Dark & Light 〜8th.Chapter〜
「カガリっ!カガリィーーーっ!!」
アスランの腕の中に崩れ落ちたカガリは、目を開こうとしない。
何度か頬をパチパチ叩いても、呼びかけても、その金色の大きな瞳が、あの活き活きとした光を見せない。
「どうして・・・ここの清浄な空気にやはり当てられて―――」
こんなに不安になることは今までなかった。
自分の命が危機に晒されても、心を取り乱すことなどなかったのに・・・
あの日―――「全てを失った日」から、何があっても心を乱さないように、己が心を自制して来たのに。
「お願いだ・・・カガリ・・・目を覚ましてくれ・・・君が目覚めなかったら、俺は―――」
そうアスランが呟きかけたときだった。
―――『私を呼んでいるのか?』
「え・・・。」
突然アスランの耳に届いたのは、ハスキーなカガリの声。
しかし腕の中のカガリは意識を失ったままだ。
(気のせいか・・・)
そう頭を振ったその時
―――『いいのか?・・・呼ばないなら、このまま眠るぞ。』
「―――っ!」
明らかにカガリの声だ。しかし『カガリではある』が『カガリではない』声の低さと落ち着き。
(まさか・・・銀眼の・・・金髪の・・・『アイツ』・・・か?)
アスランは考える。
どの道『もう一人のカガリ』とは話すべきこと、聞くべきことだらけだ。
「何故『カガリ』が違った人格で2人もいるのか」
「何故『カガリ』はもう一人のカガリの存在を知らないのか」
「何故、自分を助けるのか」
そして―――
「お前は何者なんだ?」
「あぁ、『カガリ』。俺は今お前を呼んでいる。だから早く目を覚ましてくれ。」
一呼吸おいて冷徹な声でカガリに呼びかける。
その時だった
「――――っ!?・・・ぅ・・・あぁっ!!」
アスランの体中の魔力が、体力が急激に吸い取られていく。
それは今まで2度体験した、『あの感覚』
ベルフェゴールを倒したとき、そしてティアマットからカガリを助けた後。
そしてアスランが腕の中を見ると
「!?」
カガリの身体が淡い光に包まれると、無造作に切った金髪がサワサワと伸びていく。
そして小さな手の爪が伸びて鋭く尖り
ゆっくりと見開いた瞳は―――透き通るような『銀色』
力が抜かれていくような感覚に、床に伏せるアスランに対し、アスランの腕の中からフワリと立ち上がった『カガリ』。
アスランが何とか顔を上げると、銀眼が呆れるような眼差しでアスランを見下ろしている。
『はぁ・・・私を呼び出すだけで、床に這いつくばるようでは、たかが知れているな。』
口元に薄い笑みを浮かべた―――『もう一人のカガリ』
その溢れ出る妖気は、まさしくベルフェゴールを倒したときの圧倒的な力
アスランは何よりも知りたかったことを、懸命に口にした。
「君は・・・一体何者なんだ・・・?」
『何者って・・・私は『カガリ』だ。決まっているだろう?』
シレっと言い切る『カガリ』に、アスランは尚も疑問を打ち付ける。
・・・この意識が・・・途切れないうちに・・・
「君は・・・『2重人格』のDarkなのか・・・? 俺の知っている『カガリ』は・・・明るくて・・・無邪気で・・・そんな恐ろしい妖気を身に纏うこともなかったのに・・・」
『『2重人格』ね・・・。まぁ正解―――とは言い難いが、80点くらいにはしてやるか。』
サラリと答えた銀眼の『カガリ』にアスランは質問を投げつづけた。
「君の属性はDarkなのは判るが・・・なんの種族なんだ・・・?『魔王』か?・・・それとも・・・『破壊神』・・・もしかしたらそれ以上の―――」
『それはお前が決めろ。私には貴様らが勝手に決めた分類などに興味はない。』
冷徹な声色。これだけでも十分圧倒される。だがアスランもSランクエクソシストとしての誇りをかけて、銀眼の『カガリ』と渡り合った。
「何故・・・俺の知っているカガリはお前のことを知らないんだ?・・・それに・・・どうしてお前はいきなり現れて・・・」
『全く・・・質問だらけだな、お前は。『カガリ』が「一度に聞くな。」というのも判る気がする。』
今度は可笑しそうに笑いながら銀眼の『カガリ』は答えた。
『そうだな・・・お前が知っているという『カガリ』が『私』のことを知らないのは、お前に説明したところで判りはしない。だが代わりに「どうして私が出てきたか。」だけ答えてやる。』
銀眼の『カガリ』は腰に手を当てたまま、冷ややかな微笑と共に腰を折ってアスランに顔を近づけた。
『・・・お前と『私』が『使い魔』の契約を果たしたからに決まっているだろう?』
「・・・『使い魔』の・・・『契約』・・・?そんなの何時―――」
『ティアマットとの戦闘の最中、お前が『私』に血を与え、『私』を呼んだからだ。』
「―――!?」
