Dark & Light 〜4th.Chapter〜

 

 

 

『魔王:ベルフェゴール』―――



反対の性質を持つ『氷』と『炎』の両方を自在に操る能力を持つ、といわれる『高位悪魔』。

『魔王族』のランクの中では下位ではあるものの、その力は『Z.A.F.T.』のランクでは『Aクラス』に分類される以上、エクソシストが一人で退魔するにはあまりにも無謀だ。

更にアスランはここにくるまでに、『オードリー』と『グーラー』の大群を浄化してきた為、魔力も既に限界に近い。

その状態でベルフェゴール相手に一人で戦うことは、明らかに自殺行為だということは、アスランにもよくわかっていた。

 


(・・・こんなことなら、ニコルに一緒にきてもらったほうがよかったな・・・)

 


そう思いながらも、アスランは咄嗟に残り少なくなった『聖刀』をとりだし、身構えた。

そんなアスランを悠々と見下ろし、ベルフェゴールが薄笑いを浮かべる。

『何だぁ?まさか、お前、そんなチンケな刀と魔力で俺を倒そうっていうのか!?』

腰に手を当てて、まるで小さい子どもを言い聞かせるような母親のように、指先でアスランの『聖刀』を指差しながら、素っ頓狂な声をあげる。

「あぁ・・・そのつもりだ。」

表情を変えずに淡々と答えるアスランに、ついにベルフェゴールは笑い出した。

『わぁーーーーっはっはっは!!お前、自分が何いっているのか判っているんだろうな!? そんなチンケな力と刀で、この俺様が「お前に倒される」!?お前の頭のめでたさはお笑いだな!!』

「なら・・・やってみるしかないだろう?」

アスランは咄嗟に呪文を唱える。笑いつづけるベルフェゴールに悟られないよう、小さく魔力を凝縮させると聖刀に集め、一気に魔力を爆発させた。

「『一切なる魔を清めたまえ!『ホーリーアロー』っ!!』」

瞬時、聖刀に光が集まると、無数の矢と化した白い光がベルフェゴールに向かって、一気に放たれた。

『!?何っ!?』

ベルフェゴールが身構えるまでの瞬時の間に、いくつかの光の矢が魔王の身体を傷つけた。



「・・・ちっ・・・」



『ホーリーアロー』―――『聖なる矢』。

大抵の悪魔なら、簡単に射抜かれ消滅するであろう高等魔術だが、流石は『魔王』、体に傷をつける程度がやっとな状況に、アスランは小さく舌打ちをした。



一方多少驚きはしたものの、ベルフェゴールは余裕たっぷりの表情を変えようとしない。

『ふ〜〜ん・・・人間の中にも多少、骨のある奴もいたもんだ・・・だがな!!』

ベルフェゴールは両手に妖気を集めると、片手に炎、もう片手に氷の刃を作り出し、一気にアスランに向かって放った。

『おらぁ!こいつはどうだ!?』

「っ!!『我が祈りに従いて、惑わいに終止を―――』!!」

咄嗟にアスランは守護結界を張った。

ベルフェゴールの炎と氷の刃が弾き飛ばされる。しかし、一つの属性・・・例えば炎のみ・・・の防御であれば、それに対する結界を強力に張ればいいだけだ。だが、両対極の属性を同時に防ぐ、ということは言い換えればそれぞれに対応する2種類の結界が必要となる。

魔力に余力のあるときであれば十分に防ぎ切れたであろうアスランだが、

「―――っ、クッ!!うぁっ!!」

青白く輝く結界にひびが入ったかと思うと、<パリン>と割れたそこから、容赦なく氷の刃がアスランの身体に突き刺さった。

『ほう・・・俺様の技を防ぐことができるなんて・・・お前、相当強い奴だな。』

長い舌で先ほどアスランが傷つけた部分を舐めながら、ベルフェゴールが感心したように言う。

一方のアスランは傷つき、血が滲んだ腕を抑えながら、額から冷や汗を流し、荒い息をついている。

『でもな、小僧。不意打ちとはいえ、この俺様を傷つけてくれた礼はたっぷり払ってもらうからな!』

怒りの表情でついに本気に入ったらしいベルフェゴールが、大きく裂けた口から次々と炎の球を吐き出す。

<ゴォォーーーーーーーーーッ>

加速してせまり来る炎の球

(ちっ!結界を張る時間はない!)

