Dragon Queen 〜第4話〜
「・・・で、その『女の子』の『命』を救いたくて、『巫女の契り』を交しちゃった訳?」
そう聞き返すのは、紫水晶の瞳を持つ、『大府』の『北』を預かる『紫竜』―――『キラ』
「・・・あぁ・・・」
うつむいたまま事の顛末を話し、キラの反芻に答えるアスラン。
そう、相手の承諾もないまま、自分の独断だけで行なった『大事な儀式』だ。それもあんな幼子を・・・
アスランが少しでも、落ち着こうと、出されたお茶を飲むと、キラが難しそうな・・・真剣な面持ちで語りかけた。
「アスラン・・・君って・・・」
アスランの表情が強張る。
「…『幼女趣味』だったんだね・・・。」
アスランは口に含んだお茶を一気に吐き出し咽た。
「ゴホッゴホッ。ち、違うっ!! 只、あの時はどうしても「あの子の命を救う方法」が思いつかなくて―――」
「だって、それは『その子の持つ寿命』なんでしょ? それにまで手を出すことは、いくら『神竜』であっても、許されない行為だよ。」
「あぁ・・・判ってはいたんだが・・・」
どうにも答えようがないアスランに、やんわりとした女性の声がかかる。
「あらあら・・・でもそれは『蒼竜』様が、『必要』と思われたから、『巫女の契り』を交されたのでしょう?」
さりげなく、アスランの茶碗にお茶を注ぐのは―――『羅玖簾』―――『北の守護』を預かる『紫竜』が持つ、四神竜の中でも唯一の『巫女』。
「・・・確かに『必要』と思ったから・・・なんだが・・・あの幼い子がそのまま『蒼竜の巫女』となってしまうのは、あの子が可哀想な気がしてきて・・・」
「・・・それに、アスランは、ちゃんとあの子に『自分は『神竜』です。』って言って、『真の姿』見せた訳じゃないでしょう?」
アスランの落ち込みに、キラがますます拍車を掛ける。
「そのようにご心配なさらなくても、大丈夫ですわ。『蒼竜』様。」
その言葉にアスランが羅玖簾を見上げると、羅玖簾は微笑んで答えた。
「『巫女』になるには、完全に『巫女自身の身体が、神竜様方のお力を引き受けられ、また引き出せるようになる』まで、成長なさりますし、『真の契り』を交わしてこそ初めて『真の巫女』に成れるのですから、その点はご心配には及びません。・・・ただ、問題なのは、先ほどキラもおっしゃっていたように、『蒼竜』様の『本当のお姿』を、『お力』を、受け入れて下さるか・・・『巫女』の寿命も『神竜』様と同じく、『限りなく永遠に近い寿命』となって、おいそれとは死ぬことさえ出来ない『身体』となったことも・・・そして何時も『添遂げた神竜』様とご一緒にいなければならないことも・・・。」
「…僕もそれで一度…苦しんだからね…」
キラの寂しげな表情に、アスランと羅玖簾は俯く…
そう、幾年前だろう―――
もう、ずっと果てしなく昔の事。
キラは一人の女性と出会った。
貴族の娘――美しく、苦労を知らずに育った、花のように可憐な少女―――
その名は―――『芙麗』
初めて出会った時、キラはその少女に惹かれ、憧れた。
そして、芙麗もまた、優しくキラに接してくれた。
互いの想いがつのった時、キラはこの少女なら自分の『巫女』になってくれるのでは…と感じた。
そして、ある日、芙麗の前で、キラは自分の想いを告白し、真の姿――『紫竜』となった。
だが、芙麗の表情はたちまち強張り、懸命に想いを伝える『紫竜』に悲鳴をあげ、言い放った。
―――「イヤァァッ!! 近寄らないで!! この『化物』!!」
逃げ出していく芙麗を追いかけられなかったキラ―――
その後、二度とキラは芙麗と会う事はなかった。
(…僕は…『化物』……)
人と接する温かさを一度知ってしまった後、寂しさに飢えていたその時―――
「あらあら? 何を嘆いておりましたの?」
声をかけてきたのは、長い髪に空色の優しい瞳を持つ少女。
「な、何でもないから!」
そう言ってゴシゴシと目をこするキラに、少女は一枝の薬草を手渡した。
「これは、『腫れ物』に効く薬草です。ちょっと目を閉じていてくださいな。」
キラが目を瞑ると、少女は持っていた布で、薬草を濾し、キラの目にそれを塗った。
「…ありがとう。」
キラのぎこちないお礼に、優しい笑顔で答える少女。
「君は―――」
声をかけると、少女は微笑みながら答えた。
「私は羅玖簾と申します。北の街で、『薬草』を扱っておりますの。」
そう言うと、羅玖簾はキラに尋ねた。
「…あなたは?…何時も此処に居られますの?」
キラは恐る恐る答えた。
「僕は――『キラ』…うん…大体何時も此処にいる…かな?」
「それじゃぁ、わたくしは、此処でよく薬草を摘みに来ておりますから…きっとまたお会いできますわね。」
嬉しそうに答える羅玖簾に、キラは見えない何かを感じた。
それから暫くの間、キラは薬草を摘みに来る羅玖簾を手伝ったり、二人並んで話しをした。
やがて気付く、キラの羅玖簾への想い。
(…いけない!…幾ら羅玖簾が優しくても…本気になっちゃ…)
――――『化物』!!
