その扉は重厚だった。私1人の力では動かすことすらできないほどの。

アスランの力でようやく<ギギギ…>と、鈍い音を立てて開かれる。

「…真っ暗だ…」

確か今の時間は未だ午前のはず。深い森の中で瘴気が周囲に立ち込めているせいか、光が入ってこない。それでもこのドアの向こうは広い空間だということは、ひんやりと肌に感じる空気で分かった。

そしてこの空間に瘴気はない。かといって人気も無いのだが、無人特有の埃っぽい臭いもしない。ということは、人か魔族かわからないが、確実に「誰かがいる」ということだ。

(やっぱり、ここに彼岸の魔女が―――!)

私はスゥっと息を深く吸い込み、両手を大声で叫んだ。

「こんにちはーーーーーっっ!ここは魔女の館で間違いないでしょうかーーーーっっ!」

反響が響いてくる。やがて暗闇に少しずつ目が慣れてきたのか、私でもややこの場の様子が把握できてきた。大きな正面階段を供えたエントランスらしい想像以上に広いホール、それを形作っている更に固く冷たい床と壁…多分大理石か何かだろう。

私の生まれ育ったオーブの城も広間は大理石だった。でもここの方がもっと広い感じがする。

「…」

返事はない。まさに「シ〜ン…」という表現がふさわしいほど、私の声以外無音に等しい。

「どうしよう。誰か居れば尋ねることができるのに。」

1人悩んでみれば、そういえば先ほどからアスランが全く何も言わない。もしかして耳がいいから、私の大声で耳がキンキンしたのかと思ったが、振り返ればアスランはじっと聞き耳を立てている。そして

「何か…来る。」

彼の表情が一変した。

「伏せろ!」

言うなり私に飛び掛かって床に押し倒された。

「アスラン!?」

「黙って!」

すると

「キィキィ!」

「ギャッギャッ!」

けたたましい鳴き声とともに、何かが私の上を通り過ぎた。しかも一匹二匹じゃない、羽音がどんどん増えていく。

「アスラン!?」

「蝙蝠だ!」

アスランが珍しく鬱陶し気な表情で唇をかんでいる。

私も見上げてみれば、真っ赤な目がいくつも光って宙を舞っている。

「『こうもり』って、あの人の血を吸うやつか!?」

「普通の蝙蝠は血は吸わない。吸血蝙蝠がいるのは事実だが。ここにいるのは厄介な相手だ。自然界にはいない蝙蝠で、牙と足の爪に毒がある。」

「げ!」

やはり魔族の一種だろうか。アスランは私を庇うようにしながら、鋭く伸ばした爪で接近してくる蝙蝠を払いのけている。

床に叩きつけられた蝙蝠は暫く見悶えると灰になって消えた。やはり魔物の一種だろう。一匹一匹は弱いようだが群れが大きすぎる。

「アスラン、私もサーベルで振り払うから。」

「駄目だ!一つでも掠めたら、君の命が危ない!」

持久戦を覚悟したらしいアスランが、私を庇うようにして大広間に延びていた正面階段の下に隠れる。確かにこれだけの隙間なら、あまり飛行が得意でない蝙蝠から凌ぐことができる。

「カガリはここにいろ。目の前に来た奴だけ倒せばいい。」

「お前はどうするんだよ!?」

「ここは瘴気が無い。少し離れるがとりあえずあいつらを片付けてくる。」

「気を付けろよ。」

「あぁ。」

気にかけられたことが嬉しかったのか、アスランはこんな時なのに少し微笑みを浮かべた後、直ぐに真顔で戦闘に入った。

「ギャァ!」

「ギャァーーッ!」

凄い…ゆうに三桁はいると思われた蝙蝠を次々に倒している。

(よしよし、このままいけば…)

すべて倒せれば、今度こそ魔女の元に行ける―――そう思っていた私だった、が、その期待を遮る声が響いた。

 

「もうやめてくれない?これ以上、友達減らされると僕も困るんだけど。」

 

聞こえたのは私が隠れる階段の上。そして、明らかに人間の…多分私たちとそう年齢が変わらなそうな、若い男の声だ。

男の声とともに一気に蝙蝠の羽音が遠ざかる。そして代わりにコツコツと階段を下りてくる音。

(この男が…魔女なのか?)

