Dark & Light 〜7th.Chapter〜

 

 

 

―――膝下まで届く、真っ直ぐなサラリとした金の髪

   美しい曲線を描く肢体

   長く尖った爪と耳

 

 

   その後姿に、懸命に手を伸ばす

 

   (待って…行かないでくれ! 君は…)

 

   声にならない声が懸命に叫びをあげる

 

   (『君』は一体…『誰』なんだ…?)

 

 

 

 

 

 

 

まどろむ意識の向こうから、頬に柔らかな風を感じる。

ボンヤリと耳に聞こえてくるのは街の人々の声。

 

(・・・一体・・・俺は・・・)

 

まだ閉じたままの瞳の上に光を感じるものの、心地よいまどろみから目覚めるのが惜しいような気がして、アスランはまた眠りに落ちようかとした時―――

<パタパタ・・・>

こちらに向ってくるスリッパらしき足音と共に、<バタン>とドアの開く音がすると、アスランはドアの方を向き、閉じていた翡翠の瞳を開いた。

「・・・・・・っ・・・・・・」

久しぶりに感じたような、日の光が眩しい。

「おや、ようやく気がついたようだね!大丈夫かい?」

声のした方に振り向くと、心配そうな中にも笑顔を絶やさない、あの果物屋の夫人だった。

「・・・貴女は・・・あのときの・・・」

「私は『エミリア・ブレンド』。『エミリー』と呼んどくれ。」

人のいい笑顔を浮かべながら、エミリーはアスランのベッド横の窓のレースのカーテンを開け放った。

「ここは、貴女の?」

「そう。私の家さ。あんたがこの『ガナルハン』の街を守ってくれたお陰で、私の家もこの街もこのとおり、ピンピンしているよ。本当にありがとうね。」

外のざわめきはティアマットの襲撃から壊れた家屋を建て直す人々の声らしい。

(そうか・・・守れたのか・・・俺は・・・)

ようやく心の底から安堵できたように、アスランはもう一度目を閉じる。



(・・・『守る』・・・!?)



その言葉の向こうに浮かび上がったのは、あの無邪気な金の瞳の少女。

アスランは慌てて飛び起きようとする、と

「―――っ!」

「ほらほらダメだよ!あんたはひどい怪我していた上に、体力もまるで使いきっていたんだから、いきなり起きちゃダメだよ。」

慌ててアスランの体を支えようとするエミリーの手を払いのけるようにして、真摯な瞳が懸命に訴える。

「あの、カガリは!? 俺と一緒にいたあの金の瞳の女の子!彼女は―――」

「大丈夫!大丈夫だよ、ほら。」

エミリーが体をひねり、アスランの視線を促すと、金髪の少女は「スースー」と規則正しい寝息を立てながら、無垢な寝顔を覗かせていた。

「カガリ・・・よかった・・・。」

何故か目頭が熱くなる。

心の底からこんなに安心したのは、一体どのくらいぶりだろう。

「あんた、よっぽどこの娘のことが心配だったんだねぇ。」

エミリーが苦笑しながら続ける。

「あんたが眠りつづけている間、ずっとあんたはこの娘の名前をうわ言で呼んでいたんだよ。「カガリ・・・カガリ・・・逃げろ・・・大丈夫だから・・・」ってね。」

エミリーの意味ありげな言葉に、アスランは思わず顔を赤らめる。



(俺は・・・寝ている間まで、カガリのことを・・・?)



そんなアスランにエミリーはそっと呟く。

「いいじゃないか、『大切な人がいる』ってことは、それだけで生きていく意味があるってもんだし。私はもう家族を亡くしちまって一人だから、羨ましいよ・・・あんた達が。」

「『俺達が』・・・ですか?」

自分がカガリの心配をしていたことは事実なようだが、カガリも・・・俺のことを・・・?

「避難していたホールが急に振動も無く、静かになったとき、一人が外に出てね。「どうやら悪魔は撃退されたようだ。」って誰かが言って、外に出たんだよ。確かに街は多少建物が傷んだようだけれど、あんなに大群で悪魔がきたっていうのに大きなけが人も出なくって、みんなほっとしてさ。家に帰ったそのときだったよ。この娘があんたを背負ってあたしのところに来たのは。「主人を頼む」って言ってね。その時はびっくりしたよ。確かリンゴを買いに来た時は、短い髪で金色の瞳だったはずなのに、あんたを背負ってきた時はものすごく長い髪で・・・オマケに瞳は切れ長の銀色だろ?・・・まぁ見間違いかもしれないけどさ。その時は例え様もない威圧感みたいなの感じて、ただただ頷いてあんたを寝かせたんだけど・・・次にあたしがタオル持って行った時は、もう瞳も金色で、あの時とおんなじ大きな瞳からポロポロ涙流しながら、「アスラン・・・アスラン・・・」って手を握っていてね。ずぅーーーっとあんたの側離れなかったんだよ。だからついさっきさ。ああして寝込んだのは。」

アスランはエミリーの言葉を聞きながら、咄嗟に疑念を確認する。

 

―――金の長い髪

   銀色の瞳

 

   意識を失いかけたとき聞こえた言葉

 

   (ゆっくり寝ていろ・・・)

 

   あの声はカガリであってカガリではない、落ち着いた冷徹なハスキーな声

 

   そう・・・あの『金髪の悪魔』―――!

