Dark & Light 〜3rd.Chapter〜
人がすれ違うのがやっとというような、横幅数メートルほどの細く長い廊下が続く。
天井は高く、天に向かって鋭利に尖っている三角屋根のそこには『神話の神々』を模したステンドグラスがはめられている。
そこから入ってくる日差しは明るく、細い廊下の白い壁に反射し、眩しいほどだ。
その長い廊下を数分も歩いたことだろうか。
アスランの目の前に、木造の重厚な両開きのドアが現れた。
「失礼致します。『アスラン・ザラ様』をお連れ致しました。」
先ほどアスランを呼びに使いに来た少女が、厳かにドアの向こうに頭を下げながら声をかけた。
「お入りなさい。」
ドアの向こうから、落ち着いた女性の声。
それと同時に両開きのドアが<ギギ・・・>と音をたててゆっくりと開かれる。
「失礼します。」
ドアを避けるようにして下がった少女とは別に、アスランはそのドアの奥へと足を進めた。
―――ここは『Z.A.F.T.』本部内の奥――――通称『神聖の間』
この部屋に入ることはエクソシストおろか、神官であっても許された者だけしか立ち入ることは出来ない。
先ほどの少女も、ドアの陰に隠れるようにして、部屋の中さえ見ることを抑えている。
その『重々しいほどの戒律』に守られたこの部屋に座するのは―――
―――『Z.A.F.T.』最高指導者にして教団の長である『巫女』―――『ラクス』
唯一『神の啓示』を聞くことができる彼女は、小さな悪魔どころか小動物さえ入ってこられないようなこの部屋で、厳重に守られている。
「『アスラン・ザラ』。こちらへ。」
声を掛けられるまで礼をとったまま、頭を上げなかったアスランに、落ち着いた女性の声が掛かる。
アスランは頭を上げた。
初めて目に映ったこの部屋は、表の重々しさに比べ、遥かに明るく、優しい気に守られている。
そして100haはあろうかという広さのこの部屋の奥には、レースの御簾が掛かっており、その両側を身の丈ほどはあろうかという杓丈を持ち、白い衣装に身を包んだ二人の女性が左右対をなして立っていた。
『マリュー・ラミアス』
『タリア・グラディス』
2人の女性は『神官』のなかでも、特別に『巫女の守護』と『身の回りの世話』を任されており、対悪魔の能力はほぼ『Sクラス』と同等であるといわれている。
神聖なる『巫女』に触れることは、一般人もさることながらどんな高位のエクソシストであろうと、神官であろうと一切許されない。
その為、この2人の女性の姿を見ることだけでも奇跡に近いだろう。
レースの御簾の近くまで歩み寄り、片膝を立て礼の姿勢をとるアスランに、涼やかで優しく歌うような声が掛かる。
「お疲れ様です。わざわざご足労下さいまして、申し訳ありませんでしたわね。・・・どうぞ、お楽になさってくださいな。」
するとレースの御簾がスルスルと上に上がり、一人の女性が現れた。
顔を上げたアスランは、思わず息を飲んだ。
(―――・・・『女・・・神・・・』・・・)
人が思い描いた美しき女神の姿が実態になったとしたら、正に今、目の前に映る姿の人物、そのものだろう。
『古代オリンピア』に存在した『白い巫女の衣装』をまとい、柔らかそうな長い髪は腰の近くまであり、僅かな風と戯れるように揺れる。
柔らかな曲線を描く身体に、誰もを包み込むような柔らかな微笑みと、どこまでも優しげな空色の瞳・・・
(―――これが・・・『ラクス様』・・・)
その姿は『Z.A.F.T.』の最高幹部であったとしても、垣間見ることは許されない。
アスラン達エクソシストに掛かるラクスの声は、いつも神官を通してでしかなかった。
あるとすれば唯一、『メシア降臨祭』といわれ、この世界を嘗て悪魔から救った、といわれる『メシア』がこの世に現れたといわれる日に一般の信者達の前で、御簾の向こうからそっと祈りを捧げるシルエットしか見ることは出来ない。
しかし、それ以上にアスランの驚きを誘ったのは、『ラクス』のその姿だった。
声や年格好から見て、どう見ても自分と変わらない年齢のように見える。
『ラクス』の名前が『Z.A.F.T.』とともに現れたのは、今から300年前以上も昔からだった。
当然、その間に『巫女』は代々代わっているのだろうが、教団の書庫にある知識総てを飲み込んでいるアスランでさえ、「何時」、「どのようにして」『ラクス』という名を受け継ぐ『巫女』が代替わりしているのか判らない。
『巫女』の力を持つものとなると、世界中捜し歩いても簡単に見つかるものではないだろう。
