轟音を上げたエンジンが止まったのは、「次の予定」の場所。
そして、本日最も重要な任務の実行場所でもあるそこは―――
『ヤマト家』
「こんばんはっ!」
けたたましくドアを開けて、冷蔵保存の大きなバッグを抱えたカガリが突入すると、カリダがいそいそとやってきた。
「ようこそお越しくださいました、アスハ代表。まぁ!素敵なドレスですこと。」
「あーあー、そういうのやめてください、叔母様。それよりも、時間は―――うわっ!」
腕時計を見れば23時15分。そして奥からは
「遅いよ、カガリ。僕もう任務完了するよ?」
「うわ〜〜!!待て、キラ!私も今すぐ取り掛かるから!!」
ハイヒールを脱ぎ捨て、嵐のように走り出すカガリ。
「あらあら。賑やかね♪」
慌ただしく駆け込んでいくその背を見送りつつ、カリダが嬉しそうに微笑んだ。
そして、23時50分―――
ヤマト家のダイニングは、珍しく遅くまで灯りがともり続けていた。
その奥のキッチンから、美味しそうな香りが漂ってくるとともに歓声が上がる。
「できた!」
「私も出来たぞ!何とか今日中に間に合ったな。」
ダイニングのテーブルにいそいそと運んでは、相手の前に自分の作ったそれを置く。
「僕のは、これ。」
「『肉じゃが』か。これ絶対、カリダ叔母様に作ってもらっただろ!」
「違うよ!作り方は料理教室で教わったけど、ちゃんとその後も練習してラクスに味見してもらったもん。そういうカガリは大丈夫なの?」
「私のは、これだ!」
「『生姜焼き』と『炒飯』?もっとお姫様っぽいのができるかと思ったけど…」
「何を言う!シンプルだが、誰が食べても美味しいと思う味付けなんだぞ!」
「ていうか、二人ともご飯なんだね。」
そう言ってキラが笑う。
「確かに。被ったけど、AAに乗船していた時、お前が良く食べるもの思い出したり考えていたら、そういや私も米飯好きだなぁ〜って思ってさ。」
「僕も。カガリは辛いのが好きなのは知っていたけど、特に好き嫌いなかったと思ったし、僕もお米好きだから、きっとカガリも好きかな、って…」
二人して顔を見合わせ、自然と笑みが溢れ出す。
「うん、やっぱり僕たち―――
「そうだ、私たちって―――
「「双子なんだね。」」
そうして料理を並べ、グラスにワインを注ぐ。
初めて会った時は、まだアルコールは飲めなかった歳だったのに、すっかり二人ともワイングラスを持つ手が様になって、年月の流れを実感する。
「カガリ、今日パーティだったんでしょ?僕の結構量あるけど、食べられる?」
「馬鹿にするな!車の中で走ってきて、ちゃんと腹は空かせてきたぞ。」
「どうやって車の中で走れるのさ…」
「気合の問題だ!」
胸をドンと叩くカガリ。こうした彼女の仕草は16歳で出会った…いや、再会した時と変わっていない。
代表としての風格がすっかり身についているが、変わっていない彼女の本質に、キラは安心したように表情を崩す。
「カガリの料理も気合入っているもんね。ちなみにタイトルは何なの?」
「う〜〜〜ん…特に考えていなかったが、とりあえず全力で走ってきて全力で作った。」
「じゃあ『姫の全力』だね。」
「なんだよ、そのタイトル。…で、お前のは…「肉じゃが」か。」
「でもチーズがカガリっぽいでしょ?丁度茄子もカガリの今日のドレスの色っぽくって。」
「私は野菜と同じかよ…」
一度膨れるとカガリは頑固だ。慌ててキラは取り繕う。
「違うよ。女の子らしい彩になったってこと!」
「そういや、お前私と最初に会った時、男と勘違いしていたもんな。」
「それはごめんって!」
余計に彼女の痛いところを突いてしまい、今度こそ困り果てた様子のキラ。「助けてやるか」とばかりにカガリは笑って話を続ける。
「じゃぁ、タイトルは『彩り野菜』か。でも絶対これはラクス好みだと思うぞ?」
「え!?そ、そうかな…?///」
少し頬を赤らめた弟。その表情に思わずカガリがワイングラスを傾けながら笑む。
「よかった。お前がラクスと幸せそうで。」
運命のいたずらとはいえ、戦いと無縁の場所から、いきなり多くの命を守るために剣を取らなければならなくなったキラ。自らの意志で戦いに赴いたカガリとは違う。精神的にも追い詰められ、涙を流すしかなかった彼を救ったのはラクスだ。
