Justice 〜Vol.4〜
湖に落ちたカガリは、気を失い、身に着けた甲冑の重さも手伝って、どんどん水底に沈んでいく。
アスランは、自ら湖に飛び込み、カガリに追いつかんと必死で泳ぐ。
ようやく捕まえたカガリを抱きかかえると、懸命に浮上を試みる。
(―――くっ!…流石に2人分の甲冑では重過ぎるか…)
だが、アスランは必死にカガリを救いたい一心で、あるだけの力を振り絞り、湖の浅瀬にカガリを引き摺り上げた。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
荒い呼吸が落ち着く間もなく、アスランは直ぐにカガリを仰向けにし、その顔を見る。
「カガリ! カガリ!!」
カガリの頬を優しく叩くアスラン―――
だが、カガリの瞳は開かず、息も聞こえなかった。
―――カガリ!―――
アスランはカガリの上顎に手を当て、その唇を重ねると、必死に空気を送り込んだ。
―――カガリ! 生きてくれ! カガリ!!―――
暫くして
「ゴフッ、ゲホッ」
口から飲んだ水を吐き出し、カガリの呼吸は安定しだした。
「…よかった…」
軽く安堵の表情を浮かべると、アスランは<ヒュー>と口笛を吹く。
暫くして、アスランの愛馬『セイバー』が、カガリの『ルージュ』を伴い、走り寄って来た。
アスランは、まだ気を失ったままのカガリを抱くと、『セイバー』に乗り、湖畔から山沿いに走り始めた。
(…どこかにカガリを休ませる事の出来る場所があれば…)
あれだけ朝早くの来襲だったにも拘らず、休める場所を探すうちに、夕暮れの斜陽が山を染め始めている。そして、急に冷え込みが襲ってきた。
濡れたままの2人には、ことさら冷え込みが厳しく感じる。
ゆっくりと馬を進ませ、アスランはあちこちを見渡す。
すると、一件の小さな山小屋を見つけた。
(…あそこで事情を話して…せめてカガリだけでも、休ませてくれれば…)
アスランは『セイバー』を下りると、カガリを抱いて山小屋に向かった。
「すいません。…すいません!」
だが、小屋の中からは何の反応もない。
アスランが中を覗き込むと、小屋といっても空っぽの馬の厩舎と、馬の寝藁にするのだろう―――柔らかそうな藁が、山のように積まれていた。
アスランはカガリの甲冑を外し、中に着ている服を脱がせ始めた。
藁の山にカガリを寝かせ、埋れさせながら、そっとその身体を見ないように下着を外す。
そして自らも、甲冑や上着を脱ぎ、馬栓棒につるし、乾かし始めた。
「…ぅ…ん…」
暫くして、カガリが目を覚ました。
「カガリ…大丈夫か?」
心配げに覗き込む、翡翠の瞳。
「…アレックス…私…どうして…」
横になっているカガリの傍に座ると、カガリの後れ毛を手で梳きなおしてやりながら、アスランは優しい瞳でカガリに言った。
「今朝の襲撃で、足を踏み外して、湖に落ちたんだ…すまない…俺の判断ミスで…」
その言葉にカガリはゆっくりと首を振ると、柔らかい微笑みを浮べ、アスランに言った。
「私のほうこそ、ゴメン…あんな甲冑つけたまま…アレックスだって、自分の甲冑や剣で重かっただろ…? それを助けてくれて…」
言いかけたカガリが、ふと気付く。
馬栓棒に吊るされた、自分の濡れた甲冑や、着物、そして…下着。
慌ててカガリは真っ赤になりながら、アスランに怒鳴った。
「お、お前っ!! わ、わ、私の着てた服、全部外したのか!?」
アスランも急に頬を染めながら、言い訳をする。
「だ、大丈夫! 見てない!! その……服は藁に君を埋れさせてから、見えないようにして外したから…それに濡れたままで、この山の寒さにさらされていたら、肺炎起すし///」
顔を赤らめて必死なアスランにそう言われて、黙り込むカガリ。
ふと、カガリは呟いた。
「…別にいいんだ…見えたって…」
「え…?」
不思議そうに目を向けるアスランに、カガリはポツポツと語り始めた。
「…私の身体は、男は見たがらないさ…何せ『オーブの戦女神』だからな・・・男なんて近寄らないさ・・・」
アスランは慌てて否定する―――昨夜の水辺のカガリの美しさに、焦がれていた自分を思い出して…
