Dark & Light  〜9th.Chapter

 

 

 

<カーン、カキーン>

 

「はぁ・・・はぁ・・・」

『どうした。その程度で終わりか?』

「・・・いや・・・まだだ!」

 

<カーン―――>

 

人気の無い森の中、金属と金属のぶつかり合う音と共に、男と女の声が響く。

全く息の上がった気配すらない、余裕を含んだ声は、ややハスキーながら女の声。

そして、その声に抗うように懸命に食らいつこうとする、年若そうな男の声。

 

「はぁぁぁーーーっ!!」

大きく振りかぶった男の剣を、女は長い金髪を優雅になびかせながら、スルリとかわし、そののど元に長い爪の先を突きたてた。

「うっ!」

『勝負あったな・・・』

 

男の頬にスッと流れ落ちる冷や汗をすくいながら、女が爪を外し、もう片方に握っていた短剣を振り下ろすと、その場の緊張が一瞬にして失われた。

男は急に握り締めていた剣の重みに耐えられなかったように、<カラン>と地面に剣を取り落とすと、その場にガクリと倒れこんだ。

 

 

 

 

*        *        *

 

 

 

 

―――「俺を強くしてくれ。」―――

 

アスランがその女―――銀眼の『カガリ』に願い出てから今日で早3週間が経とうとしていた。

当然、『キラ』を探す旅を続けながら、ではあるが、なるべく人目につかないこうした街中や人里から離れたところに野宿を選び、そこで銀眼の『カガリ』に稽古をつけてもらっていた。

 

当初、銀眼の『カガリ』がアスランの願いを受け入れてくれるかどうかは、アスラン自身にも確信は無かった。

銀眼の『カガリ』は確かに「アスランの使い魔」とはなっているものの、その力はアスランよりははるかに上位。「使い魔」は主の言う事に従う―――とされているが、力の弱い主であれば、『Dark』である銀眼の『カガリ』はアスランの言う事に従わず・・・果てはその気によってはいとも簡単に殺してしまう事さえ可能だ。

だが、銀眼の『カガリ』は、アスランの予想を裏切り、アッサリとその申し出を受け入れた。

 

―――「いいのか?・・・本当に・・・」

 

冷ややかその横顔に向かって、地面に這いつくばった顔を懸命に上げながらいうアスランのその言葉に、銀眼の『カガリ』は面白そうに笑いながら答えた。

 

―――『お前こそ本気で言っているのか? 死ぬ可能性のほうが高いぞ。』

 

だがアスランは怯まなかった。

真っ直ぐに翡翠の瞳を『カガリ』に向けたまま、力強く頷いた。

 

その瞳に、『カガリ』は嘗てその銀眼に写ったものを思い出す。

 

 

((・・・この瞳・・・似ているな・・・『アイツら』と・・・))

 

     一体何時だっただろう・・・

     もう忘れてしまうほどの年月だったような気がする

     真っ直ぐで力強い輝きを帯びた瞳・・・

 

     一つは『金色の大きな瞳』

     もう一つは『菫色の慈悲深い瞳』

 

((もしかしたら・・・『コイツ』は・・・))

 

何か遠くのほうを一度見やると、『カガリ』はアスランに向き直り、穏やかな口調で言い放った。

 

 

―――『だったら、その覚悟、しっかり見せてもらおうか。』

 

 

 

*        *        *

 

 

 

その答えに、アスランは必死でついていこうとしていた。

アカデミーでもトップを譲る事は無く、魔道・知識・剣技、どれをとっても息一つ乱すことなく優雅にこなすアスランに、同じエクソシスト達からも、憧れと尊敬の羨望を受けていた(※イザークは除く)。

そのアスランがこれだけ苦戦を強いられ、無我夢中で這い蹲ろうと、泥にまみれようと、必死に銀眼の『カガリ』に挑んでいる。今までのアスランしか知らない『Z.A.F.T.』の面々がこの姿を見たら、何と思うだろう・・・。

しかしアスランはそんなことはまるで構わないように、必死にあがいていた。

 

アスランは気がついていないだろうが、銀眼の『カガリ』の感ではここ3週間の修練で、アスランは着実に強くなっていた。

以前は自分を呼び出すだけで、立ち上がることも出来なかったアスランが、今では自分に魔力を吸われながらも剣を振るう事ができている。

 

((それほどまでに、カガリのことを・・・?))

