ここはどこだろう・・・

 

凄く冷たい

周りは何も見えなくって、真っ暗な中でただ私は何かの中で漂っている

 

おかしいな、ずっと海の上で生きてきたのに、足が地についていない感じが心許ない

水の中にいるみたいに息が苦しくって、寒くって、息を吸おうとする度に胸が痛い

 

それ以上に、誰もいないのが寂しい 怖い

 

誰かいないのか!?

 

私一人きりなんて、辛いよ

誰か・・・誰か助けて・・・

 

 

一人膝を抱えて蹲る

ただひたすら、何もできずに

 

そうしたら―――

 

(ぷに・・・)

 

?何だ?私の頬に何かが触れた

 

(ぷに、ぷにぷに・・・)

 

柔らかくてそれでいて温かい何かが私の頬を何度も擽る

くすぐったいよ、何しているんだ?

そう思ってハッとする

 

もしかして…私は、泣いていた、のか…?

 

自分では流れているとも思わなかった、溢れては闇に溶けていく私の涙を拭っている

くすぐったくって、でも―――嬉しい

何十年ぶりに触れた温もりのような感じだ

その温かさを逃したくなくって、それをつかんで離さないように必死に守る

 

(気持ちいい・・・)

 

ただ温かい感覚なのに愛おしくって、それに手を当てようとする

 

そうしたら

 

<チカ―――>

 

私の胸の前に生まれた、赤い小さな光

 

温かくて、優しい光が暗闇の中で花開く

 

あぁ…「ハウメア」だ。ハウメアの護り石が放つ、淡い光 

 

縋るように手で包み込むと、温もりが広がって、私の全身を包み込んでくれた

 

(嬉しい・・・)

 

ただそれだけなのに、こんなに嬉しくってたまらない

 

耐えきれずにその光を守るように、慈しむ様に抱きしめる

 

そうしたら、何か耳元で聞こえた

 

―――「・・・・・・」

 

え、何?

何て言っているんだ?

 

お願いだ、もっと声を聴かせて

 

優しくって 柔らかなその囁くような声を・・・

 

 

 

 

 

「・・・ん・・・」

気がつけば、私はここが初めて来た場所だと感覚的に悟った。第一いつものクサナギの船長室のベッドなら、こんなに固くない。海の上のため多少湿気を含んでいるが、ここは乾燥しているし。

ゆっくりと瞼を開けば、案の定、見たことのない木目の天井が広がっている。

(何で私、こんな所に一人で・・・)

いや―――「一人じゃない」。明らかに先ほどから感じる―――ぴったりと私にくっついている温くて、その…モフっとした感触。

(その…確認するのが、怖いんだが…)

暫し脳内で見るか見ないかの禅問答を繰り返した後、結論は「確認しなきゃ、始まらない」だった。

なので、勇気を振り絞って(チラ…)とみれば―――

すぐ隣にはモフモフの耳がピクピクっと動きながらも、スヤスヤと静かな寝息が分かるほどの距離にアスラン・ザラの顔が!

(い、いや!落ち着け、落ち着くんだ、私!!)

そう言い聞かせてバクバク言いだす心臓を押さえつける。

いいや、やたら美形なその顔がすぐ目の前にあっただけだ。ただの事象だ。

そこまでなら百歩、いや千歩譲ってまだそこまでなら許そう。

私は恐る恐るシーツをめくってみれば…

「〜〜〜〜っ!! は、は、はだっ!!//////

私は服を着ていなかった!し、し、しかも、その私にモフモフが見事に密着している!

