Make The Rounds of MIND

 

 

 

漆黒の空間に漂うキラに、星が一つ、近づいてくる。

それが『ストライク・ルージュ』―――見つめた先に、アスランとカガリの微笑があった。

 

ヘルメットに漂う、リングが教えてくれる。

 

 

―――僕は、生きている―――

 

 

「キラっ!!」

キラの、アスランの、カガリの無事を聴いた『エターナル』が真っ先に飛んできた。

元々高速戦艦だが、ラクスの想いが乗り移ったような速さで…

『エターナル』のハッチに回収された『ストライク・ルージュ』にラクスが飛び込んでくる。

「キラ!? 無事ですの!? お怪我はありませんの!?」

普段の彼女からは想像できないような慌てぶり…

「うん・・・大丈夫・・・だから・・・」

ようやく答えるキラに、周囲の眼も憚らず、その無事を確かめるように、ラクスは抱きついた。

「―――!? ラクス!?」

「…『約束』…守ってくださいましたのね…」

ラクスの眼には今にも零れそうな涙が光っている。

「…うん…」

約束した…確証のない約束だったけど…皆を護ると…そして…帰ると…彼女の所に

「そうだ、皆は? 『アークエンジェル』は!?」

「ご無事ですわ。かなりのダメージは受けたようですが…」

ラクスは言えなかった。

あの戦いで、キラが尤も頼りにしていた『彼』が亡くなった事―――

そしてクルーがどれだけ苦しみ、傷ついたかと言う事も―――

それを察したかのように、キラが言う

「…伝えなきゃ…『僕』は…『ここにいる』って…」

「はい!」

ラクスの返事に安心したかのように、キラが突然崩れ落ちた。

「――! キラ!!」

「キラ!?」

傍にいたアスランとカガリが駆け寄ってくる。

ラクスはキラを抱き起こすと、2人に微笑んで頷く。

「…きっと張り詰めていたものが解かれたのでしょう…今は何も考えずに、そっとさせてあげましょう…」

 

最後の出撃前、キラは呼びかけに振り向いてくれなかった。


―――貴方は、ご自分を犠牲にすることを『覚悟』していたのでしょう…?

   皆を…貴方を愛してくれた人を…護る為に…

   でも、もう『悲しい夢』は見なくてもいいのですよ。

   貴方はちゃんと帰ってきてくださいました。

   わたくしとの『約束』を違えることなく…

   だから―――今度も『約束』してください。

 

   ―――共に―――新しい夢を見つけることを―――

 

*        *        *

 

「そう、キラ君、無事だったのね。・・・よかった・・・」

『アークエンジェル』の艦長席で、ラクスからの報告を受けたマリューは安堵の表情を浮かべた。


―――もう、これ以上誰かが居なくなるなんて…悲しい顔なんて…見たくない…

つい先程失ったばかりの『最愛の人』

そして、多分、尤も信頼していた『友人』

何かを失うのは、もう充分…


<『アークエンジェル』もかなりの被弾を受けた御様子ですわね…其処でなのですが―――>

ラクスの提案にマリューは息を呑む

「…『アークエンジェル』に、『プラント』で…補給を!?」

幾ら地球軍を離脱したとはいえ、つい先程まで『敵』として戦っていた相手の好意を受けるなど…

いくらラクスの提示とはいえ、不安がマリューを包む。


―――もし、なにかあったら?

   何時も励ましてくれた『彼』…的確な助言をくれた『彼女』

   ―――もう『居ない』

 

「無理よ・・・だって私たちは―――」

<もう、地球もプラントも関係ありません…何が正しいのか判ったからこそ、わたくしたちは“この道”を選んだ…そうでしたわね…>

ラクスに言葉を添えられ、ハッと顔をあげる

不安げにマリューを見つめるサイ・ミリアリア・ノイマン…

まだ、この艦には居るのだ


―――生きて…明日を…勝ち取ろうとする人達が

彼らを最後まで導くのが『私の役目』なら

迷ってなんか居られないわよね

   

   ―――「何とかなるって! がんば!がんば!!」

       そういって、背中を押してくれたのは…

   ―――「常に正しい冷静な判断が、乗員を導く為には必要なのです」

       いつも厳しい言葉で、それでも支えてくれたのは…

 

「…わかりました。お願いしますね。」

モニターの向こうのラクスが穏やかに微笑み、頷く。

 

(あなた達もそう思ってくれるのかしら?…ムウ…ナタル…)

 

*        *        *

 