咄嗟に判断したアスランは、聖刀を討ち捨て、腰に挿した『聖剣』を取りだし、一気に魔力を込めた。

「うぉぉぉーーーーーーーーーーっ!!」

剣が白い聖気をまとい、襲い掛かる炎の球を総て切り崩していく。

『魔王』の魔力に対し打ち勝つだけの魔力を持ち、総ての球に反応することができる反射力を持つアスランだからこそ、できる技だ。

『ならば、今度はこれだ!!』

同じく口から冷気を吐き出し、幾つもの氷の刃が同じくアスランを襲う。

「『我が命に従いて、その魂を我に委ねたまえ!!』――『エレクトリカル・ファイガ』!!」

アスランは聖剣の魔力を瞬時に抑え、その地に宿る精霊『炎のエレメント』を召還し、今度は炎でベルフェゴールの氷の刃を溶かしながら、一気にベルフェゴールまで焼き尽くそうと試みた。

『グゥッ!!』

攻撃に徹し、守備を忘れたベルフェゴールは、アスランの思わぬ反撃にひるむ。その身体にはいくつかの焼け焦げた後がまざまざと残っていた。

『このぉ!!人間と思って舐めてりゃいい気になりやがって!!』

2度も身体を傷つけられた屈辱からか、ついにベルフェゴールは切れた。

『もうやめだやめだ!貴様をいたぶりながら殺し、その血肉ごと食って俺の力の糧にでもしてやろうと思っていたが、もういらん!そのままあの目障りな街ごと一気に消滅させてやる!!』

ベルフェゴールの怒りの声にアスランは<ハッ>と後ろを振り向く。

『メンデル』の街―――もう既に廃墟と化してはいるものの、今あそこには傷つき、疲れ果てたミリアリアとサイがいる―――!!

 




(2人を守らなければ―――!!)

 

 

   



 



    それだけだった・・・

 












    『守らなければ』・・・

 












    仲間を・・・友人を・・・

 

 










「させるかぁーーーーーっ!!」

その瞬間、アスランは自分の中に眠っていた、今まで感じたことのないほどの湧き上がる『力』に全力を注いだ。

「『清き力よ、今悪しきものの力に終止符を――』――『ホーリーランス』!!」

『死ねぇぇぇーーーーーっ!!』

ベルフェゴールの吐き出した、直径数十メートルあろうかという炎の球と、アスランが全力で放った白い大きな槍がぶつかり合い、巨大な閃光が目の前で爆発する!!

<―――――カッ!!>

「うわっ!!」

『ぐぉっ!!』

ぶつかり合った衝撃波でアスランとベルフェゴールの身体が吹き飛んだ。

「・・・はぁ・・・はぁ・・・」

最後の力を使いきり、既に意識は朦朧とし、立ち上がる力さえアスランには残っていなかった。

『ハァ・・・ハァ・・・やってくれたな、小僧。・・・まさか『魔王』たるこの俺様の攻撃をそこまで防げるとは正直驚いたぜ・・・。でも、もうお前には立ち上がる力なんて残っていないだろう。』

そういいながらベルフェゴールはゆっくりと立ち上がり、アスランの元へ歩み寄る。

『だが俺はまだまだピンピンしているさ。俺の勝ちだな、小僧。今からゆっくりお前の身体を引き裂いて、その骨までしゃぶり尽くしてやる!』

再び余裕の戻った勝ち誇った表情でベルフェゴールは不敵な笑みと共にアスランを睨み付けた。

 



(・・・これで『終わり』・・・か・・・)

 



     不思議と怖くはなかった。



    『エクソシスト』になったときから・・・いや、既に「あの時」から自分に『死』が訪れることは覚悟していた。




    ただ思うのは、ミリアリアとサイが無事に教団本部へたどり着くこと。そして『ディオキア』の街の皆、メイリンの幸せ・・・

 








そう思い、そのまま目を閉じたアスラン。

 










『これで終わりだぁぁぁーーーーっ!!』

ベルフェゴールの大きな手とその手に掴んだ斧が、アスランの頭上に迫る――――!!

