跡だ。
ううん、『運命』だ。どんな障害でも乗り越えて奇跡を運命にして見せた。
それなら今だってできる!きっと私はアスランを救ってみせる!だから
―――「大丈夫だ。任せろ!」
アスランは目を白黒させていたけれど、私は彼の肩にしっかりと手を置いた。
その瞬間、先ほどまで厳しかった彼の表情が、スッと穏やかになった。
(―――「カガリは凄いな。いつもこうして俺を導いてくれる。」)
感じたのだろうか、私の気配を。肩に置かれた私の手の上から、あの大きな手が触れてくれた。
アスランは一度目を閉じた後、私の気配をその背に受けながら、まっすぐ前を見据えた。
そうだ、これがいつものアスランだ。
私は少し茶化して見せた。
―――「まさか、心が折れたりしていないよな?」
アスランは口角を上げた。
(―――「それこそ、大丈夫だ。俺は諦めが悪い!」)
まるでアスランの意思を読み取ったかのように、Iジャスティスの眼光が光った。
***
「……ぁ……」
目を開ければ、見慣れない天井が再び。今までアスランと一緒にいた気がするのに。やっぱり夢だったのか。
どうやら手術が終わったみたいだ。
「っ!お目覚めになられましたか、姫様!」
「マーナ…」
ベッドの傍らにずっといてくれたのだろう。私の気配を感じて、マーナがまだ真っ赤な目を腫らしながら私の手を取ってくれる。
「出血が多くて、なかなかお目覚めになられなかったのですよ。もう、マーナは心配で心配で―――」
そうか。確か手術を受けて、その後、また滾々と眠っていたらしい。
靄のかかった頭がはっきりと覚醒し、私は状況を理解して上掛けを撥ね退けた。
「赤ちゃんは!?アスランと私の――っ!!!」
起き上がろうとして悶絶した。
そういえば、お腹切っていたんだっけ。
「姫様、落ち着いてくださいませ!大丈夫です!お子様はご無事です!ですからお体を急に動かしてはなりません!」
「どこにいるんだ!?お願い、会わせてくれ!」
私が必死に縋り付いたことに根負けしたのか、マーナは車いすを持ってきてくれた。
ちょっと座るだけでもしんどい。切腹したてだから仕方ないけど。
でも、お腹は案外ぺったんこにはなっていない。軽くはなっているけれど、今度は胸元が熱くなっている。
確実に体は母親になっているんだな。
心はまだ未熟なのに。
マーナが連れて行ってくれた先には新生児だけが入っている部屋があった。
すると…
「…ふぇ…」
ガラス張りの窓の向こうから、小さな声が私を呼んだ。
慌てて探せば、小さなクベースが一つ。
痛むお腹を押さえながら近づけば
小さな小さな宝物が、そこにいた。
「12月25日誕生」のカード付きで。
そっか、キリストさまと同じ誕生日になったな。
「…初めまして、だよな。」
凄く小さい。予定日より早かったからな。
「ごめんな、小さく頼りなく産んじゃって。」
嬉しさと情けなさとで涙ばっかり出てくる。
すると
「…ふぁ…」
欠伸と一緒に薄っすらと目を開けてくれたこの子の瞳は深いグリーン。
アスランと同じだ。
お前にそっくりだぞ、アスラン。
なのに…なんで、お前はいないんだよ。
死ぬ命、生まれてくる命。
お前、この子になって生まれ変わってきたのか?
ガラス窓に両手をおでこをくっつけて、ハラハラと頬を伝う涙を拭うこともせず、私は我が子に語り掛けた。
「だったら、初めまして、じゃなく「お帰り」だったな。」
―――「ただいま、カガリ。」
全く、幻聴まで聞こえてきた。いくらアスランそっくりとはいえ、生まれたての赤ちゃんがお声までそっくりにしゃべるはずが―――
「そして、ありがとう。こんなに可愛い宝物を生んでくれて。」
「え…?」
そういって、背後から包み込まれる、この腕と背中に感じる温もりはマーナじゃない!
「―――アスラン!?」
間違いない、夢じゃない、同じ瞳の人が、ここにいる!
「お前…無事で…」
その頬に両手を伸ばせば、彼は言った。
「夢じゃないよ。石が守ってくれた。」
そういって首にかけていた指輪を取り出し、はにかむ彼。
「アスラン…アスラン―――!」
間違いない。アスランは約束通り帰ってきてくれた。
傷の痛みの感じない程、私は彼にしがみついて、それこそ子供のように泣いた。背に回される腕がまるでお父様のようだ。
そっか、お前ももう父親だもんな。
そんなアスランも母親に縋るように私の頬に摺り寄せた。
「もうだめかと思ったとき、カガリの声がしたんだ。死ぬ前にもう一度君の声を聴きたいと思っていたら、この石が光った気がして。そうしたら、君がいてくれた。」
「…私も…私も守り石が連れていってくれた。お前のところに。」
そして出会えた。聖夜の奇跡のように。
「カガリが導いてくれた通りに進んだら、まさしく敵の本拠地だった。いきなり俺が網にもかからず現れたんで、現場はパニックだったけれど、かえってそれで犯行グループの段取りが狂って相手は逃げるばかり。無事に救出できたんだ。ジェネシスの方は、キラが見つけて破壊作業をしてくれたらしい。」
「そうか。万事解決したんだな。」
「あぁ。」
私たちだけじゃない。沢山の人が未来を救ってくれたんだ。
でも、まぎれもなくこの子に「未来」を贈ってくれたのは、アスランだ。
「ありがとう、アスラン。この子に『未来』をくれて。私にとっても凄いクリスマスプレゼントだ。」
「君もちゃんと命を生み出してくれた。俺にはできすぎなくらい嬉しいプレゼントだよ。」
親を亡くした私たちに「親」というプレゼントをくれたこの子。
今度はこの子に私たちから大事なプレゼントをあげなきゃな。
「アスラン、この子にあげるプレゼント。考えてたか?」
「あ、ごめん…予定日までまだあるからと思って、何も買っていなかった。」
「ちーがーう!親が最初にあげるプレゼントは『名前』だろ?」
そうしたら、アスランは自信満々に答えた。
「そうか。だったらもう考えてある。」
「どんな?どんな名前だ!?」
少し照れくさそうに、頬を赤らめてアスランが告げた。
「―――『フリーダ』。」
「…『フリーダ』…」
「どうかな?」
「うん、アスランにしてはいいセンスだ。」
「「俺にしては」って…」
「そこで拗ねるな。私も気に入った。」
そうして二人で笑って我が子を見れば、どことなく微笑んだように眠っている。
そう―――『平和』
この子の未来にずっと平和が続きますように。
・・・fin.