Dragon  Queen 〜第2話〜

 

 

 

自分の『神宮』を目の前にして、アスランは倒れたままだった。

 

そこに小さな影が近づく。

「……?」

その影はアスランの額や頬を撫ぜると、思い立ったように湖の方に走っていった。

 

 

(……『紅竜(シン)』……大丈夫か?……そんなに寂しかったのか……?)

夢の中で昨夜の出来事を反芻するアスラン

 

その時

 

<ビシャッ>

 

「うわっ!?」

アスランの顔に、いきなり水が掛けられ、アスランは飛び起きた。

そこに、アスランの顔から<ビチャッ>と音を立てて、布きれが足元に落ちる。

 

「あー! 気が付いた!」

 

アスランが周囲を見渡すと、直ぐ隣に5〜6歳…といったところだろうか…金の髪をなびかせ、大きな金の瞳の少女が、嬉しそうな顔で自分を見つめている。

 

その少女は、濡れた布をアスランの足元から取り上げると、自分の着物の袂を上げ、再び湖に浸し、ゴシゴシと(本人なりに)懸命に洗い、再びアスランの元にやってきた。

 

「ジッとしてろよ!」

そう言うと少女は、まだ随分と水気を含んだ布で、アスランの顔を拭こうとする。

 

(…これ…まだビショビショじゃないか…)

そう思うと、アスランは少女から布を取り上げ、更に強く布を絞ると、残っていた水分が、音をたてて、ピシャピシャと地面に流れ落ちた。

 

少女はアスランの行動を見ると、何故か瞳を潤ませている。

「おい? どうかしたか?」

アスランが慌てて問うと、少女は悔しそうに言った。

「…ごめんな…怪我してるお前に、逆に力、使わせちゃって…」

落ち込む少女の瞳から、涙が零れ落ちる。

 

まだ幼い少女が、精一杯自分の力で絞った布―――

アスランはその少女の気持ちが、温かく、そして嬉しかった。

 

アスランは少女の頭を優しく撫ぜながら言った。

「ありがとう。…君のお陰で目が覚めたよ。」

「…ホンとか?」

大きな瞳でアスランを見上る少女に、アスランは微笑み、頷く。

 

と…

 

たちまち少女の顔が、笑顔で溢れる。

「じゃあ、またジッとしてろよ!」

少女はそう言って、アスランから布を受け取ると、血と土とで汚れたアスランの顔や腕をふき取る。

 

汚れては、また湖に洗いに行き、戻っては再びアスランの身体を拭く。

その様子を微笑ましく見守りながら、アスランはその少女をジッと見つめる。

 





―――何処の少女だろう…

   

身につけている服装からは、かなり高貴な身分の家柄の子供だと思うが…

   

 

『金の髪』に、『金の瞳』…

 

   

およそ、この国では見かけない顔立ちだ…

 

 

少女が戻ってくると、アスランは声をかけた。

「ありがとう。…もう大丈夫だから…」

ところが、その少女は今度は怒ったような表情で、アスランにまるで子供を叱る母親のように言って聞かせる。

「ダメだ! お前、随分と怪我してるじゃないか!! 今からお薬塗ってやるから、上の衣脱いで待ってろ!」

 

初めて出会うのに、泣いたり笑ったり怒ったり…そんなクルクルと素直に表情を変える少女に、アスランは可笑しくなり、笑いながら「はいはい。」と素直に答えた。

 

少女は「よし!」と返事をすると、懐に収めていた袋から、軟膏のようなものが入った、貝殻の入れ物を取り出した。

それを指にとっては、アスランの顔や腕、上半身に塗りこむ。

 

 

 

正直言えば、アスランには人間の薬など効かない―――

『神宮』で身体を休め、力が戻りさえすれば自分で自然と治癒できる。

     だが、何故かこの少女の直向(ひたむき)きさに、不思議と心を広げてしまった。

 

 

 

「じゃあ、今度は背中塗るから、後ろ向け!」

何故だか命令口調に喋ることも可笑しくて、アスランは背を少女に向けた。

 

「…?…なんだこれ?」

 

アスランの背中の中心にある、澄んだ『蒼色』の美しい『鱗』

 

少女が触れようとした時、アスランは優しげだった形相を変え、少女に叫ぶ。

「―――!!それに触るな!!」

少女は金の瞳を大きく見開くと、ビクンッと身体を震わせ、怖がっている。

アスランは慌てて少女に言う。

「あ…いや…その…これは『大事な物』だから…触っちゃいけないんだ…ごめんな。」

宥めるようにアスランが言うと、少女はコクンと頷き、鱗に触れないようにして、薬を塗った。

 

「よし! これでもう大丈夫だ!」

嬉しそうに言う少女に、アスランも穏やかな、優しい気持ちが溢れ、少女の頭を撫ぜながら、礼を言った。

「どうもありがとう。君のお陰で、元気が出てきたよ。」

「ホンとか!?」

「あぁ、本当だ。」

「やったぁー!」

全身で嬉しさを現し、少女は満面の笑みを零した。

 

