―――「お父様!お父様はどこ!?」
一面の紅蓮の海。襲い掛かる炎の波が、私を飲み込もうとする。
逆巻く波の向こうにいるのは―――お父様!
―――「お父様!」
―――「来てはいけない。お前はこの国から脱出しろ。私は最後までここで戦う。それが王の責務だ」
―――「ならば私も一緒に戦います!」
―――「ならん!」
そこに襲い掛かってくる大きな魔物の影。
<ガシャン!>
倒れた柱で、お父様のところへ行く道を妨げられる。
そして
<グォォォオオオオ>
襲い掛かる魔物。
―――「お父様!嫌!お父様も一緒に―――」
泣き叫ぶ私。襲い掛かる牙に、必死に剣を振るうお父様が私に叫んだ。
―――「カガリ、我が国の宝を…『ハウメアの護り石』を探せ。そうすればこの国は救われる!頼むぞ、カガリ…」
戦いの中、僅かに見せた優しい微笑み…その途端、炎の大波がお父様と魔物を飲み込んでいく。
―――「お父様!お父様ぁぁぁあああああ!!」
「…め様、姫様!」
背後からかけられた声に、我に返る。
しまった。いつの間にか呆けていたらしい。これでは威厳もあったものではない。だから
「私のことを『姫』と呼ぶな。ここでは『お頭』、あるいは『船長』とよべ。」
「でも、姫さ―――」
まだ食い下がる手下に、腰からスラリとサーベルを抜き、その鼻面に先端を向けた。
「―――っ!」
「わかったな?」
「は、はい、ひ…いえ、『船長』…」
「それでいい。…で、どうした?」
サーベルを鞘に納めて手下に問えば、彼は威圧に飲まれたのか、いささかオドオドしたまま話し出した。
「もうすぐ寄港地です。船長の羅針盤が示したところへは、あと小一時間でつくと、先ほど航海士が…」
「わかった。皆に準備するよう伝えろ。」
「はっ!」
ビシッと居住まい正して敬礼する手下が、回れ右するとダッシュで艦内へと走り去った。
この世界には『人』と『魔族』が住んでいる。
ハウメア神が、『人』には『知恵』を。『魔族』には『力』を与え、共に協力して生きるようかの地に産み落とした、というが…
魔族は力で人の世界に侵入しだした。挙句暴れて破壊を尽くし、挙句は人を食らうものまで現れた。
だがそれには訳がある。暴挙を尽くす魔族には、力の源となる『魔石』=『ハウメアの護り石』が埋め込まれ、それにより理性を失った者たちが暴れているのだ。
私の手にある羅針盤は、その『ハウメアの護り石』の欠片に、何故か反応する。
故に、その欠片を持つ魔族を討伐し、欠片を回収する―――何だかどこかで見たような漫画があった気がしなくもないが、この世界ではそういうことになっている。
私の名は『カガリ・ユラ・アスハ』。この海賊船『クサナギ』の船長だ。
海賊…と言っても、別に物語にあるような弱者から金品を巻き上げたりするような乱暴者ではない。
ただ、今のオーブという国の中では、私たちは「海賊」という罪悪人の位置づけにされている。
それというのも、元々オーブという国は私の父が神代の時代から預かる土地で、王である父の娘の私は、先ほどの手下が言った通り『姫』という立場にあった。
だけど…それはまだ私がようやく両手の指で年齢を数える頃になったとき、オーブは滅んだ。
宰相だった『ウナト・エマ・セイラン』とその息子『ユウナ・ロマ・セイラン』が父を裏切り、国の宝であった『ハウメアの護り石』をくすね取り、魔物に与えて父を…殺した。
そしてウナトたちはオーブを乗っ取った。
炎の中、私は現在右腕ともなるオーブ軍指揮官だったキサカに連れられ、海の上に難を逃れ、それから早10年近く―――洋上の人となっている。
ウナトは私たちを「海賊」と呼んで罪人とし、捕えて見せしめのために処刑しようと画策しているらしいが、そうはいくか。
私には、お父様との約束がある。
オーブ海のお宝―――『ハウメアの護り石』を集めて―――ウナトたちが放っている魔物を全てやっつけて、この国を、オーブの海を平和にするんだ。
あの時の紅蓮の海とは違う、何処までも青い水平線。
先を見詰める私の目に、陸地が見えてきた。そして、いくつか煙が立ち昇っている。
(いた!魔物だ。)
「船長、もうすぐ例の場所だ。」
