Floatin 〜before“the between Astral”
「…なんだよ…直ぐには戻れないのか…」
<落ち着きなさい。カガリ>
モニター越しに俯くカガリとは裏腹に、その無事を確認し、安堵したかのようにキサカが宥める。
<幾ら“停戦協定”の申し入れがあったとはいえ、『オーブ』は未だ『大西洋連邦』の管轄下に置かれている。アズラエルが亡くなったとはいえ、ワシントンも未だ混乱中だ。月基地がやられた今、地球軍も停戦は受け入れざるを得ないだろうが、“マスドライバー”が地球軍の管轄にある以上、そう簡単には地球に降りられないだろう…>
―――――――――――――――――――――――――――――
『ジェネシス』と『ピースメーカー』の核は破壊し、“停戦”にどうにか扱ぎ付けた。
その情勢を、『ストライク・ルージュ』の中で、アスランとカガリは聴いた。
キラも生きていた。
『ルージュ』に残されていた、僅かなバッテリーでキラの処まで行く事が出来た。
―――生きていた…生き残る事が出来た―――
溢れる涙は止める事が出来なかった。
もはや動く事も叶わない『フリーダム』と『ルージュ』の無事を知らせると、真っ先に『エターナル』が飛んできた。元々高速戦艦ではあるが、まるでラクスの気持ちが乗り移ったかのような速さだった。
「――キラ!」
回収された『フリーダム』と『ルージュ』…3人の姿を見つけると、ラクスは何の衒いもなく、キラの胸に飛び込んだ。
「…ただいま…ラクス…」
嬉しそうに互いを見つめる2人の姿を、アスランとカガリはつい先程の自分達に重ね合わせ、どちらともなく顔を見合わせ、微笑みあった。
(――無事…そうだ、ちゃんと伝えなきゃ…心配してるだろうな…)
「通信、借りていいか?」
「あ、あぁ…。」
『クサナギ』に連絡を入れるのだろう―――無事『エターナル』に着いたことを…
彼女も、この戦闘で、多くの仲間を失った。自分と同じ様に…いや、それ以上に…
自分が生きている事を伝えたい、少しでも安心させなければ。只でさえ『ジェネシス』を破壊する、文字通り『命がけの戦い』に初めてのMSで出たのだから、『クサナギ』の方も気が気ではなかっただろう。
カガリをコンソールまで連れてきたアスランは、其処でのカガリと『クサナギ』の会話を聞くともなしに見守っていた。
<カガリ! 無事だったか!!>
何時もは冷静なはずの、あの大柄な男が珍しく取り乱している。
<全く…本当に何時も心配させるんだから…このお馬鹿さんは…>
微笑むエリカの目にも、僅かに光るものが見える。
「悪い!心配させちゃって。…でも、こうして無事だったんだし、『核』も『ジェネシス』も何とか壊したし、よかったじゃないか!」
<そういうことを言っているのではありません!>
畳み込むようなキサカのお説教…何時ものやり取り…本当に還ってくる事が出来たんだ…
『安らぐ場所』へ―――
一通りのやり取りを微笑みながら見守っていたアスランが、その場を外そうとしたその時、カガリの口から予想だにできない言葉が弾かれ、アスランはその場に凍りついた。
「なぁ、何時頃地球に…『オーブ』に戻れそうか?」
――――――――――――――――――――――――――――――
ラクスの取り計らいで、“穏健派”の受け入れもあって、『エターナル』は無事プラントに入港することが出来そうだ。また、先の戦闘で大破した『アークエンジェル』と『クサナギ』にも、補給が受けられる様、配慮してくれたらしい。
「じゃぁ、補給受けたら、『戻れる』んだな!?」
カガリが大きく目を見開いて、キサカに確認する。
黙って頷くキサカに変わって、エリカが答える。
「えぇ。オーブが崩壊する際、国民を受け入れてくださった、赤道連合を始めとする幾つかの中立国から、受け入れを承諾してくださるお返事を戴いたところです。」
エリカの答えに、カガリの顔に笑顔が溢れる。
「よし! じゃぁ準備しなきゃ! …そうだ、キラ! アイツも一緒に還るかな!? お父さんとお母さん、無事なんだろ!?」
エリカが笑顔で頷く。
その答えに弾かれるように、カガリは『クサナギ』を飛び出した。
* * *
「…えっと、アイツまだ『エターナル』にいるんだよな…」
キラを探して、『エターナル』のキラの部屋に向かおうとするカガリに、一人、“ずっと待っていた”様に通路に佇む赤の軍服の人影が目に入る―――
「…アスラン…」
カガリの声にゆっくりと向き直り、アスランは言葉を紡ぐ。
「…戻るんだな…地球に…」
