昼にしてなお夜より暗い闇の中。

私とアスランは一言も交わすことなく歩みを進める。

何処が目的地か私でも分かる―――玉座の間。

目の前に立つと、上の階まで届くような大きな両扉のドアが、勝手に開いた。そして城のエントランスホールより広いその部屋の最奥にある玉座に、その男は足を組み、深々と座り込んだまま、こちらを見た。

「ようこそ、アスハの姫君。そして…よく生きていたな、アスラン。」

「クルーゼ…」

アスランの翡翠が細まり、噛みしめる唇から牙を覗かせている。

(あれが―――「ラウ・ル・クルーゼ」…)

初めて見たその男は、魔族とは正反対の純白の司祭服にアイマスク。見かけはほぼ人間そのものだ。だが、圧倒的に背に負っている黒の妖気が隠しようのない邪悪さを放っている。

「お前がクルーゼか。」

「いかにも。ここまで愚者の石の欠片を集めていただきましたこと、感謝痛み入ります。さぁ、それをお渡しください。」

言葉こそ丁寧だが、完全に私たちを下に見ている慇懃無礼なその口調に、私は一気に嫌悪を覚えた。

「お前の話は彼岸の魔女から教えてもらった。お前が恨みを募らせる理由も聞いた。だけど…だけど何でそれを全ての人に向ける!? お前を認めた人間だっていてくれたんだろ!アスランのお父さんみたいに!なのに何故すべてを滅ぼそうとするんだ!?」

私の叫びにクルーゼが口角を上げる。まるで子供が道理の無い文句を言っているのを、鼻で笑っているみたいにして。

ひじ掛けに、トントンと指先で拍子を取ると、クルーゼは言い放った。

「何を言うのかと思えば、今更な質問だな。どこに行っても存在を認められない者が、どうやって承認欲求を満たすと思う?それは『力』さ!圧倒的な力で服従させる。これこそ究極の自己存在意義だろう?」

「馬鹿を言うな!服従の前に、全てを滅ぼして何になるっていうんだ?民無き国の王になって何の意味がある!?」

「人は小賢しい。なまじ『賢者の石』などという物を持って、魔族すら支配しようとするなど、それこそおこがましいというのに。その点、魔族はまだいい。能あるものを滅ぼせば、後は強き者に従うだけの脳みそを持つ者しか残らない。そうそう、お前の叔父や従兄のように、な。」

「っ!!」

確かにクルーゼの前に屈したかもしれないが、それでも我らが大事なオーブの民だったウナトとユウナをバカにされ、私の怒りは更に増す。だがそんな私を尻目にクルーゼの口調に不服が混じった。

「だが、人は面倒だ。欲にかられるだけならまだ利用価値もあるが、下手な正義感で民意を買われれば、こちらを追い込んでくる。故に邪魔な存在でしかないのだよ。」

「なんだと…?」

クルーゼが立ち上がる。そして私に手を差し出した。

「とりあえず、下らぬ言論は時間の無駄だ。わざわざ君たちを招いたのは、君の持つ『愚者の石の欠片』をすべて私によこせ、ということだ。ラクス・クラインには随分と骨が折れたが役には立った。欠片を持つ魔獣を倒してもらい、キラ・ヤマトが回収に来ると面倒になる故、奴には服従の利く魔獣を送りこんで、何とかあの場に押しとどめさせた。しかし、誤算は君たちだ。まさかアスランが探し出した欠片を、賢者の石の巫女が回収していたとなると、迂闊に手が出せない。アスラン、貴様は分かってそう動いていたな?」

「だとしたら何だ。今お前の手元には完全な愚者の石はないはずだ。なら、賢者の石の完全体がある俺と戦えば、お前に勝ち目はない。潔く縛に付け。」

「ハッハッハ。あの子狼がとんだ口を利くようになったな!こんなことなら最初からお前だけは殺しておけばよかった。生かしておけば従属させて何かの役に立つかと思っていたが、無駄だったな。…しかしまぁいい、今からお前と姫君を始末すれば、後の脅威はラクス・クラインとキラ・ヤマトだけ。だが奴らとてあの森から動くことはできまい。僅かに生き延びた命を救うだけでも手いっぱいの奴らは、赤子の手を秘めるより簡単に始末できる。」

「やめろ!二人に手を出すな!」

私は叫んだ。二人は必死に戦っているんだ!約束したんだ。絶対クルーゼを倒してくるって。そうすれば二人ともようやく苦しみから解放される!