「それにしても何で、お前はこんなところで倒れてたんだ? 家に帰らなくて平気なのか?」

少女の突然の問いに、アスランはそっと答える。

「まぁ…此処が『家』みたいなものだから…。」

「ふ〜〜ん…」

不思議がる少女―――やがて突拍子もないことを言い出した。

「なぁ、また遊びに来ていいか?」

「えっ!?」

アスランはドキリとし、一瞬返答に迷う。

 

「だって、こうして『お話』が出来る人に会えたから…わたしもいつも「『りきゅう』から出ちゃダメだ」っていわれてるから、乳母(マーナ)しかお話できる人、いないけど、お前と私はちゃんとお話できたし…だから『友達』になれただろう?」

 

愛らしい『クリッ』とした金の瞳が翡翠の瞳を見つめる。

 

何処までも澄んだ、『金色』の瞳―――

 

アスランは返答に迷った挙句、少女の気持ちに押され、頷いた。

「あぁ…またおいで。」

「やったぁー!」

少女はそう言って全身で喜びを表すと、更にアスランに言った。

「じゃぁ、お前の名前、何ていうんだ?」

「…『アスラン』…」

少女はにこやかに答えた。

「綺麗な名前だな…私は『(かがり)』だ!」

「君も、綺麗な名前だな。」

アスランの言葉に、(かがり)は嬉しそうに「うん!」と頷いた。

 





「―――もう帰らなきゃ…
乳母(マーナ)に怒られちゃう……」

寂しそうな顔をしながらポツリと零す(かがり)に、アスランは(かがり)の頭を撫ぜると、優しげな微笑みで囁く。

「早くお帰り…大丈夫、心配しなくてもさっき言った通り、ちゃんと俺は何時も、此処にいるから…。」

そう言うと、(かがり)は嬉しそうに「うん!」と頷き、手を振る。

「じゃぁ、アスラン! また来るからな!」

 




何度も何度も振り返り、手を振る
(かがり)―――

その姿を、アスランは見えなくなるまで見送った。

 

 

カガリの姿が見えなくなり、腰をあげると、アスランは急に思い出した。

 

(…ここは『神宮』に近く、(おれ)(たち)でなければ、入ってこれないはず…なのに、あの少女は…どうやって此処に入ってこられたんだ…?)

 

 

*        *        *

 

 

翌日―――

 

(ようやく傷も癒えてきたな…)

アスランが身体を見ながら、自分の『力』の回復度を確かめる。

 

その時―――

 

「…お〜〜い」

 

遠くから聴こえる声―――

 

(聞き違いか…)

 

そう言ってアスランは『神宮』の窓を開ける。

 

と、そこに聴こえる確かな声

 

「お〜〜い! アスラーーーーン!」

 

聞き覚えのある声―――

 

(まさか―――!?)

 

アスランは慌てて『神宮』の扉を開けて、湖のほとりを見回す。

 

そこには―――

 

迷う事なき、昨日の『金の瞳と髪』を持つ少女。

 

「!? (かがり)!?」

 

慌ててアスランが湖のほとりに駈け出ると、そこには昨日、出会ったばかりの、少女が立っていた。

 

「遅いぞ!お前! ずっと呼んでいたのに、なかなか出てこないから―――!」

「ごめん。(…って何で俺が誤らなくちゃいけないんだ…)」

アスランは呆れながらも、こうして尋ねてきてくれることが、俄に嬉しく感じた。

 




「それで?…お姫様。今日はどんな御用ですか?」

アスランが尋ねると、(かがり)は一抱えもある『重箱』を差し出し、アスランの目の前に置いた。

「…(かがり)…これ、君一人で持ってきたのか?…」

「そうだが…なにか文句あるのか?」

「いや…そういうわけじゃないんだが…」

「お前、昨日いっぱい血が出てただろう? 少しでもちゃんと食べて、元気にならないとな!」

 

    
    小さな少女が自分の為に、懸命に重い荷物を運んできた―――

    何処に住んでいる少女か判らないが、それにしてもこれだけの大きさの物を一人でなんて…

 

アスランの中で、何かこそばゆい気持ちが溢れる。

 


「よいしょ…」

(かがり)が重箱を広げる。

そこにあったのは…

 

「…(かがり)…一つ聞いていいか?」

「あぁ。何だ?アスラン。」

「…この『小さなご飯』の固まりは…」

「もちろん!『おにぎり』だ!」

「…あと…この小さく崩れた黄色いのは…」

「『卵焼き』だ!…あ、お前、卵嫌いか?」

「いや…そうじゃないんだが…」

 

どう見ても、大人が作った物とは思えない。

アスランは(かがり)の手をとると、自分の方へ引き寄せた。

「…?…アスラン…?」

 

(かがり)の手は、赤く腫れ上がっている。

アスランはその手を見ながら、フッと翡翠の瞳に力を込める

 

―――『竜眼』

   

   それは竜の力の一つ…

   物事の未来を見たり、過去を見たりすることが出来る。

 

   その瞳に映ったものは―――

 

   『懸命に小さな手で、熱いご飯を握る(かがり)

   

