心が落ち着いたせいだろうか。それともアスランの魔法にでもかかったのか、私の魔力が安定したらしい。
「凄いですわ、カガリさん。やっぱり愛の力は凄いですわね〜v」
「は?」
「いえいえ。こちらのお話ですわ♪」
何故か嬉しそうなラクスだが、弟子が少しは成長すればそりゃ師匠は嬉しいよな。うん。
でもまだラクスみたいに、自分の意志で自由に魔力を使うにはほど遠い。
「そういえば、ラクスはどんな修業をしたんだ? 私も同じように修行すれば、まだ及ばなくてもラクスみたいな魔女に近づけるんじゃないのかな?」
「いいえ、魔力の種類が違いますので、いくらわたくしと同じ修行をしても、開花できるかどうかはわかりません。ですが―――」
ラクスはこういった。
「『思う力が、願う力が何よりの魔法』というのが、どの魔力でも共通して言えることだ、とわたくしの先代はおっしゃっておりましたわ。」
「『思う力』…『願う力』…」
すると
<キーーーーン>
ラクスのもつ魔杖の先についた水晶がいきなり輝きだした。
「な、なんだ!?どうしたんだ!?」
驚く私に、ラクスは無言で水晶を凝視する。すると異変を感じたのか、緊張の増した声のキラとアスランがやってきた。
「ラクス、これって!」
「そのようですわね。」
これまで見たことのないラクスの厳しい表情に、私もただ事ではない何かが起きていることくらいわかる。
皆で向かった先は、どうやらラクスの研究室になっているような小部屋。そこに大きな水晶玉が怪しい光を放って危険を知らせていた。
そこには炎に包まれる街と逃げ惑う人々と、そこに暴れる魔獣の姿。
私が思わず水晶にかぶり寄る。まるでオーブが焼け落ちたときのような光景に胸が激しく痛む。
「愚者の石を埋め込まれた魔獣だ。」
「ですわね。」
ラクスとキラは水晶を見ながら怒りに打ち震えている。
ラクスは頷き、水晶玉に手をかざす、と
「グギャアァァァ・・・」
遠隔魔法だろうか。ラクスの放ったらしい雷に撃たれ、魔族が倒された像が映る。だが、同時にラクスも膝をつく。
「大丈夫?ラクス。」
「はい…この地に瘴気を押さえつける結界を敷きながら、遠方の魔獣を討ち続けるには、少々力が必要になりますが…」
彼女はずっとこうやって、自分の力が届く範囲で結界と攻撃の両方を担っていたんだ。そりゃ最強の魔女でなければ、こんな凄い力使えないだろうな。
ラクスを支えるキラも心配そうに口を歪ませる。
「ラクスはこれで精一杯なんだ。だからこれ以上、クルーゼが手を伸ばしたら、いかな彼女でも耐えきれない。」
たった二人で必死にここまで守って来ていたんだ。私たちが航海をしている間も、世界を攻守に守り続けたラクスと、その彼女を館で魔物から守り、支え続けてきたキラ。
この二人だけにこれ以上の重荷はかけさせない!なら、今こそその時だ!
「だったら、私が奴を討つ!」
私が<ドン!>と胸を叩く。
「カガリ…」
キラとラクスが私を見上げる。まだまだ半人前の弟子だけど、それでも力を込めて私は宣言する。
「ラクスはプラントを守っていてくれ。私はそれ以外のオーブの海を探してそのクルーゼってやつを打倒して、魔族の暴走を止めて見せるから!」
するとラクスがゆっくりと立ち上がって、今までにないくらい真摯な表情でラクスはこう言った。
「先ほどの魔族が現れた街は、オノゴロの近くです。」
「『オノゴロ』って…」
そうだ。オーブの首都だ。
「だったら私はオノゴロに向かう。ラクスがこれ以上力を使わなくっても済むように、私が代わりに戦ってくる!」
「でもまだアスランから賢者の石を外せていないんだよ?一体どうするの??」
キラは寧ろ不安気だ。
(―――「呪いを解く方法の一つは、呪術者の死、二つ目は呪いをかけられた者の死、です。そして最後は呪いが完遂された時、でしょうか。」)