あの辛かった戦いを乗り越え多分、キラには…いや、ラクスにも幸せになって欲しい。それがカガリの心からの願いだ。
そんな彼女の表情を読んでか、キラもカガリにグラスを傾ける。
「カガリのは…アスランも多分好きになると思うよ。きっと毎日作ってあげたらアスラン、すごく喜ぶと思うな。」
ラクスと同じく、為政者となった彼女。ラクスの傍に居るからよくわかる。国民の先導となって旗を振る重圧を。
その重荷を彼女と共に背負うと誓ってくれた友―――家族として・・・正直、ちょっと姉を取られた気分はあるが、彼以外の誰かにカガリを任せたいとは思えない。彼が傍に居てくれるなら、何より安心だ。
「え!?///今日はアイツではなく、お前のために考えたんだから、お前が喜んでくれればいいんだっ!///」
「ふ〜ん…僕とアスランだったら、どっちの喜ぶ顔が見たいかな〜」
「それは「どっちも」に決まっているだろう!? どっちも私にとっては欠かすことのできない大事な人だ。」
「上手くごまかされた気がするけど…、あ、そうだ。今度アスランがカガリの料理食べたときのカガリの表情記念に撮っておいてもらおうっと!」
「勝手に決めるな!!コホン…と、ともかく今日の任務、というか、お互い『約束』は守られたな。―――あらためて「誕生日、おめでとう、キラ」。」
「僕からも。「誕生日おめでとう、カガリ」。それじゃあ―――」
「せーのー」
「「いただきまーす♪」」
パチン!と手を合わせ、二人して互いのメインディッシュに口を付ける。開口一番満面の笑みのカガリが歓喜する。
「ん〜〜!んまいv」
「でもカガリ、今日のパーティって豪華な料理出ていたんでしょ?それに比べたら…」
「何を言う!どんな豪華な料理よりも、キラのが一番入っているぞ。」
「何?塩?醤油?」
「ちーがーう!その、「愛情」だ!」
「あ、愛情!?」
「勘違いするな。その、家族としての、だ。」
フォークを置いて遠くを見るように懐かしむカガリ。
「もし、コーディネーターとナチュラルの諍いも無くて、戦争も無くて、本当の生みの親が生きていたら、私たち毎年こうして誕生日を祝い合えたんだよな…お前と、私と、父様と母様で、こうやって小さいテーブルを囲んでさ。」
「うん…」
「父様と母様は、今の私たちを見て、喜んでくれるかな…」
目を瞑りながら思いを馳せるカガリ。キラもグラスを置き目を伏せる。
「そうだね。でも僕は今の僕も好きだよ。そうでないときっと今の父さんと母さん、それに生みの両親も悲しむと思う。なんと言っても、アスランとラクスに出会えたし、カガリにもこうして会うことができた。」
「そうだな。私もお父様やオーブの人たちと会えてよかったし、アスハに引き取られていなかったら、ヘリオポリスにもいかず、お前と再会も出来なかった。無論、平和のために戦おうなんて思わなければ、アスランにもラクスにも会えなかったしな。」
「だからさ、カガリ。これから取り戻そう。今までの分も。」
「キラ…」
「僕とカガリ。きっと本当は母さんのお腹の中にいる時からずっと一緒にいるはずだった。それは叶わなかったけど、こうして再会できたんだ。今までの分を取り戻そうよ。」
「そうだな。それと、本当の父様と母様のこと、思い出は何も持っていないけど、二人の事思ってあげような。人は死ぬことより忘れられる方が辛いから。」
「うん、約束だよ。」
「あぁ、約束だ!」
そうして再び二人はグラスを掲げ合った。
***
5月18日23時52分―――
オーブ・カグヤの空港に一台のシャトルが到着した。
そこから現れた要人を、アスランは恭しく礼を取り、車に案内する。
「お待たせいたしました。」
そう言いながら軽やかに長いピンクの髪を払い、シートに座るラクス・クライン。アスランはそのまま車を再スタートさせた。
「無事についてよかったです。それにしても、ラクスも来るならもっと早く言ってくれれば…」
「申し訳ありません、アスラン。どうしてもお二人にサプライズがしたかったので。それに、キラとカガリさんが言っておりましたの。それぞれに課した重要任務こと、『この日のお約束』の事。」
「俺もそれは聞きました。「『誕生日には必ずお互い顔を見て話すこと』『誕生日には必ずお互いが喜ぶお祝いを用意すること』―――世界にたった二人きりの家族なんだから、家族で祝おう」、と。」