女ではない。でも男だって魔法を使えれば「魔女」と呼ばれてもおかしくない。あ、でも「魔男」が正解なのか?「まおとこ」?う〜ん、響きはなんかよろしくないが。

そんなことをパニクる頭で考えていたら、その男はとんでもないことを言いだした。

「まさか、こんなところに人間がくるはずない、とは思っていたけど、よりにもよって君だったとはねー。アスラン。」

「―――っ!」

(この男、なんでアスランのことを知って!?)

「…久しぶりだな、キラ。」

アスランも殊更疑問にも思わず、相手の男―――『キラ』と名前を読んでいる。

(アスランの関係者なのか???)

魔女の居場所を知っているうえ、道中を最短距離で向かってきた時点で、アスランがこの国の住人だったのではないか、とはなんとなく疑っていたけれど。

(問い詰めるよりも先に寝ちゃったしな…温かくって、なんか安心できちゃって…―――って、そんなこと呑気に思い出している場合じゃない!)

私が自身の頭をポカポカ叩いている間にも、キラは話を続けた。

「全く…君から留守を預かったとはいえ、こんなところでもう10年以上だよ?いい加減、僕も飽きちゃったんだけど。」

「吸血鬼は暗いところがお好みだろう?だったら丁度いいじゃないか。広いし暗いし。飽きたなら寝ていればいい。」

「随分と口が回るようになったね。あの頃の君はすっごい口数少なかったのに。…あぁ、ひょっとして、『彼女』のせい?」

「!!」

私の心臓が縮み上がる。そりゃ最初に大声出したのは私だから、キラはアスランの声じゃないと知っている以上、別にもう一人いることくらい分かっているよな。

「彼女に手を出すな。」

アスランの口調が今までにないほど厳しい。というか、クサナギにいる時は、どっちかというと物静かで口調も穏やか…というか、必要なこと以外は話さないって感じだったのに、こんなにどこかの指導者みたいなしっかりした意見を言うとは、驚き以外の何物でもない。

それはキラも同じだったようで

「へぇ〜やっぱり変わったね、君。なんかすっごい自信みなぎっている感じだけどさ。君がその姿まで『戻れた』のって彼女のおかげなの?」

「…」

アスランは黙ったままだ。それにしても『戻れた』って、一体何だ?そういえば、以前初めて出会ってハウメアをぶんどろうとしたときも

(―――「それにようやくここまでになったんだ!無にしないでくれ!」)

と私の問いに繋がらない答えをしてくれたけど、ここにあの言葉は繋がっているのか?

人間なのか魔族なのかわからない半妖のアスランの姿が、より魔族に近づいてきているってことだろうか。

そんなことを考えていたら、キラが沈黙するアスランに焦れたのか、矛先を私に向けた。

「ねぇ君。そこにいるんでしょ?出てきて僕にも顔を見せてよ。」

「っ!……」

多分キラは知っている。私がどこに隠れているのかも。だったらどこにいたって同じなら、正々堂々と対峙したい。

「私ならここだ。」

私は迷わず進み出た。アスランの傍に立ち、キラを見上げる。

初めて見た彼の年齢は私たちと同じくらい。魔族とは思えないほど優しげな表情で、口元にはその顔立ちに不釣り合いな牙が見えている。そして栗色の髪と瞳の色は―――あの魔石に似た紫だ。

「私はカガリ・ユラ・アスハ。彼岸の魔女に願いたいことがあって、ここまで来た。彼女に会わせてくれないか?」

するとキラは小首をかしげた。

「そう簡単に「はい、そうですか」って言うと思う?」

「まぁ…無理、だろうな。だが戦いに来たわけじゃない。話し合いのために来たんだ。」

私としては、なるべく戦闘は避けたい。

あの時マルキオ導師が話していた

(―――「彼岸の魔女が住まう森にたどり着くまでには、恐ろしい魔物の住処を潜り抜けていかねばなりません。その前に最強の魔族と言われるヴァンパイアの城もありますし。」)

おそらくそのヴァンパイアというのは、キラのことだろう。

アスランと旧知の仲のようだが、だとするとアスランのあの力を知っていても対等に張り合っているからには、彼も同等、あるいはそれ以上の力を持っている可能性が高い。そうなると私に勝ち目はないのは火を見るより明らかだ。だったら対等にできる話し合いに何とか持っていきたい。

「ふ〜ん…で、そのお願いって何なの?」

キラが階段に座り込んで頬杖をついて聞いてくる。私はアスランの胸で淡い赤の光を放っているそれを指さした。

「この『ハウメアの護り石』には、呪いがかかっているようで、アスランから外すことができないんだ。私はオーブを守るために、どうしてもこの石が必要だ。だからどうか魔女の力で呪いを解いて欲しい。」