 

ゆっくりベッドから降り立ち、エミリーに支えられながら、隣のベッドの端に腰を下ろす。

アスランがゆっくり毛布を捲ると、毛布に隠れていた少女の髪は、紛れもなく長い金髪だった。

 

「そうか・・・ティアマットを倒したのは、やっぱり『金髪()悪魔()』だったのか・・・。

アスランはそっとカガリの長くなった髪を撫ぜる。

 

柔らかく、滑らかな髪・・・

不思議と恐れを感じない。

寧ろ心が安らいでいる。

 

 

カガリが起きたら確かめなければならないだろう。

カガリに―――いや、『もう一人のカガリ』に。

 

 

「何故自分を助けたのか?」

「何故2人のカガリが存在するのか」を。

 

 

「・・・あんた、本当にその娘のこと大事なんだねぇ・・・」

愛しそうに髪を撫ぜ続けるアスランに、エミリーは微笑ましいように呟く。

「俺は・・・いつも彼女に助けられてばかりなんです。この街に悪魔が飛来したとき、街の皆さんを説得してくれたのも彼女ですから・・・。」

 

―――「大事な()

 

   その言葉はあえて否定しない。

 

   否定する理由も見つからない。

 

   多分・・・偽りのない、本当の気持ちなんだろう・・・

 

そんなアスランを見ながら、エミリーはそっと話し出した。

「本当にあの時はすまなかったね。この『ガナルハン』に教会がないのも、『Z.A.F.T.』のあんた達を批難したことも。何せ皆、悪魔が来たとき「『メンデルの厄災』の再来か!?」って瞬時に思っちゃってね。」

 

(・・・!?・・・『メンデルの・・・厄災』・・・!?)

 

「それは一体どういうことですか?」

苦笑しながら言ったエミリーの言葉に、アスランは咄嗟に飛びついた。

 

『メンデル』・・・以前は科学工業で栄えた街

それが一変で廃墟と化した。

その理由は―――一切不明。

 

   その事実とカガリの秘密を説く鍵が、もしかしたら其処に―――?

 

それまで穏やかだったアスランの表情が急変したことに、今度はエミリーのほうが驚きたじろいだ。

「あんた・・・『Z.A.F.T.』のエクソシストなのに・・・聞いたことなかったのかい?」

<コクン>と頷くアスランに、エミリーはしばし悩んだ挙句、告白し始めた。

「・・・まぁ確かに『Z.A.F.T.』にとっては都合の悪い話かもしれないからね。といっても私もまだ生れていない頃あった話らしくて、小さいときに祖母から聞いた話なんだけどさ―――

 

 

     昔々、この街の隣に『メンデル』という大変大きな街がありました。

     その街に暮らす人々は、活気に溢れ、笑顔がたえない、幸せに満ち溢れておりました。

     ところがそこに、『一人の男』がやってきました。

     男は長い槍を持ち、『メンデル』の人々に向ってこう言いました。

     「我は『神をも従える力を持つ者』なり。我に従え!従わねばこの街は厄災に沈むであろう。」

     だが、街の人々は誰もそんな言葉に耳を貸そうともしませんでした。

     神を超える力など、この世のどこにあるだろう、と。

     しかし、人々はその男を侮っていました。

     『メンデル』の人々はその男の怒りに触れてしまったのです。

     男はその大きな槍で天に地に咆哮すると、なんと!悪魔たちが現れたのです!

     それも強い強い悪魔の群れが、何十匹と―――

     男は悪魔を支配し、自分を馬鹿にした『メンデル』の人々を、街そのものを、全て破壊し尽くしたのです。

     それだけではありません。

憎しみに溢れた男はそのまま全ての人々を手中に収めようとしたのです。

     悪魔を従え、悪魔の王となって、全世界を自分の物にしようと・・・

     しかし男は人間。ついには力の及ばぬ悪魔に殺され、自らの槍で胸を刺されてしまいました。

     その後、長い間人間と悪魔の戦いが続き、それが終わった果てに残った物は、何一つ残らないほど、全てを失われた『メンデル』だけだったのです。

 

 

「・・・こんな物語だよ。」

小さなため息を漏らし、エミリーはアスランを見返した。

「直ぐ隣町でそんな悲劇があったってんで、この街の人間は皆、悪魔には事の他敏感なのさ。」

「・・・『サバト』か・・・」

アスランが呟く。

 

 

『サバト』―――悪魔を現世に引き連れる、禁忌中の禁忌の魔術

まさか、『メンデル』は『サバト』で滅んだ―――と?

