私はハウメアの護り石にくっついてきた付属品(いや、付属品というより、一応そっちが本体なのだろうが)をしげしげと眺める。

 

手足の先はまるでぬいぐるみのような銀のモフモフで、同じく銀色のモフモフのフードを付けているが、体のバランスや、そのほかの部位を見る限り「人間」…しかも私と大して歳が変わりない程度に見える。

意識がないのか、俯せてフードから零れた横顔をさらしたまま、彼は南洋の日差しが照り付ける島にそぐわないくらい白磁の透き通った素肌で、未だその瞼を閉じたままだ。

「お頭〜そいつ、何なんですか?」

「ただのガキ、に見えなくもないですが…」

手下たちもどう取り扱っていいか、考えあぐねているみたいだ。

何しろ私の羅針盤に引っ掛かった主だ。魔族なのかもしれないし、簡単に手は出せない。でもその胸に付けているお宝は頂戴したい。

「……」

私はそこに落ちていた枯れ枝で、とりあえず反応を伺ってみることにした。

<チョンチョン>

とりあえずモフモフの頭を突いてみるが―――反応はない。

「おい。」

声をかけつつ、今度はその白磁のような頬を突いてみる。

<チョン>

ビクともしない。

「死んでいるんですかね。」「なんか死人みたいな顔色してますし。」

手下どもも背後から覗き込んでくるが、これだけの人の気配があってもモフ男(名称が無いのでとりあえずこれに決めた)はやっぱり動かない。

(動かないな…死んでいるんだったら墓の一つでも作ってやろうかと思うが、その前に…)

 

―――どうしてもやりたい!何故か私の心を掻き立ててくれる、その―――「モフモフ」を直に「モフ♪」ってやりたい!―――

 

私は小枝を捨て、大きな肉球付きのその手を握った。

<モフ…>

(柔らかい…v)

堪らない感覚に、手が止まらん!

<モフ。モフ、モフ、モフモフモフモフモ―――>

<ガバッ!>

「うわぁっ!」

いきなりモフ男が上半身だけ起き上がった。私は慌てて腰のサーベルを抜き取り構える。だが、

「……」

見開いたモフ男の目は、ハウメアのそれとは正反対色の濃いグリーン。しかし透き通っているのに虚ろで、ボォ〜っとさせた視線の先に、私を捉えた。

(く、来るのか!?飛び掛かってくるか!?)

私は一気に戦闘態勢に入る。無論手下たちも各々銃やナイフを取り出し、一瞬ののちに緊迫した空気をまとう。が、

<…ポテ。>

モフ男はまたそのまま力なく地面に突っ伏した。

「…おい…」

恐る恐る近づいて様子を見る、と

<グゥ〜〜〜キュルルルルーーー……>

何だ?この音は。というか、何時もよく聞く定番の音だが…

「もしかして…」

私はモフ男の前にしゃがみ込むと、こう言った。

「お前…ものすごくお腹が減っているのか…?」

モフ男は小さくコクコクと頷いた。

 

 

***

 

 

「モグモグモグモグ…」

とりあえずお宝を放置して置くわけにもいかず、私はこのモフ男をクサナギに連れ帰った。先のバジリスクとの戦いで、まとまった支援物資を貰っていたから食糧は今のところ大丈夫。なので、艦長室に連れて行き、目の前に食べものを並べてやった。

ふつうこの後の展開としては、噎せ返りながらも勢いよく食べものをガツガツと食べる展開になるはず、と思ったが

「モグモグモグモグ…」

ひたすらゆっくりと、よく噛んでお行儀よくモグモグしている。

「お頭と違って、偉いお行儀いい魔物ですね。」

料理を運んできた手下が感心するもんだから、私が一睨みしたら慌てて逃げて行ったけど、モフ男は確かにお上品だ。

(なんだよコイツ!犬っころ着ぐるみ着ているくせに!)

