「・・・・・・・・・・・・・・は?」
ラクスの一言が全く理解できず、私はポカンと口を開く。すると大切なことだとばかりに彼女は二度繰り返した。
「ですから、貴女ですわ。アスランに呪いをかけたのは。」
「その…『私』が?」
「はい♪」
清々しいほどの笑顔で肯定された。
それでもまだ理解が及ばず、私は無意識に視線を泳がせた先に居たのは野郎二人。すると、
「……」←アスランの点々(多分何か知っているが何も言えない代わりに、気まずそうにものすごい勢いでそっぽ向いて視線を逸らす)
「……」←キラの点々(「だろうねー、やれやれ」感満載の表情)
駄目だ。全く理解していないのは私だけ、ということか。いや、そんな冷静に自分を客観視している場合ではない!
「―――って、そんな訳ないだろう!?だって、私がアスランと会ったのは、つい数か月前で、アスランは既にその時ハウメア付けていたし。いや、その前に第一、私は魔力なんか何も持っていないぞ!?ただの普通の人間なんだから!」
「はい。でもそれを言うなら、私たちも皆『普通の人間』ですわよ?」
キョトンと当たり前だというように、ラクスが返答する。
(は…?狼男に吸血鬼に彼岸の魔女が―――「普通の人間」だって!?)
「そ、そんなわけあるか!!第一、普通の人間がそんなモフモフ…いや、狼男だったり、ヴァンパイアだったり、盛大な魔力を持っている魔女なわけないだろう?!」
ひとしきり叫んだあと、ゼーハーゼーハー肩で息をする私。そんな様子を見てラクスは「困りましたわね」と苦笑しつつ、手にしていた杖を一振りした。その瞬間、あっという間にアスランとキラが壊しまくっていたホールの壁や窓ガラス、シャンデリアが綺麗に元に戻っていく。
そしてあらかた修復が完了した様子を見ると、彼女は改めて私を手招いた。
「…貴女には最初からお話しする必要がありますわね。どうぞこちらへ。一緒にお茶でもいただきましょう。」
***
招かれたのはこれまた広いダイニング。先ほどより明るいのはラクスが魔法で広間のあちこちにある燭台に火を灯してくれたからだ。
十人分は座れるレースクロスのかかった一枚板の木製のテーブルと、木製のアンティークチェア。アスランが私に椅子を引いてくれたので、落ち着かない気分のまま座ると、そこにラクスは金と紺のラインが入った白磁の茶器に紅茶を注いで、私の前に置いてくれた。
紅茶なんて久しぶりだ。ここに来るまでに長旅になるだろうと、かなり水を持参はしたが、それより美味しい水で入れたに違いない。一口飲んだら芳醇な香りが口内を潤してくれた。
紅茶のおかげでようやくパニック状態の頭が、少し落ち着いた気がする。
私の隣にアスラン。向かいにラクスとキラが並んで座り、ラクスが席についてようやく本題が始まった。
「さて。カガリさんがお聞きになりたいことは、山ほどあるかと思います。が、先ずはカガリさんにどの程度の認識があるのか、お聞かせ願えますか?」
「認識…というと?」
「例えば、この世界の理をどこまでご存じでしょうか?」
「世界の理?…ていうと、この話のことかな…
この世界には『人』と『魔族』が住んでいる。
ハウメア神が、『人』には『知恵』を。『魔族』には『力』を与え、共に協力して生きるよう、かの地に産み落とした、というが…
魔族は力で人の世界に侵入しだした。挙句暴れて破壊を尽くし、挙句は人を食らうものまで現れた。
だがそれには訳がある。暴挙を尽くす魔族には、力の源となる『魔石』=『ハウメアの護り石』が埋め込まれ、それにより理性を失った者たちが暴れているのだ。
―――という風に聞いていたけれど、間違っているのか?」
お父様が我がアスハ家に代々伝わる話だ、と幼い頃、寝物語に聞かせてくれたものだ。ラクスはうんうんと頷きながらも、こう付け正した。
「当たらずとも遠からず、と言ったところでしょうか。ですが、やはり歴史を重ねたことで、幾分かの認識のずれが生じているようですわね。」
ラクスも一口紅茶を飲むと、優雅な所作でカップをソーサーに戻しながら、こう語りだした。
「それではこの世界の理の真実―――歴代の彼岸の魔女が伝え継がれた古の世界の話をいたしましょう―――
この世界には『人』と『魔族』が住んでいる。
神が、『人』には『知恵』を。『魔族』には『力』を与え錫た。
知恵と力を重ね合わせることで、この世界を支えるものとなるだろうと信じて。
しかし、幾数千年の時を重ねた結果、神でも見通せなかった出来事が起きました。
力の影響で、身体も大きくなった魔族にとって、人は正に蟲の様に小さな生き物という程度の存在になっていったのです。
更に、自らが吐き出す瘴気が人に害をなすことを知り、「向かうところ敵なし」と傲り高ぶった魔族はこう結論付けました。