「お前ぇええーーーーーっっっ!//////

「そこまでにして差し上げてください。彼は一人でここまで貴女を運んできてくれて、その上一晩中貴女の汗を拭き、悪寒に震える貴女を必死に温めてくれて、峠を越えるまで見守ってくれていたんですよ。包帯を巻くのは私が行いましたが。」

大声を上げそうになった私を諫める涼やかな声。聴き慣れぬ声の方を向こうとすると、瞬時、胸にズキッと痛みが走って、思わず顔を歪めてしまう。そのまま何とか顔を上げてみれば、声の主―――40代くらいの温厚そうな男性が、目を不自然に閉じたまま微笑んでいた。

「お前は・・・」

「失礼しました。海の姫。私はマルキオと申します。ここでしがない医者の真似事をしている者です。」

彼はそう言って少し頭を下げる。

落ち着いたところで言われた通りよくよく見直せば、私は全裸ではなく、胸や手足にきちんと包帯を巻かれていた。医者だという彼が治療を施してくれたようだ。別段何かかすめ取られる、ということもないようだし、アスランの胸には相変わらずハウメアの護り石が淡い光を放って存在感を示している。

悪人、ではなさそうだ。私は少し安堵した。

そんな私の様子を感じ取ったのか、彼はクスリと笑って説明してくれた。

「ご安心ください。私は見てのとおり目が見えないのです。ですので貴女のお体を見入るようなことはできません。…最も一応身分は医師、というよりこの地に使わされた導師ですので、男女の摂理からやや距離を置いておりますから、どうぞご安心ください。」

私の不安を感じ取ってか、先んじて説明しながらも、慣れたように私のベッド脇まで椅子を引き、ゆっくりと腰掛けた。それを待って私もようやく落ち着いて礼が言えた。

「そうか。手当をしてくれてありがとう、感謝する。…で、私はどうなっていたんだ?」

最後の記憶の糸を手繰り寄せると、確かクサナギはプリスターに襲われて、功を焦った私は海に叩き落された。それを見たアスランがキレた上に、怪物を倒しただけでなく私たちに襲い掛かってきて、それで無理やり大声を出してアスランを止めた後からプツリと途切れている。

「貴女は海上で怪物に襲われ、その際、肋骨を2本骨折。そのうちの一本が肺に刺さりかけていました。気胸のような状態になっていたところに、海水が入ったらしく、肺炎症状を起こしていたのです。海の上ではロクな治療ができない、とのことで、船がたどり着いた一番近くの港から私の教会兼診療所に彼がここまで運んできてくれたのですよ。」

「そうだったのか…」

そして一晩中、私の隣にくっついていた、というわけか。

今ならわかる。あの頬に当たったプニプニは、コイツの肉球だ。

私の涙を拭いてくれていたのか。

そして、大方肺炎を起こした私の熱が下がらず、体を張って温めてくれていた、と。

私以上の指揮官ぶりや強さを見せつけてきて癪に障る相手だったはずだし、しかも包帯を巻かれているとはいえ、その…私の肌に触れたわけだし///(こいつのモフモフは脱げないので、決して互いの素肌が密着したわけではないぞ!断じてない!!)

でも、あれだけの戦いの直後で疲れていただろうに、それでも一人で意識のない私を運んできたうえに、自分が力尽きるまで私を看てくれていたなんて。

嬉しいようなまだ癇に障るような、複雑な心境だが、それでも礼は言わねばなるまい。

(ありがとうな。)

意識のないアスランの頭をサワサワと撫ぜる。すると眠ったまま両耳だけピクっと動いた。

「大した忠犬ぶりですね。」

マルキオ導師もそう言って軽く笑う。

目の見えない導師が「忠犬」、つまりは犬(狼らしいが)だとわかるのだから、彼には魔力か何かが宿っているのだろうか。見えない目で患部を確実に治療するなんて、なかなかできるものじゃない。

それよりもアスランが一人で私を運んできた、と言っていたが、他のクサナギの手下たちはどうしたのだろう?

「なぁ、ここは一体どこなんだ?港街から離れているようだが。」

港町ならではの潮の香りがしない。すると導師はこう答えた。

「ここはオーブ海の西にある『アププリウス』という地です。」

「『アププリウス』…!?」

私は思わず息をのんでしまう。

 

オーブ海の西―――そこは魔物の住まう場所として、今や人間はほとんど足を踏み入れない。第一魔族の吐き出す瘴気が濃くって、普通の人間が足を踏み入れたら肺が腐れ堕ちてしまう。

 

オーブ海の西側はかつて大きな国があったと、昔お父様に聞いたことがあった。オーブよりも大きな国家で、私がまだ幼い頃、魔物と瘴気に襲われ滅んだという。確かその首都の名前が『アププリウス』だったはず。まぁ、その後、暫くしてオーブもセイラン家に乗っ取られてしまったので、ほかの国のことを気に留める間もなかったが。