何だか釈然としない。そんな私の不機嫌さに気づいたのか、モフ男は丁寧にナプキンで口を拭くと、「ごちそうさまでした」とまたご丁寧に綺麗なお辞儀する。

「本当にありがとう…もう空腹で、そのまま行き倒れてしまって…君が助けてくれなければ、そのままあの世行きだったよ。」

何だか儚い笑顔を見せるモフ男を、私は耳の先から足のモフ…いや、足の先までジッと観察した。

人間だとすれば、こいつの見た目は私と同い年位。エメラルドのような綺麗な瞳に、テノールの良く通る声。それに…なかなかに端正な顔立ちをしている。多分女の子が見たら、キャーキャー歓声を上げられそうな感じだ。品の良さから行くと、まさに「どこぞの国の王子様」という感じだろう。ただ、この常夏の海に似つかわしくないほど毛並みのいい着ぐるみを付けている。いや、本当に着ぐるみなのか?第一しっぽがご機嫌な様子でフリフリ動いている。

何より気になるのは、その首から下げているお宝だ。

今までの狩りで得てきた魔石は紫水晶のような色をしていたが、コイツの下げているお宝は、きれいな赤い色だ。

そしてもっと気になるのは、その両手足のモフ。

「それ、手袋か何かなのか?わからないが取って食べればいいじゃないか。」

最初は一応人間として認定したうえで、食事を運んだ時、カトラリーも並べてやったのだが、モフ男は何だか目をウルウルさせていた。

「…これ、俺の手なんだけど。」

「は?着ぐるみじゃなくって?」

そういって引っ張ってやったが、確かにガッチリくっついている、というか、引っ張ったらモフ男が凄い痛がったので、ここは言い分を認めてやることにした。

だとしたら、コイツは半妖…半人半魔ってやつだろうか。俗にいう人間と魔族のハーフ、ってことなら納得できなくもない。が、その前に

「その両手足じゃ、食い物取るのだって大変だったじゃないか?」

「いや、今みたいにパンや果物だったら普通に食べられるから。」

そう言って、さっきやったみたいに、今度はデザートの果物を、きちんと両手で持って齧ってモグモグ。本当にどこかできちんとしつけられた…王子様みたいなやつだ。

その前に、コリコリモグモグしている姿は、犬、というよりネズミみたいだが。

「てか、犬のくせに草食なのかよ。」

「俺は『狼』だ。」

あ、少し不機嫌になった。でもなんか嬉しい。こいつはちゃんと人間の感情を持っていて、初対面の私にも心を開いてくれたようだ。

「なら聞くが、何で狼男がこんなだだっ広い海の小さな孤島に一匹でいたんだ?」

「それは、乗っていた船が座礁してしまって…」

狼男(いや、迫力に欠けるからモフ男で行く)はそう言ってまだ寂しそうな表情に曇ってしまった。

私もテーブルに頬杖をつきながらふと思い返す。あの座礁した船の中には真新しいものがあった。多分アレに乗船していたのだろう。

「他の乗員はどうしたんだ?」

「それがみんなは小舟に乗って避難して…」

「お前は乗らなかったのかよ。」

「それは…その、お客でもなかったし…」

言い難そうにしているところを見ると、どうやら密航したんだろう。そりゃ人間ならともかくモフ男だもんな。完ぺきな人間とは言い難い。そのナリじゃお金払っても御免被るだろうな。

