「それじゃぁ、いくよ!カガリ!」

「頼む!」

あれから数日、私はキラに戦いの特訓を、ラクスに魔法の修練を教わっていた。

体術の訓練については、私はクサナギで幼い頃からキサカの特訓を受けていて得意だったが、やはり魔族とは比べ物にならない。素早いスピードでキラがあっという間に私との間合いを詰めてくる。

「目で追っちゃダメ!風というか、大気の流れを感じて!」

「っ!」

目の前に迫る鋭い爪に、私は必死にサーベルでそれを往なす。

<カキーン!>とサーベルの鋭い音がギリギリ攻撃を止めたけれど、

「片手を防いだだけじゃダメだよ♪」

すぐさま反対側から鋭い掌底が迫ってくる―――

「っっ!!」

思わず目を瞑ってしまったが、キラは寸手で止めてくれていた。そして呆れ顔でこう言ってくれる。

「もう〜固まったらおしまいだよ、カガリ。視覚に捕らわれないなら目を瞑ってもいいけれど、まだそこまで感覚磨けてないでしょ?」

「う〜〜ん…でも、お前たちって人知を超えたスピードとか力があるからさ、それにどうやって対抗できるのかなって…」

「そりゃ、こう「ズバーン!」ときたら、こう「スパーン!」として…」

 

 

「…あれで分かるのか?」

庭の片隅に備えられたガーデンテーブルとチェア。そこから見守るアスランが、訝し気に向かいに座るラクスに尋ねるが

「あら、カガリさんならお分かりになられているようですわよ?」

涼しい顔でお茶を口に運んだあと、そう言ってラクスが指さす先では

 

「うんうん!「ズバーン!」で「スパーン!」で「ドーン!」って感じだな!」

「そうそう!」

 

「…なんであれで分かるんだ…」

「それはやはり、『・・・』だからではないでしょうか?」

「『シンパシー』ということか…」

それでもあまり納得いかないらしいアスランに、ラクスがクスクスと笑う。

「何か可笑しいことでも?」

「いえいえ。幼い頃から冷静で感情をあまり見せなかった貴方が、珍しくキラに嫉妬なさっているなんて。」

「別に、嫉妬なんて―――!」

慌てて弁明するアスラン。だけどラクスは楽しそうだ。

「嬉しいですわ。私にはあまり感情をお見せになさらなかったのに、カガリさんには素直にご自身のお気持ちをさらけ出せるなんて。…私もちょっと嫉妬しますわ。カガリさんに。」

「……」

「だから貴方は仰らなかったのでしょう?カガリさんが瘴気を防げるほどの魔力を十分に持っていらっしゃることを。それだけ貴方は傍に居たいと思われた。触れ合える距離に…」

 

 

(…さっきから何話しているんだろう?あの二人。なんか私のこととか、嫉妬とか、何とか…)

「カガリ、よそ見しないで!敵は待ってはくれないよ!」

髪一本分、そのギリギリで襲い掛かってくる鋭い爪と牙に、私は再び戦いに集中した。

 

 

***

 

 

続いてはラクスとの魔法の鍛錬だ。

「カガリさん。心を落ち着けてもっと集中してください。」

ラクスと向かい合って魔法陣に座り、精神を統一する。フワリと私の周りを包む空気の揺れを感じる。

目の前には水晶玉。ここに意識を集中させると、私の持つ「守りの力」―――結界を張れるようになる、というが―――

「…――――っ!は〜〜〜…まだダメかぁ…」

結界どころか水晶玉は、僅かに光を見せたものの、ほぼ沈黙したままだった。

「でも大分魔力の集中ができるようになりましたわ。」

ラクスはそう言って励ましてくれるが、身体を動かすほうがどうにも性に合っている気がする。

「本当に私に魔力が使えるようになるのかな?」

「千里の道も一歩から、と申します。一気に開花することは難しいですわ。着実に一つ一つ身に付けて行くことが大事かと。」

「うん、わかってはいるんだけどさ…」

できることなら私ももっと時間をかけて修行したい。

でも、クサナギのこと、オーブのこと、それに…

「こうしている間にも、クルーゼが魔族を使って人を苦しめているのかな、って思うとなんか気が急いてしまって、な。」

 

それだけじゃない

 

一番心の奥で騒めく「何か」。

ハウメアの護り石を早く外して、アスランを自由にしてやりたい、と思う一方で

どこか、それを認めたくない気持ちが鬩ぎ合っては、私の心を掻き立てる。

時間が経てば経つほど、後者の感情が大きくなってきている気がするのだ。

その気持ちがなんだか落ち着かず、つい集中力を乱してしまう。

 

「慌ててはなりませんわ。決めるにしても、何方にしても。」

まるでラクスは私の心を知っているかのように、柔らかに微笑だ。

「そうだよな。」

駄目だ。キラにも言われたっけ。集中しろって。

今の私に雑念している暇はない。

とにかく修行だ!