ラクスはこの3つの方法を提示してくれたけど、アスランを失うようなことだけはしたくない。それに私自身も、クサナギの皆も、オーブを解放する…いや、今となっては世界を救うまでは死ぬわけにはいかない。
それにもう一つの不安―――
(―――「「双方傷つかず、形状を維持する」か、若しくは「双方とも破壊して消滅する」か。」)
そう、賢者の石と愚者の石、双方がぶつかり合った時、何が起きるかもわからないのだ。
でも、ここでウジウジ考えているより、少しでも戦いながらの方が、ヒントが?めそうな気がする。
「ここでただ人々が倒されるのを見ているだけでは、私はきっと何にも成れない気がする。だから行く。アスラン―――」
私は彼を見詰めた。
「一緒に戦ってくれるか?」
「あぁ。」
その言葉を待っていたかのように、アスランは直ぐ力強く頷いてくれた。
「じゃぁ、本当にありがとうな、キラ、ラクス。」
私が礼を言うと、ラクスはふと私を軽く抱きしめるようにして、こう言ってくれた。
「勝利もですが、どうかご無事で。カガリさん。」
「ありがとう。ラクスも大変だろうけど。…キラ、ちゃんとラクスを守ってやるんだぞ。」
「カガリに言われなくっても、ずっとそうしてきたから大丈夫。それよりアスラン。」
「なんだ?」
「ちゃんとカガリを守ってよ、絶対だからね!」
「あぁ、彼女は俺が守る。」
「お二人とも、お気をつけて!」
手を振るキラとラクスに見送られ、私は新たな一歩を踏み出した。
「よし!クサナギに帰還する。次の目的は―――オーブの首都、「オノゴロ」だ!」
二人の姿が見えなくなるまで手を振ってのち、ラクスが独り言のように呟く。
「…行ってしまわれましたね。」
「うん…」
「あらあら?その難しい表情は…嫉妬ですか?キラ。」
「べ、別にそんなことは―――///」
「ウフフ。お顔にちゃんと描かれておりましてよ。「僕の妹をアスランに取られた」って。」
「え?そ、そんなことは―――!」
「悔しいですか?」
「…ほんのちょっと、ね…」
「この地でお生まれになった貴方の双子の妹さんが、思いもよらず賢者の石を司る力を備えていたため、オーブに養女に行かれたと、先代より聞き及んでおりましたが、まさかこういう形でお会いできることになるなんて。」
「うん。名前は父さんから聞いていたから、訪ねてきたときにちょっとカガリの血をいただいて確認したけど、間違いなかった。僕と同じ味がしたんだもん。嬉しくって、何度も真実を伝えそうになったけどね。きっと彼女一人で来たなら告白しちゃったかもしれないけど、まさかアスランのオマケつきだなんて思わなかったし。」
「それでアスランに、あのように喧嘩を売りましたの?」
「だって、カガリがアスランの味方をするなんて思わなかったんだもん。でも君だって、婚約者だったアスランがカガリと一緒だなんて、結構気になったんじゃないの?」
「この国が滅んだと同時に、親の決めた許嫁の話は無くなりましたし。最も、あの頃は皆幼かったですし、婚約者の意味も分かりませんでしたから。でも私は今が幸せですわよ?貴方がいてくれて。」
「ラクス…」
「後は願いましょう。あの二人が平和を取り戻してくれることを、そして―――無事に笑顔で帰って来てくれることを…」
「うん、きっと勝って、またここに来てくれるよ。何っていっても、僕の妹―――この僕の喧嘩をひるまず買える、賢者の石に選ばれた「勝利の女神」だもん。」
「―――!…」
「どうした?アスラン。」
耳を欹てていたアスラン。もしかしたら耳がいいから魔獣の気配を察したのかと思って、一瞬緊張したが、アスランは首を横に振った。
「いや…何でもないよ。風が言の葉を乗せて来てくれただけだ。」
「は?」
言っている意味がよくわからなかったが、その表情が何だか穏やかで、ほんのちょっと寂し気で。でも、きっとこんな優しい表情ができるんだもん。今は危険はないってことだな。
だったら今のうちに先に進まなきゃ!
