Inexcusablre Love 〜Vol.2〜

 

 

 

洋館のドアの向こうは、人気もないどころか、明かりの一つも差し込まない、真っ暗なホールだった。

 

(…こんなところに人なんて住んでいるんだろうか…?)

いささか怪訝な面持ちでいたカガリ。

ふと、次の瞬間、ホールにガス灯が灯り、徐々に階段、エントランス、そして2階の奥の間へと明かりが灯りだしていった。

先ほどの霧が晴れた道のように、まるで「こっちにこい」と言わんばかりに…。

 

カガリは拳に力をいれ、気合をいれると、そのガス灯の明かりにしたがって、2階の奥へと進んでいく。

廊下やエントランスには、幾つもの貴重な美術品が無造作に置かれ、照らすガス灯も、豪奢な作りになっていた。だが全て埃をかぶり、とても長い間、人が住んでいたとは思えない。

 

ガス灯は、最も奥の部屋の入り口前まで続いていた。

 

 

(…此処に誰かいるのか…?)

おそるおそるドアノブに手を掛けると、ドアは自然と開き、流石のカガリも驚いて足がすくんだ。

 

広い部屋―――幾つもの貴重品が部屋を飾っている。

だが、花瓶の中に花はなく、暖炉にも火の気がなく、大きなベッドの置かれたその先に、小さなテーブルがあり、そのうえには水晶の玉だけが鈍い光を放っていた。

 

そのテーブルの横にはロッキングチェアがあり、カガリはそこで初めて人の気配を感じた。

その椅子に座っていた者―――全身、黒いマントを頭からスッポリと被り、男か女か、歳さえ判らない。

 

(…この人がこの家の主…?)

カガリはおそるおそる声をかけた。

「あ、あの…私、カガリと言います。森に入っちゃったら、道に迷っちゃって…あの…この森の外に出るには、どちらに行けばいいか、教えていただけませんか?」

 

「―――!?」

 

マントの者は声を発しなかった。だが、明らかに何かに驚いているように、<ガタリッ>と椅子から立ち上がり、カガリの方に振り向いた。

カガリは先ほどまでの恐怖からいささか解放され、腰に手をあて、続けざまに言葉をかける。

「おいっ! 人が名乗って尋ねているんだから、少しは何かいったらどうだ!?」

 

「…カ…ガリ…?」

黒マントの者が、初めて声を出した。

声のトーンから言って男のようだ。

「そうだ! 私はこの国の王女で『カガリ』という者だ。馬で遠乗りしていたら、迷ってこの森に入ってしまったんだ。なぁ…この森を出る道を知らないか?」

 

黒マントの男は、コツコツと足音をゆっくり立てて、カガリに近づいてくる。

そのなにやら底知れぬ圧迫感に、カガリはひるんだ。

 

「…この森は、普通の人間なら入ってこられないはず…それが何故、お前は入ってこられた?」

そう言って、黒マントの男はフードを外した。

 

「――――!!」

 

カガリは驚いて声が出なかった。

 

歳は自分と同じくらいだろうか…しかし、端正な顔立ち、漆黒に近い肩口まで届く濃紺の髪、そして、深い翡翠のような瞳。

だが、その頭には、人間にはない、まがまがしい大きな角が2本生えている。

 

「お、お前―――」

カガリは大きな金の瞳を見開いた。

「に、人間じゃないな!?」

何とか口に出したものの、どういってよいやら判らない。

そう―――相手は『魔族』

幼い時、侍女のマーナに寝物語に聞いたことが有る。

 

―――『『封印の森』には、それはそれは恐ろしい『魔族』が住んでいて、森に入った人を食べてしまいます。…だから、決して入ってはならないのですよ。姫様』

 

(…まさか!? 只の御伽噺のはずなのに…)

カガリは近づいてくる魔族に、腰につけていた短剣を取り出すと、その刃先を魔族の男に向けた。

「く、来るなっ!! あっちへ行け!」

 

「…『来るな』といわれても、お前が勝手に来たのだろう…?」

そう微笑を浮べ、答える魔族の男。

 