「……」

キラは何も言わない。ただ仏頂面でこちらを幾分か見分した後、ゆるりと立ち上がった。

「お願いだけして、見返りは無し?それって僕らにメリットないじゃない。」

すると私よりも先にアスランが言い返した。

「お前に頼んではいない。魔女に願い出ているんだ。魔女の意見を聞かせて欲しい。」

それが気に入らなかったのか、キラの表情が更に不機嫌さが露になっていく。

「僕も君には聞いていないんだけど。何?彼女の騎士でも気取っているつもり?その身体じゃ何もできないくせに。」

「何だと!?アスランは強いんだぞ!」

しまった!と思った時にはもう遅い。何様か知らないが、たとえ魔族だろうと、ぞんざいな扱いを受けたこと―――私が、じゃなく、アスランが格下扱いされたことが凄く腹が立って、気づく前に大声を張り上げてしまった。

まさか私が言い返すと思っていなかったのか、キラもアスランも目を丸くしている間に、私は尚も喧嘩を買ってしまう。

「お前は知らないかもしれないけどな、アスランはあのプリスターだってたった一人で倒して見せるほど強いんだからな!お前になんて負けるはずがない!」

あ〜〜〜!!本当に私は何をやっているんだ!?話し合いに持っていくなら、相手を持ち上げることの方が有効なのに〜〜!ほら見ろ、キラが怒っちゃったじゃないか!

「じゃぁ、試してみる?僕と戦ってアスランが負けたら、大人しく君は僕に血を吸われること。いいね。」

ふんぞり返るように上から目線で私を見やるキラ。ええい、こうなったらもうヤケだ!

「構わん!」

「おい、、待てって、キラ!カガリ!」

アスランが諫めようとしてくれたが、もうキラは速攻アスランに飛び掛かってきた。

「アスラァアアアアアン!」

宙を軽々と飛んでキラが牙を剥いてくる。

「くっ!」

アスランがまたも私を抱えて避難させようとするが、キラは構わず突っ込んでくる。空振りはしたが、キラが殴りかかった壁はあの固い大理石だというのに、そこには見事な大穴が開いた。

(コイツ、やっぱりアスランと同じくらい力がある!)

割と細身だったように見えたから、力は差ほどではないかと思ったけれど、流石はヴァンパイア。魔族だけのことはある…って感心している場合じゃない。

「カガリ、先ほどの場所へ隠れて―――」

「逃さないよ☆」

アスランが私をかくまおうとしたが、流石はこの城の主というべきか、それとも夜目が利くヴァンパイアだからなのか、キラは私の居場所を的確に把握している。

「やめろ!キラ。相手は彼女じゃない、俺だろう!?」

「僕もただでは戦ったりしないよ。先ずは彼女に前金だけでも払ってもらわないとね。」

<ザシュッ>

空を切る音。そして

「っ!」

コンマ何秒か遅れて、私の肩に切り裂かれたような痛みが走る。キラの爪がかすったらしい。

キラは爪先についた私の血をペロリと一舐めした。

「うん、美味しいv これは楽しみだ。」

無邪気な笑顔がかえって不気味で恐ろしい。どんな怪物相手にも怯まなかった私の背中が、初めてゾクリと悪寒で震えた。

だが、そのキラが

「っ!?」

横から凄まじい疾風が、壁にめり込むほどキラの身体を吹き飛ばす。アスランがキラを蹴り飛ばしたらしい。

見れば翡翠が金色に変わっている。アスランがキレた証だ。

「キラァアアアアアアアアッッ!」

キラの首を片手で締め付け、爪を突き刺さんばかりのアスランと、同じく紫から金色に変わった瞳のキラが組み合っている。

<ガシャン、ガチャーン!>

凄まじい妖気が天井のシャンデリアを揺らし、窓ガラスがビリビリと軋んだ音を立てる。

私は急に足に力が入らなくなって、ヘナヘナと情けなくその場に座り込んでしまった。

男同士の取っ組み合いはクサナギで何度も見たことはあるけれど、これはそんなものじゃない。魔族同士の争いが、まさかこんなに激しいとは。

時折混じる<ザッ>という肉の切れるような音。鋭い牙や爪が、互いの体に食い込み、血が噴き出している。だが二人は気にも留めていない。

アスランもキラも見境がなくなっている。このままだと完全にどちらかの命が尽きるまで戦い続けるに違いない。

(止めなきゃ!)