 

そうか、そんな場所ならそりゃ手下たちは来られないわけだ。いや、それより、

「そんな中で生きているなんて…お前は―――」

「そうですね。私も魔族―――と言いたいところですが、正真正銘、私は人間です。しかし『彼岸の魔女』から、こうして力を授かり、人を救うよう、医者の真似事を・・・というわけです。」

「『彼岸の魔女』だって!?――っ!ゴホッ、ゴホッ!」

「あまり大きな声は出さずに。まだ肺へ大きな負担はかけられませんから。」

それは分かる。自分の身体だからな。でもそれ以上に恐ろしい言葉を聞いた。

 

『彼岸の魔女』…この世界に伝わる何百年も生きている最強の魔女で、彼女にかかればどんな魔獣をも倒してしまう。そして、無論人間であっても容赦はない。魔族を支配におけるこの魔女に逆らうことは世界を滅ぼすと言われ、彼女が住まう『魔女の森』のある場所がオーブ海の西というのがもっぱらの噂だ。なので瘴気や魔族と同様に、この魔女を恐れて誰もこのオーブの西に足を踏み入れる者はいないというのが理由の一つでもある。なのに、よりにもよってその魔女に力をもらった!?

 

「お前は、その魔女と会ったというのか!?」

「はい。最も私はこの目ですので、御仁とお会いしてもそれが彼岸の魔女とはわからずに話をしていたのですが。」

「それで、魔女から瘴気への耐性や治癒の力をもらった、と」

「いただいた、というか、まだこの地に取り残されている人間がおります故、彼らを助けてください、と頭を下げただけです。教会は聖域ゆえ、なんとか瘴気から守ることができていた唯一の場所ですので、ここに避難できた皆と必死に願いました。そうしたら、彼らを助ける条件として、私に一つの役割を果たすよう命じられたのです。」

「それが「医者」ってことか?」

「はい。魔女はある意味医療の達人です。いや、薬学に優れている、といったほうが良いでしょうか。人の医者から見放され、行きつくすべの無くなった人間が、唯一望みをかけて魔女の元に薬をもらいに行こうと瘴気の中に命を投じるものが後を絶たず、それを憂いた魔女が私に瘴気の耐性をつけ、そして携わっている、という流れです。」

「へぇ・・・」

聴くと意外な返事だ。

恐ろしいと言われた彼岸の魔女に、そんな慈悲深い心があったなんて。…でもそれは噂であって、実際に対面した者はいない。私も伝説に聞くだけで、長い鼻の曲がった老婆が魔杖を振りかざしている絵を見たことがあるくらいだ。この導師の言うことも眉唾物と言えばそれまでだが、見えない目で私の怪我の場所がわかったり、適切な治療をしてくれた事実がある。なら存外信じていいのだろう。

魔女から貰った治癒の力は抜群なようだ。

 

ん?待てよ・・・

 

何でも治せるのだったら―――

 