・・・大方の予想として、これだけの強大な力を持つ『ラクス』は、生れてから直ぐに教団に保護され、人知れずして代替わりしているのかもしれない。
エクソシスト達が初めて就任したときは『就任式』なるものがあるが、『巫女』の『継承式』は記録にさえ残っていない。
悪魔達から巫女が代わる時、教団の隙を狙われないようにするためだろうか・・・。
「デュランダル神官からのご報告では、先ほど『セリア』からお帰りになられたばかり・・・とのことでしたが、急にお呼びたてしてしまいまして、申し訳ありませんわね。」
「あ・・・いえ・・・」
ボンヤリと思考を巡らせていたことを感じ取られただろうか。ラクスからの声に、慌ててアスランは現実の世界に思考を戻す。
<クスッ>と小さく微笑んで、ラクスは続けた。
「アスランは、あの『Sクラス』の中でも突出したお力をお持ちになっている・・・とお聞きしたものですから、どんなお方かと思っておりましたの。でも・・・」
ラクスはアスランを安心させるかのように、優しい笑みを浮かべた。
「こんなお優しそうな方だとは思いませんでしたわ。もっと・・・こう・・・お身体が大きい・・・といいますかしら?・・・腕や足が太くって・・・」
指を立てながら、話に聞いたアスランの容姿をラクスも考えていたのだろうか。その様子は人々に崇められる『巫女』というよりは、メイリンやルナマリアが好みの男の子を話す時のような、普通の少女と何ら変わりない。
(・・・俺はそんな筋骨隆々の野太い男にでも思われていたのだろうか・・・)
少しばかり気落ちしたアスラン。だが、そんなラクスを見て、どこも自分達と変わりない様子に安心し、心がやわらいだ。だがその時、
「ん、ゴホン! ラクス様。」
咳払いのまねをし注意を促す。尊敬の中にも諌めるようなマリュ―の声に、ようやくラクスが<ハッ>として我に返った。
「あらあら、わたくしったら余計なことを。そうそう、お話をしなければなりませんでしたわね。」
胸の前で両手を合わせ、表情を変えると、巫女の威厳が戻った声で、ラクスはアスランの目を真っ直ぐ見据えて言った。
「実はアスランに折り入ってお願いがありますの。」
見せない筈の自らの姿を晒してまで、あの『ラクス様』が頼む願いとは一体何なのか?
アスランの喉が<ゴクリ>と鳴った。
「つい2日ほど前になりますが、『メンデル』という土地に『幽鬼:グーラー』が現れた・・・とお聞きして、『Bクラス』のお方を2人ほど、その場所に行って鎮めていただけないものか、お願いいたしましたの。ところがですわ・・・」
ラクスの表情が僅かに曇った。
「・・・直ぐにお役目を果たされて、元気にお戻りになるかと思っておりましたのに、2日たっても姿はおろか、消息も判りませんの。・・・何事もないとよろしいのですけれど…」
「『幽鬼:グーラー』であれば、『Dランク』以下。しかも『幽鬼』の種類の中でも強さはさほどではありません。ラクス様のご判断は正しかったと思いますが・・・。」
本来なら戒律上、巫女に対し口をはさむことは許されない行為だが、あえてアスランはラクスに進言した。
「ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいですわ。でも・・・」
労りを含んだアスランの声に表情を一瞬和らげるが、再びラクスは瞳を曇らせた。
「どうも先ほど神に2人の無事を祈りましたところ、お声が掛かりまして・・・「『グーラー』が大群を組んでいる」と。」
「・・・『大群』・・・」
つい先ほどまで『オードリー』の大群と戦ってきたアスランには、簡単にその状況が想像できた。
「つまり、私に「その『グーラー』達を鎮めろ」・・・ということですね?」
「はい!」
<パァ>っと表情をを明るくし、ラクスは元気に答えた。
「わかりました。他ならぬラクス様のお頼みとあれば、私などでよろしければ今すぐに現地に向かいます。」
「宜しくお願いいたしますね。アスラン。」
深く礼をとると、アスランは『神聖の間』を後にする。背後で<ギギ・・・>とドアが重厚な音をたてて閉まった。
長い廊下を一人歩きながらアスランは心の中に湧き上がる疑問を抑えきれず、考えつづけた。
(・・・あの『ラクス様』が御自らの姿を晒してまで頼む内容か!? 『魔王』や『破壊神』の出現ならともかく、たかが『グーラー』ごときで。それに・・・)
アスランの足がふと止まる。
(・・・何で最近低級とはいえ、『悪魔』が大量発生しているんだ・・・?)
