最近、妙に気になることがある。

 

(アスラン…『アレ』、一体どうしたんだろう…?)

 

『アレ』―――そう、『ハウメアの守り石』

キラとの死闘であちこちケガだらけでオーブの救助ヘリに収容されたときに、別れ際に私があげたものだ。

傷だらけだった身体のことも心配だったけれど、私はそれ以上に心配だったのは、彼の心。

親友を手にかけてしまった心の傷は、身体の傷なんかよりうんと深くて、ここままだと、アスランが壊れてしまうんじゃ…

だから祈りを込めてアイツの首にかけてやったんだ。

もう、これ以上、傷つかないように、って。

 

それでもアスランは幾度となく傷つけられていた。

お父さんが亡くなり、そのお父さんに心酔した人たちが起こしたクーデター、平和への道を模索するために戻ったはずのZAFTで、デュランダル議長の図った恐るべき計画の礎になりかけたこと、自分を慕ってくれたミーアを救えなかったこと。

そして、私も―――

彼の想いを捨てて、ユウナと結婚しようとした。

私もまた、彼を傷つけた一人だ。

だから、今まで傷ついた心を癒してやりたい。時間がかかっても、一生をかけてもと思っている。

だから私自身が今のアイツの『守り石』になってやるんだ。

今のオーブは平和を手に入れた。

そして、彼と私は結ばれ、今私の身体の中には彼と私の想いの結晶が宿っている。

この子もきっと、アスランの心を癒してくれる『守り石』になってくれると思う。

アスランも、それでもう必要ないと思って、守り石を外しているんだ。

きっとそうに決まっている!

 

そう…そのはずなんだが

 

何故だろう、なんでこんなに守り石を見かけないことが気になるんだろう。私ってこんなに細かいこと、気にする性格じゃなかったのに。

妊娠するとホルモンの分泌が変わるってエリカが教えてくれた。だから苛立ったり些細なことに敏感になったりすることがあるらしいんだけど。

 

ううん…それとはやっぱり違う気がする。

この後、何か起きそうな気がしてならないんだ。

 

そして―――こういう時の私の感は、嫌になるほどよく当たる。

 

 

***

 

 

温暖なオーブでさえも、12月となると大分冷え込む。

 

定期受診を終えた私は久しぶりに外に出た。

一応、産休はあるんだけれど、何しろ代表首長という身分はそのまま継続。何かあればすぐに官邸に行かなきゃいけない。

まさかの時に備えて、ダラダラ休むより、こうして少しでも歩いたほうがいい。医者も出産のときには筋力を使うから、って言っていたし、ウォーキングを兼ねて散策もいいと思う。

そう思っていつもは専用車で通るだけの繁華街を歩いてみれば、すっかり街はクリスマスイルミネーションに飾られていた。

「はー、もうそんな時期になったんだ。」

オーブは多民族国家なので、宗教は無論自由。私自身は首長家の守り神であるハウメアを信仰しているが、別に家族内でも己が信じる神が誰であろうと受け入れている。

アスランにはあえて聞いたことがないけれど、彼が偏った信心を見せたことはない。

「だったら、クリスマスプレゼントあげても、特に問題はないかな。」

ハウメアの守り石はもしかしたら、戦いのどこかで失くしたのかもしれない。

でも、守り石がこうしてアスランを生かしてくれて、守ってくれたことは確かだ。

それまでの活躍に感謝しなきゃな!前向きにとらえるのが、私の長所なんだし。

もう守り石自体はなくても、守り石に代わる、なにかアクセサリーでもプレゼントしよう。うん、それがいい。

そうして幾つかの心当たりのあるショップに向かおうとした、その時だった。

<ピー、ピー、>

「エマージェンシーコード(緊急呼び出し)…」

もう鳴ることはない、必要もない、と願っていたそれが、夢の中から引きずり出して私の足を官邸に向けさせた。

 

 