 

最近の戦いで、銀眼の『カガリ』は気がつき始めていた。

アスランの『見ているもの』―――それは、今の自分=銀眼の『カガリ』ではなく、あの無邪気で愛くるしい『カガリ』の方―――だということを。

 

 

「はぁ、はぁ・・・もう一度・・・頼む。」

剣を杖代わりにするようにして立ち上がるアスラン。

倒れてもまだ翡翠の瞳の奥は、精気が燃えているように輝きを失っていない。

『・・・少し休め。こんな森の中で魔力を使い切ってしまったら、『悪魔』共が襲ってきたときに太刀打ちできんぞ。』

 

不思議とアスランを思いやっている自分に気づく。

そんな感情は今まで「たった一度」しかなかったのに・・・。

 

「わかった・・・ありがとう、『ルーシエ』・・・。」

そう言いながら、アスランの表情が和らぐ。

この強きDarkを目の前にして、緊張を解くことが出来るのは―――

 

((この『私』を・・・『信頼』しているのか・・・?))

 

 

     『信頼』―――『Dark』と人間の関係に、そんなものはほぼ皆無だ。

     何時だって『力』で屈服させるか否か、の関係でしかない。

 

―――『ルーシエ』

 

アスランにこの名を教えたのは、何より自分自身だ。

 

 

 

―――「君は自分を『カガリ』と言ったな。」

この鍛錬に入る前に、アスランが言った。

―――『あぁ。私も『カガリ』だ。それはお前も知っていることだろう?』

―――「・・・違う。」

―――『何?』

―――「俺の知っている『カガリ』は『お前』じゃない。・・・明るくて・・・無邪気で・・・ひたむきで・・・人を疑う事を知らない、純粋な彼女が『カガリ』だ。・・・冷徹で残虐な『お前』じゃない・・・」

 

アスランの『カガリ』に対する想いがこのときよく判った。

それは『自分』も思ったことだ。

あの太陽の様な無邪気な『カガリ』の笑顔を・・・『護りたい』と。

 

―――『・・・『ルーシエ』・・・』

 

―――「え?」

 

―――『今度私を呼び出すときには、その名前でも使え。あだ名の様なものだ。』

 

そういって銀眼の『カガリ』は、そのときから『ルーシエ』と呼ばれるようになった。

 

 

 

*        *        *

 

 

 

「なぁ、以前にも尋ねた事だが、もう一度聞いていいか?」

『何だ?』

「何でお前はカガリの感じたものや見たものを覚えているのに、カガリのほうは、お前が戦っていたり、俺とこうして鍛錬している記憶が無いんだ?」

夜も更けて、暗闇の中にふと灯った、小さな焚き火の灯り。それに薪をくべながら、アスランはルーシエに尋ねた。

以前はそっけなかったが、こうして3週間共に戦いながら剣を交えてみて、次第にルーシエへの恐れや疑念が少しずつなくなっている気がしていた。

垣根が、次第に取り払われているように・・・。

今なら、自分の事もルーシエに素直に話せる。だからきっとルーシエも同じ気持ちで・・・。

 

『・・・そうだな。あえて言えば、お前と同じだ。』

「「同じ」?」

『私は『カガリ』を護っているのだ。』

 

<パチン>

 

薪が炎で割れ弾けた。

 

『『カガリ』は純粋で、優しい。そんな彼女に『悪魔』との戦いなど、汚らわしいものは見せたくない。お前との訓練も見ていたらきっと泣いて止めさせるだろう。だからあえて私が表に出るとき、『カガリ』の意識を眠らせているのだ。』

 

ルーシエの初めて見せた自愛の表情。それはただひたすら『カガリ』だけを想ってのことなのか・・・。

同じ思いを持つものとして、親しみを感じるはずなのに、何故かアスランは苛立っていた。

(・・・カガリを護るのは、俺だ。俺が十分強くなれば、ルーシエなんかに身体を貸さずに、眠らせる事もしないで、傍にいてやれる!)