―――人という知恵がなくとも、力があればこの世の全てを支配できる―――
そう思い込んだ魔族は、力によって粗暴な行いをふるまうようになり、人を力で支配しようとしたのです。
無論、人は知恵を使い、何とか魔族からの脅威に耐えようとしましたが、強大な力に成す術はありません。
それを見た神は世界を憂い、二つの石を人に授けました。
一つは『愚者の石』―――紫のそれは魔族の存在の根源となる魔力の源であり、魔族の力に対抗するもの
二つ目は『賢者の石』―――赤きそれは守りの盾として、魔族の力から人を守るもの
…カガリさん、貴女がおっしゃっている、アスランの身に着けている『ハウメアの護り石』は、すなわち『賢者の石』のことです。」
「賢者の…石…」
ふと隣に座るアスランの胸元を見れば、彼は「どうぞ」とばかりに柔和な笑顔で胸元からそれを差し出してくれる。
そっと撫ぜれば、アスランの体温のせいか、元々の性質なのか―――優しい温かさを湛えている。
そうか、人を守るための魔力を秘めた石だったのか。だからアスランの暴走を止めたり、さっきのベヒーモスからも守ってくれたんだ。
「それで、そのもう一個の『愚者の石』っていうのは…」
「貴女方、クサナギが魔獣を倒して手に入れていた、紫色の石。あれが『愚者の石』ですわ。」
「あれが!?」
知らなかった。というか、寧ろそれも『ハウメアの護り石』の一部かと思っていた。
でも考えてみれば、色は違うし、愚者の石は小さな砕けた欠片ばかりだけど、賢者の石の方は綺麗なティアドロップ型だ。
元々別のものだったなんて。
(は〜…もっとちゃんとお父様の話、聞いておけばよかった…)
ガックリとした私の表情を見て理解したと悟ったのか、ラクスは「続きをお話ししますね」と再び語りだす。
『賢者の石』と『愚者の石』。
二つを授けられた人間は、ようやく魔族と拮抗することができるようになりました。
そして神からの大事な賜りものとして、はじめは二つを揃えて祀っておりました。
ところが、人もまた魔族に劣らぬ欲の塊。
力を独り占めにしようとする者が後を絶たず、この二つを巡って争いが起きること幾千回
大地は荒廃し、飢えと破壊の苦しみが続く中、そんな愚かな人間の争いを止めたのは、そこに現れた二人の賢王。
二人は考えたのです。
―――「二つ揃っているから争いが起きる。ならば二つを離せばよい」―――
こうして賢王二人がそれぞれ国を築き、
『愚者の石』はこの西の国『プラント』が
『賢者の石』は東の国『オーブ』が預かることとなったのです。
「『オーブ』と…『プラント』?」
「はい。今、貴女が居りますこの場所こそ『プラント』であり、ここは国の議会場です。プラントは近年は民主制を取っておりましたので、王ではなく各地域の代表が集まり、法治国家を築いておりましたの。十数年前までは。」
「あ…」
私は思い出す。お父様が以前お話してくれた、あの「魔族に滅ぼされた国」というのは、もしかしたら―――
「そう、君が今察した通り、魔族に滅ぼされちゃったんだ。…というか、これも正確じゃないね。ある人物が『愚者の石』を盗み出して、それを破壊した挙句、魔族に埋め込んじゃったんだ。何せ「魔力の根源」だからね。小っちゃい欠片でも力は十分発揮。それで各地で魔族が理性の欠片もなく力任せに暴れまわって、瘴気をまき散らしているんだ。特に震源地だったこの国は一気に魔族に襲われて、今ではすっかりこんな感じ。幾つか瘴気を避けられる場所でしか人が生活できなくなったっていうわけなんだ。」
キラが呆れたように首を横に振る。
何で、そんな恐ろしいことを考えたヤツがいるんだろう?人が住めなくなるということがわからなかったのだろうか? そんな私の表情を見てとったのか、ラクスも柔和な表情を曇らせる。
「愚者の石を盗み出し、破壊したのは半妖の人間です。」
「半妖の…人間!?」
「はい。彼の名は『ラウ・ル・クルーゼ』―――魔族の中にも居場所がなく、人間からも下げずまれ、恨みを抱いていた彼は、この国の代表の側近となり、易々と石を盗み出せたのです。」
「『ラウ・ル・クルーゼ』…」
私はその名を復唱する。そいつのせいで、この国はこんなことになってしまったのか。
奴によって石は壊され、埋め込んだ魔族は大暴れ。人は追いやられ、文字通り「人への復讐」を果たしたって訳か。
続きを語りながら、ラクスが辛そうに表情を歪める。
「そして、プラントの国民は、魔族の吐き出す大量の瘴気を吸い込み、呼吸できずに死んでいくものもあれば、私たちの様に魔族へと変貌したもの。中には愚者の石の欠片でより強力な魔物へと変貌を…」
(え…それって…?)