よくよく意識が消える寸前を思い返す。
あの時―――自分は頭に怪我をし、頬に流れる赤い血が、カガリの顔に落ちていった・・・
(―――まさか!?それを口にして!? でも『カガリ』の意思は―――)
使役する魔に主人の血を与え、主人となるものの魔力を覚えさせる儀式をして、初めて『使い魔の契約』を果たす。
ただ、単に血を与えるだけでは『契約』は成立しない。
徳の高いLightを『使役』にする場合、魔力だけでなく、如何に主人が理知的であり、自分が従うに値する人間であるか、話し合うことで契約を成立することはあるが、Darkは違う。荒々しい彼らを『使い魔』にするには、殆ど一対一で戦闘を行い、「如何に自分が強いか」を見せ、従服させることで『使い魔』にさせることが一般的だ。
だが、この高位悪魔―――銀眼の『カガリ』にとって、自分はそこまで従わせられるほどの強い魔力を持っていないことは、アスラン自身が一番知っている。
「俺は・・・お前を・・・従わせるだけの・・・力なんて・・・」
『そう。ありはしない。今私がここでお前の首筋に爪を立てれば、簡単にお前など殺すことができる。だがな―――』
銀眼の『カガリ』はアスランから顔を離すと、僅かだが穏やかな口調で言った。
『『カガリ』がお前のことを気に入っているようだったからだ。』
「え・・・」
『『カガリ』はあの性格だ。素直で優しい真っ直ぐな心を持っている。それで誰もが『カガリ』を慕った・・・そして『カガリ』も皆を愛した・・・』
アスランから視線を逸らし、はるか昔を思い出すようにしながら銀眼の『カガリ』は懐かしむように語った。
『だが、『一人の人間』に対してこれほどまでに『カガリ』が真剣に対したのは今まで2人。一人は『キラ』。そしてもう一人は『お前』・・・』
(――――!『キラ』!!この『カガリ』は『キラ』のことを知っている!)
カガリが自分を慕ってくれている―――その事実を聞かされたことに、説明のつかないような昂揚感が溢れ出す。だがその一方で『キラ』という名を聞かされ、動揺が走ったのも事実だ。
「お前は『キラ』を知っているのか!?」
アスランが顔を上げる。
すると銀眼の『カガリ』は僅かだが、驚いたように銀の瞳を見開いた。
(・・・この私に魔力を吸われて尚、そんな力がまだ残っているのか・・・)
クスリと苦笑すると、改めてアスランに視線を合わせて銀眼の『カガリ』は言った。
『あぁ。よく知っているさ。』
「『キラ』は・・・俺よりも強かったか?」
『あぁ・・・強かった・・・恐ろしいほどにな・・・。』
「俺より・・・優しかったか?」
突拍子もない質問に、一瞬銀眼の『カガリ』は面食らったが、微笑を浮かべたまま答えた。
『さぁな。それは『カガリ』が決めることだ。私には関係ない。』
「カガリは・・・『キラ』のことを・・・どこまで愛していたんだ?」
『・・・くだらん。』
吐き捨てるように視線を逸らすと、銀眼の『カガリ』は言った。
『ともかく『カガリ』がお前の『使い魔』になることを望んだ以上、お前は私を使役できる。幸い私は『異界』から呼び出す必要がないから、その分の魔力は必要ないが、当然戦うだけの魔力はお前から頂く。』
そう・・・だからこそ、『使い魔』が強力であればあるほど、敵を倒しやすいが、それは同時に自分の魔力、ひいては命に関わる、つまり『諸刃の剣』な訳だ。
『私が出ただけで、今のように立ち上がることも侭ならないようでは、私を使いこなすことなど無理だろうな。』
侮蔑を含んだ銀眼の『カガリ』の見下すような声に、アスランはキッと一睨みし、ヨロヨロと立ち上がった。
「・・・ハァ・・・ハァ・・・」
息が上がったまま『カガリ』を睨みつけるアスランに、『カガリ』は冷徹に言い放った。
『今のお前じゃ、私はお前からの命は受ける気にはなれん。もっと強くなって私を納得させるんだな。』
アスランに背を向けると、背中越しに呟きが聞こえる。
『今のお前では『キラ』には程遠い・・・』
そういうと、銀眼の『カガリ』の体が<グラリ>と揺れ、そのまま床に倒れ付した。
「!カガリっ!」
魔力を使われ疲労した身体であったが、アスランは懸命にカガリを抱きとめる。
「・・・んぁ・・・アスラン・・・?私・・・一体・・・」
ゆっくりと見開いた金の瞳を見て、アスランはようやく胸のつかえが取れたように安心し、カガリをギュッと抱きしめた。
「ちょっと、アスラン!お前―――・・・。」
「ごめん・・・」
「『ごめん』って―――」
「だから・・・ごめん・・・」
その声、その香り、そのぬくもり・・・
そう、今のカガリを知っているのは自分だけだ。
『キラ』を慕っていたというが、『キラ』はカガリを捨てていった。
俺は・・・
俺はカガリを捨てたりしない!