 







そのときだった。

 







―――<ドサッ>








『・・・え・・・?』

 








アスランの耳に届いた音は、何か重いものが地面に落ちる衝撃音と、ベルフェゴールの間の抜けた声。

やがて

『あ、あぎゃぁーーーーーーーーーっ!!う、腕っ、腕がぁぁーーーーーっ!!』

アスランが懸命に目を開くと、そこには鋭利な刃物で<スパッ>と切り落とされたようなベルフェゴールの片腕と、紫の血液を噴出す腕を抑え、悶絶するベルフェゴールの姿。

「・・・一体・・・何が・・・?」

アスランは何とか身体を起こし、周囲を見回そうとした―――いや、見回す必要などなかった。

「――――っ!?なんだ、このすさまじい妖気は!?」

アスランはその力の源へと視線を移す。

今まで出会ってきた悪魔達とは違い、全身で恐ろしい妖気を放ってきた者とはまるで違う・・・例えれば、一点にだけ集中させた『刃のような妖気』。

その妖気を放つ者は、アスランから少し離れた切り立った岩の上に立っていた。

 

「あ・・・」

アスランがその姿を目に捕らえる。

 




―――『それ』は『美しかった』・・・

   

   

   月明かりをバックに映し出された、スラリとしたシルエットの体躯

   無造作に風になびかせる、足膝くらいまで届く長い金色の髪。

   長く鋭い爪と、尖った耳

   背中には鳥のそれとは違う・・・むしろ魚のヒレのような透き通った12枚の羽

   そして・・・表情は見えないものの、光に映る瞳は夜空に輝く月のそれよりも強い『銀色』

 





『それ』は自分の爪から流れ落ちるベルフェゴールの血を一舐めすると、<ペッ>と地に吐き出した。

『貴様かぁ!?俺様の腕をよくも落としてくれたな!?』

既に見境のなくなったベルフェゴールが、『それ』に襲い掛かる。

「危ないっ!」

思わず声を荒げたアスラン。だが『それ』がフワリと身体を中に浮かせると、目にもとまらぬ速さでベルフェゴールの身体の下に回りこみ、もう片手をアッサリと切り落とした。

『ギャァァーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!』

倒れ、のたうち苦しむベルフェゴール。そこに『それ』はゆっくりと近づいていく。





『・・・さっきっから薄汚い妖気を垂れ流していたのはお前か・・・』





その声はハスキーではあるものの、先ほどのシルエットと相まって、女性を思わせた。

ベルフェゴールの頭に自らの片足をドン!と乗せると、顔をベルフェゴールの耳元に寄せ静かな声で囁く。

『・・・『お呼びが掛かった』と思って起きてみれば、こんな貧相な奴にたたき起こされたのか・・・お陰ですっかり『目がさめてしまった』ではないか・・・』

その声に大きく<ビクンッ>とベルフェゴールの体がおののく。腕の痛みよりも恐ろしい、切実な恐怖にまみえた形相で。

『あ・・・あぁ・・・『貴方様』は・・・!?ま、まさか!!』

声まで震える『魔王ベルフェゴール』に、『それ』は何の躊躇もなく、優しい声で言い放った。



『目障りだ・・・。消えろ。』



そして自分の体の2、3倍はあろうかというベルフェゴールの体に向かって、長い爪を立てた。

『お、お、お待ちくださいっ!!どうか、お許し―――ギャァァァァーーーーーーーッ・・・・・・』

『それ』は軽々とベルフェゴールの体を持ち上げ、空に向かって放り投げると、あっという間にベルフェゴールの体を微塵に引き裂いた。




「―――っ!?」

 

『魔王』である・・・

あの「地上に出れば総てを滅ぼす」とまで言われた『魔王』のベルフェゴールを、いくら自分との戦いの後とはいえ、簡単に引き裂いた。しかも、ベルフェゴールがあれほど恐れおののくなんて・・・。

そしてあの鋭い刃のような妖気―――あれは妖気を集中させた物ではなく、「有り余る妖気を抑えつつ、その一点だけを開放した」のだろう。

そんなことができるのは・・・

 

(―――!?ま、まさか・・・『魔神』!? そんな、馬鹿な!?)