アスランが教団の控え室に戻ると、先ほどまで話していたイザークとディアッカの他に、そこにまだ幼さの残る少年がいた。
「・・・『ニコル』?」
「アスラン!お久しぶりです!!」
『ニコル・アマルフィー』・・・アスラン達とはアカデミー時代同期だったエクソシスト。ランクは『Aクラス』だが、その実力は『Sクラス』に昇格してもおかしくはない、といわれている実力者である。そしてそれ以上に音楽に対しての造詣も深く、優しい性格から、彼の赴任する『カーペンタリア』の教会でも人気を集めている。
「大丈夫ですか?先ほど倒れそうになった、ってイザークとディアッカから聞きましたけれど・・・」
「あぁ・・・大丈夫だ。心配ない。でもせっかく久しぶりに会えたのに、ゆっくり話が出来そうにないんだ。ごめんな。」
すまなさそうにニコルに告げるアスランに、ディアッカが口をはさんだ。
「って、そういえばラクス様直々のお願いって、結局何だったんだよ。あのラクス様から『直に自分の口』で伝えられたんだろ?」
「あぁ・・・それで、今から『メンデル』に向かうところだ。」
「『メンデル』!?あそこは確か以前、工業で栄えたらしいが、何らかの異変で街全体が崩壊したっていう、いわく付きの街だぞ!? もう人も住んでいないはずのそこに、何をしに―――」
「『グーラー』が大量発生しているそうだ。」
「何!?また『大量発生』だと!?」
事のあらましを聞いたイザークが、素っ頓狂な声で答える。
そのイザークの声を背に受けながら、アスランはてきぱきと準備を始めた。
「大丈夫ですか?アスラン。まだ魔力が回復していないように感じますが・・・。よかったら僕も一緒に―――」
「いや。『グーラー』くらいだったら先に向かっているエクソシストたちと一緒に何とかできるだろう。」
心配顔の二コルに「ありがとう。」と礼を言って肩を叩くと、アスランは気持ちを切り換え『メンデル』へと向かった。
* * *
『メンデル』・・・一時は科学と工業の発達とともに、豊かな活気ある街として名を馳せた街。・・・しかし、記録に残る限り、相当昔に突然住民が全滅し、今では廃墟となっている。その経緯は『不明』。一部によれば『悪魔』の仕業、といわれており、今では人おろか動物でさえも殆ど寄り付かない。
アスランが現地にたどり着くや否や、街の奥にある切り立った崖の方から、おびただしい妖気が流れ出していた。
(『グーラー』・・・それも一匹や二匹じゃない!これは『Bクラス』じゃ対応しきれない)
アスランが駆け出して、おびただしい妖気の渦に入っていくと、2人のエクソシストが懸命に浄化を行なっていた。
「ハァ・・・ハァ・・・『我ら、たえまなき道を歩む者。今ここで違えた道を元に導かん』!!」
ショートヘァーの少女が呪文を唱えると、小さな魔方陣に封じ込まれた、『腐りかけたような体に、まるで溺れたかのようにグッショリと濡れた人型の幽鬼:グーラー』が「ァ・・・ァ・・・」と悲鳴をあげ消えていく。隣の少年も地に守護刀を突き刺し、それを媒介にして『グーラー』を浄化させつづけていた。
「ミリアリア!サイ!」
走りながら声を掛けるアスランに、二人はそれこそこの場を救う『メシア』が現れたかのように、安殿表情を浮かべた。
「アスランさん!」
「すいません・・・俺達が不甲斐ないばかりに・・・クッ!」
『グーラー』を結界で抑えながら尚も懸命に浄化しつづける二人。
この『グーラー』の数からして、2日間も『魔力』を使いっぱなしだったのだろう。『Bクラス』の2人にはさぞかし辛い戦いだったのではないだろうか。
「2人とも下がって休んでくれ。ここは俺が引き受ける。」
「でも―――!」
「いいから、早く!」
既に体力すら限界でありながらも、気丈にアスランと戦う決意を示すミリアリア。だが
「一度下がろう。ミリィ。今の俺達じゃ、逆にアスランさんの足手まといだ。」
「・・・うん。」
アスランが強力な魔力を使うとしたら、今の自分達なら強大な魔法に巻き込まれるだろう。それを思うとアスランも2人がいては強力な魔術は仕えない。
悔しそうに涙ぐむと、ミリアリアとサイはアスランに一礼し、その場を引いた。
2人が視界から見えなくなったのを見届けると、アスランは『グーラー』の動きを見定めた。
「ゥ・・・ァァ・・・」
苦しげな声をあげながら、アスランに近づく『グーラー』の群れ。尽きることないその数に携えていた聖剣でなぎ払いながら周りを冷静に見定める。すると・・・
(なんだ?・・・あの『黒い穴』は・・・?)