腕の中でバタバタともがくカガリを、アスランは更に力を込めて抱きしめた。
* * *
「ところでカガリ・・・」
「ん?なんだ?」
一瞬『もう一人のカガリ』が現れ、カガリが不完全ながら自分の『使い魔』になったこと。そして『キラ』を知っていることを伝えようか迷ったが、触れることはやめた。
カガリは使い魔になることを望んだようだが、自分は使役するつもりはない。
それはエクソシストになったときから、自分の中で決めていた事だ。
だが―――あの銀眼の『カガリ』が認めるほど強かったという『キラ』―――
『キラ』に近づく為には―――あの銀眼の『カガリ』の助けが必要になるかもしれない。
「どうした?お前、すっごく疲れているみたいだぞ。ここで休んでいくか?」
カガリがアスランの頬をそっと撫ぜる。
(この小さな『カガリ』を守る為に、もう一人の『カガリ』を使う・・・)
―――「『キラ』は「カガリが人間になる方法を見つけてくる。それまでここで眠っていて。」って約束したんだ!」
『キラ』を信じるカガリ
彼が今、どこで何をしているのか判らない。
だが今のカガリを守るのは、俺だ。
「大丈夫だ。カガリこそ大丈夫か?」
「うん!私はこのとおり、ピンピンしているぞ!」
ガッツポーズを見せるカガリに笑いを零すと、アスランはふと先ほどの疑問に触れた。
「なぁ、カガリ。」
「なんだ?」
「さっき、君がこのレリーフを見たとき『ヘリオポリス』って呟いたんだけれど・・・。その場所と君は何か関係があるのか?」
「?『へりおぽりす』?う〜〜〜ん・・・私そんなこと言ったのか?」
「覚えていないのか?」
もう一度2人でレリーフを見上げる。
あの崖の先に一人たたずむ、生贄のように鎖で動きを封じられた、髪の長い女性の後姿のシルエット。
その姿が、あの銀眼の『カガリ』にダブって見えるのは、やはり気のせいだろうか・・・?
「『異界』の地名や国の名前はいくつか俺も教団で学んだので知っている。しかしその中に『ヘリオポリス』という名前はなかったと思う。とすると、この国・・・あるいは人間界の中の都市の名前だと思うんだが、聞いたこともないし。」
―――『ヘリオポリス』
『ポリス』というからには『都市』という意味を持つのであれば、現世のどこかで栄えている都市に違いない。
(そうだ!)