 

 

「でしたら何故、教会がないのですか?悪魔が出たときに対するには、教団からエクソシストを派遣しやすくなるはずですが。」

「そこなんだけれどね。この話には妙な噂があってね。」

「妙な噂?」

アスランの問いに、言いにくそうにエミリーは顔をそむけると、小さな声で言った。

「その『メンデル』を滅ぼした、というのが『Z.A.F.T.』のエクソシストだ、っていうんだよ。」

「!?まさか!!」

傷の痛みも忘れ、アスランは立ち上がる。

戒律の厳しい教団で、まさかサバトを起こすエクソシストがいたとしたら、教団の真意は失墜する!

それだけではない。

その事実が本当だとしたら、あれだけ教団の歴史や活躍を隅から隅まで熟読したアスランでさえ知らなかったことを教団がひた隠しているのは、一体何のために・・・?

 

「・・・まぁ、噂だけれどね。そんな訳だからあんたが『教団のエクソシスト』と聞いたとき、みんなあんなこと言っちまったんだよ。あんたが悪魔呼んだわけじゃないことは、皆分かっているつもりなんだろうけどね。悪かったね。」

 

―――「あの悪魔だって、お前達が呼んだんだろう!」

 

教会がないのは『教団』を信用せず、『エクソシスト』を拒んだのは『サバト』を行うのでは、と不安が先立ったからなのだろう。

 

「いいえ。気にしていませんから。まさか、そんな話があったとは知らなかったもので。」

少し落ち着きを取り戻したアスランに、エミリーが尋ねる。

「あんた達、これからどこへ向うのかい?」

「あ・・・はい。あ、でもまだはっきりと行く先は・・・」

とりあえず『メンデル』からカガリを連れ出した。しかし『キラ』に関する情報は全くないのだ。ましてカガリ自身も手がかりどころか、自分の中にもう一人強力な悪魔を宿していることさえ気がついていないのだから。

「!そうだ。」

アスランは眠るカガリの毛布の中から、そっとある物を引き出した。

「エミリアさん。こういうの、どこかで見たことありませんか?」

翼の文様がついた『アミュレット』。

『Z.A.F.T.』のアミュレットと似ているが違う物だ。もしかしたら『Z.A.F.T.』教団以外でこんな文様の別教団がこの街に来ているかもしれない。

エミリーはしげしげとそれを見つめるが、やがて静かに首を振った。

「ごめんね・・・見たことないわね。」

「じゃぁこの辺で『キラ』という青年を見たこととか聞いたこととかは―――」

「『キラ』ねぇ・・・珍しい名前だから、この街に来たことのある人だったら、大体噂で聞くことができるんだけれど・・・。すまないわね。」

「いえ、こちらこそ助けていただいて、本当にありがとうございました。」

丁寧に礼を述べて、アスランは身支度を整えようとした。カガリが目覚めたら、直ぐにでもこの街を発った方がいいだろう。

万が一、『もう一人のカガリ』が目を覚まさないうちに。でないと彼女が悪魔だということが知られたら、間再びこの街に恐怖とエクソシストの悪評が広まるばかりだ。

 

「そうそう、もし時間があったらあそこに行ってごらんよ。」

エミリーが<ポン!>と手を叩いて言う。

「『あそこ』?」

「隣町なんだけれどね。『オノゴロ』ってところにある『聖クザナギ教会』。そこは『Z.A.F.T.』の教会よりも古い教会でね。一応一ヶ月に一度、巡回の神父様が祈り捧げに来てくれるんだけれど、普段は誰もいないから。そこに『メンデルの厄災』のレリーフがあるんだよ。普段は『Z.A.F.T.』の目に触れるといけないっていうんで隠してあったんだけれど、今、巡回に来てくれる神父さんはこだわらない人でね。掛けてあっても何も言わないもんだから、多分今も掛けっぱなしになっているはずだよ。」

 

人のよいエミリーは、秘密を打ち明けるように、アスランにウインクして言った。

 

 

 

 

*        *        *

 

 

 

 

「うわぁ・・・随分古い教会だな。」

長かった金髪を「邪魔だから。」といってエミリーに切ってもらい、いつもの短い髪になったカガリが、ヒビの入った天井画を見上げながら呟いた。

 

―――ここは『オノゴロ』の『聖クサナギ教会』

 

確かに教会は無人なのか、手入れもあまりされていないようで、天井画や壁画の一部は色あせ、所々が剥げ落ちている。

日の光もろくに入らないためか、どことなく黴臭い。

 

だがそれよりもアスランが気になったのがカガリだ。

カガリは『Dark』・・・つまり、教会などの清浄化された中では妖力を消耗するはずだ。

しかし、アスランが外で待っているように言い聞かせても、教会に入ってきたカガリは、全く変わった様子もない。

(・・・その『アミュレット』の所為だろうか・・・?)