「治せるのは、病気、だけか?」

「と、いいますと?」

彼が不思議そうに眉を顰める。

「他にも治せるものはないか、ということだ。例えば・・・『呪い』とか。」

「呪い、ですか。・・・ひょっとして、彼のことでしょうか?」

やはり気づいたか。いかな目が見えなくても、コイツの人間ではない気配やモフモフ…は余計か。とりあえず尋常ではないことは判ったらしい。

だが予想に反して彼は笑ってこう言った。

「聞きしに及ぶ海の姫は存外、お優しいのですね。自分のこと以上に、彼のことを心配されるなんて。」

私は思わずドキッとして、慌てて否定する。

「ち、違うっ!///その、コイツのつけているハウメアの護り石を取り上げたいんだが、呪いがかかっていて取れないらしいんだ。」

「ほう・・・」

導師は顎に指を添えて、いくらか驚いた様子だったが、しばし考えるとこう言った。

「それほどの呪いでしたら、やはり彼岸の魔女のお力をお借りするしかないでしょうね。」

「そいつなら、これを外せるのか?」

「わかりません。が、あの方を置いて、この世にそれ以上の魔力を持つ方はいらっしゃらないでしょう。」

となると、やはりこいつを魔女のところに連れていくしかないだろう。

しかし、口では簡単に言えるが、絶対的に無理なことがある。

「こいつはまぁ、魔族っぽいから大丈夫だと思う。何せここまで私を連れてきたんだから。だけど私は普通の人間だ。瘴気の中に入ったら、私は生きては帰れない。もちろん、クサナギのみんなもだ。しかしだからと言って、コイツ一人で行かせて逃げられるわけにもいかない。何しろ折角の大物ハウメアだ。見逃すわけにはいかないんだ。」

これだけ人が話しているというのに、まだ目を閉じたままのアスランの頭を再びそっと撫ぜる。モフモフしていて、それで温かい。夢の中で包まれた、あの温かさだ。

その私たちの様子を感じてか、導師はまたクスリと笑う。

「何だ?何がおかしい。」

舐められるわけにはいかない。これでも女海賊長なのだ。少しにらみを利かせた視線を向けるが、そういえば見えないのだから、どんなに表情を作っても、どうにもこの導師には纏う気配で気づかれてしまうようだ。

「いえ。確かにそうですね。でも貴女は運ばれてきたとはいえ、それでもしばらくはこの瘴気の中をここまでやってこられたのです。多少なりとも耐性はあるのではないでしょうか。」

「そうなのかなぁ…」

そこら辺の理屈は判らない。そうしたら導師はこういった。

「案外、彼が関係しているのかもしれませんね。」

「アスランが?」

そういえば、コイツがブチキレて襲い掛かって来ようとしたとき、私が叫んだら大人しくなったっけ。

あの時は「躾のために『犬が主人公のマンガ』を読んでいてよかった〜」と思ったけど、あの時、私を助けてくれたのは、コイツの胸にかかっている呪い、ハウメアの護り石が輝いたからだ。護り石だけあって、ある程度の範囲は人間に対して護るように力が働くのかもしれない。

だとしたら、そんな貴重なお宝、余計にこいつに独り占めさせるわけにはいかない!やはり多少怖くはあるが、なんとしても魔女のところに行かなければ!

「とにかく、その彼岸の魔女のいるところまでこいつを連れていきたい。道案内を頼めるか?」

しかし、導師は初めて難しい顔を見せた。

「それは流石に無理です。この目ですし、何より私は患者を置いていくことはできません。」

「そうか。…そうだよな…」

無理はさせられない。いかな海賊とはいえ私たちは義賊だ。義に反することはしたくないのが私のモットー。だったら

「なら、道行だけ教えてくれないか。そうしたら私たちだけで行くから。」

「道も分かりません。以前お会いした時は、彼女がこちらに偶然いらした時ですから。」

「そうか…」

万事休す。こうなるとひたすらコイツを一緒に連れて、森の中を当てもなく彷徨うしか手段がなくなる。

オーブ海の西、という以外、彼岸の魔女がどこに住んでいるのかもわからないのだ。方々を訪ね歩く、といってもこの国は既に滅んで人が住んでいないし、第一、恐れをなしている魔女の住まいを知っている人間なんていないだろうしな。だだっ広い大国を彷徨うには、食糧や武器の準備もいるだろうが、何しろどれだけの時間が必要となるか見当もつかない。

「・・・」

私はシーツを無意識に掴む。幾筋もできたドレープの先は広がって、私がどの運命を選んだとしても見えない未来を暗示しているかのようだ。

その様子を感じ取ってだろうか。導師がふと呟いた。

「悩まずとも、自ずと道が開けるのではないでしょうか。あなた方は『SEED』を持つ者のようですし。」

「は?『シード』?『種』!?何だそれは?」

「いずれお分かりになると思います。何しろ魔女の住まう森の入り口である、ここまでたどり着いたのですから、少なからずとも魔女の導きがあったのではないでしょうか。」

「はぁ…」

何だかさっぱり意味が分からん。要は何か力みたいなものを持っていて、それを彼岸の魔女がキャッチして、私たちをここまで来させるよう導いてきた、ってことでいいのかな?

