Inexcusablre Love 〜after that〜
森の奥深く―――古ぼけた大きな洋館には、窓から穏やかな日差しと、心地よい風が流れ込んでいた。
嘗ては埃をかぶっていた貴重な調度品も、今は綺麗にふき取られ、ガス灯も灯す必要が無いほど、廊下やホールにも、開かれたガラス窓から明るい日差しが差し込んでいる。
その2階の一番奥の部屋―――
大きく開け放たれた窓際には、森の小鳥が舞い降り、その歌声を囀っている。
窓際の近くには、大きなロッキングチェアがあり、そこには肩口まで届く位の濃紺の髪をした男が座り、そよ風に誘われるように、ウトウトとまどろんでいた。
眠りに落ちかけている男の表情は、この上ない幸せに包まれているように、穏やかだった。
―――この静寂な、穏やかな時間が続きますように…
男が寝入ろうとした、その瞬間―――
「オギャーーーッ!! ンギャーーーーッ!!」
その泣き声に、男はハッと目を覚まし、同じ部屋のバスケットに寝かされている、泣き声の主に駆け寄った。
「オギャーーーッ! ヒック、フギャァーーーーー!」
ご機嫌斜めな声の主に、男は慌ててバスケットから、おそるおそる抱き上げる。
―――流れるような、柔らかな金髪と
時折見開く瞳は、何処までも澄んだ翡翠の色―――
…そう。3ヶ月ほど前にやってきた―――小さな小さな『来訪者』
「よしよし…いい子だから…」
そういいながら、男は懸命にあやすが、『来訪者』はなかなか泣きやむ様子を見せない。
困った男は、部屋を飛び出し、階段から階下に向かって叫ぶ。
「カガリ! 『カイン』が起きたみたいだけど、泣き止まないんだ!」
そして直ぐに階下から返事が届く。
「悪い! 今、手が離せないから、もう少しあやしていてくれないか? アスラン。」
その返事に、アスランと呼ばれた男は先ほどの部屋に戻ると、『カイン』と呼んだ、その腕に抱かれた『来訪者』を懸命にあやす。
――――『アスラン』―――そう呼ばれた男は、嘗ては『魔族の王子』だった。
だが、女神との禁断の恋の結果、女神は亡くなり、自分は地上に封印された。
そして、数百年の時を越え、女神の生まれ変わり…
一人の人間の娘と出会った。
『カガリ』―――その娘はアスランと出会い、一度その命を落としたが、
アスランの魔力と、永遠の命とを引き換えに、蘇った。
但し、神の命により、魔族の身体をもつアスランと、魂を魔族のものに変えられた
カガリは、誰も近づく事の出来ない『封印の森』の中で共にすごす事になった。
――――あれから、2年…
カガリはアスランの子を身ごもった。
誰も入ることの出来ないこの森の中で、文字通り、カガリは一人、自分の力で子を産み落とした。
事前に『封印の森』の入り口に、マーナから『出産時』についての手紙とオムツや産着が届き、準備だけはしていたが―――
辛そうな陣痛に耐えるカガリに、アスランはただただ狼狽し、カガリの汗をふき取ってやったり、手を握る事しか出来なかった。
「魔族の力があれば、痛みだけでも何とかしてやれるのに…」
そう心配そうに呟くアスランに、苦しみながらもカガリは微笑んで答えた。
「馬鹿だな。この『痛み』がなきゃ、赤ちゃんって生まれないんだぞ。―――っ!!」
そういいながら、目に涙を滲ませて、苦しそうにいきむカガリ―――
やがて、大きな泣き声と共に、この世界に誕生した、小さな命―――
アスランがおそるおそる壊れ物を扱うように抱き上げ、産湯をつかわせたその男の子は、
アスランの手の中で、繊細なガラス細工のように小さく、それでいて力強く、精一杯の大声で泣いていた。
―――これが…俺と…カガリの…子…。
初めは実感がわかなかった。
だが、カガリの横に寝かせ、スヤスヤ眠るその子の顔を見て、何故だか涙が溢れてきた。
ベッドに横になったまま、薄っすらと目に涙を浮かべるカガリに、アスランは寄り添うと、自然と言葉が出た。
「ありがとう…カガリ…」
カガリも微笑みを浮べ、寄り添うようにアスランの胸で嬉しそうに涙をこぼした。
――――そしてそれから3ヶ月…