喧嘩を買ってしまった私の責任だ。アスランはこれ以上傷ついちゃいけない。傷つけるなら私だけで十分だ!

「頼む、もうやめてくれ!私の責任だ。私の血なんかいくらでもやるから、もう戦うのはやめて―――」

<ビシッ、パリーン!ガシャーーン!>

私の大声はついに割れたガラスの音でかき消される。

何とかして二人を止めないと!どうすれば…

(そうだ、また「おすわり」を―――)

と口を開きかけた私の本能がその声を押し殺す。ここでアスランを止めたら、キラが確実に何もできなくなったアスランを殺しにかかってしまう。止めさせるなら二人同時でないと…

(どうしたら…どうしたらいいんだ!?)

頭を抱える私。とその時、

「戦いを止めて下さい。お二人とも。」

透き通るような凛とした女性の声。そして<コツン>と杖か何かで床を一突きしたような音が鳴ると、二人が放っていた妖気がたちどころにかき消され、そのまま床に押し付けられるように二人とも倒れた。

そして静かに階段を下りてくるその姿に、私まで圧倒された。

 

全身が黒衣でありながら、胸元にオレンジのリボンをつけ、ところどころにピンクの女の子らしい裏地のあしらいが見えるドレス。

長いピンクの柔らかそうな髪。

陶磁器のような白い肌と、魔力の証の金眼。

どこかの御姫様かと思うくらい綺麗な女の子が、優雅に硬質な靴音を立てて、階段をゆっくりと下りてくる。

 

「お姫様…?」

私は多分、口をあんぐりと空けたまま見惚れてたんだと思う。

彼女は私の前に立つと、花が咲くような優美な微笑みを湛えた。

「あらあら、嬉しいですわ。そんなこと言ってくださる方なんて、しばしお会いしませんでしたもの♪」

そう言いながら彼女がそっと私の肩に手を触れてくれる。仄かに温かさを感じると、痛みどころか傷さえたちどころに消えた。

可憐な顔立ちと柔らかな物腰は、まさにお姫様そのものだが、しかし、お姫様なら絶対身に付けないであろう、彼女が被る鍔の広い黒のとんがり帽子は「魔女の証」。

彼女は大人しくなった野郎2匹に利かせていた睨みを解いて、私に視線を向けた。そしてその瞳が淡い空色に変わると、ニッコリと嫋やかな笑みでこう言った。

「私は『ラクス・クライン』ですわ。そうですわね…あなた方の言うところでの『彼岸の魔女』と名乗ったほうがよろしいでしょうか?」

(この人が、彼岸の魔女!?)

驚きのあまり、震える指先で彼女を指したまま、つい口が滑ってしまった。

「え、だって、『年齢何百歳のおばあちゃん』じゃ…まさかの若作り…?」

「まぁ!私はまだ16歳ですわ!」

機嫌を損ねたのか、彼女は両手をライオンのようにして「ガオー」と威嚇(?)して見せるが、何しろ可愛いし可憐だ。全然迫力が無い。でもあの二人を一瞬で大人しくさせたのだから、やはり噂は違えず、「魔族も支配する」力は間違いない。

その場にぺったり座り込んでしまっていた私に、彼女はまたあの微笑みで手を差し伸べてくれた。

おずおずとその手を取ってようやく立ち上がる。まだおっかなびっくりの私に彼女は小首をかしげてこう説明してくれた。

「でもきっと、『彼岸の魔女』の伝承は、外の国にはそのように伝わっているのでしょうね。「恐ろしい魔女」だと。確かに私の先代も先々代も、恐ろしい力で人々を畏怖させた、という話は聞いておりますわ。」

