傀  儡

 

 

―――戦争への不穏な空気が流れる今、プラントで自分の手で何かできることをしたい。

 

そう思い立って、アスランは一人オーブを後にした。

「アスハ代表の特使」として―――できる限りのことをしたい…

 

もう、2年前の自分とは違う。

父の傀儡のように、父の言葉を信じて、不毛な戦いを続けたあの頃の自分とは…

 

―――自分で出来る事をしたい。もう誰の命令でもなく自分の力で…

 

そのために、最愛の金髪の少女に心を残し、プラントにやってきた。

 

だが、プラント最強評議会、デュランダル議長との会見を求めたアスランに、なかなかその議長からの呼び出しがかからず、用意された一室で刻々と時間だけが過ぎていく。

 

「ちょっと、顔を洗ってきます。」

そういって、プラントのオーブ大使に断り席を立つ。

 

顔を洗い、鏡を見つめた自分自身にもう一度気合を入れなおすように、キュッと唇を噛み締めた。

 

 

顔をハンカチで拭き、洗面所から出る。

 

と―――

 

「…えぇ、判っています。ちゃんとやりますわ…」

聞き覚えのある声が突然アスランの耳に届く。

 

―――この声は!?

 

階段を昇り、声の主を探す。

すると、階上に見慣れたはずの後姿―――そう、此処にはいないはずの

 

「・・・ラクス!?」

 

彼女はキラとともにマルキオ導師の家で、孤児達と暮らしていたはずだ。

でもあの後姿は見間違う事は無い。

 

2年前まで―――婚約者だった『ラクス・クライン』

 

ふと、急に赤みを帯びた、ピンクの長い髪が振り向く。と、彼女はアスランを見つけると、一瞬、その大きな目を見開き、満面の笑みを湛え

「―――っ!! アスランっ!!」

階段を駆け下りてくると、迷うことなくアスランの胸に飛び込んだ。

「あぁー嬉しい! やっと来てくださいましたのね!」

「あ…え……あぁ…」

 

驚きが先に来て、抱きとめた彼女の顔を良く見つめる

 

―――ピンクの髪―――空色の瞳―――

 

確かにラクスそのものだ。

 

「君が…どうして…此処に?」

確かにラクスなら先見の目を自分よりも、持っている。

こうしてプラントに自分より先に、何かを感じて動いていたとも考えられる。

 

「ずっと待っていたのよアタシ。あなたが来てくれるのを。」

何の屈託も無く答える少女。

 

「…ラクス様…」

先程階上にいた付き人らしい2人の男たちが、少女に声を掛ける。

「あ、はい。判りました。」

少女はアスランに向き直ると、

「ではまた…でもよかったわ…本当に嬉しい! アスラン。」

そういってまた満面の笑みを浮かべる。

傍では、赤いハロがピョンピョンと元気良く跳ねていた。

 

少女が立ち去っていく。

 

―――あれは本当に「ラクス」なのか?

 

確かに顔も声もそっくりだ。

だが何かが違う

 

彼女自身の…かもし出す雰囲気が。

 

混乱した頭のまま、後ろから議長が声を掛けてきた。

「アレックス君。…君とは面会の約束があったね。お待たせしてすまない。」

 

議長なら知っているのだろうか?

何故ラクスがこの評議会の議会棟にいたのかを

そして、本当に彼女が「ラクス・クライン」なのかを…

 

「ん? どうしたね?」

まるでアスランの疑問を知っているかのように尋ねる議長に「いえ…何でもありません」とただ答えるしかなかった。

 

 

*        *        *

 

 

議長との会談で、ついに開戦に及んだ事、そして核が使われた事をアスランは始めて聞いた。

一時撤退したとはいえ、地球軍がまた何時攻めてくるかわからない。

 

―――また、間に合わなかった―――

 

アスランは悔いた。

どうしてあの憎しみがまた繰り返さなければならないのか?

父の犯してきた罪が、また此処で再開される…

一体自分は何をすればいいのだろう?

 

そんなアスランの後ろから、モニター越しに声が聴こえた

「皆さん…わたくしは『ラクス・クライン』です。」

 

あの少女だ。

アスランは驚いてモニターを見る。

先程出会った時の、無邪気さからは信じられないほど、落ちつき、憂いを帯びた表情をモニターに移している。

少女は必死に反戦を説き、デュランダル議長を信頼するよう、プラント市民に呼びかけている。

と、程なく、市民の殺気が和らいでいった。

 

そう、その演説は、まるでラクスそのもの…

でもあの少女は一体…?