タクシーを捕まえて、急いで官邸に戻れば、そこには見知った顔がいくつも並んでいる。

首長会の面々、そして軍令部の主だった者たちと、私を見ようとしないアスラン…

一見して私は悟った。

「カガリ、悪い知らせだ。」

キサカが厳しい視線を向けた。

 

あぁ、やっぱりだ。

私の予感は嫌な時ほどよく当たる。

 

「で、何が起きたんだ?」

努めて冷静に、いつもの代表首長の顔に付け替えなおして問えば、今は私の片腕となってくれているオーブ軍参謀顧問のロンド・ミナ・サハクが、いつも通りの無表情で淡々と答えた。

「アフリカ共同体の駐在大使館家族が人質に取られた。」

「『人質』…」

地球連邦とプラントとの間でお互いの代表が駐在員、要は大使館員として派遣する制定がなされたのは2度目の大戦の終結後まもなく。私が地球圏代表としてプラント評議会に提案したところ、それはすぐに実現となった。

直接モニターでの会談も行われているが、何しろ盗撮をはじめとしたデータ流出は、こちらがいくら書き換えても、どこからともなくスルリと盗んでいく(全く、キラみたいなヤツって他にもいるんだな)から、直接会話できる人員があるほうが安全な時もある。

アフリカ共同体は元々ZAFTの勢力下にあったため、そこに駐在大使を置いたのだが。

でも、確かあの辺りはまだ小さな紛争がくすぶっているため、全く安全とは言えなかった。

もっと別の場所を勧めておくべきだったな…後の祭りになってしまったけれど。

ううん、今はそれどころじゃない。

「…確かに一大事だ。しかしオーブ国境を越えているし、アフリカから支援要請でも出ているのか?でないと越権行為だぞ?」

一応私は『地球圏代表』の肩書は持っているけれど、地球連邦の治安はそれぞれの国家が担うことになっている。テリトリーの問題だ。そこは流石に慎重になる。

すると、代わってキサカが答えた。

「確かにその通りだが、問題は犯行グループの目的だ。明日までに要求を飲まないと、一人ずつ殺害していく、との予告がなされている。」

「要求って、金か?」

人質を取るような犯行の大部分は金銭要求が主流だ。でもこの手のやり方は成功率は低い。

それはともかく、それがオーブとどう関係があるのか?キサカは彼らしくないほど言いよどんでいたが、ようやく重い口を開いた。

「いや、違う。実は…」

「―――『俺』だ。」

頭を振ったキサカの言葉を畳みかけるような、凛とした声。

聴き慣れたそれが、心臓に杭を打たれたように響き、痛みに変る。

「…『アスラン』…?」

 

アスランが―――犯人の要求…?

 

「どうして…なんでアスランが…?」

思うように口が動かない。あぁ、これが「衝撃」なんだろうな、って、私の外側から私を分析している奴がいる。

それまでまるで明鏡止水のようだった翡翠の瞳は、口も目も開きっぱなしの私を映した。

透き通ったその中には、いつもの穏やかな輝きはない。そのまま伏し目がちにまた視線を外されると、彼の口から苦し気に信じられない言葉が飛び出した。

「…『ジェネシス』だ。」

「『ジェネシス』って…あの、アスランのお父さんや議長が使ったアレのことだろ。なんで今頃それが―――」

「完全に破棄されていなかったようね。」

上手く口の回らない私の上から技術部長のエリカが簡潔に答えを被せた。彼女が手元に持っていたタブレットの端末を手早く操作すると、私たちの目の前の大きなモニターに、かつて地球を滅ぼそうとしたあの兵器の残骸が映し出された。

エリカは続ける。

「終戦協定のとおり、一応最初は廃棄されたはず。設計図なんかもね。でもご存知の通り、そのあとでデュランダル議長がこれと同じものを作って、『我が家(オーブ)』を射程にとらえたのは周知のとおり。つまりはしっかり情報は出回っていたってことよね。」

エリカも長い溜息を吐く。

アスランがそれを推理する。

「多分、父から議長への極秘情報の流出役はクルーゼだろう。彼が議長と繋がっていたことは判っている。万が一父上が…いや、クルーゼ自身が人類すべてを滅ぼす計画に頓挫しても、その後釜として議長に依頼していたわけだ。」