あの時信じていた少女の脅え…
羅玖簾には想いを募らせてはいけない…。
そう思ったキラは、決断した。
「…羅玖簾…。」
「はい?」
羅玖簾の何処までも澄んだ優しい瞳。
その目の前で、キラは『紫竜』に変化した。
(…きっと言われる…『化物』って…)
苦しみを堪える『紫竜』
だが、羅玖簾は一瞬驚きを見せると、その白い温かな手を、『紫竜』に触れて、優しくいった。
「…とても綺麗ですわね…。」
『紫竜』は驚きを隠せないまま、羅玖簾に尋ねた。
『グルルル…(羅玖簾…怖くないの?…こんな僕を見ても)』
羅玖簾は微笑むと、『紫竜』に言った。
(…やっと会えた…『本当の僕』を、受け入れてくれる女性…)
人間の姿に転じると、キラ溢れる涙を堪えながら、羅玖簾に巫女の話をした。
「…僕の…『巫女』になって…一緒にこの地を守ってくれない…かな…」
羅玖簾はその言葉に、傷ついたキラの心を癒すように、笑顔を向けると、その想いを受け入れた。
* * *
「それで…キラはともかく羅玖簾は『巫女』に成れて…その…幸せ…なのか?」
アスランの質問に羅玖簾は笑顔で答えた。
「はい。わたくしの隣には、何時もキラがいてくださいますから。」
「僕もだよ…。もう『一人じゃない』って『大切』に想って…それが何より嬉しいから。」
キラがその言葉をうけ、羅玖簾に微笑み、答える。
「…その…『巫女』がいて…キラはそんなに幸せか? …どんな時…嬉しいんだ?」
戸惑うアスランの言葉に、キラがこともなげに答える。
「うーん…そうだな…羅玖簾に『膝枕』してもらっているとき…とか…」
「まぁ。キラったら。」
嬉しそうに微笑み合う二人に、アスランは辟易して席を立った。
「アスラン。もう帰っちゃうの?」
キラの言葉に、アスランは溜息をつくと、『神宮』の扉を開けて言った。
「…俺は別に、お前達の「惚気話」を聞きに、わざわざ結界まで越えてきた訳じゃない。」
そうして、扉を勢いよく閉めると、アスランは『蒼竜』に変化し、東へと向かった。
「…怒らせてしまいましたでしょうか…?」
羅玖簾が心配気に言うが、キラは首を振った。
「アスランは『真面目すぎる』から、気付かないんだ…『本当の気持ち』に…少しはいい薬だよ。」
* * *
それから幾時が過ぎていった―――
「お〜〜〜い! アスラァーーーーン!」
篝の声が、湖畔に響く。
アスランは何時の間にか『神宮』の窓を開けては、その声を待っている自分に気付いていた。
「篝。今日は何があったんだ?」
翡翠の瞳を優しく向けるアスランに、篝はその日あったことを、懸命に話す。
アスランは正直、話の半分も聞いていなかった。
只、懸命にひたむきに話す篝の横顔を見るだけで、例えようもない嬉しさに包まれていた。
―――孤独じゃないことが…こんなに嬉しいなんて…。
孤独に耐えられず、人と関わろうとした『シン』の気持ちが、アスランにも理解できた。
その一方で、キラと羅玖簾の言葉を思い出す。
(…言わなくては…俺の真の姿は…『神竜』だと…そして、君は『俺の巫女』だということを…)
―――だが、この幼い子が、自分のおかれた『状況』を、理解してくれるだろうか…?