私は自分でもわかるほど、みるみる青ざめていく。
「まてよ…それじゃぁ、私たちが倒した魔物たちって、まさかこの国の人たち…」
「君は悪くない。」
私の言葉を遮ったのはアスラン。先ほどから辛そうな表情をしていたが、更に翡翠が悲しげに潤んでいる。
「君はそんなことを考えては駄目だ。彼らは君たちのおかげでようやく解放されたんだ。」
「でも―――!」
気にするなと言われても無茶だ。あの魔物たちが元人間だったなんて思ったら、人に倒されてしまうなんてどれだけ悲しかっただろう。そう思うと目の奥が熱くなってくる。すると
<ぽにぽに。>
頭の上に柔らかくて温かいものが触れてくる。
アスランだ。肉球で私の頭をポンポンと触れて撫ぜてくれるんだ。
いつもだったら、またお子様扱いするな…と怒りがこみあげてくる場面だが…
不思議だ。今ではこうしたアスランの不器用ながらも与えてくれるスキンシップに、粗ぶった心がいつの間にか凪いでいく。
言葉以上に労りが伝わってきて、感情に任せて叫びだしそうになるのを抑え込めた。
直情的になりがちな私が、こうして落ち着けるようになっていったのは、本当にアスランのお陰かもしれない。
それでも、私たちのしてきたことは、この国の人から見れば、許されざることではないだろうか。
そう思って向かいの席の二人に、申し訳ない気持ちのまま顔を上げれば、ラクスもキラも寂し気だが、私を責めはしない。寧ろ励ますようにこう言ってくれた。
「大丈夫ですわ。全員が元・人間だったとも限りませんし。それに我々魔女も魔獣化した方々を元に戻そうと、努力したこともあります。が、先代の彼岸の魔女の力でもってしても成し得ませんでした。理性を失い、肉体が耐え切れないほどの魔力で苦痛を受けていたはずの彼らは、貴女方のお陰で、苦しみと悲しみから、ようやく解放されたのです。」
「うん。彼らに理性が残っていたかわからないけれど、真相を知っている僕らではきっと躊躇して止めを刺せずにもっと苦しめた気がする。彼らも同胞を手にかけたくなかっただろうから、きっと心から安らげたと思うよ。」
それでいいのだろうか。魔獣たちは魔石…いや、愚者の石を取り除くと灰の様になって消えてしまった。弔ってやることもできなかった。
(だったら、彼らのような人間を出さないよう、すべて回収してやる!)
決意も新たに涙を隠すようにして拭った後、私はふと疑問が浮かんだ。
「でも、よくお前たちは魔獣化しなかったな。」
見かけは普通の人間、とは言えないが、アスランもキラもラクスも愚者の石の破壊によって、こういう状態になってしまったのは理解できた。でも理性は保っているし、完全な魔物にはなっていない、というのは…
「人間の中には特殊な力を持つ者がいるそうです。耐性、と言っていいのかもしれませんが、こうして抗うための力を持つ者は、完全な支配を受けない、と。」
「もしかして、『SEEDを持つ者』ってやつか?」
「マルキオ様がそうおっしゃいましたか? 『SEED』…確かに、次に繋げる力を持つ者に値する名ですわね。」
ラクスが頷く。
そうか、あの時「SEEDを持つ者」って言った意味は、こういうことだったのか。
「それでみんな中途半端な格好に…」
私は端から順番に一人一人眺めて回る。ラクスはともかく、可愛い顔しているのに牙だけ目立つヴァンパイアと、ケモミミ&しっぽ&肉球モフモフの狼男、というのは…本当に中途半端以外の何物でもない。
だが私の発言が気に入らなかったのか、キラが口を尖らせた。
「中途半端っていわれるのはなんか悔しいけど、アスランなんて最初は本当に狼だったんだよ。子犬そのものだったもん。」
「え!?」
ずっと<ぽにぽに>してくれていた彼を改めて凝視する。アスランは慌てて手を引っ込めて、そっぽ向いちゃったが…
「アスランは、その時の議会の大代表であるパトリックさまのご子息。ですから復讐を懸念して、クルーゼは念入りに魔物化させたのでしょう。」
「大代表の息子だったのかよ、お前…」
どうりで王子様っぽいと思ったが、世が世なら、本当に王子様だったのか。そりゃ手下どもが感心するほど育ちが良さそうで、なんとなく気品があったもんな。私は…ゴホン、まぁ、ちょっと例外だとして。
そんな彼に、キラが畳みかけるように不満を漏らした。