『カイン』と名づけられた男の子は元気に育ち、今、父親の腕の中で、大声で泣いている。
「よしよし…判ったから、もう泣かないでくれないか…?」
腕をゆりかごのように揺らしながら、必死にあやすアスラン。
だが困った事に、この王子様は機嫌が悪いのか、一向に泣き止まない。
「あ〜ぁ。そんなカッコ…とても『元、魔界の王子』とは思えないほど、威厳の欠片もないなぁ〜」
笑いながら部屋に入ってきたカガリは、そっとアスランの腕からカインを受け取る。
「仕方ないだろう…どうやっても泣き止んでくれないんだから…気の強さはカガリにそっくりだ。」
困り果てた顔のアスランに、カガリは笑顔で言った。
「そうか?…私はアスランにそっくりだと思うけど。」
カガリはとびっきりの笑顔でカインをあやしながら言う。
「きっとオムツだな。…寝る前に一度変えてやったけど。…今から丁度お風呂に入れるから…。
悪い、アスラン。きっと『封印の森』の入り口に、そろそろマーナからの届け物と手紙がきてる頃だと思うから、取りに行って来てくれないか?」
「あぁ、判った。」
『封印の森』には人間は入ることは出来ない。ただ、入り口だけはカガリの乳母だったマーナに教えておいた。丁度、結界に入ったところにあり、そこまでなら人間も入ることが出来る。
カガリは必要なものや近況をマーナ宛に手紙を出し、マーナはそれを城から籠に入れて、森の入り口に置いておく―――
そんなやり取りが日課になっていた。
アスランが出て行くのを見送ると、カガリはまだグズるカインを浴室につれ、産着とオムツを外していく。
「さぁー、気持ちよくなろうな。カイン。」
そういって、カインの着物を脱がせた時のことだった。
「あれ?」
着物が頭に引っかかる。
―――気のせいか…
カガリはそのまま浴室にカインを連れて行く。
母譲りの金髪は柔らかで、まだ3ヶ月だというのに、髪の量は豊かだった。
そして…カガリは「そこが可愛いv」とアスランに常々言っていた、頭に2箇所の小さな「つむじ」。
「今日もいっぱい泣いて汗かいたから、サッパリしような。」
そういってカガリはカインの頭を湯で濡らし、シャンプーをした、そのときだった。
「…?…何だ?…なんで此処だけ出っ張ってんだ?」
カガリのお気に入りの「つむじ」に指を伝わせると、そこだけまだ柔らかく、何かが盛り上がっている。
(まさか…もう片方も…)
カガリの予想通り、もう一方の「つむじ」にも、なにやら飛び出た感触…
素早く頭と身体を洗い、カガリはオムツを当てながら、髪を乾かすようにして、もう一度そこを確かめる。
2箇所のつむじ―――そこにヒョッコリと飛び出たもの。
(――――まさか!? ――――『角』!?)
今でこそアスランは魔族の象徴たる角はない。嘗てはまがまがしい大きな角が2本対をなし、頭に生えていたが、カガリの命を救う為、魔力を失い、その証である『角』がとれ、今は見た目、普通の人間と全く変わりは無いが―――
(これって―――やっぱり…)
そうカガリが思っていたところ―――
「ただいま。」
アスランの声。
カガリは慌ててカインに服を着せると、カインを抱きながらアスランの元へ走った。
「あ、あ、あ、アスランっ!」
カガリの慌てぶりに、アスランはキョトンとする。
「どうした? カガリ。何か―――」
「これ見ろ! ここ!!」
カガリがカインの髪を掻き分けたところ…
そこにはまだ、柔らかく白っぽい、ヒョッコリ飛び出したもの。
アスランは驚いたように目を丸くし、それに触れた。
「これは―――魔族の―――『角』だ。」
「ど、どういうことだ!? だってアスランはもう魔力ないし、私だって角なんか生えてないし…」
慌てるカガリに、アスランは微笑むと、落ち着いて話し出した。
「きっと、俺の『身体』は『魔族』のものだし、君の『魂』は、やはり『魔族』のものだ…その2つが遺伝したんじゃないか?」
「そ、そうなのか…?」
アスランはカガリからカインを受け取り、抱き寄せると、先ほどのご機嫌斜めは何処へやら。カインはアスランに腕を伸ばし、『ダァー。ファッ。