「そ、そういえば…そうだよな。私が来ちゃったんだよな…。」

カガリは今の自分の立場に気付き、短剣を下ろし、真顔で答えた。

すると―――

「クスクスクス…」

魔族の男は可笑しそうに笑い出した。

「な、何が可笑しいんだよ!?」

真っ赤になって怒るカガリに、魔族の男は言った。

「失礼。…いや、あまりにも素直なもので…それに『姫様』にしては言葉づかいが至らぬようで。」

「わ、悪かったな…。」

恥ずかしげに顔を背けるカガリに、魔族の男は言った。

「道は後で教えてやる。その前に、お茶でも飲んでいかないか?」

「だ、誰が魔族のお茶なんて―――」

そういいかけた、カガリのおなかが<グゥ>と鳴る。

「あははははは。お前の身体は正直だな。」

魔族の男はついに可笑しさに耐え切れず、笑い出した。

 

「〜〜〜〜〜〜っ!!」

言い返す言葉が見つからず、カガリは覚悟を決めた。

(仕方ない。腹が減っては戦は出来ぬ、だからな。…ちょっと呼ばれただけだからな!)

そうしてカガリは、魔族の男が入れたティーカップの置かれたテーブルの椅子にチョコンと座ると、おそるおそるカップを持った。

(まさか…食べた人間の骨で作ったお茶とかじゃないよな…?)

 

「大丈夫だ。ちゃんとお茶の葉で入れたから。…毒や人の骨なんか入ってないから。」

魔族の男はまるで、カガリの心を読んだように笑ながら言う。

「な、何も私は―――」

「言ってなくても、顔に書いてあるぞ。」

カガリは頬を赤らめ、そっぽを向くと、お茶に口をつけた。

 

「――――! 美味しい!」

金の瞳を輝かせて、嬉しそうに答えるカガリ。

その姿に、魔族の男は、何か懐かしい姿を思い重ねた。

 




―――…似ている…あの…女神に

 

 

「なんだよ…ジロジロみて…私の顔に何かついているか?」

今度は魔族の男が慌てた。

「い、いや、別に…」

およそ権威のある、恐ろしい魔族らしからぬ振る舞いに、今度はカガリが声をあげて笑った。

「あははははっ! お前、へんな魔族だなー。」

 

「お前…俺が怖くは無いのか?」

さり気なく聞く魔族に、カガリは素直に頷いた。

「最初は怖かったけど…なんかお前、いいヤツだなって…魔族のクセに魔族らしくないっていうか―――」

「…悪かったな…」

不機嫌そうな表情の魔族に、カガリはまた笑い出した。

 

 

 

 

 

 

 

「…お前、此処に一人で住んでいるのか? 魔族って普通、『魔界』にいるもんだろ?」

カガリの言葉に、ふと悲しげな微笑を浮べ、魔族は答えた。

「ちょとな…事情があって…今は『魔界』に帰れないんだ…」

その翡翠の瞳が悲しげに窓の外を見つめた。

「ふ〜ん…友達とか、尋ねてこないのか?」

「此処は『封印』されている…誰も来やしないよ…。」

寂しげに答える魔族に、カガリはお茶を飲み干すと、屈託もなく答えた。

「一人じゃ寂しいだろ? じゃあ、私が時々遊びに来てやるよ!」

魔族の男はお茶を噴出しそうになりながら、むせた。

「な、お前、自分の言っていること分かっているのか!?」

金の瞳がキョトンと答える。

「だって、一人じゃ寂しいだろ? それに『封印』されてる、って言ったけど、私は入ってこられたし…あ、でも…」

「…何だ?」

「『魔族』って人間の魂、食べちゃうんだろ?…私、お前に食べられちゃうのかな…」

うなだれるカガリに、魔族の男は慌てて言った。

「そんなこと―――! 俺はしない!! カガリは無事にこの森から出してやる。」

「ホンとか!?」

明るい笑顔を開かせるカガリ―――その姿に、翡翠の瞳は視線を逸らすと、僅かに顔を赤らめながら呟いた。

「…だから…また…」

「ん?」

「…会いに…来てくれるか…?」

その言葉に、カガリは強く頷いた。

「あぁ! 迷ってでも来てやるから!!」 

「迷ってでも、って…迷ったら此処にはこられないぞ…」

「あ…そうか…」

また真顔で答えるカガリに、魔族の男は笑った。

「〜〜〜〜〜っ!! 笑うな!!///」

 