導師は微笑みを絶やさずこう言った。

「彼女は見ていますから。この世界で起きている全てを。」

人の運命まで操れるなんて、そんな凄い魔女なのか。流石は寿命何百年の研鑽を摘んだ世界最強だ。彼女なら一発でオーブの危機を救ってくれるのでは…と思ったところで首を振る。

オーブは私の国だ。私の力で取り戻さなければ、国民はついてこない。

魔女に比べてなんて非力なんだろう、私は。一国はおろか、クサナギの手下たちまで私の感情のせいで危機に巻き込んで。

こんな私に、人を率いる力があるのだろうか。

すると落ち込んだ私を諭すように、導師がそっと私の肩に手を触れた。

「先ずは貴女の身体を治すことから始めないといけませんね。しっかり食事を摂って力をつけないことには、気持ちも前向きになりませんから。それに彼岸の魔女が住まう森にたどり着くまでには、恐ろしい魔物の住処を潜り抜けていかねばなりません。その前に最強の魔族と言われるヴァンパイアの城もありますし。」

最強の魔女に吸血鬼。そりゃ命がいくつあっても足りないようだ。でも、ハウメアを集めてオーブを救う。お父様との約束を違えるわけにはいかない。

すると

「・・・カガリ…?」

眠い目をこすってアスランがのそりと起きだした。

「ようやく起きたか?」

コイツを前にすると不機嫌な顔しかできなかったが、今は蟠りが少し解けた気がする。何しろ私を担いで一人ここまで来てくれたんだ。今は感謝の二文字だ。それが自然の笑顔になった、と思ったら、今度はアスランが導師が居るのも目に入らないのか、必死の形相になった。

「大丈夫なのか!?苦しさは!?痛みはないか!?」

私の両肩をつかんで揺さぶらんばかり。軽く走った痛みに顔を顰めたら、慌ててその肉球を手放して、涙目になった。

「・・・ごめん…俺が、守れなかったばっかりに・・・」

最初に出会った時と同じウルウルな瞳になっていく。これだけは苦手だ。

「ううん。ここまで一人で私を連れてきてくれた上に、ずっと看ていてくれたって聞いたぞ。本当にありがとうな。」

まだ緑色が潤んで顔を伏せてしまう。でもしっぽがブンブンしているところを見ると、喜んでいるみたいだ。

「それに・・・//////

「カガリ?」

「いいや、何でもない。早く治さないとな。」

そう言って私は三度アスランの頭を撫ぜた。

 

 

私は暫し、教会に身を寄せた。

食料は豊富、とは言えなかったが、クサナギから支援物資を運び、養生とリハビリに精を出した。無心にそれだけに打ち込む様にしないと、また気持ちが滅入ってしまう。

港に下りてみたが、クサナギはあのプリスターとの戦いで、かなり損傷してしまっていた。

「暫くはここで物資を調達しつつ、船の修理にかかります。一応瘴気は海風が今のところ防いでくれていますし。」

アマギが状況報告してくれる。皆が一堂に集まったところで、私は今後の進路について話を進めようとした。だけど、その前に

「その…皆、すまなかったな。」

私は皆を前に頭を下げた。

手下たちは一堂に目をぱちくりし、互いの顔を見合わせた後、「えぇーーーーーっ!?!?」と嵐にも負けないほどの大声で驚いた。

「ど、ど、どうしたんですか!?お頭…」

「ヤバイ、もしかして、落ちたときにどっか頭ぶつけたんじゃ…」

「ちーがーうーっ!!」

私の一喝にようやく静まり返ると、私は朴訥と話し始めた。

「私の変な焦りから、クサナギを危険に巻き込んでしまった。お前たちには心配をかけただけでなく、クサナギにまで余計な損傷を負わせてしまい、負担もかけてしまって。長として失格だ。本当にすまないっ!」

きりっと気を付けの姿勢を取った後、深く頭を下げる。すると

「そんなことないですって、お頭。」

「船長、顔を上げてください。俺たちみんな無事ですし、」

「クサナギも、ここのところ航海続きだったから、いい休養になりますって。」

口々に私を気遣ってくれる。キサカとトダカが静かにクスリと笑って言った。

「『諫言、耳に痛し』というやつだな。」

「それが分かってこそ、立派な王たりえる。ウズミ様のお言葉そのものだ。」

私はどうやら急ぎ過ぎていたようだ。直ぐに一人前の長たる器を持っていなければ、という焦り一つが、こうしてかえって臣下たちや国民を危険に巻き込んでしまうものだと、ようやく悟れたようだ。

キサカが私の頭―――ではなく、肩を叩いてくれた。今まで頭ばかりポンポン叩いていたくせに。

でも、これで一人前って認めてくれた証拠かな?