マリューのやり取りを、CIC席で見つめていたミリアリアは、ようやくインカムを外して席を立った。

「あ…お、おい!」

隣にいたディアッカが、慌ててミリアリアの後を追ってきた。

「…なによ…」

相変わらず、ぶっきらぼうな返事しか返ってこない。それでもディアッカは続ける。

「お前…いや、お前ら、これからどうすんだ?…プラントに来るのか?」

「補給…受けるんならね…」

壁にもたれて呟くミリアリア。でも聴きたかったのはそんなことじゃなくて―――

「いや、…そのあと…お前はどうするのか―――」

「マリューさん、てさ…」

ディアッカの言葉を遮って、上を見上げながらミリアリアが続ける。

「マリューさん、て…強いよね…目の前で…『大切な人』が亡くなったばかりなのに…皆の事考えて…私も、あんな風に優しくて、強い人になれるかな…」


―――大事な人が亡くなったことを、受け入れられなかった私

ショックから立ち直れなかった私

怒りに任せて、ナイフを振り下ろした私

それを認められなかった私

   

「…つーか、お前だって充分強いんじゃない?」

突然のディアッカの言葉に、驚きつつもミリアリアは反駁する。

「私が? どうしてよ? どこがよ!?」

「いやさ…その…」

(恋人目の前で死んで…それでも『自分のできること』しようとするなんてさ…俺には考えられないぜ…)

一つ大きな深呼吸をすると、ディアッカはミリアリアに穏やかな笑顔で向き合った。

「ともかく…その…お前が教えてくんなきゃ…俺は何時までも馬鹿なまんまだったから…その…えっと…

『サンキュー』…な…ミリアリア…」

不器用に感謝を述べるディアッカ―――つい数ヶ月前まで『ナチュラル』を馬鹿にしきっていた彼から聴かれる言葉とは思えなくて、ミリアリアはつい可笑しくなって、クスクスと笑う。

「な、なんだよ!? 変なこといったか? 俺。」

「ううん…変じゃないよ…ありがと…それから…」

ディアッカに背を向けながら歩き出したミリアリアが、ふと振り向きざまに言う

「…今度会うときは…『ミリィ』で…いいよ」

 

*        *        *

 

「…まさかお前がこっちについたのは、あの女の所為―――じゃないだろうな?」

「イザーク…」

ミリアリアを見送ったディアッカに声を掛けたのは、ザフト軍に唯一残った、イザーク

「別に…前にも言っただろ?『どっちが正しいか判らなくなっちまった』ってさ…」


――― ナチュラルもコーディネーターも“同じ人間なんだ”って

    泣いて、笑って、怒って、悲しんで…

    当たり前のことなのに…忘れていた

それに気付く“きっかけ”だった事は認めるけどな…

 

L4コロニーで再会した時と同じ…曇りのない表情のディアッカに(それが答えか)とばかりにフンと鼻を鳴らす。

只、今のイザークには、ディアッカの出した答えが、決して間違いではなかった事は認めていた。

「つーか、何でザフトのお前が『足つき』にいるんだよ!?」

「フン、お前の怪我がどの程度か…あんな見知らんMSとはいえ只でやられる様では、貴様も大した事ないな!」

「そりゃ、どーも(相変わらず、素直に心配しねーな…)」

苦笑しながら、ディアッカは改めて、イザークに問う。

「なぁ、お前はプラントに戻るんだろ?」

「当たり前だ! お前だってそうだろ!」

「おれはどーなんのかな…? 捕虜になった挙句に『ザフト軍にも弓引きました』なんつったら、親父にどなられるだけじゃ済まなそうだし…」

腕を組みながら飄々と言ってのけるディアッカに、イザークが不適な顔で言う。

「何なら…俺が話しつけてやってもいいがな。」

「そりゃ、またどーも。…でもさ、それ『アイツ』に言ってやった方が、いいんじゃないの?」

真顔に戻って、ディアッカはイザークに伝える。

「なんつったって、『アイツ』の親父が使ったんだろ? “アレ”…。 それを『アイツ』自身がぶっ壊しちまったんだしな…」

 

*        *        *

 

『エターナル』に移動したイザークは、コンソールルームの前にいたアスランを見つけた。

「…おい…」

「!? イザーク! どうしてここに…」

「別に貴様の面拝みにきた訳じゃない。 ラクス・クラインに頼まれて、プラントへの帰還の護衛にきてやったまでだ!」

「そうか…すまないな…」

相変わらず表に表情を出さない…その清ました面が気に入らなかったが、今は何を模索しているのか酷く気になった。

「“停戦”とはいえ、今はプラントも混乱しているはずだ。穏健派が台頭したと言うことは、ザラ議長閣下は退陣したということか…」

イザークの言葉に、アスランの表情が一瞬強張る―――だが、直ぐに何時もの表情に戻ると、イザークに朴訥と告げた。

「…父は…死んだ…」

「…何だと?」

それを聴いたイザークに驚愕の表情が走る。

「…父のしようとした事は…俺は許せなかった…何としても止めようと思ったが…俺が駆けつけたときには…もう…」

言いよどむアスランに、イザークも言葉を返せない。


―――トップ共の強引なやり方には、正直疑問を隠しえなかった。

一兵卒の自分でさえ同じ疑問を抱いたのだから

内部にはそれを排斥しようとする考えのやからも少なからずいたはず…

だとしたら…

 