 

「・・・それはお前のエゴだろう?」

口調が厳しくなったアスラン。だがルーシエは一瞬アスランの表情を見て取ると、今度は挑発的な言葉を投げかけた。

『エゴではない。現に今、カガリを護っているのは私だ。意識も思い出も全て重なっている。つまり私とカガリは文字通り「一心同体」なのだ。』

「・・・でも、例え本当に一心同体でも、お前はカガリを抱きしめられやしない。」

受けて立つように、アスランは厳しい視線をルーシエに投げつけた。

『身体になら触れられるさ。こうして自分を抱きしめていればな。』

そういってルーシエは両手で自分の身体を抱きしめる。だがアスランは尚も言った。

「・・・でもお前は、カガリの唇に触れるはできない。」

ルーシエは切れ長の目を見開いた。

『なんだ、徳の高い神父様。お前たちはとっくに異性への渇望を離脱したんじゃないのか? 一人の女に執着するとは、神父失格だな。』

そういいながら笑ってみせるルーシエに、アスランは節目がちに焚き火を見つめると、静かに答えた。

「・・・神父だろうと・・・エクソシストだろうと・・・結局はただの人間だ・・・。」

 

今まで自分に対するときは、どんな時でも強い姿勢を崩さなかったアスランの、初めて見せる年相応の心に、ルーシエは興味をそそられた。

 

『・・・ならば私も一つ聞こう。お前、カガリには『使い魔はいらない』と言ったそうだな。何故『使い魔』を拒絶する?』

 

アスランは何もいわずに焚き火を見つめていた。だが暫くしてようやく重く閉ざしていた口を開き、言葉をつむぎ始めた。

 

「あれは・・・今から156年前のことだ・・・」

 

 

     そう。まだ俺が5,6歳くらいだっただろうか。

     俺の住んでいた街は活気に溢れ、平和と言う言葉を信じて疑わなかったくらいだった。

     

     その街で俺は両親と、一匹の犬と暮らしていた。

     犬―――両親は共働きで忙しく、正直引っ込み思案で友達付き合いの苦手な俺に、両親が「寂しくないように」と誕生日に買ってくれたものだった。

 

     彼の名前は『ジャスティス』

     初めてジャスティスを見たとき、大きくて、本当は恐かったんだ。

     そんな俺にジャスティスはそっと近寄って、<ペロ>っと俺の手のひらを舐めてくれたんだ。

     まるで人間の友達が「よろしく。」と握手してくれるかのように。

 

     それからジャスティスは俺の一番の友達になったんだ。

 

     いつも一緒に野山や川に遊びに行ったり。

     寒い冬は暖炉の前で寝込んでしまった俺に、そっと寄り添ってくれたり。

 

     本当にかけがえの無い存在だった。

 

 

     だが、一見平和だったこの街に、156年前悪魔が襲ってきた。

     平和に慣れすぎていたためなのか、幼い俺にはよく判らなかったが、エクソシストは一人もおらず、街の人々はただ逃げ惑うだけだった。

 

     俺もただ恐くって、家の中でジャスティスに抱きつきながら、ひたすら悪魔が去るのを待ち続けていた。

     だが、次々と街の人々や家も壊され、火の海になった。

     父は「何とか悪魔を遠ざけてくる。」―――そういったまま、外へ飛び出し・・・帰ってこなかった。

     残った母と俺は家のドアや窓中の窓に鍵をかけ、息を殺すようにジッとしていた。

     だが―――

 

     <ガン!ガン!ガッシャーン!>

 

     ついに家の窓が割られ、『フー・・・フー・・・』という獣の様な鳴き声の悪魔たちが家に入ってきたんだ。

     ―――「アスラン!あなたは地下の食料庫に隠れてなさい!」

     ―――「でも、お母さん―――!」

     ―――「いいから、早く!音を立てちゃダメよ!」

     ―――「お母さん!嫌だ!一緒に―――」

     そんな母の心が通じたのか、ジャスティスは無理矢理俺の服の襟足を噛んで、暴れて嫌がる俺を地下の食料庫のあるキッチンへ引きずっていった。

 

     丁度その時だった―――!