「…あぁ。だって、やる事は山ほどあるんだぞ! 『オーブ』の再建に、マスドライバーの復旧に、N・ジャマーの除去とか…数え上げたらキリないじゃないか!! 時間幾らあっても足りないぞ!! …それに…」
急に俯き、呟くカガリ―――
「…『お父様』や『アサギ』『ジュリ』『マユラ』…皆のお墓も造ってやらなきゃ…」
何時ものように、真っ直ぐに人を見つめ――多少ムキになって答える口調…そして、人を思いやる心の広さ――全て覚えておきたい――
「…お前はどうするんだよ? お前だってやる事あるんだろ!?」
「…そうだな…俺はプラントで『やらなければならない事』がある…」
視線を逸らし、答えるアスラン…『プラント』という言葉に、カガリは一瞬の戸惑いを覚える。
「そ、そうだよな。お前はプラントが故郷なんだし、プラントの為に戦ってきたんだから…。」
(…当然のことなのに…何だろう…この鈍い感じ…)
自分では理解できない、鈍い感覚…。その苛立ちに畳み掛けるように、アスランが続ける。
「…それじゃぁ、お前とは暫く『会えない』訳だ…」
当然のこと――一端、地球に降りれば、今の状況でそう簡単には宇宙に上がれはしない。それは判っているはずなのに…。
「…何だよ…それ…」
まるで、気持ちを逆撫でされているようなアスランの言葉に、カガリはどう表現していいか判らない。
何人かの人が横を通り過ぎる――そんな周りの様子も目に入らない。
只、目に映るのは、何かを確かめようと、真っ直ぐに翡翠色の瞳を向けているアスラン――
その瞳に答えようと、何時もの通り、真っ直ぐに見返す金の瞳――
「確かに直ぐには会えないかもしれないけど、これから幾らだって話は出来るだろう!? だって、現にこうやって『生きて』いるんだから! 生きていればいつかきっと会えるだろ!?」
――いつかきっと会える――
キラともそうして別れ…次に出会った時は…『敵』…だった。
でも、今はこうしてまた巡り合うことが出来ている。
心が…繋がっているから。
「…そうだな…」
僅かに微笑んで、アスランも答える。
「…ごめん…こんなことを聞く為にお前を引きとめたわけじゃないんだが…ただ、何時もお前には『強さ』を貰ってばかりだったから…お礼が言いたかった…」
「はぁ!? 何言ってんだよ。 お前だって充分強いじゃないか。あんだけ戦えるんだから。」
「いや、そうじゃなくて…」
やっぱり、鈍い…でもそれがどんなに自分を安心させてくれたか…
ふと、笑みを漏らして、カガリに向き合うと、躊躇いなくはっきりと話す。
「…ともかく、今度会うときまでには、俺もカガリまでには及ばないかもしれないが、『強く』なってみせるから…」
「アスラン…?」
未だ、判っていない表情のカガリ。
「もし、お前に誇れる位、『強く』なったら―――」
人の気配を感じる。でも、そんな事は全く気にならない――目の前の人物…何時も開け放たれたままの感情と行動――その影響を受けたからなのか、それとも…
不意に、カガリの腕を取ると、自分に引き寄せる。
一瞬、唇がかすめたような感覚――カガリのそれを通り過ぎると、耳元で言葉を続ける。
「―――。」
大きく見開かれた金の瞳―――暫く抱すくめられたまま、言葉の意味を理解しようと、カガリは必死に思考を張り巡らす。
その表情が可笑しくて…愛しくて…身体を少し引き離して、覗き込むようにしてアスランが続ける。
「…お前、頭『ハツカネズミ』になってないか?」
たちまち顔を真っ赤にして、懸命に言い訳するカガリ。
「な…お前、誰だって『あんな事』言われたら、その…ビックリするだろうが!」
どんな状況であれ、カガリはカガリ―――呆れるほど純粋で、素直で…
「…ちゃんと『約束』するから…」
「…本当…だな…」
未だ、顔を赤らめながら、挑むように覗き込むカガリに、アスランは穏やかな笑顔で――だがしっかりと頷いた。
腕を緩めると、カガリは離れ、キラの元へと向かった。
「さよなら」とも、「またな」とも言わない。
只、一言、振り向きざまにアスランに向かって大きな声で言い放った。
「――きっとだぞ!」
その言葉にアスランは、力強く頷き返す。
去っていくカガリの後姿を見送りながら、アスランは“気配”のする方へ、見向きもせずに呟く。
「…何時までも見ていないで、出てきたらどうだ?」
通路の角――陰に隠れるようにして立っていた人物は、アスランの声に、フン、と小さく鼻をならして近づいてきた。
「…わざわざ迎えに来てくれたのか。すまないな、イザーク。」