「そんなことない! カガリは綺麗だ! とても―――」
アスランが言い終わらないうちに、カガリは悲しげに自嘲気味に笑い出していった。
「あははっ。そんなヤツいるもんか! もしそんなヤツがいたら、顔を拝みたいさ!」
「…じゃぁ…それが俺だとしたら…?」
真剣な眼差しでカガリを見つめるアスラン。
だが、カガリは金の瞳に薄っすらと涙を浮かべながら、苦しげに笑って言い放った。
「じゃぁ、自分の目で確かめてみるんだな! 本当の『私』を!」
カガリは藁山から、両手で胸を隠しながら上半身を起すと、アスランに背を向けた。
「――――っ!!」
アスランは言葉が出なかった。
カガリの背中には、背骨を挟んで2箇所の大きなケロイドの爛れたような真っ赤な傷跡がついていた。
―――まるで翼をもがれた天使のように……
「…この傷は…」
驚き呟くアスランに、カガリは涙を零しながら、尚も明るく笑うように言った。
「どちらも、戦場で受けた傷さ―――それだけじゃない…他にも矢が突き刺さった痕や、突きつけられた剣で出来た傷もある。」
城でお姫様として、大人しくかしずかれ、美しく育った姫君なら、そんな傷もない、美しい肌をしているだろう…そして、それは『王家の姫君』であれば、『美しくある事』が嫁ぐのに、暗黙の条件の様なものだ。
だが、カガリは違う―――たった一人の『オーブ王国』の後継ぎとして、男顔負けの働きをし、必死に国を支えようとしている。
―――その証が…この傷痕…
アスランの中で、女の細腕で健気に国を支えようとするカガリに、愛しさがみるみる溢れる。
「…どうだ?…これで私の身体を抱こうなんて、思わないだろ!?」
涙を零しながら、アスランに背を向け、叫ぶカガリ―――
だが、そのカガリの身体を背中越しに、アスランは抱きしめた。
「――――!?」
一瞬、何が起こったか、わからなかったカガリは、自分を抱きしめる大きな手に、身を捩って振り解こうとした。
「何するんだ!アレックス!離せ!…同情のつもりか!?」
だが、アスランは、離そうとはしない―――
カガリを包み込むほどの、広くてたくましい胸。
その温もりに、カガリはハラハラと涙を零す。
アスランはその傷跡をなぞる様に、そっと口づけていく。
その瞬間、カガリは背筋に決して嫌ではない、例え難い何かが走っていくような感覚を覚える。
カガリは信じられなかった。
宮中の晩餐会でも、背が開いたドレスを身に着ければ、カガリに言い寄ってきた男たちは、慌てて逃げ出すように離れていったのに…。
「…同情なんかじゃない…」
アスランは優しくカガリの背後から声を掛けた。
「この傷…ひとつひとつが…カガリが国を…『オーブ』を守った『証』なんだろ…? それはとても誇り高いことだ…。懸命に国を護ろうとする君が眩しくて…俺は…そんな君が―――」
アスランは、カガリの身体を自分に向けさせると、カガリの瞳から溢れる涙を拭ってやりながら、真っ直ぐな――そして何処までも穏やかで優しい翡翠の瞳は語った。
「―――君が―――好きだ。」
カガリは金の瞳を見開くと、また涙を溢れさせながら、込み上げてくる感情を押さえきれずに、アスランに抱きついた。
―――はじめて出会えた……この傷も…私の苦しみも…解かってくれる人に…
「―――アレックス! アレックス!!」
豊かな胸を露にし、その両腕をアスランの首に回し、抱きつくようにしてカガリは泣いた。
アスランはカガリの背中を目を瞑りながら優しくなでる。
―――カガリを包み込む温かな広い胸と、両腕―――
アスランはカガリを抱きしめていた腕をそっと緩める。
カガリも涙で濡れた顔をあげる。
潤んだ金の瞳と、全てを包み込むような優しい翡翠の瞳が見つめ合う。
そのまま2人は自然と引き合うように唇を重ねると、肌を重ね合わせるように抱き合いながら、藁山の海に身を沈めていく・・・・・・
全身が包み込まれるようなその温もりに、カガリの身体は自然と開かれる……
カガリはアスランに身を任せると、アスランは狂おしい程に愛しく想い焦がれていたカガリを求め始める…
カガリはアスランから、唇を落とされたところから溢れ出る甘美な感覚と、今まで耐えてきた苦しみの海から引き上げてくれる、アスランの優しさに溺れていった―――