「俺は…どうなるんだろうな…」

急に呟くアスランに、イザークは向き直る。

「糾弾を受けることになるのは贖えないだろう。・・・父のした事を止められず…『ジェネシス』…『N・ジャマーキャンセラー』…多くの秘密に関わりすぎた…」

だが、急にアスランは決意したように言い放つ。

「でも、俺は…生き延びた以上…俺は俺の『戦い』をする」

軍にいた頃とはまるで違う、真っ直ぐな、迷いのないアスランの瞳に、イザークはふと思う。


―――最後にあったのはカーペンタリアだっただろうか…

あの時は軍中枢の特務機関に出世したというのに、酷く後ろめたいような顔をしていた。

でも今のコイツはどうだ?

未来が約束された『ザフト』の地位も顧みず、『裏切り』の烙印までも受けたくせに…

そして、穏健派が台頭した今、父親の行った行為の糾弾を受けるかも知れないというのに…

奈落の底へ落とされたはずの今は、あの時とはまるで逆な…澄んだような面をして…

 

「ならば―――」

イザークも何時もの自信たっぷりの表情で、アスランに言い放った。

「穏健派の台頭は…俺の母上も生きていれば拘束くらいされているだろうが…でも俺はプラントを護るという意志は、母上の意志と何ら変わりない。だから、母上の為に、プラントの為に、俺は俺のやり方でこれからも戦う!」

洗い流されたようなイザークの表情―――

きっと、今の自分と同じ…そう思ってアスランはイザークに頷く。

「そうか…わかった。」

そしてどちらからともなく差し出された手で、再び握手を交わした。

 

*        *        *

 

「なにやってんだよ? こんなところで…」

クサナギに宛て、自分たちの無事の報告を知らせ終え、コンソールルームから出てきたカガリが、入り口にいたアスランに声を掛けた。

「いや、別に…。なぁ、お前はどうするんだ? これから…」

「私か? 私は地球に戻って『オーブ』を再建する! そして、お父様の遺志を継ぐ!」

真っ直ぐ金の瞳をアスランに向けるカガリ―――


―――何時も迷わずにぶつける真っ直ぐな『意志』

   何回それに俺は救われて来たんだろう…

   『死』を決意したあの時も

   お前の強い意志が―――『生きて戦う』意志が

   俺を『生きる』世界に捕まえてくれた―――

 

「やっぱり『強い』な…お前は…」

苦笑しながら呟くアスラン

「そっか? それよりも、お前…その…」

つい先程の光景―――アスランの腕の中にいながら、最後までアスランを見ようとせず逝ってしまった彼の父―――それを思うと、カガリもアスランが不安でならない。

「そんな心配そうな顔をするな。」

俯くカガリの両肩を掴むと、不意に顔を上げたカガリに、穏やかな笑顔を向ける。

「カガリが『オーブ』を再建する『戦い』をするように、俺も俺の『戦い』をする。」

「でも! お前―――」

「『生きる事』が―――『戦い』…なんだろ?」

何かを決意したようなアスランの表情には迷いがない…

カガリはその答えに力強く頷いた。

「絶対逃げるなよ。」

「あぁ」

「お前、結構危なっかしいんだから…無茶すんなよ」

「…どっちがだよ…」

思わず笑いを零すアスラン

「何だよ! 絶対お前の方が危なっかしい―――」

カガリが食って掛かろうとしたが、瞬間アスランの腕がカガリの身体を抱すくめる

「―――!」

そのまま耳元で囁きかける

「何時か、お前に誇れる位…強くなって見せるから…必ず…」

「…きっとだな…」

顔を赤らめながら、誓いを確かめるように呟くカガリ

「あぁ…」

アスランが腕を緩めると、カガリは振り返らずに、アスランのもとを離れた。

去っていく金髪の後姿に、アスランは呟いた

 

―――お前に誇れる位『強く』なれたら

   今度は俺がお前を捕まえるから

   必ず―――

 

*        *        *

 

「…キラ…大丈夫か?」

カガリが声を掛け、キラの部屋に入ると、キラは未だ眠りの中にいた。

先程まで付き添っていたらしいラクスは、今後のことについてプラントや『アークエンジェル』と話し合っているらしく、デッキの戻っていた。

ベッドサイドに近づくと、ふと目に入るのは―――女性が2人の赤ちゃんを抱いて微笑んでいる―――『あの写真』

何故この『写真』が2枚もあるのか、キラは何処でこれを手に入れたのか…ついにその話はしてくれなかった。

話をしようとすると…何かに耐えるように苦痛に顔を歪めて…聞くことが躊躇われた。


―――キラは私の知らない何かを知っているんだ

   でも、それはきっと私には伝えたくない事で…

   でも本当に私たちが『きょうだい』なら

   これからだって遅くはない

   苦しい事とか、悲しい事とか…

   分け合ったって…いいだろう?