「お二人にとっては、何より大切な日です。ですから私も、本日は公休にすればよいのでは、とキラにお話したのですが、「私用で皆に我儘は言えない」と断られて。そんな今日に限って仕事が押して、キラは大変でしたのよ。プレゼントのご用意も…「今年はカガリが喜ぶような料理を作るんだ!」とおっしゃって。お料理はかなり繊細な作業ですので、成功させるには難しい任務だと、お料理学校にも通われて。私も味見のお手伝いをしましたわ。」
「俺もです。カガリの作ったものは口にさせてもらえなかったんですが、とにかく代表である故に、あちこちからお祝いの誘いが多くて、そのスケジュールの調整が大変でしたよ。」
「あらあら。オーブ軍准将の貴方自らマネージメントなさるなんて。カガリさんは幸せ者ですわ。」
「おかげでスケジュールが押して、車の中で首まで絞められそうになりましたけど。」
「まぁ、それは大変でしたわね。その割には随分と嬉しそうですけど。」
「えぇ。今日一日、彼女の一番大切な日に、堂々と付き添っていられましたから。」
「職権乱用ですわよ?あの「アスラン・ザラ」がそんなことをする方だったなんて。驚きですわ。」
「それを言うならラクスもでしょう?貴女の一声でキラは見たこともないプラントまで行くことを決めたんですから。」
「そうですわね。」
そう言ってクスクスと笑うラクス。
「さぁ、到着しましたよ。」
数十分走らせた車は、一件の家の前で静かに停車した。
5月19日0時18分―――
ヤマト家のドアチャイムの音が軽やかに鳴った。カリダがドアを開ければ、そこには懐かしい人の姿があった。
「こんばんは。こんな深夜にお伺いして申し訳ありません。」
「ラクスちゃん、いらっしゃい。アスラン君も、さぁ、上がって。」
キラがオーブで休養を取っていた時、カリダはラクスと共にマルキオ導師の孤児院で面倒を見ていたことがある。アスランに至っては言うに及ばず。カリダにとっても嬉しい再会だ。
「すいません、こんな夜中に…ラクスを空港まで迎えに行ったらすっかり遅くなってしまって。アスハ家ですればいいものを、カガリがどうしても「アスハ家だと侍従やメイドに囲まれて落ち着かないから」と言ってきかなかったので。」
「いいのよ、いつも夫と二人きりだから、賑やかになって嬉しいわ。」
カリダが二人にスリッパを用意し、招き入れた。
「すいません。できましたらキッチンをお借りしたいのですが…」
そう言ってラクスが包みを取り出す。
「アスランも、用意していただけまして?」
「えぇ、カガリの好きなスイーツ店の物を用意しておきました。」
そう言って紙袋を掲げて見せるアスランに、ラクスは目を細める。
「フフフ。流石はアスラン。カガリさんの事に抜かりはございませんわね。」
こちらも手抜かりなし、と二人は小さく頷き合う。が―――
「そのことなんですが、二人とも。実は、ちょっと困ったことになりまして…」
「困ったこと、とは?」
「それが…」
カリダが申し訳なさそうに苦笑しながら、そっとリビングのドアを開けると、そこには
<スースー>
<スー…>
ソファーでグラスを持ったまま、互いにもたれ合うようにして頭を寄せ合う双子の姿。
「あらあら。お二人とも仲良くお休みになられてしまったのですね。」
「今日一日で、かなりタイトなスケジュールをこなしていましたからね。」
二人は苦笑しつつ、静かにキッチンで用意を始める。
「あらあら。何時の間にハロだけでなく、お料理まで作られるようになられたのですか?アスラン。」
「いえ、見様見真似です。以前キラに誘われて、お料理教室にも行ったことがありますし。」
「まぁ、そうでしたの?でも…フフフ…」
「何ですか?」
「いえ、カガリさんの為だからでしょうね。とても美味しそうですわよ。」
「貴女も人のこと言えませんよ、ラクス。」
「それは嬉しいですわv …さぁ、準備ができました!」
出来上がったのは
―――二人への『バースデーケーキ・プレート』
それをそっと寝入る二人の前にあるローテーブルに用意して。
アスランとラクスは囁く
「家族水入らずもいいけれど…」
「今度は私も―――
「俺も―――
家族にしてください。」」
そうしてそっと、それぞれの想い人に、生まれて来てくれたことへの感謝のキスを捧げた。
・・・Fin.