 

地に伏せたままのアスランに『それ』が視線を向けた。

抑えつづけているようだが・・・紛れもなくベルフェゴールより格段上の妖気を放っている。

 



(・・・そうか・・・今度は『俺』か・・・)

 



『それ』はゆっくりとアスランに向かって歩みを進める。『それ』がアスランの顔を覗き込もうとしたとき、アスランも最後に『それ』の顔を一目見ようとしたが、その瞬間、張り詰めていた意識の糸がプツリと切れ、深い闇の底へと落ちていった。

 

 

 






*        *        *

 

 

 

 






「チュンチュン。・・・ピピピ・・・」

どこからともなく小鳥の声が聞こえる。

 

(・・・もう、朝か・・・)

温かいベッドの中でまどろみながら、アスランはボンヤリと思った。

(・・・ずっと一晩中戦いつづけたからな・・・いや?あの時、俺は確か・・・ベルフェゴールとやりあって・・・そして『長い金髪』の・・・誰かが・・・)

そう思いながらまた意識を遠のかせる。

(そうか・・・確かあの強い悪魔に殺されて・・・そうすると・・・ここは天国っていうやつか・・・)

 

―――天国・・・!?

 

自分の考えに違和感を持った瞬間、アスランは急に意識をはっきりと取り戻し、ベッドから跳ね起きた。

「っ!!」

全身に痛みが走る。しかしそれにもかかわらず、アスランは周りの状況を確かめた。

自分が寝ているのは木製の朽ちたベッド。そして自分は修道服が脱がされ、体や腕、足に包帯が巻かれている。

壊れた窓から差し込んでくる光は暖かく、どこからか美味しそうな匂いが漂ってくる。



―――と、



「あ!起きたのか!? よかった〜。」



匂いが漂ってきた方向から、いきなり少女が飛び出してきて、アスランは一瞬驚いて跳ね上がった。

そんなアスランをキョトン、と目を見開いてみると、少女は不満気な表情でアスランを見つめた。

「そんなに驚くことないだろう?」

「あ、いや・・・その・・・ごめん・・・。」

(『驚く』って・・・いきなり人が出てきたら、驚くに決まっているだろう?)

そんな言い訳を咄嗟に考えたが、さも悲しげな少女の表情を見たら、済まなくなってきてしまい、アスランは口篭もりつつも少女の様子を捉えた。

 



   年格好は自分と同じくらいだろうか・・・

   どこにでもいる村娘のような衣装に身を包んだスレンダーな体躯

   肩より少し長い髪は柔らかな金髪で、最近切ったばかりなのか、毛先が無造作だ。

   リンゴのような赤みのさす頬

   幾分かハスキーな声

   そして・・・大きな瞳はメランコリックな強い光を放つ金色・・・

 



「でも、もう少し横になっていた方がいいぞ。今スープ作ったから持ってきてやるからな!」

アスランの視線など気づかないように、今度はコロリと励ますような表情に戻って、少女は元気に部屋から飛び出していった。

 



少女を見送ると、アスランは直ぐに現実に戻って、状況を整理しだした。

(・・・ここは、あの娘の家だろうか。俺はどうやって彼女に助けられたんだ?・・・確かあの『魔王ベルフェゴール』さえも恐れさせた『悪魔』・・・アイツは俺を狙って近づいてきたはず・・・なのに、何で生きて・・・)

 

そう考える間もなく、少女が小さなスープ皿に『スープ』を注いで持ってきた。

「おなか減ってないか?元気出すにはまずはちゃんと食べないとな! 腹が減ってると頭も回らないし力も出ない。少しは腹に何か詰めておいたほうがいいぞ!」

そういって少女が差し出した皿には・・・薄茶色の『何かわからないもの』がドロンと漂っている。

(これ・・・食えるのか・・・?)