アー。』と喋りながら、ニコニコと笑う。
クリッと開かれた、何処までも澄んでいる、無垢な翡翠の瞳・・・
懸命に伸ばす小さな手に指を握らせると、まだアスランの指の半分ちょっとしかない手は、それでも力強く握り締める。
その顔を覗きこむアスランは、何か心にくすぐったいような、愛しいものへの感情が溢れ、嬉しそうにカインに頬擦りした。
「やっぱり…お前は、俺とカガリの子だな。」
そんな2人の様子に、カガリは嬉しそうに微笑んだ。
* * *
カインが寝たのを見計らって、アスランとカガリは2人でお茶を飲んでいた。
「…こんなにゆっくり出来たのは、久しぶりだな。」
「あぁ…カインが生まれてから、振り回されっぱなしだったからな。」
アスランの言葉にカガリが答える。
「…そういえば、カインの『角』の事だけど…」
カガリがふと、心配げにアスランに尋ねる。
「『魔力』とか持っているのかな? そうしたら―――」
「まだ判らないが…そうなったら使い方教えてやらないとな…」
アスランがカインの眠るバスケットを見て呟く。
そんなアスランにカガリはちょっとだけ、むくれた顔で言う。
「…それにしても、知らなかったぞ。『魔族』は生まれながらに『角』持ってるんじゃないのか?」
「…そうしたら、お産大変だろ?」
「あ…そうか…」
瞬時に納得するカガリに、アスランは可笑しそうに笑った。
「なっ/// 笑うなっ!!」
顔を赤らめ、声をあげるカガリ―――
初めて会ったときと変わらない、怒ったり、笑ったり…素直に豊かな表情を現すカガリ。
やっぱり愛しくって…心が高鳴り、アスランは微笑みながら席を立つと、カガリをそっと抱すくめた。
「…?…アスラン…?」
優しげな翡翠の瞳が、カガリの顔に近づく。
カガリも自然に瞳を閉じる。
2人の唇が触れかけた―――
その時、
「ホギャァッ。オギャァッ!」
カインがまた声をあげる。
「また起きちゃったのか…」
折角の落ち着いた時間が過ごせると思ったのに…残念がるアスランと入れ替わりに、カガリが笑って答える。
「きっとお腹空いたんだろ…丁度、私も胸も張ってきたし…。」
そういってカガリはカインを抱くと、ベッドの端に座り、カインに乳首を含ませる。
幸いカガリの母乳の出はよく、ミルクに頼ることなく、カインはスクスクと育っている。
カガリの予想通り、お腹が減っていたのか、カインは<コクッ コクッ>と音をたてて懸命に母乳を飲み始めた。
アスランには不思議な感覚だった―――
カガリは子供を育てた事なんて無いはず…
それなのに、何故カインの思いがわかるのか…
城で、かしづかれていた『お姫様』だったのに。
「家事」も「育児」もちゃんと行っている。
「なぁ…前から不思議に思っていたんだけど…」
アスランがカガリに尋ねる。
「何だ?」
「カガリは、どうしてカインの考えてる事がわかるんだ?…それに家事だって…」
アスランの言葉にカガリは躊躇いも無く答える。
「あぁ…私、お母様を早くに亡くして、マーナに育てられたから…。いつもマーナの後付いて歩いていたから、家事なら大体のことはわかるんだ。」
「じゃぁ、カインのことは…?」
「さぁ…でも何となく判るんだ。」
そういいながらカインの顔を見つめ、微笑むカガリ―――
これが『母性』というものだろうか…
カガリは不思議だ―――
昼間は無邪気な少女のような顔で
夜、アスランに抱かれるときは、アスランの理性を狂わす、月明かりに一瞬咲く様な妖艶な花のような顔をして
…そして、今、カインにお乳を与える顔は、まるで聖母のようだ―――
「美しい」――――
素直にそう思える。
「どうした? 私の顔に何かついているか?」
「い、いや別に…」
顔を赤らめ、視線を逸らすアスランに、カガリは笑いながら言った。
「お前、まさかカインに嫉妬してるんじゃないだろな?」
「なっ、まさか!!」
慌てるアスランに、カガリはまたも可笑しそうに笑った。
母乳を飲みながら、カインは少しまどろみはじめた。
カガリが頬をつついてやると、慌てて吸い始めるが、直ぐにトロンとしてくる。
