Inexcusablre Love ~Vol.3~
それから暫くの時が過ぎた。
アスランは毎日2人分のお茶を用意しながら、そわそわと部屋の中を動き回った。
時折『遠見』のできる水晶玉を見ては、カガリの姿をその中に探す。
―――今日は来てくれるだろうか…カガリ…早く会いたい…
いつか満月の夜、密かに女神と逢瀬を果たしたときのように、心が弾む。
だが、夕暮れになってもカガリは姿を現さない。
―――待つのが…こんなに苦しいなんて…一体何百年ぶりだろう。
と、そこへ、水晶玉がカガリの姿を映し出した。
―――カガリ!!
よく見ると、カガリは必死に何かから逃げている。
水晶玉をよく覗き込むと、魔物が二匹、カガリを狙っているようだった。
「くっ! この森の結界の中の瘴気に呼ばれたか!?」
アスランは慌てて外に飛び出した。
追われてくるカガリが翡翠の瞳に映り出す。
「カガリ!こっちへ、早く!!」
「アスラン!!」
瞬時、アスランの瞳が冷徹なものに変わる。
カガリがアスランの後ろに逃げ込むと、アスランは呪文を唱え、右手に大きな剣をだした。
アスランは身の丈が、自分の数倍はあろう魔物に向かって、容赦なく攻撃魔法のスペルを唱え、剣を振り落とす。
「グゥァァァァッ!」「ギャァァッ!!」
その圧倒的な力に、魔物はあっと言う間にアスランの剣の前にドサリと倒れ、消えていった。
「…アス…ラン?」
アスランはハッとし、背後のカガリの様子が気になった。
容赦なくいとも簡単に魔物を倒した魔力。その力にカガリが脅えたら…
一抹の不安をもちながら、おそるおそるカガリのほうを振り向く。
「カガリ…」
だが、カガリは金の瞳を大きく見開くと、興奮したように喋りだした。
「凄いな!! お前!! 本当に強いんだな!!」
「カガリ…俺が怖くないのか…?」
カガリはアスランの不安そうな瞳に、首を大きく横に振ると、笑顔で答えた。
「全然!!」
それを聞いた瞬間、アスランはカガリを抱きしめた。
「あ、アスラン!?///」
「ずっと、会いたかった…君に…まさか、魔物に襲われて、来られないのかと思った…」
「違うんだ…魔物に追われたのは今日が初めて。…ゴメン。これでも私、一応王家の人間だから、公務とかあってさ…。なかなか来られなかったんだ。それに…」
「それに…?」
「…。」
俯き言葉を濁すカガリ―――
言われなくても判る。
人間の…それも一国の姫が、魔族などと会っていたと知ったら、カガリの父も放っては置かないだろう…
それでも…魔物に襲われる危険を冒しても…会いにきてくれた。
アスランは湧き上がってくる感情に、カガリの髪を梳るようにしながら、更に強く抱きしめ言った。
「君が魔物に追われているのを見たとき…俺は怖かった…君を失いそうで…」
「アスラン…」
カガリはアスランを安心させるかの様に、アスランの背に手を回し、そっと背筋を摩った。
その温かさに、優しさに、アスランはようやく何かに取り付かれたような、不安が自然と薄らいでいくのを感じた。
「…さっきのように魔物に襲われたりしても…会いに来てくれるか?」
先ほどの冷徹な瞳が嘘のように、優しくも、不安そうな翡翠の瞳がカガリの顔を覗き込む。
まるで叱られた後の子供のように…
カガリは首を、今度は縦に振ると、満面の笑みで答えた。
「もちろん!…そのときは…きっとお前が助けにきてくれるだろ?」
アスランの瞳から、みるみる雲が晴れたように輝き、笑顔で答えた。
「もちろんだ。」
* * *
アスランの部屋で、2人揃ってお茶を飲む。
話は尽きなかった。
カガリは何でも話してくれたし、アスランが魔界はどんなところかを話す。
カガリは真剣にアスランの話を聞いてくれた。
その度に、驚いたり、笑ったり、泣き出しそうになってアスランを慌てさせたり…
素直に感情を見せるカガリ。
アスランは次第にカガリの中に、あの無邪気な女神を見出していた。
―――まさか…生まれ変わり…?