「お前のせいで、あの二人だってずっと苦しい想いから耐えてきているんだ!これ以上手を出す、というなら…」

「出すなら…どうするのだね?」

「お前を―――倒す!」

「私を?非力な魔女もどきのお前がか?アーハッハッハ!」

「っ!!」

多か笑うクルーゼに向かって、私は一直線に走り出す。腰のサーベルを抜き、一気に奴を突き刺す勢いで剣を振るった、が。

<フッ>

「!?」

瞬時に玉座から姿が見えなくなると同時に

<ドン!>

「うわっ!」

背後から火球のような瘴気の弾丸を食らった。プリスターほどじゃないけど、それでも体中にひびが入るような痛みだ。

「カガリ!」

アスランが吹っ飛ばされた私とクルーゼの間に割って入り、鋭い爪を突き立てる。

「くっ!」

クルーゼが片手で受け止めたが、すかさずそのままアスランの足蹴りがクルーゼの鳩尾に入った。アスランの動体視力とスピードはクルーゼより上だ。所詮は半妖。魔族といってもそこまでのスピードはないらしい。キラと同じくらいだ。

「だったら―――」

私も再び剣を振るい、同時にアスランも再度攻撃に転ずる。

(カガリ、風を感じて―――)

キラが言ってた。アスランの動きもクルーゼの攻撃も私の目には追い切れない。でも、アスランの呼吸と合わせることも、クルーゼの動きを読むことも、頭じゃなく体で理解できた。

「えぇい!この女っ!」

「人間だと思って、女と思って甘く見るなよ?」

アスランの掌底を両手で塞ぐクルーゼ。その隙に私の突き立てた刃が、クルーゼの肩を貫通した。

「やった!」

「ちぃっ!」

慌てて距離を取るクルーゼ。肩に刺さったままの私の剣を忌々し気に引き抜き、背後に放った。

「一気に仕留めるぞ、カガリ。」

「あぁ。」

そう言って、再び攻撃態勢に入る、が

「く、はっはっはっは!」

血にまみれた手で顔を覆いながら、何故か余裕の笑いを放つクルーゼ。

「何が可笑しい!?」

こっちの方が絶対優勢なのに、何で高笑いなんかしているんだ?

「いや、失礼。散々遊んでやってから、ゆっくりと仕上げに取り掛かろうと思っていたが、私を傷つけてくれたのでね。子犬でも主人に牙を剥けたら躾はしないといけない。重い罰を与えてね。」

「何を、言って…」

「これを見たまえ。」

パチンとクルーゼが指を鳴らす。すると、広間の片隅にあった水晶球が大壁に像を映し出した。

「―――っ!」「これは!」

私もアスランも息を飲む。

 

クサナギだ。

クサナギが黒煙を上げている。

そして、クサナギの周囲には、今にも襲い掛かりそうな巨大な魔獣たちの群れ。

護符でなんとか凌げるようにしてきたが、未熟な私の魔力では、クルーゼの放った瘴気に押されてしまっている。

手下どもはクサナギに乗せた避難民たちを守るのに必死で、トダカたちは銃や剣でどうにか往なしているが、あれだけの魔獣がクルーゼ号令の元、一気に襲い掛かったら…もう…

 

「私が何を言いたいかは、わかるね?姫。」

「…私の命か?」

「そんなものに用はない。君の持っている、それだよ。その小瓶の中身。それをいただけば、私は全ての愚者の石を手に入れることとなる。そうすれば、使えない賢者の石も、その使い手も敵にもならない。」

「―――っ!」

私は隠していた小瓶にそっと手を当てる。これを渡したら、クルーゼは完ぺきな力を得るのだろう。そうしたら…

「さぁ、早くしろ。私はそこまで気は長くないのでね。」

指先がそっと動くと、魔獣の一匹がクサナギに鎌首をもたげる。そして大口が開き、唾液を垂らしながら、手下たちに襲い掛かろうと―――

「やめろっ!」

「カガリ、ダメだ!ここは耐えるんだ!」

アスランが辛そうに私を制するが、やっぱり駄目だ。

私は小瓶を取り出すと、クルーゼに向かって放り投げた。彼は小瓶を手に取ると、口角を上げた。

「これだ…これで私は完ぺきな存在となる!」

そして、口を開けると、小瓶の中身を躊躇なく飲み込んでいく。すると

「うぐっ、くっ、ク、ハ、ハハハ、グアァアアアアアーーー!>

最初に両腕の袖が引きちぎれ、中から現れたのは、どす黒い硬質な鱗。そして爪が伸びた指と、とがった耳、更に背中から生え延びてきたのは蝙蝠のような羽、そしてマスクの下から現れたのは、鋭い目。やがて体は原形をとどめず、部屋の高さ近くまで大きくなっていく。