 

 

***

 

 

「はー…」

夜、ようやく得られた自由な時間、私はそっと一人テラスから広い庭に出て人心地つく。

館の周囲は寒々しい森だが、不思議と寒さを感じない。寧ろ昼間動き回った分、心地よくさえ感じる。

一人静かに外で風に当たっていると、背後に気配。でも、邪悪なものじゃない。

「こんな時間にどうした?眠れないのか?」

ほら、やっぱり。邪悪どころか心配性な彼が私の隣に並んだ。

正直、こんなに近距離で、しかも二人きりとなると、今は何故だか落ち着かなくなる。
それを悟られないよう、普段と変わらぬように軽く受け答える。

「うん、ちょっと目が冴えちゃって。」

「キラとの戦闘訓練にラクスの魔法修練。毎日じゃ体に負担がかかる。それでなくても君はこの前の怪我が完治したとは言えない。少しでも休める時に休まないと。」

「平気だ。これからどんどん戦いは過酷なものになってくだろうから、慣れて行かないとな。」

「大丈夫だ。君は俺が守る。」

「……」

 

そうきっぱり言われて、私はまた躊躇してしまう。

アスランはこの国の、しかも大代表の息子。キラとラクスの親友。

守りたい者のために、一人戦い続けてようやくこの国にようやく戻れたんだ。

彼はここで生きるべき人だ。

だとしたら―――私も心を決めなければ。

 

「お前の気持ちはありがたいよ。でもお前の使命は、もともとこの国の人たちを守ることだろう?だったらキラと一緒にラクスを助けるために、ここにいるべきだ。」

「何故そんなことを、今になって?」

私は彼を見ない。でも翡翠が見開かれ、私を凝視しているのが分かる。

きっとこの翡翠を見たら、私は多分…ううん、きっと冷静でいられなくなりそうな予感がする。

(落ち着け。私…ちゃんと伝えなきゃ!)

一つ、深い呼吸をした後、私は彼に告げた。

「前から考えていたんだ。前にも言っただろ?お前を届けてやるくらいはしてやるって。」

「代金、払っていないぞ。」

そう言って胸の上の赤い石を取り出して見せるアスラン。だが私は首を振った。

「この前、私の命を助けてくれた。それだけでも十分な代金だ。無事届けたんだから荷物が文句言うな。」

これ以上、話を続けていたら、理性的な言葉がもう出てきそうにない。闇雲に私はその場を後にしようとする。すると私の腕を掴もうとモフモフの手が伸びてきた。が、

「っ!」

多分、人間の手なら私の手首をいとも簡単に掴めただろう。例え私が振り払ったとしても、振りほどけないくらいに。

でも、それができない―――あの時の様に手と手を握り合うことすらできない。それが凄く悲しくて、苛立つ。それは多分私だけじゃない…アスランが悔し気に牙をギリと鳴らせた音が聞こえた。

「残念だったな。とにかく魔力を使いこなせるようになったら、お宝を取りに来る。それまでお前はここでみんなを助けろ。これは船長命令だ。いいな。」

そう、私はコイツの飼い主だ。ご主人様の言うことは絶対だ。

だからこそ厳しく冷たく突き放す。

そこでジッと立ち尽くしたまま、少しは冷静になればいい。

するとモフ手が―――素早く私の腰に回された

キラとの修行でかなりの速さについていけるくらいになったのに。

違う…失念していた。アスランだから

すっかり閉じ込められた両の腕の中、私はようやく我に返って藻掻いた。

「何するんだよ!?いいから離せ!」

「嫌だ!また君は俺を置いていくのか!?」

ギュウギュウ締め付けられるようで痛みが走る。ううん、身体じゃない。私の心が痛くてたまらない。

「置いていく…?あぁ、そうだ!お前はオーブの者じゃない。この国の人間だ。オーブに来たのもそのためだろう?よかったじゃないか!お前の欲しがっていたお宝は手に入り、この国に戻れた。願ったり叶ったりじゃないか!」

「俺が欲しいのはこれじゃない!」

「…え?」

何を言っているんだ?コイツは。そう思った瞬間、両肩を掴まれ翡翠が私を飲み込んできた。

「俺が欲しいのは、君なのに、なんで分かってくれないんだ!?」

「―――っ!?」

(わ…「私」…?)