何より――成長した篝が、自分を愛してくれるのか…?
アスランは篝に言い出せないままの日々が続いた。
* * *
篝は度々、湖畔にやってきたが、その回数は年を追うごとに少なくなってきた。
アスランは毎日のように、少女の来訪を待ちわびた。
1日、2日、3日…
―――声が聞きたくて、その身に触れたくて、たまらない。
(…会えないことが、こんなに苦しいなんて…)
その時――
「お〜〜〜い! アスラァーーーン!」
その声に弾かれるように、アスランは『神宮』を飛び出す。
篝に会えるというだけで、アスランは、心が高鳴った。
「会いたかった…篝…」
不意にアスランに抱きしめられながら言われると、篝は慌てて身を離し、俯き、辛そうに答える。
「ごめん…最近、帝王学とか、剣術とかの勉強で忙しくて…本当にすまん!!」
頭を下げる篝に、アスランはいつものように、優しく言った。
「いや…来てくれるだけで…俺は嬉しいよ。」
そうして撫ぜる篝の頭は会う度毎、何時の間にかアスランが腕を上げないと撫ぜる事が出来ないほどの、身の丈になっていった。
出会うたびにその姿を変貌させる篝
幼女から少女へ…少女から女性へ―――
時折尋ねてくれる度、篝が美しく成長し、それに驚かされつつ、アスランは心の中の篝への想いが年を重ねる毎、狂おしい程に募っていく自分に気が付く。
……だが、それと同時に、『蒼竜の巫女』になってしまっている篝に、その事実をどう説明するか……そして篝が心から『蒼竜』を受け入れてくれるか…
アスランの篝への想いと同時に、その不安も年を重ねるほど、重苦しく言い出せない日々が続いた。
* * *
ある日、湖畔を訪ねた篝は、言いにくそうにアスランに言った。
「今度…私…『即位』するんだ…。」
その言葉に驚き、アスランは眼を見開いてカガリを見つめる。
「…私は、唯一の『大府』の正式な『王位継承権者』だから…『大府』を…誰もが笑顔で暮せるような、優しい温かい国にするのが私の夢なんだ。…だから…即位したら…なかなか此処にこられなくなっちゃうかもしれないけど…」
アスランは俯く。
「…でも! 時々…ううん! 絶対来るから!…だから…その…その時は…合ってくれるか?」
一瞬寂しげな横顔のアスランに、懸命に言葉をかける金の瞳―――
その眩しさに、アスランはそっと篝の身を引き寄せる。
「あ、あ、アスラン!?」
「…大丈夫。『俺は何時も此処にいる』って、言っただろう…だから…何時までも待ってるから…見守ってるから…篝も『夢』叶える様に…頑張れ。」
篝はアスランの肩越しで、小さく嬉しそうに答えた。
「…うん。」
* * *
「国王陛下! 御入台!」
その言葉に宮殿の家臣が、一斉に膝まずき、礼をとる。
その中を、きらびやかな衣装に身を包んだ少女が、凛とした表情でその意志を示すかのように、金の瞳を真っ直ぐ前に向け進み出で、階段を昇り、王座に座る。
『大府』王国、第一継承者にして、新国王の座についた一人の少女
――――『篝・由良・阿簾琶』―――16歳―――
・・・to be Continued.
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>カガリたんの成長と、言い出せないままのアスランの葛藤・・・
カガリたん・・・即位しちゃったぞ! どう告白する!? 『蒼竜』アスラン!?
ここで一発、『漢を見せろ!』
・・・と、思いつつ、次回に続くのであります。(…まだあるのか…(呆))