眉間にしわを寄せそうになったが、ふと隣では少女がベッドに肘を付いて、ニコニコとアスランが食べる様子を見守っている。


(・・・そんなに見つめてくれなくても・・・)

『少女の笑顔』vs『得たいの知れないスープ』・・・アスランの中の戦いは、少女に軍配が上がった。一口スプーンにとって、ゆっくりと飲み込む。

(・・・・・・!)

「ど・・・どうだ・・・?」

不安げに見つめる少女に、アスランは笑みを浮かべていった。

「美味しいよ。とっても。」

「そうか!よかったぁー!!」

まるで2人で一緒に作った実験が成功したかのような気分になり、アスランまでどことなく嬉しさがこみ上げ、表情が崩れ一緒に笑い出した。

 



―――不思議な少女だ。

   

   初めてで会ったというのに、何の屈託もなく自分の中に飛び込んできて

   俺までこんなに嬉しく、温かい気持ちになるなんて・・・

 

「まだ飲むか?お代わりあるぞ!」

「じゃあ、お願いしようか。」

「まかせろ!」

少女は空のスープ皿を受け取ると、アスランの微笑を背に受けながら、瞬く間に走って出て行った。

 

(・・・ここはどこなんだろう・・・それに・・・この家にはあの少女しかいないようだが・・・)

 

少女が去ると、思考は直ぐに現実に戻る。だがまたも今の状況を考えているうちに、少女が笑顔で戻ってきた。

「さぁ、沢山食って元気になれよ!・・・この辺じゃ大したものは取れないから、具材が野草ばっかりで悪いけど・・・」

済まなさそうな少女の表情に、アスランは話の糸口が掴めたと思い、少女に質問した。

「なぁ、ここはなんていう街なんだ?この家には君以外家族はいないのか? 君が俺を見つけてくれたのか? 俺は一体どうして―――」

「あ〜〜〜一度に聞くなよ。何から答えたらいいのかわからないじゃないか。」

「・・・ごめん・・・」

 

また謝ってしまった・・・

ここまで素直になってしまう自分は見た事がない。

今まで少しでも自分を隠そうと、押さえつけていたはずなのに・・・

 

そんなこみ上げる思いを抱いたアスランが落ち着きを取り戻した様子を見て、少女は暫く考え込みながら話し出した。

「ここはなんていう街だか私は知らない。ただ誰も住んでいないことだけは確かだ。私は気が付いたらお前が倒れていたんで、血もいっぱい出ていたし、手っ取り早く近くだったこの街に連れてきて怪我の手当てしたんだ。」

(・・・近く・・・誰も住んでいない・・・ということは、ここはまだ『メンデル』か・・・?)

アスランは一呼吸置くと、少女に向っていった。

「君が俺を見つけたとき、俺の他に誰かいなかったか? そう・・・髪が長くって・・・金色で・・・背丈は、そうだな、君と同じくらいで・・・銀色の瞳で・・・」

一瞬、少女の顔色が変わった。笑顔が消え、怯えの色が濃くなっている。

「・・・し・・・知らない・・・私が見たのは・・・お前だけだ。」

どうにも嘘をつけない性格なのだろう。懸命に紡ごうとする言葉の端端は、不自然に震えている。

「・・・本当に・・・?」

アスランは少女を覗き込む。その場に耐え切れなくなったのだろうか。少し間があいて、少女はアスランから離れようとした。

「待ってくれ!どうにか思い出して―――」

そう言ってアスランが少女の腕を取ろうとしたその時

 

<バチッ!>

 

「っ!!」

アスランの手が弾かれ、鋭い痛みが走り、思わず腕を抑える。

少女はそんなアスランの体を慌てて庇おうとしたが、再び触れることに迷いが生じた。その隙にアスランは自分の手に魔法壁を作ると、もう一度少女の腕をつかんだ。

とたんにアスランの体にナイフのように突き刺さるような、抑えても抑えきれない鋭い妖気が感じられた。

 

そう・・・昨夜出会ってしまった、あの恐ろしい『悪魔』と同様の―――

 

(この『鋭い感じ』・・・まさか・・・!!)