「……」

私の考えを読んだのか、また俯いてしまった。表情が分からないが、しっぽを見るとシュンとしているので、きっと落ち込んでいるのだろう。

「わかった。とりあえず次の港まで乗せてやる。だが料金は前払いだ。その胸のお宝(ハウメア)は置いて行け。」

私は椅子に片足をかけて奴を上から見下ろす。だが、モフ男は動じないどころか何だか薄っすら悲しそうに言いだした。

「無理なんだ。」

「へ?」

「これは俺にかかっている『呪い』で、外せないんだ。」

「『呪い』?」

「あぁ。だからどんなに外そうとしても、ましてやこの紐を切ろうとしても、絶対切れないんだ。」

「んなこと、あるわけ―――」

いや、ありえる。

さっき手下どもとみんなで引っ張った時だって、この紐はびくともしなかった。おまけに塵れもしない。大の男が数人がかりで切れないんだから、確かに呪いがかっている。でも

「どうしてもそのお宝は私には必要なんだ。だから置いていけ!」

そういってモフ男のハウメアを引きちぎろうとするが

「ふんぬぅぅうううううーーーーー!」

「痛いっ!やめてくれ!それにようやくここまでになったんだ!無にしないでくれ!」

「「ようやく」…「ここまで」…?」

苦しそうに叫ぶ声に思わず手を離したが、彼の叫んだ言葉の意味がよく分からず復唱する。モフ男は必死に首の痛みを摩って逃している、とそこへ―――

「船長、大変だ!」

激しい足音とともに手下が駆け込んでくる。

「どうした?」

「救難信号を見つけました。どうにも魔物に襲われているようです!」

「ちっ!こんな時に…」

目の前には大きなお宝(ハウメア)がぶら下がっているのにゲットできないイラつきから、思わず悪態をついてしまう。唇をかんでいると、モフ男は顔を上げた。

「どうするんだ?」

「決まっている。」

私はバサリとマントを翻した。

「義を見てせざるは勇なきなり!救出に向かう。」

 

<バシャーン!>

「キャーーーーっ!」

直ぐに発煙筒の示す先に向かうと、そこには小舟が数隻、何かの攻撃をかわしていた。海の底から幾つかのヌルリとしたものが、小舟に絡みついている。あれは―――

「『クラーケン』だ。」

「『クラーケン』?」

モフ男が私の背後で尋ねる。

「あぁ、海につきもののお化けイカだ。」

既に手下たちは思い思いの武器を手に取り、小舟の乗員を救出しながらクラーケンの足に斬りつけている。

私もヒョイと小舟に飛び降りた。

「急げ!こんな小舟じゃクラーケンの触手であっという間に海の底に引きずり込まれるぞ。梯子を下ろしてクサナギに移させろ!」

「了解!」

私はてきぱきと指示をする、が、正直ここからが問題だ。私のサーベルでは突き刺す専門で、クラーケンのヌルヌルと肉厚の筋肉には正直分が悪い。

「カガリ、これを使え!」

そう言って甲板からキサカが投げてよこしたのは小銃。これならいける!