そう思って、チラリと後ろに視線を向ければ、アスランが少しはにかんだように、初めて笑顔を見せてくれた。

ちょっとそれに勇気を貰えたかな…私は改めて知恵を求める。

「それで、だ。今後のことだがアスランの持っているハウメアの護り石の呪いを解くために、『彼岸の魔女』の元に行かなければならなくなった。」

「え!?『彼岸の魔女』ですか!?」

「あの最強最悪で、齢何百年も生きているっていう?」

「お頭!間違いなく命落としますから、辞めてくださいよ!命あっての物種っていいますし!」

私より手下たちがビビっている。いや、行くのは私なんだが…

なんか涙を流しながら懇願する手下に手を焼いて、キサカとトダカに視線で救援を求めるが、二人とも今まで見たこともないほど厳しい表情になっている。

この二人ですら緊張するくらいだから、やはりかなり無謀だろうか。

でもハウメアの護り石は何としても欲しい。

「この旅は私とアスランだけで出向く。ただ、どのくらい時間がかかるのか全く読めないんだ。この分だと奥地に行くほど人は住んでいないだろうし…」

「そんな、当てもなくこの瘴気の中を何日も、ですか?」

手下どもも不安になっている。私は空気を切り替えた。

「とりあえず、アププリウスにはまだ人が幾人か残っているようだ。彼らから情報を集めるだけ集めて、それを元に―――」

「あの…」

言いかけた私に、おずおずと手を上げたのはアスランだった。

「多分、だが…俺、魔女の居場所、知っている、と思う…」

暫く船内が沈黙したのち、

「えぇーーーーーーーっ!?!?」

怒涛の驚きが爆発した。

 

 

そして数週間が過ぎたところで

「―――よし。それじゃいざ!『彼岸の魔女』の森に出発だ!」

私は勢いこんで行き先を指さす。手下たちはクサナギの修理に取り掛かり、私とアスラン二人で彼岸の魔女に会いに行く。

「カガリ、絶対俺から離れないように。」

「わかってるよ、ハウメアの護り石が瘴気を避けてくれる範囲はお前の半径2mくらいだし。私もハウメアを目の前に肺を腐れ落とすわけにはいかないしな。」

それでもアスランは不安げだ。

「魔族が出ても、君は俺が守るから。」

「もういいってば。それに―――」

「『それに』?」

「い、いや、何でもない!///さぁ、いくぞ!」

教会を後に、私たちは瘴気渦巻く黒々とした森の方へと足を進める。

 

やることはただ一つ。

 

ハウメアを手に入れるために、何があっても彼岸の魔女の元にたどり着く。

それまでは泣き言も言わないし涙も見せない。

それでないと、困るんだ。

 

(―――「・・・・・・」)

 

夢の中で聞こえた、あの言葉

あれは…アスランの悲しそうな声

 

(―――「俺の手が、こんなじゃなかったら、君の涙を拭ってあげることができたのに…それに…」)

 

「カガリ?俺の顔に何か?」

「い、いや、何でもない!///

「本当に?」

「ホントだってば!しつこいぞお前。」

「だって気になるから。カガリのこと」

「お前そういうことをサラっと言うな!///あの時だって――」

「あの時?」

「だーかーらー、話す前に足を動かせ!」

 

私は走るようにアスランの先を行く。

今は、ちょっと…顔を見られたくない。

多分、私、顔が…赤くなっている。

あんな言葉を言われたの、生まれて初めてだったから…

 

(―――「君を・・・抱き寄せることができるのに…」)

 

 

 

・・・to be Continued.