 

 

 

―――不思議だった…初めて出会ったはずなのに…

      この少女と話してると、不思議と違和感を感じない。

      いや、寧ろ、『あの時』のような…

 

 

 

 

 

「…どうした?」

金の瞳が覗き込む。

「あ、…いや…別に…」

「へんな魔族だな〜お前。でも、これでお前と私は友達だな。」

「友…達…?」

「あぁ、そうさ! 友達だ!!」

屈託もなく答える少女。

 

 

 

 

―――『友達』…か

   永遠を生きる俺にとって、瞬く間の出来事でしかない

   此処に封印されたままなら、いっそ一人のほうが楽なはず

   それなのに…何故、俺の胸は高鳴るんだ?

 

 

 

 

魔族の男はそう思いながらも席を立つと、小箱から何かを取り出し、呪文をかけた。

「はい、これ。」

それはこった作りの―――紅い石のついた『指輪』

「これをつけていれば、迷わずに、此処にこられるから…霧が道を教えてくれる。」

「うん、判った。」

そう言ってカガリは右手の薬指に、指輪をはめた。

 

「さて、もう行かなくちゃ…きっとイザークが心配してる…」

「『イザーク』…?」

「あぁ、私の幼馴染だ。今日一緒に遠乗りにきてたんだけど、はぐれちゃて。」

「そうか…。」

 

名残惜しそうな翡翠の瞳―――

それはよく澄んでいて、カガリの心を捉えた。

(あれ?…なんだろ…前にもこんな瞳、見たことがあるような…まぁ気のせいか…魔族になんて会った事ないのに…)

 

玄関ホールまで魔族の男は見送りに来た。

「それじゃあ、また!」

カガリが元気に別れを告げる。

「あぁ…また。」

寂しそうに告げる魔族に、カガリは振り向きざまに聞いた。

「そうだ! お前の名前、聞いてなかったな。名前は?」

「アスラン。」

「じゃあアスラン、美味しいお茶ありがとう。また来るからな!!」

 

その瞬間、カガリがあげた手を、アスランは握り締め、離さなかった。

 

(―――帰らせたくない!!)

 

「アス…ラン…?」

「あぁ…いや、何でもない。…ごめん…」

 

辛うじてアスランの理性は、感情に勝った。

ゆっくり手を離すと、カガリは頷いて森の中へ消えていった。

 

 

その場に立ち尽くしたまま、アスランはボンヤリと考えた。

 

 

 

 

 

―――やっぱり似ている。

   名前を聞いたときはビックリしたけど

   姿形…仕草…言葉づかい…全てが

   

 

俺の愛した女神に…

 

 

 

*        *        *

 

 

 

「えぇい!カガリは何処に消えたんだ!?」

苛立つイザークが声を荒げた。

「『封印の森』に入った者は…二度と出てこられないとか―――」

「何を言うか!貴様!!」

お付きの従者に文句を言うと、イザークは爪を噛んだ。

 

(…さっきから、俺も試しているんだ! 真っ直ぐ森の中に入っていったはずなのに、何故か元の場所に…入り口に戻ってしまう。…何故だ!? 何故カガリは、入っていけたんだ!?)

 

その名の通り、『封印』された森―――

 

だが、その森の奥から、馬のひずめの地を蹴る音が響いてきた。

 

中から現れたのは―――見間違うこともない―――カガリ!

 

「カガリ!!一体何処へ行っていたんだ!? ずっと迷っていたのか!?」

心配して問い詰めるイザークに申し訳ない気がして、カガリは答えた。

「ごめん…勝手なことをして…霧で散々迷ったけど…彷徨っているうちに、出てこられたんだ。」

「うっ…そ、そうか、ならいいんだ…。帰るぞ!」

「ホンとにゴメン、イザーク…」

 

そう言って、イザークの後を追うカガリ―――

 

 

 

 

 

森の中で『アスラン』に出会ったことは、口に出さなかった。

 

 

 

 

 

 

                                                                                              
                                    …
To Be Continued.

 

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そんな訳で、人間の『カガリ』ちゃんと、封印されていた『アスラン』との出会い…

 この2人にどんな運命が待っているか…

 それはまた、後ほど(笑)