舵を取るトダカが背後から威勢よく叫ぶ。
私は腰からサーベルを抜き、前方を刺した。
「よし、今から狩りの開始だ。お宝をバッチリいただくぞ!」
私の指示に、「「「「おぉぉーーーーーーっ!!!」」」」と勇ましい海の男たちの歓声が轟いた。
「キャァアアア!」
「逃げるんだ、早くこっちだ!」
あちこちで煙以上に立ち込める悲鳴。
そこに
<シャァァーーーッ>
巨大な蛇のような魔物が牙を剥いて、人を飲み込もうとしている。
「誰か助けて、お願いっ!」
頭を抱え、蹲る人々。そこへ私は飛び込む。
「どりゃぁあああああ!」
サーベルを斬りつければ、巨大な蛇は痛みからか一瞬身をすくめる。
「さぁ、今のうちに山の方へ逃げろ!」
私が彼らの盾になって剣を構える。
「あれは―――『クサナギ』だ!」
「『クサナギ』が来てくれたぞ!!」
「ありがとうございます。カガリ様…」
絶望しかなかった彼らの表情が明るくなった。
よし、恐怖で力が抜けていたみたいだけど、これなら走ることはできるくらいになったはず。
巨大な蛇「バジリスク」は尚も尾っぽで建物を破壊しようとするけど
<ドォーーーーーン!>
クサナギの砲台から火を噴く弾丸が、奴の身体にぶち当たる。
「図体がデカいから、的は当て放題だな♪」
「油断するな、カガリ。所詮は傷をつける程度にしかならない。ひるんだ隙に急所を狙え。」
キサカの五月蠅いお説教にも、もうずっと付き合っているから、今更痛くもなんともない。
「そのくらい分かっているさ。バジリスクの急所は?」
「頭の天辺、眉間に一撃食らわせれば絶命する。」
キサカは海の大ベテランだ。おかげで海上の魔物の情報はすべて把握している。
「よし、砲台に伝えろ!バジリスクの足を止めろ。その隙に私が天辺を取ってやる。」
アマギが砲台に向かって指令を出す。するとすぐに主砲の向きがこちらに変わった。
「いくぞ!」
足元が砲火に晒され、バジリスクの動きが止まる。キサカとアマギが奴の注意を引き、私はその隙に建物の階段を駆け上がり、屋根の上から獲物の頭に狙いを定める。
「今だ、カガリ!」
「とりゃぁあああああ!」
私は一気にバジリスクの頭にサーベルを突き立てた―――
「やったー!」
「やっぱり『クサナギ』は強いな。」
「本当によかった〜」
バジリスクの巨体は見事に伸びたまま。港の人々が歓声を上げる中、私は羅針盤の位置で、お宝を突き止める。
「お、あった。…って言っても、こんなに小さいのか…」
あれだけの巨体に埋め込まれていたのは、小指の先ほどにもならない程度の小さな紫水晶のような欠片。
「仕方がない。それだけこの魔石の力が強い、ということか。」
私はため息交じりに、その欠片を取り出し小瓶に詰める。
流石に10年近く戦ってきただけあって、多少は形になってきたが、宰相たちが放っている魔物の数は計り知れない。
「全く…ウズミ様がご健在のころは、華やかな町だったのに…」
「海も穏やかで、居心地よい港だったのにな…」
街の人々が不平を重ねる。そう、宰相たちは、魔族を手下に使い、恐怖によってこうして街の人々から重税を搾り取っているのだ。
なので敵対する私たちクサナギのクルーは、魔石の回収、つまりは魔物に襲われた人々と街を解放して回るため、歓迎ムードで迎えられることが多い。
「船長、街を救ってくださってありがとうございます。これはほんのお礼の印です。」
長老、あるいは代表なのだろう。先頭にたって我々に頭を下げてくる。彼の背後では、街の住人たちが、お礼代わりの保存食や果物、穀物の袋を集めてくれている。
「いや、こちらも助かった。もうそろそろ陸の食料が尽きかけていたんだ。」
正直損害の出た街の人から、貴重な食料を分けてもらうのは心苦しい。でもこちらも戦いは命がけだ。ギブアンドテイク、あるいはwin-winの関係として、ありがたく頂戴している。
無論、こうした人心掌握がウナトたちには面白くない。ヤツは多分、オーブの姫がまだ生きていることを知っているはず。いつ寝首を掻かれるか、気が気でないその苛立ちから、魔族を使っての横暴に繋がっているのかもしれない。
(早く…早く、ハウメアを集めて、オーブを救い出さなきゃ!)