   『何度も火傷しそうになりながらも、重い鉄鍋をひっくり返し、卵を焼く(かがり)

 

   この『小さな手』が、自分の為に懸命になってくれる思いに、アスランは心の中で

   涙が零れそうな程の、自分でも何か判らない『感情』が溢れ出す。

 

 

「…アスラン。どうした?」

金の瞳をクリッと開き、アスランに尋ねる(かがり)

アスランはその小さな身体をフワッと持ち上げると、優しく(かがり)を抱きしめた。

「…?…アスラン…?」

キョトンとする(かがり)に、アスランはそっとその背を撫ぜながら、「ありがとう…」と、耳元で囁いた。

 

神竜であるアスランには、食事という物は必要ない。だが、懸命に自分を思うこの少女に少しでもその笑顔に答えようと思った。

 

「じゃぁ、折角だから、食べてみてくれ!」

(かがり)の言葉に、アスランは人差し指と親指で摘まめるほどの、小さな『((かがり)曰く)おにぎり』を口に入れる。

 

「ど…どうだ…!?」

真剣な眼差しで、アスランの顔を覗きこむ(かがり)

暫くしてアスランが、優しい笑みを湛えながら、(かがり)に言う。

「とても美味しいよ。…ありがとう、(かがり)。」

みるみる(かがり)の顔が満面の笑顔に変る。

「やったぁー!!」

 

その眩しい笑顔を見ながら、アスランはカガリに言う。

(かがり)も一緒に食べないか?」

「えっ…でも…私は…」

「一人より、二人で食べた方が、もっと美味しいだろう?」

微笑みながら言うアスランに、(かがり)はチョコンとアスランの横に座ると、おにぎりを一つ掴んで食べ始めた。

「…!! ホンとだ! 何時も家で一人で食べてるより、ずぅ〜〜〜っと美味しい!」

その言葉に、アスランは、ふと気付き、(かがり)の口元に付いたままのご飯粒を取ってやりながら尋ねる。




(かがり)は家では一人で、ご飯食べてるのか?」

その問いに、(かがり)は困ったように考え、答える。

「一人…といえば一人だが…そういう訳でもないような…」

 

(複雑な事情でもあるんだろうな…)

 

上手く答えられない事を感じて、アスランは(かがり)に「もういいよ。」と答えた。

 

 

一緒に食事をしながら、話し込む二人―――

(…こんな、安らかな時間…一体何時以来だろう…)

食べながら、必死に話をする(かがり)が、おにぎりを喉に詰まらせて、咳き込む背を摩ってやったり、

アスランの話に驚いたり、笑ったり、泣き出しそうになったり…

クルクル豊かに、素直に表情を変える(かがり)に、ふとアスランは自分でも気が付く。

 



(俺は…こんなに「おしゃべり」だっただろうか…?)

 



思えば神竜として生まれて以来、この方、殆ど人間とは誰とも喋ったことなどなかった。

それが今では自然と(かがり)に心を引き出されている。

 



(…『シン』も…こんな気持ちになりたかったんだろうか…)

(かがり)の作った食事を口に入れながら、ふと、アスランは『永遠に一人、神竜』として生きていかねばならない、寂しさを感じた。

 

 

 

「よいしょ!」

食事が終わると、カガリがまた重箱を抱えて帰ろうとする。

「大丈夫か? それ重いだろう? 家まで送ってやるから―――」

アスランの言葉に、(かがり)は首を振ると、話し出した。

「嬉しいけど…家の者達に黙って出てきちゃったから…見つかると大変だし…」

「そうか…」

アスランは、再びカガリの頭を撫ぜると、微笑みながら言った。

「またおいで。待ってるから。」

「うん!」

 

そう頷いて、カガリは重箱の包みを抱えて歩き出す。

 

アスランは、その姿が見えなくなるまで見送った。

 

 

が、アスランが踵を返したその時―――

 

<ガシャン!>

 

湖畔の奥で、何かが崩れ落ちた音が響いた。

 

アスランは胸騒ぎを感じ、音の場所へ走り出す。

 

 

―――そこには

  

   散乱した『重箱』

 

   そして、苦しげに息を荒げ、胸を押さえる金髪の少女―――

 

 

(かがり)! (かがり)ぃ!!」

アスランの声も届かないほど、唇は青ざめ、頬に血の気もない少女が、抱き上げたアスランの腕の中で、苦しげに喘いでいた。

 

 

 

 

 

・・・to be Continued.

 

 

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>さて、いよいよ「お待ちかね(?)」の、『運命の2人の出会い』です。

 一体、カガリたんの身に、何が起きたか!?・・・は、次回に判明するとして…

 

 どうでもいいんです…小説の方は…。 「何がいいって、「かずりん様」の挿絵の『二人並んで、仲良くお弁当vv(それもアスラン、カガリのほっぺのご飯粒 とってあげてる!!)』に、Namiは鼻血出血大サービスで悶えまくってしまいました!!」

 きっと取ってあげたご飯粒は、そのままアスランの口に…

 いや! そんな事はさせない!! そのご飯粒は、私の物―――(殴!