 

「…カガリ…?」

キラが目を覚ました―――が、カガリの手の中にある写真に―――表情を曇らせると、何かを振り絞るように言葉を紡ぐ。

「カガリ…その…それは…」

「いいじゃないか!」

カガリは突然満面の笑みを浮かべると、何時ものように、キラの首に抱きついた。

「―――! か、カガリ!?」

慌てるキラに何でもないようにカガリは伝える。

「きっと『何処か』で…身体の何処かで『知っていた』んだ…私は…。でなきゃお前に抱きついたりなんか出来なかっただろ?」

「…カガリ…」

そういえば―――キラもカガリに伝える。

「僕も…判っていたのかな…アークエンジェルで…カガリに会って…『よしよし』って…慰めてくれて…あの時何でか判らなかったけど…凄く『安心できた』んだ…」

「…そっか…」

「…うん…」

どちらからともなく微笑み合うと、カガリはキラに言う。

「『お前』がどうしてコーディネーターで、『私』がナチュラルなのか…経緯は判らんが…でも、そんなことはどうだっていいんだ! 大切なのは『お前』も『私』も『一人じゃない』って事―――そうだろ?」

「…ホンと…そうだね。…でも」

「でも?」

言いよどむキラにカガリが怪訝そうな顔をする

「何で『コーディネーターとナチュラル』の『きょうだい』なのか…少しわかった気がするんだ…」



―――僕はコーディネーターだけど、ナチュラルの友達の中で生きる事に、何の疑問もなかった

   カガリもナチュラルなのに…コーディネーターの僕を何の虚飾もなく受け入れてくれた…

   『コーディネーターとナチュラル』―――僕らの生まれた時にはもう争いが起こっていた

   だから願ったんじゃないかな?―――この『写真』の女性は

   コーディネーターであってもナチュラルであっても

   共に判り合って、生きる事が出来る事を

   僕たち『きょうだい』に、掛け橋になれるように、願いを託して―――

 

「なんだよ…教えろよ!」

じれったくなって、キラにせがむカガリ

「いつか…ね」

含むように答えるキラに、カガリはそれ以上の追随はみせなかった。

「…じゃあ、キラ。教えてくれないなら…一緒に帰らないか? 『地球』に! お前を育ててくれた『ご両親』のところにさ。」

「えっ!?」

「きっと、本当のこと知っていると思うんだ…お前の親なら…。でも、そんなことはいいんだ! 『オーブ』でお前に会いに来てくれたのに、お前会わないで行っちゃったろ? すんごい心配してたんだぞ! 話は…『いつか』でいいから…お前を待っていてくれる人のところに行こう!」

 



―――待っていてくれる人―――

 

   


   ふと思う―――そういえば、『あの男』にはそんな人は居たのだろうか?

          全人類に恨みを抱いたまま、逝った男…

          もし、少しでも愛していてくれる人が居たなら

          たとえ、どんな境遇に生まれたとして

          そんなことを願っただろうか?

          もし、自分を愛してくれる人が居なかったら

          自分も『あの男』と同じ事をしたのだろうか?

  

  でも、僕は違う―――どんな形で生まれたにせよ

            僕の存在を認めてくれる人達が居る 

            僕を待っていてくれる人が居る 

            アスラン、カガリ、ラクス、マリューさん、ミリアリア、サイ、アークエンジェルの皆   

            バルトフェルドさん…

            そして…僕を僕として認めてくれた―――フレイ―――

 



「うん、行こう。」

キラの答えに笑顔で頷くカガリ―――

 

 

 

―――僕には帰れるところがあるんだ

 

  


   だから僕は―――『生きるんだ』―――

 

 

 




  


・・・
Fin.

 

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『SEED 無印』終了直後に書いたSSです。以前懇意にさせて頂いたサイト様に贈りましたSSですが、残念ながら『閉鎖』されてしまいまして、
 それからFDに残される事も無く(哀)、『データの山』の中に埋れていたのを掘り起こしたものです。
 終了直後ということもあり、ムゥ兄貴が亡くなっている設定になっておりますが、平にご容赦くださいませ!

 ※ちなみにこのSSの『アスカガ』部分をクローズアップしたモノは、『Novel』の中の『Flowtin』となっております。