見れば切り立った崖にポッカリと『黒い穴』が開き、そこから『グーラー』が湧き出している。
(―――ならば!)
アスランは呪文が書き込められた『小さな聖刀』を4本ほど取り出し、崖の穴に向かって投げると、聖刀は穴を囲む形で綺麗に4隅に突き刺さった。
(よし!)
アスランは呪文を唱え始めた。
「・・・『我、神の守護に抱かれし者。聖なる刃にて闇を打ち砕かん!『イレイザー』!!』」
アスランの呪文が終わるや否や、聖刀が作り出した四角形が『黒い穴』をふさぐようにして光だし、もう既に日が暮れかけた『メンデル』の街に真昼と思えるほどのまぶしい光が満ち溢れる。
「ァァ・・・ゥァァ・・・」
「ゥ・・・ァ・・・ァァ・・・」
力のない『グーラー』共の絶叫があたりに響き渡るかと思うと、光の消滅とともに、『グーラー』もろとも『黒い穴』が塞がれた。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
膝を抑えながら、背中で息をするアスラン。
先日の『オードリー』といい、『グーラー』といい、低級悪魔ではあるが、数で来られたら如何に強力なエクソシストであろうと、使う魔力と精神力、そして体力は確実に減らされる。
「・・・しかし・・・何でこんなに大量に・・・」
ふさがった『黒い穴』―――
(何か妖気の欠片でも残っていれば、原因が解明できるのでは・・・)
アスランは先ほど穴があいていた場所に、手を当て、そっとその妖気を探った。
正にそのときだった―――!
「!?―――っうぁっ!!」
アスランの身体が『強烈な妖気』にいとも簡単に吹き飛ばされる。
そして、塞いだ筈の崖の『壁』が<グニャリ>とゆがみ、再び『黒い穴』を広げていく。
それも・・・先ほどの『グーラー』達が溢れ出てきた穴よりも数段大きい。
やがて『穴の奥の闇』から、とてつもない大きな妖気が迫ってくる。
(!?こんな『大きな穴』を開けて出てこようとするなんて―――! この『感じ』・・・まさか!?)
アスランは翡翠の瞳を大きく見開く。
その瞳に映ったものは―――
体長3m程だろうか。
筋骨隆々の体躯は灰色をなし、明らかに『人間』のそれとは違う。
大きく尖った耳・・・牛のような顔の端まで開いた口は血のように真っ赤で鋭い牙が見える。
目は吊り上り、尖った耳と大きな2本の角
手には大きな『アックス(鉞)』を持ち、アスランの元にゆっくりと近づいてくる。
『何だぁ〜? あれだけ『エサ』集めてくるように追い出したのに、一匹も戻ってこないと思ったら・・・。そうか、貴様のせいか。』
人の言葉をしゃべる―――それは『上級悪魔』のさえたる『証』
口から吐き出す息には、時折炎や氷の欠片が交互に交じり合っている。
自分を圧倒したその妖気を見て、アスランは何故ラクスが『メンデル』に自分を派遣したかを悟った。
―――『魔王:ベルフェゴール』
『Sクラス』のエクソシストでも場合によっては命を落としかねない、強力な『悪魔』だった。
・・・to be Continue.
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>さて、いよいよ本格的な戦いに突入です!
その前にまずはかずりん様の描かれた、『ベルフェゴール(通称:ベルちゃん)』vs『アスラン』の対峙する場面の素晴らしいイラストをご覧下さい!
もうこのイラストで、『魔王:ベルフェゴール』の圧倒的な強さと威厳が感じられ、厳しい戦いの予兆がひしひしと感じられます!!
アスランはこの窮地をどう乗り越えていくのか!?
・・・はともかく。
もしかしたらタロットとか北欧神話に強い方は「『ベルフェゴール』って不貞の悪魔で悪魔の羽をもったちょっと見女の人みたいな外見じゃなかったですか?」と突っ込みたくなる人もいるかも知れませんが、名前も外見も今回は勝手に創作しておりますので、ご了承下さいませ<m(__)m>
さてさて、「一体何時になったらカガリがでてくるんですか!?」という意見がチラホラと・・・^^;
さて、それは以降をお楽しみに!?