カガリの悪魔としての力を抑えるだけでなく、逆に聖域の清浄な中からも、カガリを守っているようだ。

(『守っている』んだ・・・カガリを・・・)

カガリを人間にする、といった『キラ』。そしてこうして他のDarkや聖なるLightの中からもカガリを守る『キラ』の力・・・

どうしてだろう・・・『キラ』の力を見せ付けられるたびに、息苦しくなる。

「あ、アレがエミリーの言っていたレリーフじゃないか?」

カガリが指さした一点をアスランも見つめる。

 

石版のレリーフが教会の壁に幾つも飾られている。

その中でも、特に企画どおりの大きさできれいに並んでいるレリーフがあった。

タイトルは―――『ロンギヌスの厄災』



(・・・『メンデル』じゃなくって『ロンギヌス』?)



僅かに湧いた疑問は心の奥にしまうと、アスランはそのレリーフを順に追っていった。

左から「大きな杖を携えた仮面の男が民衆に訴える姿」「民衆を背に、天に槍を突きつける姿」「天から地から現れた悪魔が人を襲う姿」そして・・・最後のレリーフは「男が自ら持っていた槍で背中から串刺された状態で、悪魔たちが歓喜の踊りをする姿」・・・

古さと管理の悪さが災いしてか、所々欠けた石版をよくよくと眺めるアスランの目に、とんでもない物が映った。

「―――!アレは―――」

 

仮面の男の胸に下げられているのは・・・カガリの持っているものと同じ『羽の付いたアミュレット』

輪郭がぼやけてはいるが、どうにもそれは似すぎている。

「何で、カガリの『アミュレット』が・・・って、カガリ!?」

それまで隣にいたと思っていたカガリの姿が見えない。

(まさか、やはりこの清浄な空気にあたって、気分が悪くなったのか?)

慌ててカガリの姿を探すと、カガリはアスランとは反対の壁にかけられていた、一枚のレリーフの前で立ち止まっていた。

ホッと胸を撫で下ろすと、アスランはカガリに近づいて言った。

「大丈夫か?もしかして教会の空気に当てられたかと思ったんだが。それより、カガリ、こっちに来て見てくれ、君と同じ『アミュレット』が―――」

アスランがカガリをうながし、連れて行こうとするが、カガリは動かない。寧ろどこか意識がうつろだった。

うつろ・・・というより、何か記憶を逆行しているような・・・。

「・・・カガリ?」

アスランはカガリの表情を見、カガリの視線の先を見つめる。

カガリの見ているレリーフは、アスランが見ていたものより更に古く、石版の輪郭が殆どハッキリしない。

だが、タイトルさえないその石版に映る人物に、アスランは息を飲んだ。

 

 

     女性が一人たたずんでいる

     髪は膝まで届くほど長く、ラクスのような聖衣を纏った女性

     しかし、後姿だけで、その顔は見えない。

     だが痛々しいことに、彼女の両腕と両足は鎖に繋がれ、しかも突き出した崖の上に一人立たされている。

     そして彼女の背後では、大勢の人がひれ伏している。

 

     まるでその姿は―――『生贄』

 

     そしてその女性の後姿は、つい最近記憶に生まれた、あの姿に似ている…

 

     あの『金髪の悪魔』…まるで『もう一人のカガリ』の後ろ姿に―――!!

 

 

     

「・・・『ヘリオポリス』・・・」

「え?」

そう呟くと、カガリが音もなく崩れ落ちていく。

「!?カガリっ!カガリぃぃっ!!」

 

アスランの呼びかけにも答えず、カガリはアスランの腕の中で意識を失っていった。

 

 

 

・・・to  be  Continued.

 

 

===============================================================================================================================================================

>物語もいよいよ中盤です! 『キラ』とは何者なのか? 『メンデル』の事件の真相は? そして何故カガリの中に2人のカガリが存在するのか!?
 多くの伏線の謎が謎を呼ぶ展開ですが、それ以上に謎なのは「果たしてNamiはちゃんと伏線を消化できるのか!?」が一番の謎っぽいかも・・・^^;

 なかなか更新も侭なりませんが、今後もお付き合いいただけましたら幸いですv







 
今回のUPで判ったと思いますが、諸事情につき、暫く『かずりん様』の挿絵が付かない状態になります。
  挿絵を楽しみにして下さっている皆さんには大変申し訳ありませんが、何卒ご了承下さい。