嘗ての仲間…評議会の服に身を包んだ銀髪の少年は、更に小馬鹿にするように話し出す。
「別に貴様を迎えになど、来ていない。…ただ、ラクス・クラインに用があって来ただけだ!」
相変わらず、素直な表現をしない…先程まで隣にいたカガリとは、えらい違いだ。
「…それにしても、俺がいることを知っていながら、あぁも大胆な行動が出来るとはな…貴様も随分と変わったもんだな。」
斜に構えて、アスランの出方を伺うイザークだったが、不思議とアスランは気負う事も、衒いもなく、カガリが消えた方を見つめている。
「ふん。…『婚約者』がいるというのに。いい度胸だな、貴様。」
僅かに微笑んで、イザークに向き直ると、アスランは明け透けに言い返す。
「…『元』…な…」
これで、2回目の言い訳…だが、以前と違って痛みのようなものは感じない。その訳は充分に自覚している。
「…何だと?」
自分のことのように驚くイザークだったが、それ以上に驚いたのは…アスランがまるで何の気負いもなく、寧ろそれを自然と受け止めているような表情でいること。
(一体どうしたんだ? コイツは?? 自分の周りが変わる事を、あれほど嫌っていた奴が…)
ラクス・クラインの影響だろうか?…いや、見る限り、ラクスの強さとは少し違う…もっと、正面から挑むような…今まで“争う事”を嫌がって、出来うる限り避けて通っていた、あの“甘さ”の影が微塵も感じられない―――
(…あの女の所為か…)
イザークもカガリが立ち去った方へ視線を送る。ふと、思い出したようにアスランが声を掛ける。
「そういえば、戦闘中、カガリを助けてくれたんだってな…ありがとう…」
最後の戦闘―――ピースメーカーの核を、打ち落としていた『ルージュ』を狙った『フォビドゥン』から、『デュエル』が守ってくれた―――カガリがそう言っていた。
「あの紅の『ストライク』に、今の女が――? …別に俺は只、核を落としてくれる奴が一人でもいてくれればそれで良かっただけだ。」
言い訳がましく話すイザークの横顔を、ふと微笑みながらアスランは見やる。
「それに、何だ? 貴様を助けたように礼を言われる筋合いはない! 大体何なんだあの女は! まるで貴様の所有物みたいな言い草だな!?」
逆に攻め返され、アスランは自身の発した言葉の意味に、一瞬の戸惑いを見せるが、何時もの穏やかな表情に戻った。
「…それが『答え』か。…ならば『これから起こること』は話したのか?」
イザークにしては珍しく気に掛けてくれている…いや、元々仲間思いだったが、自分のことは相当毛嫌いしていた様だったのに。
「…いや…」
余計な心配はさせたくない…寧ろ、それがこれから自分が挑む『戦い』――
―――『生きる方が、戦いだ!』
そう、そして『生きること』を選んだ。だから『戦う』…自分の…彼女の為に。
「イザークこそ、これからどうするんだ?」
横目で視線を送ると、イザークもアスランに向き直り言い放つ。
「俺は、母上の為に――母上との約束を違えない為に、プラントを守る。」
身を包んでいる評議会の制服は、その決意の現われだろう。その表情にアスランも答える。
「…俺も、父を…父の残した汚点は…俺が償ってみせる。」
今までのアスランからは想像もつかない、真っ直ぐで―――まるで、これからの『戦い』に自ら挑んでいくような、その姿勢は―――先程の女…カガリの瞳にそっくりだ。
「…今のお前となら、腹を割って話が出来そうだな。」
何時も、優秀で、冷静で…それでいてどこか薄いヴェールをまとっていたような、捉えどころのなかったこの男の表情…それが気にいらないところでもあったが、今は寧ろ本当のアスランを見ることが出来たような気になった。
「行くぞ。」
「あぁ…」
カガリの去った方向とは逆の方へ、2人は向かった。
―――アスランが、プラントで評議会の糾弾を受けること―――元々義勇軍である『ザフト』では、責任追及はないはずだが、離脱したとはいえ『ザフト軍特務隊』として、一時軍の中枢にあったこと…N・ジャマーキャンセラーを搭載した『ジャスティス』の機密を知る人間であること…そして何より今回の戦争責任者『パトリック・ザラ』の唯一の肉親であること。
その事実をカガリが知ったのは、地球に下りてほんの数日の後だった。
* * *
地球に降りてからの日々は忙しい―――父の意思を継ごうと、何とか張り切っているカガリだが、やはり失したものの存在は大きい…