     ―――「キャァァー・・・」

   

     (!お母さん!!)

   

     母の断末魔の絶叫に、涙がボロボロ溢れさせながらも、必死に口を押さえて耐えていた。

     だが、

     『ナンカ、コドモノニオイガシナイカ?』

     『ニンゲンノコドモハウマイカラナ!ミツケタラゴチソウダ!』

     『コッチカラニオッテクルゾ。』

    

     悪魔どもの声が聞こえる。

     (もう駄目だ!僕もここで殺されちゃうんだ!)

    

     思わず今まで我慢していた分の声を張り上げて、泣き出そうとしていたその時―――

     「グルルル・・・ワン!」

     俺をキッチンの物陰に押し込むと、ジャスティスが悪魔たちの前に飛び出したんだ。

 

     ―――(・・・ここから先へは行かせないよ!)

 

     まるでそう言っているように、自分の何十倍も大きい悪魔に向かって、ひるむ事もなく。

 

     『ナンダ、コノチッコイドウブツ。』

     『ジャマダ。ドケ!』

   

     そういって悪魔たちがジャスティスをなぎ払った!

     「ギャン!」

     ジャスティスの悲鳴!

     (やめて!やめてジャスティス!早く逃げて!!)

     でも、ジャスティスは一歩も逃げなかった。

     倒れても・・・吹き飛ばされても・・・何度も何度も悪魔に噛み付いて―――

 

     『イイカゲンニシロ!コノチビ!』

 

     <ザシュッ!>

     <ビシャッ!>

 

     床に飛び散った真っ赤な血

     そして<ゴトリ>と落ちた胴体

 

     (!!ジャスティス!!)

 

     『チッ!イイカゲンハナレロ!』

   

     その時、俺の目に映った光景―――

     頭を切り落とされ、首だけになったジャスティス

     でも、それでも悪魔の腕に噛み付いたまま、離さなかった。

   

     (僕を・・・僕を護ろうとして・・・僕の一番の友達が―――!!)

 

     数分もしなかっただろう。

     「『イレイサー』!」

     『ギャァァァァァ・・・』

     エクソシストの声に続き、悪魔たちが消えていく。

     そこに残ったものは・・・必死に友達を護って、安心しきったような表情のジャスティス。

  

     (僕が・・・僕が弱かったから――――!!)

 

     「ジャスティスゥゥーーーーーっ!!」

 

     焼け落ちた家。空っぽの屋根の上から雨が落ちてくる。

     俺はただ、天に向かって咆哮した・・・。

 

 

 

 

 

「それからだ。護れなかった家族や友の為に、今度は俺が救ってみせよう。そう思って『Z.A.F.T.』の養護施設に引き取られた後、『エクソシスト』の養成学校『アカデミー』に入ったんだ。だけど仲間が俺のせいで傷つくなんて、もう見たくはない。だからこうして『仲間』・・・つまり『使い魔』は俺は使わないと心に決めたんだ。」

天を見上げるアスラン。そこへ

「ヒック・・・グスッ・・・」

小さなすすり泣きに、慌ててそちらを見ると、なんと、何時の間に消えたのか。ルーシエの姿は無く、そこにはカガリの姿があった。

「カガリ?どうしたんだ一体・・・」

「アスラン・・・ヒック・・・ゴメンな・・・そんな悲しい思い出があったなんて・・・グスッ・・・思い出させちゃって。」

金の瞳からポロポロ流れ落ちる涙。

そんなカガリの頬を拭ってやりながら、自然と溢れる優しい笑みを湛え、アスランはカガリをそっと抱きしめた。

「・・・アスラン・・・」

「大丈夫。俺はそのために強くなろうとしているんだから。だからカガリ、君は安心して。もう誰にも君を傷つけさせないから。俺が・・・俺がちゃんと護るから。」

 

 

 

―――そう。俺が護って見せるから

 

   君が無事に『キラ』の元に着くまで。

 

 

 

 

 

 

   『キラ』のいるところへ?