「へ?先代?」

「はい。」

魔女…いや、ラクスは頷いた。

そうか。つまり『彼岸の魔女』は一人を示すのではなく、代々魔女の資質がある女性がその名を引き継いできたってことか。

ならばあのマルキオ導師に力を与えた、というのが彼女だったのなら、話しが納得できる。こんな優しそうでおっとりした子だもんな。

「酷いよラクス…僕まで押さえつけることないじゃない…」

「悪乗りしすぎですわよ、キラ。彼女を傷つける必要はございませんでしたでしょう?」

「確かに、そうだよね。ごめんね、カガリ。」

キラが私に済まなそうな表情で頭を下げる。さっきとは打って変わって何だか可愛い。兄弟とかいたら、こんな感じなのかも。

「いや、私も喧嘩を買うようなことしなければよかったんだ。その、すまない。」

私も頭を掻きつつ頭を下げる。

「ううん、僕が悪いよ。ちゃんと話を聞いてあげなきゃいけなかったのに、なんかちょっとムカッときちゃって。」

「お前を怒らせるようなことを言った私が悪いんだ。長を名乗るなら、交渉の手立てだってちゃんと立てて行かなきゃいけないのにさ。」

「違うよ、カガリは悪くないから!」

何かキラがさっきとは別人みたいに必死に謝ってくる。よっぽどラクスが怖いのかな?なんて思いつつ、二人でお互い謝り倒していたら、アスランがため息をついてやってきた。

「全く…こんな再会になるとは…」

「お久しぶりですわね、アスラン。ですが、貴方もこの姿まで戻れたのですね。」

ラクスがアスランに話す口調は親し気だ。やはりこの3人は旧知の仲だったんだ。

魔女の居場所を知っている、と言ったけれど、まさか彼岸の魔女の正体も知っていたなんて、出かける前に話してくれればよかったのに。…何か語れない理由でもあったんだろうか?

それにしても、狼男にヴァンパイアに魔女―――今この場でハロウィンパーティーをやったら、オールスター勢ぞろいってやつだな。というか、3人とも友達って、どういう異種族間交流があったんだか。

―――と、外野でこの同窓会を眺めている場合ではない。

「あの、彼岸の魔女さん…」

「『ラクス』とお呼びくださいな、海の姫様。」

「あ、いや、私も『カガリ』で大丈夫だ。それで、その、今日私たちが訪ねてきたのは―――」

「アスランの首にかかっている、このペンダントを外して欲しい、ということでしたわね。」

「あぁ。マルキオ導師が強大な力を持つ『彼岸の魔女』なら外せるかも、って言っていたんだ。どうにかできないだろうか?私はオーブを救うため、何としてもその『ハウメアの護り石』を持ち帰りたいんだ。」

きっと彼女なら、私の願いを聞いてくれる気がする。そんな期待を込めて必死に願ったが、彼女の口から出た言葉は全く違ったものだった。

「貴女のおっしゃるこの『ハウメアの護り石』…お持ち帰りいただいて、そしてこれでどのようにお国を救済されるのですか?」

「え?それは…」

言われてドキリとして口ごもる。

そういえばそうだ。「取り返す」ことばかり必死になっていたけど、取り返した後は…どうやって国をこれで救えばいいのだろう。

「うわぁああああ!!そんなこと、ちっとも考えていなかった!」

頭を抱えしゃがみこむ私に、3人は顔を見合わせると、一様に笑いだした。

「〜〜〜〜〜っ!!何が可笑しいんだよ!?」

恨みがましく3人を見上げるが、確かにおかしな話だよな。だって目標はあっても、目的をどう果たすか、途中過程がバッサリ抜けているんだもの。

恥ずかしい…穴があったら入りたい///

落ち込む私に、ラクスはそっと肩に手を添えてくれた。

「そのお話の前に、まずは呪いとやらが解けるか否か、確かめねばなりませんね。少し目を閉じて、私に意識をゆだねていただけませんか?」

「え、あ、あぁ、構わんが。」

私は目を閉じる。するとラクスは私の手を取った。何も考えないようにしていると、私の中の何かが、引っ張られるような感じがした。そしてそれが終わると今度はアスランのハウメアに手を振れる。

「ど、どうだ?外せそうか?」

結果が気になり、私はついつい焦ってしまう。が、彼女は残念そうに首を振った。

「私では無理です。」

「え!?貴女ほどの魔女でもダメっていうなら…」

どうしよう。最後の望みが絶たれてしまった。

ハウメアの護り石も手に入らない。オーブを救う手立ても分からない。

10数年かけてきた今までの苦労は水泡と化すのだろうか。

愕然とする私。するとラクスがこう言った。

「でも呪いをかけた方は分かりました。」

「呪いをかけた人?誰だ、そいつは!?」

そいつが分かれば呪いを解く可能性もあるはず!食い入るようにラクスを見ると、彼女は今度は花笑みを浮かべて、サラリとこう言った。

「貴女ですわ。『カガリ・ユラ・アスハ』様。」

 

 

・・・to be Continued.