父上―――「パトリック・ザラ」。アスランのお父さん。

私はほんの一瞬だけ二人の最後の別れに立ち会った。

アスランの心を傷つけた彼と、運命を翻弄した議長。あの二人が死して尚、アスランを苦しめるなんて。

でも…

「でも、その『ジェネシス』が一体今頃なんで出てくるんだよ!?今回の犯人がどこかに作ったのか? でもそれに何でアスランが関わってくるんだよ!?」

全く話がつながらない。みんなと、アスランの顔を見回しながら私は尋ねる。

こんな時に感情が高ぶって、涙が出そうだ。その私を押しとどめたのはアスラン自身だった。

「犯行グループの目的は、地球圏にもプラントにも属さない私的国家の存在を認めること。それを阻止しようとした場合、プラントか地球か、あるいは双方に対しジェネシスによる攻撃を実施するというものだ。彼らは二つのジェネシスの残骸を完全破壊すると見せかけ回収、それらと設計図を基に再構築しているらしい。…だが、ここで彼らの計画に問題が生じた。」

「問題?」

「ジェネシス発射のためのプログラム。つまり最後のスイッチを押すには、父上や議長本人の遺伝子データを照合する必要がある設定だったんだ。だが二人とも既に宇宙に散っている。となると、二人に近い遺伝子を持った者から遺伝子データを作り出すのが一番手っ取り早い。…ここまで言えば、代表もおわかりですよね。」

デュランダル議長に近親者はいなかった。となると、残りは必然的に―――

「…パトリック・ザラの…息子の遺伝子…」

一番認めたくない回答を口にしてしまった。アスランはゆっくりと頷く。

「彼らが欲しているのは俺自身なんだ。俺が捕まって僅かの細胞でも盗まれれば、ジェネシスは復活する。しかし、だからといって要求に応えなければ、人質の命はない。」

「……」

「だから、人質の救出に向かうには、いずれにしても俺の存在を示さなければならないんだ。」

 奇妙なほど冷静な声が、かえって私の感情を酷く揺さぶる。

(そうじゃない…そんなことじゃなくって、私が言いたいのは―――)

「―――ぁ……」

口を開きかけてその一方、一生懸命理性で出かかったその言葉を奥に押しとどめる。代わりに自然と私はお腹に手を当てていた。

それを見たエリカが眉を伏せる。

「今の貴女にこの話を聞かせるのは、酷なことは判っているわ。でも貴女は地球圏の代表であり、犯行グループの目的の身内。いずれにしろ覚悟は必要になるわ。そこは判ってくれるわよね?」

「……」

判っている。そんなの十二分に判るさ!

私はカガリ・ユラ・アスハ。地球圏の代表。つまりは地球に住まう人たちの命を預かっているんだ!だから代表としての使命と判断を下さなきゃいけない。

判ってる、判っているんだ!けど―――

「―――っ」

また喉元にせりあがってきた言葉。必死に飲み込む。

(出るなったら!それを言ってしまったら、私は―――)

「…駐在大使の子供もまだ片手ほどの年齢だそうだ…」

ミナが何気なく口にする。

でも、その言葉が、私の吐き出したかった言葉を押し込んでくれた。

「ともかく。」

キサカがその場をまとめてくれた。

「これから人質の救出と、無論、ザラ准将も無事に帰還させるための作戦を考えたい。これは軍令部一括で処理させてもらいたい。いいな、カガリ。」

「……あぁ……」

参加しろと言われたところで今の私には無理だ。冷静さを欠いている。そんなことわかるくらい、今の私は大人になっている。

「さぁ、行きましょう。代表。」

エリカが私の肩を支えてくれた。

せめてもう一度だけ…もう一度だけ、アスランの顔が見たい。

 

だけど何度も振り返っても、アスランは私の方を見ることはなかった。

 

 

・・・to be Continued.