カガリがあの女神の生まれ変わりなら…森に張っている神が作った結界を通り抜けることは、造作もないし、説明がつく…
それから、密会を重ねること、数ヶ月が過ぎようとしていた―――
「あ~~~~っ!また負けたーーーっ!!」
チェスボードのキングをとられ、カガリは悔しそうに顔をゆがめた。
アスランは笑いながら、言った。
「カガリは攻撃が急ぎすぎるんだ。…だから、後衛が手隙になって、そこを攻められるんだよ。」
「あ…そうか…」
金の瞳が素直に頷く。
その姿に、数百年封印されていた感情が湧きあがってくるのを、アスランは押さえられなかった。
「さぁ、お茶にでもしようか。」
「うん!」
2人揃って席につきながら、お茶を飲む。
その間、たとえ言葉は交わさずとも、不思議と穏やかな空気が部屋の中に流れた。
―――久しぶりだ…こんな時間をすごせるのは
カガリが居る時の自分は、何でも素直になれた。
その度にカガリは『魔族らしくない』といって大笑いする。
カガリの笑顔を見ているだけで、アスランも心が安らいでいくのがわかった。
こんなに自分を引き出せるのは…あの女神と過ごした時間以来…
「あの、カガリ…」
「ん? 何だ?」
「ちょっと、聞いてくれるか?」
「あぁ、私でよければ、何でも聞くぞ!」
アスランは自分が人間界に封印された経緯を話した。
女神と禁断の恋に落ち…女神は亡くなり、自分はこの森に封印され、此処から出ることさえ出来なくなったことを。
「それで…その女神は、居なくなっちゃったのか…」
カガリの胸の中で、何かがつかえた。
(アスランが魔族で…死を知らないほど、長生きしてるから…恋の一つや二つあるだろうけど…何だ?…私…この気持ち…)
カガリの中で、複雑な気持ちが空回りする。
こんな想いはイザークにだってしたことがない。
「…最後に、神が言ったんだ…『地上にてその苦しみを学ぶがよい…』って。」
アスランが呟く。
「だから、俺はきっと女神のカガリが生まれ変わって、また俺と会えると信じて…何百年と彷徨って、これまで来たんだ…ところがこの森で一人にされて…そうしたら君に出会って…嬉しかった。」
だが、カガリは俯いてアスランの話を聞こうとしなかった。
「…カガリ…?」
「結局、私はその女神の『カガリ様』の代用品だった訳か…。」
アスランは慌てる。
「違う! 俺は只、君の中に『カガリ』がいるような気がして―――」
「そんなこと、聞きたくないっ!」
カガリは立ち上がると、玄関ホールへと走り出した。
「カガリ!待って―――」
「ついてくるな!!」
カガリはドアを開けると、アスランが追いすがるのも聞かず、森の外へ走って消えた。
アスランは玄関に座り込むと、苦しいほどに胸を押さえた。
この苦しみは何だ?
カガリを傷つけたことが、痛い。
カガリの中に、女神を見つけたんじゃない。
俺が今愛しているのは…『人間』の『カガリ』
しかし、魔族である以上、人間との恋も禁断のもの…
アスランの翡翠の瞳から、涙が溢れ出した。
―――そう、女神を失った時…いや、それ以上に―――
一方のカガリも走りながら、涙を零していた。
何だ? この痛み…
アスランは魔族だぞ!
永遠の命を持っているんだぞ!
人間の恋人がいたって、アスランには瞬く間の出来事でしかないんだぞ!!
人間と恋するわけないじゃないか!
―――恋…!?
カガリは立ち止まった。
アスランが、自分じゃない誰かを愛しいと思う気持ち…
―――これは嫉妬!?