 

「君は・・・『人間じゃない』な!?」



少女はそれまでの太陽のような明るさから、一変して表情を曇らせ、アスランから視線を逸らした。

アスランは追い討ちをかけるように、少女に確信的な話を始めた。

「俺は昨夜、『魔王』と戦った。だが俺に勝ち目はなく、そいつに食われるところだった。だが、その時別の悪魔がやってきて、いとも簡単に『魔王』を殺した。」

低く淡々としたアスランの声。少女は何も言わず、アスランの視線を避けるように震えている。

「『魔王』を殺せるほどの悪魔・・・とてつもない妖気を持っているにもかかわらず、そいつはほんの瞬時にだけ恐ろしいほどの魔力を一時的に開放する以外は、周りに気取られないほど妖気をしまいこみ、存在に気づかせないほどだった。・・・俺さえも気づくことが出来ないほど・・・。」

アスランは少女の腕を強く握り直すと、はっきりと言い切った。

「君が、昨夜ベルフェゴールを倒した『悪魔』だな?」

 

少女は震えていた。

だが涙に濡れた大きな金の瞳を見開いて、少女は懸命にアスランに言った。

「そう・・・私はお前の言う通り人間じゃない・・・。でも、ベルフェゴールを倒したのは私じゃない!」

「君じゃなければ誰が倒したって言うんだ!? 今、君の手をとったときの妖気・・・あれほどの鋭い妖気を持つ悪魔には滅多に会うことはない。そう、今目の前にいる『君』以外には!!」

先ほどまでの優しい表情と打って変わった厳しいアスランの表情に、少女は膝を折って床にぺたりと座り込んだ。

「・・・私は・・・『戦っていた』のか?」

「何を今更・・・君がベルフェゴールを―――」

「違うっ!!私は眠っていたはずだ!! 「次にカガリが目がさめるときは、僕が起こしてあげるから、それまで眠って待っていて。」ってキラが言ったんだ!!約束したんだ!!だから私はキラが起こしに来るまでは眠っていたはずなのに・・・なのに・・・目がさめたら・・・キラはいなくて・・・代わりにお前が・・・」

金の瞳から涙をポロポロ零しながら少女―――『カガリ』は言った。

 


(・・・「目がさめたら」・・・? 「キラ」・・・? 「起こす」・・・?)

 


今度はアスランのほうが混乱した。



   
    目の前の悪魔は早く駆逐しなければいけない。
   
    それは『Z.A.F.T.』の鉄則。

    今こうして力を弱めている相手なら、好都合じゃないか―――!・・・・・・





なのにアスランは動くことが出来なかった。その代わり、言葉だけが口を突いて出た。

「『眠っている』って・・・君はこの町に一人でずっといたのか? その・・・『キラ』という人が君を迎えに来るまで。」

<コクン>と小さく頷き、カガリはゆっくりと話し始めた。

「私は確かに『普通の人間じゃない』。自分でもそう思っていた。でもあるとき『キラ』が言ったんだ。「カガリが人間に戻れる手段を探してくる。それまでここで待っていて。カガリが自分を失いそうになるくらい怖い思いをしたりしないように、そして他の悪魔がここにカガリがいることを気が付かれないように『これ』をかけてあげるから。そうすればその『アミュレット』がカガリを守ってくれるから・・・。」って。だから私はずっと待っていたんだ!キラが起こしに来るのを。」

そういってカガリがそっと胸の中から取り出した『アミュレット』をみて、アスランは驚きのあまり目を見開いた。

カガリのつけていた『アミュレット』・・・それはアスラン達『Z.A.F.T.』のエクソシスト達がつけている『十字架にZ』のついた『アミュレット』と殆どデザインも瓜二つだった。

ただ違うといえば、随分古めかしい様子でサビが生じているのと、アスランのものにはない『Zの文字を中心にして『羽』のようなもの』が両側についている。

 