「カガリ、焦るな。」
私の表情を見てとって、キサカが肩をつかんでくる。
「わかっている。さぁ、次の獲物を探すぞ。」
手下たちが荷物を積み込んだのを確認し、私は羅針盤を手に取った。
「次は…南南西に進路をとれ。」
「了解。」
羅針盤の指し示す方向にトダカが舵を取る。波は穏やかで、絶好の航海日和だ。
「なぁ、この先には何がある?」
私は進路を見据えたまま問いかければ、背後からトダカが地図を広げる気配がした。
「大きな島はありませんな。…ただ海域は浅く、座礁船の情報も入っている。となると、群島が並んでいる可能性があるな。」
無論、海獣が魔石を持っている可能性もあるけれど、針は動かない。つまりはその群島の中に、魔族がいる可能性が高い。
「だとすると…クサナギのまま引っ張って上陸はできないな。小舟を下ろして数人で取り掛かるか。」
「群島の大きさによっては、大型の魔物が住んでいるとも限らない。油断するなよ、船長。」
「わかっている。」
説明の添え物の様に小言を連ねるキサカを尻目に、私は再び艫に片足をかけた。
暫く船を走らせる。するとあちこちに大きな船の残骸が小波を受けたままの状態で横田話割っているのが見えてきた。
座礁した船だ。
中には嵐で転覆し、ここまで流れついたものもあるようだ。既に朽ち切ったどす黒い船底を天に向けているものもあれば、まだ真新しい木の香りが漂ってきそうなものまである。
いわゆる「船の墓場」ってやつだな。だが名前とは裏腹に、サンゴ礁の張った浅瀬は薄い水色をたたえ、今はただ、静かに波打つだけ。
「小舟を下ろせ!」
アマギの一声に、手下たちがクサナギ備え付けられている探索用ボートを下ろした。
「凄い静かな島だな。」
私にキサカ、そしてアマギと数人の手下を引き攣れて小舟を付けた島は、中心に僅かな字ジャングルを供えた遠浅の砂浜の広がる島だった。
波も静かでいかにも「大海の無人島」の見本みたいな島だ。
私は羅針盤を確かめる。
「この中心に針が刺している。ということは―――あのジャングルの中か。」
私たちは慎重に足を踏み入れる。すると、
<キラッ?>
「ん?」
今光るものがあった!
目を凝らしてよく探すと
「っ!あったぁーーっ!!」
胸の高さ位の草の茂みから、ちょこんと垂れ下がっている赤い石。間違いない!あれこそ
「『ハウメアの護り石』、みーっけ!」
今までのちんまい獲物より、数段に大きいティアドロップ型の奇麗な石だ。
私は飛びついて、それを握る。
「よかった〜。今回は簡単に見つけられたな。さ、引き上げるぞ♪」
そう言ってそのまま180度Uターンして、お宝を持ち帰ろうとするが
<グイ!>
「うわっ!」
「カガリ?」「お頭??」
先を行く皆が振り返る。
私は右手でハウメアを握ったまま、後ろ向きに青天を食らっていた。
「な、なんだ…?」
草むらからピョコリと飛び出ているハウメア…よく見るとひも状のものがついていて、それが茂みの奥に続いている。
(ペンダントみたいになっているか?なら―――)
普段鍛えている腕力に物を言わせて引っ張るが
<グイ>
「…」(←石の沈黙)
…何だコイツ、ビクともしない。
(だったら両手で――)
思いっきり力を込めて引っ張ってみるが
<グイーーッ!>
「…」(←石、更に沈黙)
ハウメアは全くビクともしない。
(頭きた!)
「この野郎ぉぉーーっ!」
<グイグイィーーーーッ!>
「…」(←石、無視)
「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」(←姫の声にならない怒り)
ここまで引っ張って切れない紐にエールを送ってやりたいが、そんなことは言っていられない。
「お頭…大丈夫ですかい?」
ここで引き下がっては、恐る恐る覗き込んでくる手下にも示しがつかない。
「お前ら!お前らも一緒に引っ張ってくれ!」
皆が綱引きの要領で一斉に力を籠める。
大の大人が数人がかりで引っ張る様は、なんだかどこかで見た絵本みたいだ。
確か…『大きなカブ』だったかな? アレは最後ネズミまで引っ張り出して、皆でようやく引っこ抜けたっけ。
いざとなったらクサナギ総動員でかかってやるから覚悟しろ!
「いくぞ!せーの!」
<ぐいいいいいいいいいいいいーーーーーーーーーーーーーーっ!>
<スポン♪ ズサササーーーーーッ>
「抜けたぁああーーー……・・・・・・アレ?」
確かに引っこ抜けたハウメアの護り石。だが一緒に何だか引っこ抜けたものがあった。
「?…何だ?これは…」
ハウメアの護り石にくっついていた紐の先。よくよく見たらネックレス状になっていたそれを首にかけたまま、ヘッドスライディングの状態で飛び出てきたものは、
モフモフの両手
モフモフの両足
モフモフのしっぽ
そして、モフモフの耳のついたフードから零れる濃紺の髪をした
「え?・・・『人間』?」
・・・to be Continued.