カガリがカインを立て抱きにし、ゲップをさせると、カインは既に満足したようにスヤスヤと眠っている。
「アスラン。悪いんだけど、私まだ浴室片付けてないから、カイン抱っこしてやっていてくれないか?」
「あぁ。」
そういってアスランがカインを抱くと、カガリが声を掛けた。
「直ぐに寝かせちゃうと、また起きるから、暫く抱っこしていてくれな!」
「あぁ、判った。」
そういって元気よく、階段を下りていくカガリ。
(元気だな…カガリは…)
家事をこなし、育児をこなし、夜中にはまだ2回程、授乳をさせなければならず、疲れているはずなのに…
「お前のお母さんは、元気でよかったな。」
腕の中の小さな我が子は、次第に深い眠りに入ったように、重く感じられてきた。
アスランも小さなあくびを漏らすと、ベッドに腰かけ、カインの寝顔に見入った。
その髪を撫ぜ、自分の小指の先くらいしかない、小さな柔らかい角に触れると、アスランは嬉しそうに微笑み、そっとその柔らかな頬を撫ぜた。
「すまん! アスラン。大丈夫だった―――」
そう言いかけて、カガリはふと口に手をあて、声を押さえる。
そこにはベッドの上で、2人揃って、大の字になって同じ向きに顔を向けて眠っている。
穏やかな…安心しきったような、そっくりの寝顔で―――
(クスクス…)
カガリは思わず吹き出しそうになった。
角だけじゃなくて、寝てる格好も、その寝顔も同じ―――
「やっぱり、お前達、間違えなく『親子』だよ…」
カガリは可笑しそうに呟いた。
* * *
アスランが薄っすらと目覚める。
「…うたた寝してたのか…」
アスランも夜中の授乳時には、カインの鳴き声に起される。
カガリは「カインと私はアスランと別の部屋にしよう」と言ったが、アスランは首を横に振った。
(…自分の大切なものは…傍に置いておきたいから…)
アスランが目をこすると、夕暮れに染まりかけた部屋のベッドの上ではカインが。…そのベッドの横で、カガリが組んだ腕を枕にしてベッドに伏せるように座って、眠りこんでいた。
「…カガリ…?」
アスランは小さく声を掛けるが、カガリはすっかり熟睡しているようで、起きる気配がなかった。
(…やっぱり疲れているんだな…)
アスランはそっとカガリを抱き上げると、カインの隣にカガリを横たえ、毛布をかけた。
そうして自分もカインを挟むようにして、ベッドに横になる。
――――俺の・・・一番大切な宝物―――
アスランは優しい眼差しで微笑むと、ぐっすりと眠る2人に腕を伸ばし、2人を抱くようにしながら、再び、この上ない、幸せな眠りの中に落ちていった。
…and that’s all…?
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>今回もやってしまいました!『魔王アスラン』シリーズ(笑)
とにかく多かったんですよー! 『かずりん様』とのコラボSSのリクが!
…特に『3.5』をUPした後、「子供でも何でも生ませてやって下さい!」(ヲイ!)
「アスランにそっくりで、角がはえてる事希望。」(さよですか。)
「やっぱり、小さな角が付いているんでしょうか?」(さぁ?)等など…(笑)
かずりん様とのメールで「こんなリクがきてるんですが〜」とお話したところ、
「いきなり角生えてたら、カガリ、お産の時、大変ですよね。…赤ちゃんみたいに6ヶ月くらいで、歯が生えてくるみたいに、角が生えてきたら、面白いですよね(笑)」に、かずりん様
「ちょっと描いてみます。」と、ありがたい一言を頂き、その絵を元に、SSを書いてしまいました(笑)
困ったのは子供の名前――最初「アスカガ」からとって「アスカ」にしていたんですが、
そうすると、どうしても上に『シン』とつけたくなってしまうので(笑)、アダムとイブの初めての子供から、名前をとりました。…Nami、苦手なんですよ…名前付けるのって…
今回のSSは、ファンタジーでも何でもない。ただの『幸せ・アスラン一家』(笑)
生活臭が漂う、山も、オチもない話しです。
それでも目を通してくださった方、かずりん様、本当にありがとうございました!