   着いたら俺は、カガリと離れなければならないのか?

 

 

 

   



   その後の俺は

 

 

 

   


   一体何をするんだ・・・?

 

 

 

 

*        *        *

 

 

 

『グギャァァーーーーッ!』

全長15メートルはあろうかという、『邪竜:ニーズホッグ』

「我、天の導きに従い、今そこにあらんものを浄化せしめん!『ホーリースレイブ』!」

『グォッ!グギャァァァーーーー・・・・・・』

 

まばゆい光が天から落ちると、『ニーズホッグ』の姿は瞬時にして塵と消えた。

 

「凄いぞ!アスラン!あっという間に終わったな!」

カガリが嬉しそうに声を上げ、アスランに近づく。

「あぁ、まだ『Cクラス』程度のものだからな。これくらいなら大丈夫だ。」

そんなアスランにカガリは冷えたタオルを渡す。

「ありがとう。カガリ。」

カガリの小さな気遣いに答えるように、アスランの誰にも見せないような柔らかな笑顔を見せると、笑顔でカガリも答える。

「さっき通ったところに、湧き水があったから。・・・私が戦闘に出ても役に立たないし。かといって出てもアスランが悲しむだけだから、これくらいしか出来ないけど。」

「いや、これで十分だよ。」

 

小さな気遣いと、満面の笑み。

これだけでも十分心が満たされる。

 

だけど、カガリの心の中に、今自分はどのくらい存在しているのだろう。

 

―――『キラ』

 

その名前を思い出す度に、胸が締め付けられる。

 

そして心の中に、どす黒い何かが広がっていく

 

願ってはいけない事だと知りながら。

 

 

―――『キラ』が・・・「永遠に見つからなければいい」・・・と。

 

 

 

*        *        *

 

 

 

<パチパチ・・・>

 

夜も更けた森の中、ほの赤い焚き火を囲んで、アスランとカガリは向かい合い、簡単な夕食を摂っていた。

「ごめんな。あんまりいい材料が見つからなくって・・・。」

集めたのは数種類の木の実と野草。そして小魚が一匹。

「アスランは戦っていつも体力使っているのに、これじゃ力でないよな。」

シュンとしながら野草の入ったスープと小魚を手渡すカガリに、アスランはいたわるようにカガリに笑顔を向けた。

「大丈夫だ。これだけ立派なご馳走が作れるんだから。カガリはきっといいお嫁さんになれるよ。」

「!?ほんとか!?」

「あぁ。俺が保障する。」

「よかった〜!」

 

嘘をつくことを知らない、正直な彼女。

真っ白な心を持つ彼女。

 

そんな彼女を誰が『Dark』だと思うだろう?

 

そっと人差し指ほどの小魚を半分に切ると、アスランはカガリの葉で作られた手製の皿の上にのせた。

「アスラン!?これはお前の―――」

「いいから。カガリも食べないとこのまま長旅になったら体力がもたないぞ。」

「でも・・・」

躊躇しながらソロソロとアスランを見上げるカガリに、アスランは優しい笑みで頷いた。

「ありがとう、アスラン。・・・そうだ!」

カガリは右手の小指を差し出していった。

「もし旅がまだ続いたら、きっと大変な事がいっぱい出てくるだろうけど、そのときは何でも『半分こ』

にしような!」

「・・・『半分こ』?」

「うん!楽しい事もだけど、辛い事とか苦しいこととかも、半分にすれば少しは軽くなるだろ?だったらこれからキラが見つかるまで、何でも『半分こ』にしていこうな!」

カガリが嬉しそうに差し出した右手の小指。その指に自分の指を絡ませようとした時、アスランは躊躇した。

 

―――「キラが見つかるまで・・・?」

 

そう、そこでカガリとの旅は終わるのだ。

永遠に続く事のない、共にいる時間はそこで終わる。

キラ―――彼が見つかった時、そこでカガリの笑顔は、自分にではなくキラのものになる。

心も・・・身体も・・・カガリの心の中にいるのは―――キラだけなのか!?