(これをつけている・・・ということは、『キラ』という人物は『Z.A.F.T.』の者か?・・・いや・・・そんな人物の名前は先輩にも後輩にも聞いたことがない・・・)



カガリの『アミュレット』をしげしげと見つめていたアスラン。するとカガリは何を思ったのか、首から下げていた『キラ』と呼ばれる人物の物であろう『アミュレット』を外すと、アスランの手に握らせた。



その手は・・・悪魔とは思えないほどの温かく、柔らかい手だった。



「これ、お前に渡しておく。」

涙を拭いたカガリは一変して先ほどまでの怯えをみせず、優しい眼差しでアスランを見つめた。

いや、寧ろ落ち着きを取り戻したその様は、悪魔とは思えないほどの神々しささえアスランには感じられた。

「どうして、いきなり・・・」

「お前、『エクソシスト』なんだろう?『エクソシスト』は目の前の『悪魔』は退魔しなきゃいけないんだろ?『この世に存在しちゃいけないもの』だから・・・。」

カガリは一度立ち上がると、どこまでも澄んだ穏やかな金の瞳でアスランに笑いかけた。

「だから、お前はここでお前が言っている『私の力』が目覚めないうちに、私を殺せ。その代わりお願いだ。・・・お前がもしこの先『キラ』に会うことがあったら、それを渡して伝えてくれ。「私は『悪魔』である以上、やはりここにはいられない。私が起きてしまった以上、皆を不幸にしてしまうだろう。だから私はここで消える。消えてしまうから、もうお前は私のために自分を犠牲にしなくていいから。自由に生きて幸せになってくれ。そして今までありがとう。お前と会えてよかった。」って」

 

曇り一つない満面の笑み―――そうしてカガリは床に両膝をつくと、祈りを捧げるように胸の前で両手を組み目を閉じる。

 

割れた窓ガラスから差し込んでくる光が、その姿を包み込む。

神々しく、あるいは聖女のように感じられるその姿を、アスランは見た事があった。

 


   (・・・ラクス様・・・)

 


あのラクスと同じ・・・いや、それ以上に尊さと精励さが溢れ出している。

何のよどみも感じられない、幸せの微笑を湛えたまま、アスランによっての裁きを静かに待つカガリ。

 

アスランは黒衣の修道服に身を包み、カガリの横に立つと聖剣を抱えあげ、振り下ろす―――

 




<ガツッ!>

 



「―――っ!・・・!?」




剣は<スパン!>と小気味良い音をたてて、首に痛みも感じないまま意識がなくなるものかとカガリは思っていた。

しかし、聴こえたのは堅いものに物のぶつかったような鈍い音に加え、カガリの体はどこにも痛みも走らない。

カガリがそっと目を開けると、アスランの聖剣は床に突き刺さっていた。



「・・・お前・・・どうして・・・」

金の瞳を大きく見開き、唖然とするカガリ。

 

アスランは剣をしまい、翡翠の瞳で真っ直ぐカガリを見つめなおすと、自分でも信じられないような言葉が口から飛び出た。

 

 





「・・・俺の・・・俺の『使い魔』になれ。」

 

 




                                                           ・・・to be Continued.




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>さぁ!いよいよ『カガリたん』の登場です!
 しかもアスラン、いきなり「ナンパです!」(笑:違う違う^^;)

 あの『魔王ベルフェゴール』を倒したらしい恐ろしい『Dark』と明るい『カガリ』との関係は?
 『キラ』とは一体何者なのか?
 そして―――アスランの突然の行動は何を意味するのか?

 謎だらけで頭痛くなったらすいません<m(__)m>

 そんな方は本文など放置して、かずりん様の『愛らしいカガリたん』で心を癒してくださいv
 もう私も本文そっちのけで見続けております!「あぁ・・・なんて可愛いんでしょう・・・vv」

 
 さて、アスランのナンパ・・・もとい突然の発言に、カガリはどう応えるのか!?
 
 ・・・しつこく次回に続きます。