<グォオオオオオオオッ!>

「ドラ…ゴン…」

長くなった尾を床に叩きつけ、避けた口から炎が漏れている。そして、額にはティアドロップ型の黒い晶石は浮き出てきた。

「愚者の石で、身体が魔獣化したんだ。」

アスランが解説してくれるが、まさか、石を飲みこむなんて思ってもいなかった私は、言葉を発することもできない。

邪竜は目を細めて、黒水晶のようなそれに私たちを映す。どう見ても笑っているようにしか見えない。

<コレダ。コレコソ、マゾクノオウタルイゲンノアカシ。ワタシコソガ、マゾクノオウダ!>

そう言って歓喜しながらクルーゼ、いや、邪竜は容赦なく私たちを薙ぎ払った。

「うわっ!」

「キャァアアッ!」

(早いっ!)

動きが早すぎる。アスランでさえ、防御の姿勢を取るだけで精一杯だ。セイラン親子の変化したキマイラより早い。

するとアスランの瞳がみるみる金眼へと変わっていく。

魔獣化だ。また制御が取れなくなるのでは、と一抹の不安がよぎったが、アスランの口調はプリスターの時と違って理性的だった。きっと私と同じく彼も鍛錬を重ねていたに違いない。

「カガリ、君は遠距離から攻撃を。俺が隙を付いて奴に仕掛ける!」

「わかった!」

果たして銃の攻撃が効くのかわからない。闇雲に撃ちはなってみるが、

<キン!キン!>

硬質な音とともに、弾がはじかれてしまう。とんでもなく固い鱗のせいだ。

(だったら!)

<パン、パパン!>

どんな動物も目が利かなくなったら、土中生物でもない限り身動きが取れなくなるはず。急所と思い目を狙ってみるが、邪竜は五月蠅い小蠅でも追い払うように弾を避けきる。

「くそっ!」

だったら―――私自身が弾になればいい!

「このぉおおおお!」

鱗が固いのは分かる。それでもアスランの目くらましになるくらいは役立つんじゃないか。

そう思って突撃し、もう一本のレイピアの切先を邪竜に突き立てようとして見る。が、

<ゴォオオオオ!>

「うぁっ!」

吐き出された火球に吹っ飛ばされてしまう。

「カガリ!」

壁にそのままぶち当たりそうになったところを、アスランが身を挺して庇ってくれた。

「っ!」「キャッ!」

それでも衝撃が体に響く。

「…アス…ラン…大丈…分、か…」

ようやく顔を上げて彼を見るが、アスランの爪はボロボロで、体のあちこちから出血している。

「―――!ゴメン…私、のせい、で…」

瞬時、脳裏に浮かぶ―――やっぱりプラントに置いて来ればよかった。だったらこんなひどい目に合わせず、少なくとも命の危険から少しは遠ざかったかもしれないのに。

「…う…」

ヨロヨロとアスランも起き上がる。でも、フラフラだ。近接戦闘を繰り返し与えて、私を庇って…

ごめん、本当にごめんな。

だが

<バシッ!>

「うわっ!」「あぁっ!」

クルーゼは容赦なく、私たちを片手で薙ぎ払い、壁に打ち付ける。一気に止めを刺さないのは、楽しんでいるんだろう。

そして、クサナギの面々も、私たちが息絶えるその寸前で、一気に襲い掛からせて、私たちを絶望させてから、殺す…

<サテ、アソビモ ソロソロアキタナ>

邪竜がまた目を細めた。でも、私にはもう、立ち上がる力は残っていない。

 

ごめん、皆。

ごめん、ラクス、キラ

ごめんなさい、お父様

もう、戻れそうに、ない…

 

意識が遠のきそうになって、そういえば以前もこんなことあったな、って思いだすのを走馬灯っていうのだろうか。

最後まで諦めない。それが私の信条だったのに。

 

すると

「…カ、ガリ…」

パラパラと、壊れた壁の小石が落ちる音とともに、私を庇うようにして、アスランが起きだす。

「アス…ラン…」

なんでかな?なんでこんな時に、お前、澄み切ったような優しい目をしているんだよ。

「奴を止めるには、もうこれしか手段はない。」

「・・・え?」

何を言っているのかと、気力を振り絞って視線を追えば―――そこにあるのは『賢者の石』。

結局この戦いの中で、私は一度も使いこなすどころか、力すら発揮できなかった。

折れた爪先で、そっと石に触れると、アスランは言った。

「これを奴の額の愚者の石にぶつけてみる。もしかしたら、あるいは―――」

 

え…

ちょっと待て。

それをしたら

 

―――「「双方傷つかず、形状を維持する」か、若しくは「双方とも破壊して消滅する」か。」)

 

傷つかずに残っても、もう私たちは邪竜には勝てない。

もし、双方破壊されたら

 

破壊―――

 

邪竜ごと、アスランが―――消える―――!?