 

「・・・カガリは・・・」

「へ?」

皿の上に乗った小魚を美味しそうに齧りながら、カガリは無垢な顔を上げる。

アスランは顔を伏せ、その表情が読みきれない。

「アスラン?」

カガリがそっとアスランの顔を覗き込もうとした瞬間、必死の形相のアスランが<キッ!>と顔を上げて、熱を帯びた翡翠の瞳がカガリを縛った。

「そんなにキラが気になるのか!? キラは、そんなに君の事を思っているのか!?」

「な、なんだよ、急に・・・。」

アスランの変貌に困惑しながらも、カガリはたどたどしく答え始めた。

「前にも言っただろう?キラは『私が人間になる方法を探してくれている』って。でも、『もうそんなことしなくていいから』って伝えたいんだって。『キラが私を護ってくれた。もうそれだけで十分だ』って。」

アスランは困惑するカガリの直ぐ隣に座り込むと、カガリの差し出していた右手を掴みながら激しい口調でカガリを責めた。

「護るのは『キラ』じゃないとダメなのか!?俺じゃいけないのか!?」

「あ、あ、あ、アスラン?」

「俺は・・・俺はどこにも行かない!ずっと君を護る!だからもうキラなんか探さないで、俺の傍にずっと―――」

「ちょちょっと待てっ!!」

慌ててカガリはアスランの言葉を制する。

「だって、お前は最初私を殺そうとしただろ?私たち『Dark』はお前のいる『Z.A.F.T.』から見たら、この世界にいてはいけない存在なんだろ? キラを見つけるからって言う理由でお前は私を旅に連れ出したんだろ?だったらキラを探さないのなら、一緒にいる意味は―――」

「好きなんだ!!」

苦しそうに肩で息をしながらアスラン、くすぶる熱を帯びた翡翠に瞳で、大きく見開かれたカガリの金の瞳を見つめた。

「・・・『す・・・き』・・・?」

うわごとの様に呟いたカガリに、アスランはいやおうもなくカガリの腕を引き寄せると、自分の胸に強く抱きしめた。

「な、アス―――」

状況がまだ掴めないまま、それでも身じろぎするカガリ。だがいつも見ていた以上に広い胸と強い腕がカガリの動きを封じる。

「君が好きなんだ。君と出会って、旅をして、君の笑顔とひたむきさに何度も俺は救われて・・・そしてはっきりと判ったんだ。君を・・・君を護り続けるのは俺だ!キラなんかに渡したくないって!」

「そんな!アスラ―――」

いきなりの告白と、状況が掴めずにカガリは懸命にアスランに冷静になろうと促そうとしたが、その言葉は唇が塞がれ、途切れた。

噛み付くような強い口付け。初めて誰かに触れられ、熱を感じた唇。

熱は全く異性への感情を知らなかったカガリを困惑させ、動く事さえできなかった。

そのままアスランは唇に舌をくぐらせ、より深い口付けへと変えていく。

「ん・・・んはぁ・・・」

息苦しさに顔を背けたカガリと唇が離れると、そこに銀色の糸が怪しく光る。

そしてそのまま覆いかぶさると、カガリの頬。白いうなじへと唇を這わせる。

「いやっ!何するんだ!止めろアスラン!!」

そんな言葉はアスランの耳には入らない。

只一瞬気にかかったのは、カガリの中のルーシエのこと。

 

(「カガリを護っている」といったルーシエが、この状況でもし出てきて本気で自分を殺そうとしたら・・・)

 

だがルーシエの気配は全く感じない。

まるでこうなる事を知って、傍観しているかのように。

 

初めて抱いた『女性への渇望』

「自分だけのものにしたい」というたった一つの願いが、経験のないアスランを男へと変えていく。

カガリの上着に手がかかり、その中にある柔らかな丘に手がかかり、その頂にある頂点を指の間に挟みながら柔らかく揉みしだいた時だった。

 

「・・・ヒック・・・エグッ・・・」

 

抵抗の止んだカガリの体。だがそれはアスランに身を任せたものではない。

アスランの急激な変貌、押し付けられた想い、それに対してどうしていいかわからず、恐がって震えている。

頬に流れる涙を見たとき、アスランは己のしたことの重大さにハッとした。

 

(―――!!俺は・・・なんて事を!!)