 

思わずアスランは議長の顔を見る。

だが議長は全てを見透かしたような目で、アスランを見返した。

「笑ってくれてかまわんよ…君には無論、わかるだろう。」

 

―――やはり、本当のラクスではなかった。

 

じゃあ、彼女は? 彼女の存在は一体何のため?

 

「我ながら小ざかしい事と情けなくもなるが、だが仕方ない。「彼女」の力は大きいのだ。

私のなどよりはるかにね…。バカな事を、と思うがね。…だが今私には「彼女」の力が必要なのだよ。」

 

「ラクス・クライン」―――その存在は此処まで力を必要とされている。

「ラクス」の身代わりの彼女―――議長の…市民からの信頼を手にするために人必要とされた、あの少女―――

 

「また、君の力も必要としているのと同じにね…」

続く議長の言葉に、アスランは一瞬何を意図されたのか、わからなかった。

「私の…?」

 

議長に連れて行かれた先はMSドッグだった―――「セイバー」―――それが目の前の機体の名前。

「この機体を君に託したい…といったら…君はどうするね?」

議長の言葉―――またZAFTにもどれと言うのか? あの少女のように、プラントのために戦え…と?

「そうではない…」

議長は真に共に平和を望むものには、力を与えたい。と言う意図だった。

 

     戦争を食い止めたくて、プラントにやってきた。

     だが既に始まってしまった戦争

     そして、目の前のMSは―――俺に何の為にその力を使え、と言うのだろう?

 

「だが、君に出来る事、君が望む事…」

議長の言葉にハッとなる

 

―――「出来る事…望むこと…皆同じだろ? アスランもキラもラクスも…私もさ」

    

    刹那思い出す。

    2年前の大戦の最中、そういって道を開いてくれた金髪の少女

 

「それは君自身が一番良く知っているはずだ。」

去り際に議長が言う。

 

―――そう、今回は自分一人で道を見つけなければならない

   だが…今の自分には…

 

 

*        *        *

 

 

ホテルに戻ったアスランの姿を見つけると、ロビーのソファーに座っていたピンクの髪の少女が、その胸にとびこんできた。

「アスラーーーン! お帰りなさい。ずっと待ってましたのよ!」

あまりにも急なことでアスランも慌てる。

「え…あの…君…あの…」

もうこの少女がラクスでないことは、わかっているのだが。

「ミーアよ。ミーアキャンベル。」

アスランの意図を読んだように、少女―――ミーアは自ら名乗った。

「でも、他の誰かがいるときは「ラクス」って呼んでね。」

そういって軽くウインクしてみせるミーア。

 

ミーア―――今はこの少女と関っている時ではない。

そう思い、アスランはその場を去ろうとするが

「あぁっ?」

急にミーアに腕をとられる。

「ねぇ? ご飯まだでしょ? まだよね? 一緒に食べましょう!」

そういってミーアはアスランの腕をグイグイと引っ張っていく。

「え…いや…その…」

「アスランはラクスの婚約者でしょ?」

「え…いや…それはもう…」

そのままアスランは、眺めの良いレストランへと連れて行かれた。

 

「えーと、アスランが好きなのはお肉? それともお魚?」

真剣にメニューを覗くミーアの顔を見やる。

 

―――確かにそっくりだ。

   

だが、無邪気さ、エターナルを率いた人望の厚さ。

   物事の先端を見抜く力、行動力…

   

やはりラクスと違う。

 

「あ、そうだ! 今日のアタシの演説見てくれました?」

急に聞かれてアスランは瞬間意識が戻る。

「え?」

「どうでした? ちゃんと似てましたか?」

言葉につまり、顔を背けるアスランに、ミーアは悲しそうに俯く

「ダメ…でしたか…」

アスランはミーアに向き合うと、まだ戸惑う思いを朴訥と伝える。

「あぁ…いや…そんなことはないけど…」

「えー!? ホンとに!?」

「あぁ…良く似ていたよ…まぁ…殆ど本物と変わらないくらいに…」

アスランの言葉に、ミーアの表情が明るくなる。

「や〜ん! 嬉しい! よかった〜〜! アスランにそういってもらえたら、アタシ本当に…」

無邪気に喜ぶミーアにアスランは溜息をついた。

 

「…私ね…本当はずっとラクスさんのファンだったんです。」

ミーアがポツポツと自分のことを語りだした。

「彼女の歌も好きで良く歌ってて…その頃から「声は似てる」って言われてたんだけど…そうしたらある日急に議長に呼ばれて…」

アスランは溜息をついた。

「それでこんなことを?」

「はい! 『今、君の力が必要だ』って。プラントのために。だから…」

嬉しそうに語るミーア。

でもその「力」とはミーア自身の物ではない―――彼女は―――議長の―――『傀儡』

 