 

「嫌、だ…」

私は弱弱しく首を振る。だがアスランは、ポニポニと肉球で私の頬を撫ぜると、柔らかい微笑みとともにこう言ってくれた。

「君は俺が守る。約束、今度こそ果たさせてくれ。」

「嫌、嫌だ!私も一緒に―――」

「君は生き残れ!」

そう強い一言を放たれ、私の身が竦む。最後にフッと唇が掠めたと同時に、彼は折れた爪先にハ賢者の石をひっかけると、邪竜に向かって走り出した。

「クルーゼぇえええええ!」

<アスラン!インドウヲ、ワタシテヤル!>

邪竜が吠える。

 

飛び上がったアスランが、邪竜の額に向かってハウメアごと爪を立てる。

 

嫌、嫌だ!アスラン!

 

この世界が例え無事だったとしても

 

お前がいない世界なんて

 

私は

 

「お前がいない世界でなんて、一人で生きたくないっ! アスラン、私と一緒に生きろぉおおおおおおおおっ!!」

 

<キィイイイイーーーーーーーーーン!!>

 

突然眩しい光が部屋、いや、城全体を包む。

「っ!」

眩しさに私は目をギュッと瞑る。

その後聞こえたのは

<グワァアアアアーーー……>

悲鳴に近い邪竜の咆哮と

<パリーン…>

何か硬質なものが割れて、はじけ飛んだような音。

そして、襲い掛かる衝撃とともに、一瞬で光が集約されて、部屋の中央でプツっと消えた。

 

 

 

 

先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返っている。

気づけば私の呼吸が楽になっている。恐る恐る目を開けてみれば、あれだけ立ち込めていた瘴気は微塵もなく、邪竜の姿もなく、壊れた壁や天井の残骸が残っただけの部屋。

「消滅…したのか?…っ!アスラン!?」

私は部屋中を見渡す。先ほどまで邪竜がいた場所に光るものが見えたので、慌てて駆けつけてみれば、それは賢者の石を繋いでいた、あの金属の輪っかと紐。

どんなに引っ張っても千切れなかった、あの紐が、ボロボロになって私の手の中で粉々に溶けてしまった。

「アスラン…」

 

邪竜と一緒に、お前まで一緒に消えちゃったのかよ!?

お前が護った世界は、こんなに綺麗に戻ったのに。

一緒に見たかったのに!

 

「嫌ぁああああああ!ここに戻ってこいよ!アスラァーーーーーン!」

泣きながら大声で叫ぶ。

静まり返った部屋に響くのは私の嗚咽だけ。

「グスッ、ヒック…」

ついさっきだぞ。たった数十秒前だぞ。その時まであったあの温もり、柔らかいプニプニの肉球とモフモフとアスランの匂い。

 

―――もう二度と会うことができない!―――

 

私は天に向かって叫んだ。

「アスラン!『おすわりーーーーーーーっ!!』

 

次の瞬間―――

<ガタン>

私の背後の壁が崩れ落ちた音がした。そして、<ポテ>と何かが落ちる音。

振り返ればそこには

普通の両手

普通の両足

モフモフのしっぽは無くなって

そして、モフモフの耳の無くなった、フードから零れる濃紺の髪をした

「アスラン!」

私は倒れているアスランに思わず飛びついた。

「…カガリ…声、大きいし…苦しい…」

「よかった!お前っ、生きているんだぞ!」

「どうやら…そうみたい、だな…」

そういって、さっきみたいにポニポニ―――ではなく、私より大きくて少し節くれだった指が、そっと私の涙を拭ってくれた。私は目を見張った。

「呪いが、解けてる…」

あの肉球がもうない。というか、アスランはすっかり人間の姿に戻っている。

「あの時、クルーゼの『愚者の石』と『賢者の石』が相殺して、身に着けていたアスランも消滅したと思ったのに…」

私は「う〜〜〜ん」と頭を悩ます。

すると、アスランは少し頬を赤くしながら、ボソボソと告げた。

「それは、相殺する寸前で、俺にかけられた呪いが完遂したから、だと思う。」

「完遂?要は「願いが叶った」ってことか?」

「最後の最後で聞こえたから。カガリの言葉が。」

「私、何叫んだっけ?」

「その…「一緒に生きよう」って///

「へ…?///

(な、なんなんだよ!そのプロポーズみたいな言葉は!!///

「それで、俺の願いが叶った、というか、つまり…呪いが完遂したわけで///

 