「で、皆が散り散りになっちゃった後、アスランは一人で出て行っちゃったんだよね〜。僕らをここに置いてきぼりにしてさ。幾ら君の父親がクルーゼを側近にしたからって、一人で責任感じることなかったのに。」
「置いて行ったわけじゃない。ただ、これ以上危険に巻き込みたくなかったんだ。瘴気をこれ以上広めないようにするためには、結界を敷くラクスの魔力が必要だった。彼女はここに留まらなければならなかったし、第一日の下に出られないヴァンパイアのお前が、他所の土地に行ける訳ないだろう? それにお前がいなければラクスを守ってくれる奴はいなくなるし。」
キラの愚痴にアスランが言い訳する。
「それは、確かにそうだけどさ。…水臭いんだよ、君は。」
「すまない。」
先ほどまで本気で喧嘩していた(喧嘩というより本当に戦いだったけどな)二人だけど、本当に仲が良かったんだな。でなきゃ本気で相手を怒ったりできないもの。
するとラクスが椅子を引き直し、姿勢を改めた。
「さて。カガリさん、ここまでの流れは御理解できましたでしょうか?」
「あぁ、二つの石が持つ役割も、どうしてこんな世界になってしまったのかも。」
クルーゼが愚者の石を壊したのはきっと10数年前。オーブに現れた魔族は瘴気を吸った人か、あるいは獣だったかもしれない。
それを利用して、あわよくばとばかりに国家転覆をもくろんだのが、セイラン親子だったということか。
(――――――「カガリ、我が国の宝を…『ハウメアの護り石』を探せ。そうすればこの国は救われる!頼むぞ、カガリ…」)
お父様がおっしゃったのは、きっとその『愚者の石』のことだったんだ。本当の意味は「我が国」…ではなく「我らが世界」の宝ということか。
となると―――
「じゃぁ、愚者の石の欠片を全て集めて、また元の通りにすれば、魔族の暴走は止まって、オーブも、この国も救われるってことだな?」
我ながら簡単に回答に辿り着けた。さっきラクスが「どうやって国を救うのか?」と聞いてきたが、これで解決じゃないか!―――と思ったんだけど。
ラクスの表情は硬いし、彼女が視線を送る野郎二人も顔を見合わせ、口をつぐんだままだ。
空気が重いまま、やがてラクスが口を開く。
「…確かにここまでのお話からしたら、そういう流れになりますね。ただ、有史以来、破壊された石が元に戻るか、ということを実証した歴史は今のところ存在しません。」
希望が見えた!と思ったのに。流石の彼女でさえも、歴代の彼岸の魔女たちからの伝承からはその情報を受け継いだことはなかったようだ。でも…それでも私は諦めたくない。
「試してみる価値はないかな?」
「そうですわね。…しかしながらカガリさんは『矛盾』という言葉をご存じでしょうか。」
「それくらいは知っているけど。あの『矛と盾のどっちが強いか?』っていう話だろ?」
「はい。『盾』、つまりは『守り』。そして『矛』はすなわち『攻撃』に特化しているものです。『矛盾』の謂れがこの二つの石に当てはまるとしたら、『矛』と『盾』のどちらが勝つと思われますか?」
「そうだな…魔力の強い方、とか?」
「答えは二つです。「双方傷つかず、形状を維持する」か、若しくは「双方とも破壊して消滅する」か。」
「…消滅…」
私は息を飲む。そんなこと、想像すらしなかった。ラクスは首を振った。
「その際、二つの石の力が、どう発動するのかは私にも分かりません。愚者の石を回収し、元に戻すことができるなら、それも可能かと思いますが…クルーゼがみすみす見逃すとは思えません。」
「そう…だよな…」
それだけ人間にも魔族にも恨みを持っている奴が、簡単に元通りにされたんじゃ、黙っているはずないよな。
あれ?…だとすると、私たちクサナギ一味は愚者の石だとも知らず、ハウメアの護り石だと思い込んで回収して回っていたけれど、クルーゼはそのことに気づいているのだろうか?
「回収されると困るなら、クルーゼは私たちの邪魔をするはずだけど、半妖なんてアスラン以外…って、アスランは人間だったから、そうすると一人も出会ったことなかったぞ?」
「もしかしたら…ワザと回収させていた、のかもしれない。」
アスランが空を眺めながら思い返すように言いだした。
「何で?だってぶっ壊したのは自分自身なんだろ?それなのに、なんでまた回収する必要があるんだよ?」
「守り手の力が覚醒してきたからだ。」
「『守り手』って…」
アスランが私を見据えた。
「君だよ、カガリ。」
・・・to be
Continued.