 

カガリが欲しい―――それはカガリも自分を欲してくれれば、という想い。

だが今自分が行った行為は、自分のエゴをカガリに押し付けただけだ。

 

「ゴメン・・・ゴメン!カガリ!君を傷つけようとした訳じゃないんだ! だた・・・」

 

俯きながら、アスランは自分のコートを、肌蹴たままのカガリの体に掛け、悲しげに呟いた。

 

 

「君が・・・誰かのものになるのなんて・・・嫌だったんだ・・・」

カガリは体をコートで包むようにしながら、アスランに背を向け、震えている。

 

「ゴメン・・・本当にゴメン、カガリ・・・でも・・・」

アスランはカガリの耳元で囁いた。

「これが・・・俺の本当の気持ちなんだ。」

 

カガリからの返事はない。

明日の朝、どう彼女に詫びたらいいのだろう。

 

「・・・おやすみ。カガリ・・・。」

 

焚き火の反対側に戻り、消えつつある炎の揺らめきを見ながら、アスランはそっと熱を帯びたままの翡翠の瞳を閉じた。

 

 

 

 

*        *        *

 

 

 

 

「・・・ん・・・」

顔に当たる木漏れ日で、アスランは目覚めた。

そこに

<ガサ>

「?」

アスランが起き上がると同時に、黒いコートが音を立てて滑り落ちる。

「これは・・・」

そう、昨夜カガリに掛けてやったコート

「!?カガリ!?」

立ち上がったアスランが、当然そこにいるはずの焚き火の向こうのカガリの姿を求める。

が、そこにカガリの姿はなかった。

「カガリ!」

カガリの寝ていた場所にアスランが行くと、そこの地面に小枝で書いたのだろう。カガリからと思われるメッセージ。

ところどころ読めないような文字が混ざっているが、アスランは迷うことなく読んだ。

 

『アスランへ   

今まで色々ありがとう。いつも私を護ってくれて。何も知らない私に、この広い世界をいっぱいいっぱい教えてくれて。本当に感謝している。

でも、私はやっぱりキラを探したい。私のために一人で辛い旅を続けているキラを助けてやりたいんだ。

お前の気持ち、凄く嬉しかった。でも、今の私はこれ以上お前の気持ちにこたえてやることが出来ない。

そうである以上、お前の傍にいたら、お前が辛い思いをするだけだ。だから私は一人で探すよ。

本当にゴメンな。そして今までありがとう。言葉に仕切れないほどの「ありがとう」をお前に。 

カガリ』

 

「カガリ!!」

 

慌てて周囲を走り回る。

あの柔らかな金髪がたなびく姿を

あの大きな金色の瞳が、宝物を見つけたかのようにキラキラ光るのを

そして、どんな些細な事に出さえ、満面の笑みで喜びを伝えるその唇を捜して。

 

だが、既にその温もりも、残り香もどこにも感じることは出来なかった。

 

(俺が―――俺が無理矢理自分の想いを押し付けたから―――!)

 

 

「カガリぃぃぃーーーーーーーーーーっ!!」

 

溢れる涙を拭いもせず、木漏れ日の向こうの青空に向かって、アスランは慟哭の叫びを上げるしかなかった。

 

 

 

・・・to be Continued.

 

 

 

===============================================================================================================================================================

>ついに自分の中の本心に気が付いたアスラン。カガリにとっては急転直下です!

 神父様でもオオカミさんになっちゃうあたり、まだまだ修行が足りませんな。ザラよ。(そう仕向けたのは書いた人です^^;

 さぁ、愛しのカガリたんが目の前から突然消え、どうする!?アスラン。

 この後、再びカガリと巡り合う事ができるのか!? キラ捜しの旅はどうなるのか!?

 

 まだまだ先に続きます(長っ!煤i--;))