アスランはカガリの手を引き、外に出ると、カガリが興味を注いでいた『電話ボックス』に入り、銀貨を投入した。
<トゥルルル・・・トゥルルル・・・>
何度か呼び出し音が鳴った後、年若い少年の声が聞こえた。
<はい。こちら『カーペンタリア教会』ですが。>
「ニコルか?」
<!アスラン!『メンデル』の件は聞きましたよ。大変でしたね。>
「あぁ。だが無事役目も済んだし。心配掛けてすまなかったな。」
<いえいえ。>
ニコルはいつも穏やかで冷静だ。実力も十分兼ね揃えているのだから、Sクラスに上がるのも時間の問題だろう。
<ところでアスラン。今どこに行っているんですか?>
「ちょっと事情があって・・・。それで君に助けてもらいたいことが出来たんだ。」
<僕にですか?えぇ、僕にできることなら。で、どんな?>
「『ヘリオポリス』という都市を知っているか?」
<『ヘリオポリス』・・・ですか? いえ、この国の歴史書を読んだこともありますが、聞いたことはありませんね・・・。あ!それよりもアスラン!今、大変なんですよ!>
「また、どこかで悪魔が大量発生しているのか?」
焦りの色が見えるニコルの声に、アスランの声にも緊張が走る。
<いえ、悪魔より、ある意味厄介な出来事です。>
「一体どうしたんだ?どこで、何が―――」
ニコルの小さく深呼吸する音が聞こえると、次に呆れた声で返事が返ってきた。
<貴方の『ディオキア』が大変なんですよ。>
「いいから、貴様ら礼拝が終わったんだから、とっとと出て行け!」
プラチナブロンドの髪を揺らした青年が、大声で怒鳴り上げる。
しかし、それに続く声は
「いや〜〜ん!怒った声も素敵ぃ〜v」
「アスラン様のお声も素敵だったけれど、イザーク様のお声も御厳しくって、気持ちが引き締まるわよね〜!」
「イザーク様っ!この後の懺悔、早くお願いします!」
「なによ!私が先だったら!」
「私よ!」
溢れ返る黄色い声に、苛立ったイザークが、オルガンの向こうのツインテールの少女に怒鳴る。
「おいっ!お前Cランクの助手ならさっさとこの女どもを追い返せ!」
だが、少女はすました声で
「あら。折角神父さまに懺悔を申し出でていらっしゃるんですもの。この後の日曜学校は私がしますから、お時間ありますし、ご存分に懺悔を聞いて差し上げたらいかがですかぁ〜? それも神に仕えるものの立派なお仕事ですし。」
そういいきると、そっと高いステンドグラスの窓を見上げた。
「・・・早く、アスラン様、帰ってこないかなぁ・・・」
そしてもう一人、黄色い声の女性に囲まれたイザークが天井に向って大声をあげた。
「全く、何やってんだ!さっさと帰って来――――――――――いっ!アスラァーーーーーーーーン!##」
<クシュン!>
「大丈夫か?アスラン・・・風邪でも引いたか?」
電話ボックスから出てきた途端にくしゃみをしたアスランをカガリが心配げに見上げる。
その心配げな表情に、アスランはそっとカガリの頬に手を触れながら、安心させるように微笑む。
「大丈夫。きっと誰かが俺の噂でもしているんだろう。」
「そっか。きっと皆アスランのこと、心配しているんだろうな。大事な仲間がいるんだろう?早く戻ってあげないと、待っている人たちが心配するぞ!」
こともなげに今度は笑顔を見せるカガリ。
全く嘘のない素直な心のままの表情―――
―――『待っている人』
カガリ・・・君が待っている人は・・・
『キラ』・・・なのか・・・?
―――「早くキラに会いたい・・・」
そうカガリが願っていると思うと、気持ちが酷く燻る。
「キラに会わせてやりたい」
そう願って共に旅に出たというのに・・・
俺は何を考えているんだ・・・!?
―――『今のお前じゃ、私はお前からの命は受ける気にはなれん。もっと強くなって私を納得させるんだな。』
もう一人のカガリが言った言葉
『今のお前では『キラ』には程遠い・・・』
―――違う!
カガリを護るのは俺だ!
だったら、強くならなくてはならない!
あの『カガリ』を納得させる為にも
そして、今の『カガリ』に、君を護るのは俺だと認めてもらうために!
そう、『キラ』よりもずっと―――俺は強く―――
「なぁ、カガリ。」
「ん?なんだ?」
呼びかけに大きく金色の瞳を見開き、覗き込んだカガリの額に、アスランはそっと手を触れる。
「?」
キョトンとするカガリの面前で、アスランは魔力を集中し、心の底から呼びかけた。
「出て来い!もう一人の『カガリ』。」
その途端、カガリの全身から淡い光が輝きだし、金の髪が重力に反するように、地面から天へと巻き上がる。
やがて大きな金の瞳が閉じると、次の瞬間、アスランの魔力が一気に吸い取られるような感覚が起き、長い金髪としなやかな体躯、そして次に見開いた瞳は銀色に怪しく光り輝いていた。
『・・・どういうつもりだ? その程度の力で私を今日だけで2度も呼び出すとは・・・。貴様、よほど死ぬ気か?』
立つこともほぼ侭ならぬように、片ひざをついて「ハァハァ」と荒い呼吸をするアスランを、呆れたように見下しながら、銀眼の『カガリ』が言う。
と
「・・・強く・・・」
『ん?』
「・・・頼む・・・」
荒い息の向こうから聞こえるか細い声に、銀眼の『カガリ』が覗き込むと、不意に意志の強い鋭い翡翠の瞳が<キッ!>と睨み返すように、見返した。
『!』
一瞬ひるんだ『カガリ』に対し、鋭い視線を送ったまま、アスランは肩息をつきながら言った。
「・・・俺を・・・強くしてくれ・・・。」
・・・to
be Continued.
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