父だけではない…今まで其処にいてくれたはずの存在…いつもうるさいけど仲の良かったジュリ、マユラ、アサギ…モルゲンレーテの工場区で声を掛けてくれた人達…その存在がいかに大きかったか、今になってよくわかる。
只、失したものだけではない―――新たに得た仲間…キラ、ラクス、マリュー、サイ、ミリアリア、バルトフェルド、ダコスタ…僅か一年前にはその存在すら知らなかった人達が、周りに集まってくれる。
「…でも、『お前』は居ないんだよな…」
たった数ヶ月―――初めて無人島で出会ってから、僅かな時間しか経ってないのに…いつの間にか、『当たり前』の存在になっていた…居ない事が…こんなに辛いなんて、思いもよらないで―――
時々プラントの状況は、ラクスが教えてくれるが…気を利かせてくれるのか、肝心のところは教えてくれない。
「…カガリ、疲れてない?」
時々尋ねて来てくれるキラ―――唯一の血の繋がった『肉親』
「大丈夫だって! 身体頑丈なんだぞ。ちゃんと鍛えてるからな! 馬鹿にするな!」
「そうじゃなくて…『心』の方…」
「あ…」
(…やっぱりキラには判るんだ。姉弟だからかな…)
「無理しないで。少し休んだら?」
「お前こそ、どうなんだよ。お前の方が休んだ方がいいぞ! …その…いっぱい悩んだ…からな…」
カガリの言葉に、ふと目を見張ったキラが、堪えきれずに笑い出す。
「〜〜〜っ、何が可笑しいんだよ!?」
「ご、ごめん…気を使わせないようにしたつもりなのに…逆に気を使わせちゃったね…」
「…何が『気遣い』なんだよ…姉弟なのに…気を使う必要あるのかよ。」
本当にそうだと思う。だから、支えてあげたいと思う―――
「そういえば、ラクスから連絡が来てたんだ。…何か用があるから、『直接話したい』って。」
宇宙からの通信は難しい―――未だ地中深くにあるN・ジャマーの影響で、ロクな会話も侭ならないことが多い。
―――と、
「カガリ様にお電話が入っておりますが…」
柔和な女性の声が聞こえる。
「あぁ。つないでくれ。」
カガリが出たモニターには、穏やかな表情の何時ものラクス…
<お久しぶりですわね。カガリさん。…それにキラも>
付け足しのように言っているが、本音は後に言った人物の方が気になるのだろう。
「随分とはっきりした映像だけど…今何処から…」
言葉を繋ぐキラに、にこやかにラクスが答える。
<…私、今度、親善の為に、地球に出向く事になりましたの。それで、今マルキオさまの所に来ていますのよ>
「それじゃぁ、今、地球に…」
<はい!>
嬉しそうなラクス…その笑顔に、キラも何だか顔を綻ばせている。
2人の様子を自分のことのように、嬉しく思いながらカガリが続ける。
「ちゃんと、護衛つけてきたんだろうな!? …って、またダコスタ、使いっ走りにしてんだろ?…アイツも可哀想だな。」
笑いながら、からかう様に言うカガリに、まるで“そんな事をおっしゃっても宜しいの?”といいたげな表情で、ラクスが逆にカガリに言う。
<大丈夫ですわ。今回は、違う方をお連れしましたから…尤も、ご自分で望まれていらしたのですが…>
モニター越しのラクスが振り向き、視線を促す――
カガリの目が大きく見開かれる―――
―――モニターの向こうの――変わらない、優しい翡翠色の瞳。
その姿を一瞬見ただけで、カガリはもう飛び出していた。
「キラ! 早くしろよ!! 置いてくぞ!!」
「早くって…カガリ、マルキオさんの居るところ知ってるの?」
「あ…」
「…僕、知ってるけど?」
「それを早く言え!!」
白い砂浜が続く海岸線に、見慣れた人影が2人―――
ずっと、会ってなかった気がする。
でも、ちゃんと来てくれた。
『約束』―――守ってくれた!
「アスラ――ン!!」
誰に憚ることなく、迷わずその胸に飛び込んでいく。
―――「お前に誇れる位、『強く』なったら―――
『今度は俺がお前をつかまえにいくから…必ず―――』
・・・Fin.
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>なんちゃて、な、戦後話…本編最終話〜DVD最終巻『星のはざまで』の間を妄想してみました(笑)
なんかいきなり4人で地球にいそうでしたが、現実的に(?)「そんな簡単に行くか!?」と思い、書きはじめてはみたのですが…もっと、深刻な話のはずだったのに、ありえん甘々話になってしまい、反省m(__)m
…所詮、アスカガではこの程度の妄想しかできんNamiです(涙)
半年前のイベントで配った無料配布本だったんですが、今更ながらですけど、公開して見ました。
>Nami