「『君』のじゃないだろ…「ラクス」だ…必要なのは…」

冷たく言い放つアスランに、ミーアの食事の手の動きが止まる。

「そうですけど…今は…ううん…今だけじゃないですよね。ラクスさんは何時だって必要なんです。皆に…。」

窓の外を向きながら、何処となく寂しそうにミーアは続ける。

「強くて…綺麗で…優しくって…「ミーア」は別に誰にも必要じゃないけど…」

その言葉にアスランはハッとなる。

 

(この少女も…自分が『傀儡』であることを知っている…)

 

ミーアは急に明るい笑顔に戻ると、アスランに向き直った

「だから、今だけでもいいんです。私は。今いらっしゃらないラクスさんの代わりに、議長やみんなのお手伝いが出来たら、それだけで嬉しい。アスランに会えて、本当に嬉しい!アスランはラクスさんのことを色々知っているんでしょう? なら教えてください! いつもはどんな風なのか…どんなことが好きなのか…えっと…あとは苦手なものとか…得意なものとか…」

 

この少女は自分に今できることを…たとえ『傀儡』であったとしても、それを成し遂げようとしている。

なのに自分は―――まだ自分自身で『答え』を見つけることさえ出来ない。

 

思わぬ苛立ちに、グラスをテーブルに叩きつけるように置くと、アスランは窓の外を見やった。

 

 

「アスランさんは、ラクスさんのこと、まだお好きなのでしょう?」

ミーアからの突然の質問に、アスランはふと我に返る。

「…好き…というか…またちょっと違うな…尊敬しているというか…」

 

自分より本質を見抜く目をもった彼女―――それは自分にはないラクスの本当の強さだった。

 

もし、此処にラクスがいたら…今度は彼女はなんと言うのだろう?

 

「でも、婚約者なんでしょ?」

ミーアが無邪気にアスランに尋ねる。

「…今はもう違うよ。」

「じゃあ、アスランは他に好きな人がいるの?」

聞かれてドキリとする。

思い出す―――意志の強い金の瞳…柔らかな金髪

でもそれを、彼女に話す必要はない。

彼女は今の俺とを結ぶ糸は何もないのだから…

 

「さぁ…どうかな…関係ないだろ…君には」

外を向き答えるアスランに、ミーアはさらに言葉を紡ぐ。

「だって、ラクスさんはアスランの婚約者だったんでしょ?…だったら知りたいの! アタシ、アスランのことも、もっともっと!」

目を輝かせてアスランを覗き込むミーア。

だがアスランは冷たく言い放った。

「俺のことなんか…知る必要なんてないよ。」

 

―――そう、今の俺は、自分が何をすべきか『答え』すら見つけられない人間…

   その俺に、何を答えられる…?

 

そう思い、また窓の外を向くアスラン。

 

 

 

テーブルの向こうでミーアは食事を続けながら、アスランの横顔に届かぬ言葉を告げる。

 

 

 

 

 

 

―――ねぇ、アスラン

      「もしも」…もしもの「話」よ…

 

      本当のラクスさんがもし「いなくなった」ら…

      アタシは本当の「ラクス」になれるんじゃないかしら…?

 

      プラントに本当に必要な「ラクス・クライン」に

 

      

そうしたら、アスラン

      あなたはアタシの『婚約者』よね…

 

 

      そしてプラントのためだけじゃなく、

      アタシを護ってくれるわよね?

 

 

      だから、アタシをもっと見て

      そしてアタシをもっと知って

 

 

  

 

    ねぇ…アスラン?

 

 

 

 

 

掲げたグラスの向こうで、空色の瞳が無邪気に微笑んでいた。

 

 

 

 

・・・to be next DESTINY.

 

 

 

「香港土産クイズ」正解者の‘04.1213日の1時さんからのリクで「ラクツ(ミーア)&アスラン」でお願いします、とのことだったんですが…。

 

「ごめんなさ〜〜〜〜い! TVそのまんましか書けませんでした(涙)」

 

 …というのも、ミーア…出てきたばかりのキャラで、これからアスランと絡んで行くわけですし、10話まで見た時点で書いたんですが、「純粋」なのか「何か内に秘めた少女」なのか、全く判りません。

 最後のくだりは、OP(アスランに寄り添うシーン)でちょっと「悪女」っぽいイメージが働いたから、付け足しただけ。

 

 ミーアのアスランとの絡みは、これからハラハラしながらTVで続き見ようかと思います。

 13日の1時さん…本当にすいませんでした。これで許してやってくださいm(__)m

(やっぱり、Namiはカガリ姫、至上主義なので…^^;