***
一昼夜をひたすら歩き進めると、懐かしい潮の香りが鼻腔をくすぐった。
「港だ!」
故郷に帰ってきた気持ちで、思わず足がかけだす。すると
「ん?お、お頭!」
「野郎ども!船長が帰還されたぞ!」
甲板で整備作業をしていたらしい、懐かしい海の荒くれ共が大声で叫んでいる。
「お頭ぁあああ!ご無事でなによりっす!」
「彼岸の魔女のところに向かってから、気が気じゃなくって、毎日ハウメア神に祈った甲斐があったんもんです!」
「犬の兄ちゃんも一緒だ。こりゃ戦力として期待できるぜ!」
手下たちの手荒い歓迎とともに、キサカとトダカが二人並んで出迎えてくれた。
「無事でよかった、カガリ。」
「ただいま、キサカ、トダカ、それに皆、遅くなって済まなかった。」
「成果はあったのか?」
キサカがチラっと後からついてきたアスランの胸元を見れば、まだ賢者の石はそこにあるまま。でも私は頷く。
「あぁ。色々重要な話が聞けた。そして―――私たちが進むべき場所もな。」
そう堂々と告げる私に、キサカやトダカ、手下どもの口角が上がる。眼に見える成果はなくとも、私の成長を見て取ったらしい。
私は帽子を被りなおすと、クサナギの船首に立ってサーベルを抜いた。
「次の目的地は、『オーブ・オノゴロ』だ!行くぞ、みんな!」
男たちの野太い歓声とともに、船が東の海原へと走り出した。
***
太陽に向かって―――つまりは東の海を目指し、突き進むクサナギ。気は急いても目的地までは数日かかると見ていたが、航海は悪天候や魔物の奇襲もなく順調に進んでいた。
「…ということだそうだ。」
私はアスランとともに、主だった者たちに「彼岸の魔女=ラクス」の話と戦いの目的を伝えた。
「つまり、その「ラウ・ル・クルーゼ」という半妖が、世界の混乱を招いた、ということか。」
「そして、奴もまた我々の持つ石を狙っている、と。」
キサカとトダカが思案する。
「奴は私たちを狙ってくるのは明らかだ。先日、招待状代わりにオーブに魔物を送ってよこした。ラクスのお陰で一旦は引いたようだが、彼女の魔力も限界だ。ここは招待に応じようと思う。」
「問題は、ウナトとユウナ、だな。」
キサカが幾分か重たげに口を開く。
「既にオーブに魔物が侵入しているにもかかわらず、何の対処もしていない。いや、我々がオーブを追われた10年前も、反撃したのは王と一部の臣下のみで、宰相であるウナトやユウナの姿が見えなかった。ということは…」
それを聞いたトダカがため息をついた。
「既に奴らはクルーゼとやらの配下に収まっている可能性が高いな。」
「…」
皆が閉口する。国を乗っ取ったのはセイラン家のこの二人だが、魔物の侵入に手をこまねいている様子すら見えない。仇でもあり元仲間であり、古参の手下には複雑な心情だろう。
だったら、
「作戦はこうする。先ずは国民の救出だ。オノゴロで被害に遭っている国民を救出する部隊と、王宮にいるであろうセイラン家の二人、更にクルーゼを討つ部隊を編成する。私とアスランは後者の先陣に立つ。だが私には城や城下の記憶が鮮明ではないから、できれば門前まででも構わない。案内役として道に詳しいものを同行させてくれ。後は―――私がケリを付ける。」
「ならば、お前のお守り役の俺が行くのが適任だろう。」
「キサカ…」
「俺は目の前で王の最後を見届けた。同じ臣下だったとはいえ、セイラン二人には仇名す以外の感情はない。頼む、カガリ。」
あのキサカが私に頼むなんて。彼の並々ならぬ覚悟を感じとった。アスランを見やれば彼もキサカの決意を汲み取ったらしく、頷いてくれる。
「…わかった。こちらこそ頼む。キサカ。」
すると甲板から伝達が届いた。
「お頭、陸地が見えてきましたぜ!」
私は思わず甲板に駆け上がる。
10年ぶりの故郷―――だが、感慨よりも、あの紫黒の靄に覆われた陸地を見て、悪寒が走った。
(あれは―――)
「プラントと同じ…瘴気…」
隣に来たアスランが苦しげな表情を見せる。やっぱりあれは瘴気。だとするとオノゴロは―――
(ううん!悲観するな!)
私は思いっきり両頬をピシャン!と叩いた。
「カガリ!?」
音に驚いたアスランが目を丸くするが、私は挑むように彼を見据えた。
「この様子じゃ、完全にクルーゼの手中に落ちているな。つまり、お前も私も仇は同じところにいる。だから―――今度こそ、倒すぞ!」
「あぁ。」
モフモフの手にハイタッチ。景気のいい音はしないけど、心は繋がった。
私は甲板に集まっていた手下たちに向かって、腹の底から叫んだ。
「野郎ども、碇を下ろせ!いよいよ最終決戦だ!目標、『オーブ・オノゴロ、およびアスハ城』!各員、上陸次第戦闘開始だ!」
・・・to be Continued.