初めて知る―――『女に生まれ、男に愛される』ことの喜び―――
――――やがて月明かりに照らされた厩舎に、甘えるような切なさをもった嬌声が響いた―――
* * *
月明かりが窓から零れ落ち、2人の寝顔を照らす。
「……っ……」
目を覚ましたアスランは、ふと周りを見渡す。
自分の胸の上では―――愛しい人が、甘えるような安心しきった顔で眠りに落ちている。
アスランは微笑みながら、そっとその金の髪を撫で、もう一度柔らかく抱きしめる。
その時だった―――
「――――っ!?」
まぶしい光が窓から溢れるようにさし込み、アスランは思わず目を細める。
そして、その光はカガリを照らし、カガリの背の傷痕から光の羽が生えたように、アスランの目に映った。
そして何処からともなく聴こえる声―――
<汝は『暁』の名を持つもの…暮れ行く闇に、光を灯さんとする者に、その『暁』の光を与えれば…この世は汝らの力で目覚める『物』とともに、闇を滅ぼす『破』とならんことを…>
(…何だ…今のは…)
アスランは言葉の意味を繰り返す。
(…闇を滅ぼす『破』とならん…)
既に光は消え、カガリの背の羽のような光も次第に消え入った…。
* * *
「…う…ん…」
「ようやくお目覚めですか? お姫様。」
アスランの声に、愛しい人の腕の中で目覚めたカガリは、急に顔を赤らめ、視線を泳がせ
「お、おはよう…。」と答えた。
―――あの音に聴こえし『戦女神』の、どうしていいかわからずに困っている様子がいじらしく愛しくて、アスランは微笑み、カガリの頬に小さな
キスを落とした。
「さ、さて…は、早く出立しないとな!」
慌てて服を着込むカガリ。
アスランも服を身に付け、甲冑を着けると、外に繋いでいた『セイバー』にまたがった。
カガリも続いて『ルージュ』に乗った瞬間―――
「痛っ!」
「…大丈夫か…?」
「悪い…ちょっと痛かっただけだから…(全く、男っていいよなぁ…)」
既に少女の身体から、『大人の女性』に変えられたカガリ…
だが、例えようもない幸せが、心の中で、芽生えていた。
「さぁ! 今日は何処を目指そうか?」
カガリの言葉に
「そうだな…今日は――――」
アスランが言いかけた瞬間―――
<ヒヒィーーン!>
『セイバー』の足元に、弓矢が届く。
「ちっ!…早速おいでかよ…」
カガリが毒づいたその時
「カガリ様―――っ!」
「カガリ様! ご無事で!!」
『オーブ』の紋章をつけた男が2人、馬を走らせ、カガリに近づく。
「トダカ! アマギ!」
嬉しそうに『ルージュ』を走らせるカガリ。
だがその一方で、もう一つの叫び声が上がった。
「いたぞーーーっ!」
「あそこだ!」
「もう観念なさってください!『アスラン殿』!」
『ザフト王国』の紋章をつけた者達が、一斉にアスランに近づく。
「…『アス…ラン』…?」
カガリが振り返り、アスランの顔を見る。
その厳しい表情には、昨夜愛し合ったときのような、優しい面影はない。
「…カガリ…無事でいて…」
そう言い残して『セイバー』を翻すと、アスランは追っ手から逃れるように、駆け出していった。
カガリの頭が真っ白になる―――
(…アレックスが…『アスラン』…!?)
共に戦い、心を通わせ…そして愛し合った相手が、憎き父親の仇…
「そんな…アレックス……アスラァァァンッ!」
カガリは呆然とアスランが走り去った方角を、何時までも見つめていた。
・・・to be continued.
=======================================================
>さて、今まで謎だった『カガリ』の身体の秘密(「なんだ、そんなこと。」と思う人もいるかと思いますが、女性としては辛い悩みなんです…)―――でも、アスランはそれを受け入れてくれました。
2人に絆が結ばれた・・・と思ったら、ついに『アレックス』が『アスラン』であることが、カガリに解かってしまい――――!!
互いの秘密がわかってしまった、この後、2人にどんな結末が待っているのか…
次回いよいよクライマックスです!