解説:

アスランの呪い「これをかけられたヤツはな、「絶対に幸せになる呪い」がかかるんだ!だからお前が幸せにならないと、これは外せない!いいな!」

→「アスランの幸せ」=「カガリと一緒に生きていきたい」

→カガリ「私と一緒に生きろ!」と言ってくれた。

→結果「アスラン、幸せになる」

∴「呪いが完遂されました。おめでとうございます。なので用の無くなった石は外れまーす。」

 

―――以上。

 

「……」

頭の中で、なんかゲームのクリア音が鳴ったような気がする。

要はクルーゼを倒す寸前で、アスランの呪いが解けたので、一体となっていた賢者の石がアスランから外れて、賢者の石単体と、愚者の石と一体化したクルーゼごと消滅したって訳か。

呆気ないと言えばそれまでだが、でも…

「そうなんだろうな。」

「カガリ?」

「ラクスが言ってた。『思う力が、願う力が何よりの魔法』だって。だからきっとその願いが全部の魔力になって、クルーゼに勝てたんだと思う。」

「…そうだな。」

そう言って、アスランが私をギュッと抱きしめてくれた。私もその背に腕を回す。

 

思う力、か。

 

さながら私の魔法は、きっと『恋』…だったのかもしれない。

 

 

 

***

 

 

 

数年後―――

<只今より、『オーブ共和国 建国記念祭』の開催を宣言します。>

華々しく晴れ渡った青空の元、オノゴロは拍手と歓声に沸き立った。

「全く…我らが姫―――いや、元・姫だったかな。は、こんな日だというのにどこに行ったのか…」

キョロキョロと周囲を見回すアマギにトダカが声をかけた。

「まぁ、そういうな、アマギ。船長なら先ほど港へ出て行ったぞ。」

「え!?まさか、新たな共和国設立を姫、もとい、お頭が宣言されて、このオーブに民主国家が誕生したっていうのに、その言い出しっぺがまさかの祝賀放棄ですか?何で止めなかったんですか、キサカ様もトダカ様も…」

「見ろよ、この空を。」

キサカはそう言って、蒼天の空を見上げた。

「風はよし、雲も無し。新たなこの国にも、船出にも、絶好の良い日和じゃないか。」

 

 

静かな波が打ち寄せる港に、大きな真新しい帆を張った帆船―――『クサナギ』

その艫から海原を見守る私の背後には、いつもの気配。

「いいのか?いくら君でもこういう時位、ちゃんと挨拶したほうが―――」

「もう心配性だな、アスランは。」

結局コイツの心配症は、死ぬまで治らないんだろうな。ま、最期までその心配症を見届けてやる覚悟はできた。

それが一体何時になるかはわからない。何十年も先なのか、あるいは明日かもしれない。

船と同じだ。いい波の日もあれば、逆巻く逆境に耐えなきゃいけない時もある。まさしく、人生という海そのものだ。

「もうこの国は独り歩きを始めたんだ。無論まだまだ国としては未熟だから、今のうちに学ばなきゃいけないことも多い。だから私が皆を代表して、それを見に行ってくる。そして―――」

「そして?」

「お父様ほどではないにしろ、私が国に貢献できる力を養えたなら、改めて尽力したいと思う。その時には…その…お前もいてくれるんだろ?」

改めて振り返って上目遣いに彼を見る。すると彼はおもむろに自分の左手を掲げて微笑む。

「ああ、もちろんだ。」

その胸にかつてあった赤い石の代わりに、薬指には銀色のリングが光っている。

私も左手を掲げる。薬指にはもちろん彼と同じ銀のリング。

「よろしく頼むな。これからも。」

 

私たちを繋げたハウメアの赤い石はもうない。

あの日以来、愚者の石の破壊とともに、瘴気は消え、瘴気とともに生きてきた魔族も消滅した。

そして、私たちの魔力も同じく消え去った。

 

今度こそ、人の力のみで世界を動かすんだ。

だから

「皆、出航だ!目的地はプラント、アププリウス!先ずはラクスとキラに会いに行くぞ!」

「「「おーーーーーーっ!」」」

手下…改め部下たちが、一斉に拳を突き上げ持ち場に散っていく。

ふと足を止めたアスランが振り返り、透き通るような笑顔と声で言った。

「行こう、カガリ!」

「うん!」

差し出されたその手を握れば、今度は力強いその手が、ギュッと握り返してくれた。

 

 

・・・Fin.