「お前、何言って―――」

「ごめん…」

謝られるや否や、今度は正面から思いっきり抱きしめられて…身動きすらとれない。

「俺の願いは二つある。一つは無論、プラントを元の姿に戻すこと。そしてもう一つ。それは…「君をこの手で守ること」。」

あの人間関係で不器用なアスランらしいといえばらしいこの直球な言葉を、どう受け止めたらいいのか。隠せない動揺に言葉が出ず、

「…なんで、私のこと…?」

結局、疑問をぶつけることしかできない。

大体、私はアスランに何もしてあげられていない。

手下の一人として、ある時は狭い了見の嫉妬から、冷たくあしらったり、感情的にぶつかったりした。とても尊敬も好意も抱かれる立場にないはず。

だがアスランは一つ一つ大事な宝物を取り出すように、耳元で囁いた。

「君は死にかけの俺を救ってくれた。酷く汚れているのにもかかわらず、上等なドレスが汚れるのも気にせず抱き上げてくれた。厳しい父の元、親子らしい愛情を得られた記憶もない俺に、家族の温かさをくれた。そして、船長として戦う君は、自分より仲間…クサナギの皆のために、自らの命すら厭わない戦いに、果敢に挑んでいた。…敵わないかもしれない相手にも、決して臆することなく、ひたすら前だけを見て…そんな君が、ずっと俺には眩しくて、憧れで…惹かれていた。」

推しのいいところしか映らない、都合のいい脳内変換みたいだ。

お前が今言ってくれたの、ネガティブに言い換えれば、ただの無鉄砲の考えなし、ってことじゃないか。

私はお前が思ってくれるような、そんな大それた人間じゃないのに。

でもアスランの言葉の一つ一つが、私の感情を閉じ込めた心のドアの鍵を、否応なく外していく。

(―――いけない!)

感情が溢れ出ようとするのを必死に抑えようと、わざと理性を保つ振りをする私。

「欲張りだな。プラントと私の両方手に入れたい、なんて。「二兎追う者は一兎も得ず」っていうぞ。」

「あぁ、欲張りだよ、俺は。でも一つ目はキラもラクスもいる。それに君を守ることがクルーゼの魔の手からこの世界を救うことになる。願いは同じはずだ。君も俺も。だから戦う理由はどこにいても同じなら、俺は君の傍で戦いたい。そして―――」

あの時と同じだ。碧い炎が瞳の奥で揺らいでる。

「君は…俺が守る。」

ふいに押し付けられた唇。

「――っ!?」

何が起きたのか一瞬わからなかった。

だって…初めてなんだぞ?

何とか冷静になろうと、「コイツ睫長いなー」とか思って気持ちをかわそうとしたけれど

 

無理だ。

 

だって私も同じ気持ちだ。

 

アスランに傍にいて欲しい。

 

「…うん。」

唇がふと離れたときに、私はようやくアスランの顔を見て、小さく答えた。

熱を帯びて潤んだ碧い瞳。

きっと私も同じようになっているんだろうな。悲しくもないのに、眼の奥が熱くって、涙が溢れそうで、おまけに頬まで熱くて仕方ない。

私にとっては恥ずかしくて人に見せたくもない表情だけど、アスランはそんな私に凄く嬉しそうで。

今度は―――ゆっくりと顔が近づいてきて…自然と落ちる瞼とともに、熱い唇が触れ合った。

 

言葉にしなくても、熱を通して伝え合う想いに身を任せて

 

今度は私の方から彼の胸の上に頬を寄せると、ポムポムと肉球が私の背と髪を優しく撫ぜてくれる。

 

あの時と同じ安らぎに包まれながら、私はそっと目を閉じた。

 

 

 

・・・to be Continued.