「よし!お前ら小舟を泳がせてクラーケンの顔を出させろ。止めは私がこれで仕留める。」

クラーケンの急所は目の上、消化器の奥にある心臓だ。足だけじゃなく体を海上まで出させないと一発で仕留めるのは難しい。

「行くぞ、お前たち!」

掛け声とともに手下たちが一気に舟を漕ぎ出す。案の定、四散した小舟の動きを追って、クラーケンが全ての小舟をつかもうとして引っ張られ、巨体が顔を覗かせた。

「よし、二兎を追うものは一兎も得ず、だ。欲張るからお前の巨体ががら空きだ。」

そうして私が銃口を向ける。今がチャンス!―――と思ったが、

「うわぁぁあああ!」

手下の一人が絡みつかれた。まずい、このままだと彼が海に引きずり込まれてしまう。

「くそっ!」

今日何度目かの悪態をつき、致し方なく銃口を手下に絡む足に向ける。

<パンパーン!>

当たりが効いたのか、クラーケンの足が慌てて海中へと逃げる。

「す、すいません、お頭…」

「仕方ない。もう一度―――」

そう言いかけた私の目の前で、

「はぁあああああああっ!!」

クラーケンの足をむんずと捕まえる男が一人―――

「モフ男!?」

いつの間にか小舟に乗り移っていたモフ男が、クラーケンの足を一気に引き上げている。

「そんな!?馬鹿な芸当ができるわけ―――」

クラーケンの粘液で、普通は足をつかむ事なんてできない。ましてや巨体を引き上げることなんて一人じゃ絶対無理だ。

「やめろ、危ないぞ!」

しかしモフ男はあのモフモフの手足から強靭な爪を覗かせて、クラーケンに突き立てる。そして

<バシャーーーーーーッッ!>

クラーケンの巨体が海から引きずり出された。

「今だ、船長!」

彼の声に我に返り、慌てて照準を定める。そして

<パァァーーーーーン>

見事に心臓に届いた弾丸。クラーケンは暫し暴れたものの、やがて静かにその巨体を海深くに沈めていった。

 

「やったー!」

「凄いな、あの兄ちゃん…」

皆驚きと歓喜でモフ男を囃し立てるが、モフ男は俯く。でも…しっぽがピョコピョコしているところを見ると、まんざらでもなさそうだ。

「さて、と。」

改めて船長室にモフ男を呼び(というか勝手に後からついてきた)、私はドカッと椅子に座り、向かいの席に座らせて尋問再開だ。

「なぁ、お前密航していたみたいだけど、どこに行くつもりだったんだ?」

「それは、ある意味もう着いた、というか…」

「は?」

「いや、そうじゃないんだが…」

「はっきり言えよ。」

「その…お願いだ。俺もこの船に乗せてくれないか?」

「もう乗ってるだろう。」

「そうじゃなくって、これからも君の傍に居させてくれないか!?」

「はぁ?」

確かに航海は人手がいる。しかし食糧や武器も含めてある意味補給は毎回ギリギリだ。これ以上雇うなんてことはできない。しかも魔物…かもしれないコイツを連れて行くなんて。

だが、一見奥ゆかしく見えたモフ男は想像とは裏腹に食い下がってきた。

「先ほど見てくれたからわかると思うが、俺は戦える。多分君らより力は強いし、この爪で敵を往なすこともできる。無論、戦いがないときは船の仕事を手伝う。だから―――!」

「えぇ…」

今日数時間前に出会ったばかり。しかも、人間なのか魔物なのかわからん奴を、そう簡単に「はいそうですか」と招き入れるわけにはいかない。私たちには私たちの目的もある。敵は強大だ。こいつをそれに巻き込んでもいいものだろうか…と悩んでいたら

「駄目、なのか…?」

なんだよ、何だよ!?そのウルウルした目は!!

まるで雨の中で「この子を拾ってください」って書かれた段ボールの中で「キュゥ〜〜ン」って潤んだ眼で見上げてくる子犬みたいじゃないか!!しっぽまでしょんぼりしているし。

困り果てて、ドアの向こうで見張りをしていたキサカに視線を向ける。

彼なら言葉を選んでこいつに言い聞かせてくれるだろう、と思ったのだが

「カガリ。」

「なんだ?」

「ちゃんとお前がしつけをしろ。散歩も毎日欠かさず。お前がきちんと面倒を見ろ。いいな。」

「え、えと…」

期待していた答えが全然来ない!

そしてモフ男に恐る恐る振り向けば、瞳のウルウルが更に倍増している。

「はぁー…」

駄目だ。どうしてもこういうのに私は弱い。泣いている子を放っておいちゃいけない、と散々子供の頃言われてきたせいだ。

「わかった。とりあえずお試し期間でお前の面倒も見てやるから。」

「本当か!?」

途端に目が輝きだした上に、しっぽまでビュンビュン振っている。凄い回転数だ。

「ところでモフ男、お前―――」

「『アスラン』だ。」

彼―――モフ男は今までにない紳士な表情で、真っすぐ私を見て手を差し出した。

「『アスラン・ザラ』だ。よろしく頼む。カガリ船長。」

 

 

 

・・・to be Continued.