イザークにもし自分以外の恋人が出来たら…
そう考えても、何故かこんな苦しさを感じない。
だが、アスランには―――
カガリは初めて、自分の気持ちに気がついた。
あの穏やかな翡翠の瞳が、自分の心を捉えて離さないことに…
* * *
城に戻ったカガリを、父ウズミが呼んだ。
「カガリ…お前はあの『封印の森』に何度も足しげく通っているようだ、と従者に聞いた…それは誠か?」
カガリはうなだれると、一言だけ言った。
「それは確かです。…でも、もう二度と、あの森には行きませんのでご安心ください。」
「さぁさ、姫様、こちらに…」
マーナに連れられて、父の部屋を後にするカガリ。
様子の変わった娘をウズミは怪訝な目で見張った。
* * *
次の日、カガリは父に呼び出された。
「カガリよ…そなたとイザーク殿との結婚を早めたいと思うのだが、よいな?」
「…はい…お父様…」
まるで人形のように表情のなくなった娘を、心配顔で父は見つめた。
「何があったかは聞かん。…イザーク殿なら、お前を幸せにしてくれるであろう…。」
イザークは小さいころから知っている。
兄弟のように遊んできた。
嫌いじゃない。
寧ろ、きっと私を大切にしてくれる…
心の整理をつけると、カガリはもう一度だけ『封印の森』に足を運んだ
お別れを言いに―――
* * *
アスランの屋敷のドアを叩くと、アスラン自ら息を切らして出迎えた。
「カガリ! よく来てくれて―――」
「私、結婚が決まったんだ。」
感情の抑揚のない声でカガリは淡々と言った。
アスランはみるみる顔色が変わった。
「なんだって!? 結婚!?」
「そう…だから、もうお前とは会えないから…今まで楽しかった…ありがとう…」
何故か溢れそうになる涙を必死に堪えながら、カガリはアスランに背を向けた。
だが、その身体を押さえ込むように、アスランはカガリを抱きしめた。
「離せ!! アスラン!!」
「嫌だ!!」
「離せったら!!」
アスランは自分の方にカガリの身体を向けると、唇を重ねた。
「―――!?」
咄嗟のことに、カガリは頭が真っ白になった。
唇を一端離すと、アスランはカガリを抱きしめ、言った。
「君が…好きなんだ…君を愛しているんだ…女神じゃない、『君』自身を!!」
「アスラン…アスランっ!!」
カガリはその胸に顔を埋めると、堰を切ったように泣き出した。
「私も…たとえ魔族でも…お前のこと…」
「カガリ…」
涙の溢れた顔を引き上げると、アスランは大きな手で涙を拭い、再び互いに寄せ合うように唇を重ねあった。
アスランはそのままカガリを抱き上げると、いつもの密会の部屋へと向かった。
ほの暗い部屋にガス灯が灯ると、アスランはカガリをベッドに寝かせ、そのまま狂おしく求めた。
「…ん…」
部屋に響く、衣擦れの音―――
初めて知る、互いの肌の温もりを確かめ合うと、カガリはそのままアスランに身を任せ、愛しい者から与えられる、激しい快楽の波間へと落ちていった。
夕暮れの差し込む部屋で、カガリはふと目を覚ました。
「…っ、痛っ。」
足の付け根の辺りに残る、初めて男を受け入れた後の鈍い痛みに、思わず声をあげてしまい、おそるおそる隣を見る。
聞こえなかったのか、傍らでまだ眠りに落ちているのは、まがまがしい角がはえていることを除けば、人間と変わらない、まだ何処となく少年の面影をのこした、あどけない寝顔。
カガリは、床に撒き散らされたままの、自分の服を着ると、そのあどけない寝顔に向かって言った。
「…バイバイ…」
そして、静かに部屋のドアが閉じられた。
…to be contenued.
>お互い何処をどう惹かれたのか、あまり書けませんでした(T_T)
でもとにかく、お互い惹かれあっていながら、別れることに!?
次回で決着がつくか!?