Dark & Light  〜Last.Chapter〜

 

 

 

「ねぇ、お母さん、あっちのお空、黒くなってるよ?」

まだ母の胸にまで届かないほどの小さな女の子が、母親の腕を引っ張りながら、遠くの空を指差す。

「本当だ…なんか嫌な感じの空だな…」

少女の声に魚を売っていた男も空を眺めて眉をひそめる。

「嫌だわ…なんかあの時と似てない?ほら、依然羽の生えた小さい悪魔が沢山飛んできたときに。」

「確かにね。あれは首都のほうだけど…こっちまで来ないでしょうね?」

この小さな街『ガナルハン』の市場に集まった人々の顔まで雲行きが怪しくなってきた。

そこへ

「およしよ!例え何があったって、あの時と同じさ!首都には…アプリリウスは、あのエクソシスト達がいるんだ。あの子達に任せておけば、絶対この世界は大丈夫だよ!」

店に並べた真っ赤なリンゴの一つを手に取りながら、店の女主人、エミリーは自信を持って言った。

自信といっても本当に助かる根拠なんて何処にもない。

けど、彼女は…いや、この『ガナルハン』の人々は、その奇跡を誰もが知っている。

翡翠の瞳の慈愛に満ちた青年と、明るく何処までも無邪気で優しい金の瞳の少女が、この街で起こした奇跡を―――

「みんな、祈ろうじゃないか。きっと何があっても、あの子達は救ってくれる、と。」

大きな写真機を持った初老の男が、穏やかに訴える。

すると、自然と皆が目を瞑り、アプリリウスに向って祈りをささげ始めた。

 

 

 

*        *        *

 

 

 

輝く金糸が軟らかく宙に弧を描き、薄い12枚のヴェールを背に、それはフワリと舞い降りた。

あの時、言葉にできないまま溢れる想いをぶつけてしまい、1度失ってしまった狂おしいほど恋焦がれた姿―――

こんなにも心が渇望した想いなどなかった。

今迄作り上げてきた『自分』を全てかなぐり捨ててでもよかった。

どんなことをしても取り戻したかった。

 

その姿が、今、目の前に現れた…

 

「ルーシエ…どうして…」

今すぐ溢れんばかりの心の内を伝えたいのに言葉が出ない。

やっとのことでアスランが紡いだ言葉に、銀の瞳が<フッ>と微笑んだ。

 

まるで…幼子をあやすような微笑で…

 

『何を呆けている。私はお前と契約を結んでいるんだ。お前が欲せば私は何時でもお前のそばに行くというのに。』

「でも、俺があの時、呼んだ時には…」

そう言いかけてアスランは口を噤む。

あの時―――カガリに対する自分の想いを一方的に押しつけ、カガリを自分だけのものにしようとした。普段冷静で理性の塊のようなアスランが唯一感情を走らせてしまったことで、カガリはショックを受けたはずだ。そして悲しみと恐怖から、自分の傍を離れてどこかへといってしまった。その時アスランはルーシエを召喚すれば戻ってくると思い何度と呼んだが遂にルーシエさえも姿を見せることはなかった。

自分の力が弱かったから…そして心もこんなに脆かったから…カガリを傷つけた

そう思い、アスランは自分自身の力でカガリを探し出そうとした。

見付けたら…もう2度と悲しませないことを誓いながら。

 

『確かにあの時はカガリを傷つけたお前を許せず私はお前を見放そうとした。だがな…』

そう言いながらルーシエはゆっくりと地上に降り立つと、アスランに向き直りながら、そっと首にかけていたものを取り出した。

それは、あのアミュレットに取り付けた、銀色のロケットと一枚のコイン。

ルーシエがロケットを開くと、そこには少し不安気な表情のカガリと、そんな彼女に微笑むアスランの写真。

あの時―――ディオキアの町で、初めて取った写真と持たせた銀貨…

『そう、お前が通貨を知らないカガリに渡したものだ。カガリはお前の元を離れてから、これをまるでお守りのようにずっと肌身離さず持ち続けていた。私はカガリを見守り続けながら気がついた。カガリは傷つけられた以上にお前が与え続けてくれた優しさをずっと大事にしていることを、この写真とコインが証明してくれた。だから…』

ルーシエははっきりと言った。

『カガリの慕う人間を傷つけるわけにはいかない。』

 

 

『…クックック…『大切な人間』ね…』

その存在を誇示するかのように、甲高い笑い声が聞こえる。

アスランが慌てて対峙していた者―――『キラ』に向き直る。

『それを言うなら、この私こそ、その女にとって『大切な人間』なのではないか?』

斜に構えながら、まるでアスラン達を見下ろすように言い張ると、そんな無作法を切り捨てるような無表情な声でルーシエは言った。

『…暫く見ない間に随分とその人間が気に入った様だな、『サタン』…。』

(―――『サタン』!?)

『それはお互い様だろう?『ルシフェル』。随分と長いこと、その女に御執心じゃないか。』

『キラ』―――『サタン』がからかう様に話す。

(―――『ルシフェル』!?)

アスランの頭の中が真っ白になっていく

(―――『サタン』…『ルシフェル』…聖典の中に出てきた伝説上の最上級…『Sクラス』のさらに上に君臨するといわれる『Darkの王』と『Lightの最愛者』!! まさか、この2人が!?)

驚愕のあまり目を見開いたままのアスランに、ルーシエ、いや、『ルシフェル』が腕を組みながらゆっくりと語りかける。

『そう…我らは『サタン』と『ルシフェル』…天より堕とされし呪われた双子…』

「双…子…」

やっとの思いでアスランが口を開く。

『神々もひれ伏したほどの大天使が、人間等と契約していて、その人間がよくも涼しい顔でいられると思ったら…そうか、お前、その男にそんな大事なことも話していなかったのか! 』

サタンが叫ぶ様に高笑いする。

『あぁ、そうさ!我々は双子―――というよりは一心同体…元々一つの身体であったものが2つに分かれたものだがな!』

「1人が…2人…」

アスランには思いつかない。

2つに別れたという覇王

それが何故地上界にいるのか

そして何故カガリとキラの姿をしているのか

 

アスランの思考が追い付かないのを見て取り、ルシフェルがゆっくりと言葉を紡いぐ。

『そうだ…お前にこんな昔話をしてやろう…』

 

―――それは途方もない昔の出来事…

 

   人が『天界』と呼ぶ、神々の世界はそれは平和に満ち、幸福の世界だった

   そして、ある時、そこに一つのLightが生まれた

   光を集めたような金の髪

   輝く宝石のような銀の瞳

   背中には、透けるような12枚の翼を持つ大天使

   その名を―――『ルシフェル』という

   

   その美しさ、聡明さから、ルシフェルは神々に愛された

   ルシフェルも神々に尽くし、全てが幸福に溢れた世界となった

 

   だが、この平和と幸せに思いもよらぬ暗雲が立ち込めた

   全ての神々に愛されたルシフェルと、やはり神々から愛されていた一人の女神が惹かれあってしまった

   彼らは平和と平等の幸福をもたらす者

   しかし、一度落ちてしまった恋愛に、他の神々の嫉妬を巻き起こしたちまち平和と平等の均衡が崩れ始め、天界は荒れ果てていった

   神を統べる神王は、この混乱を招いた2人を罰し、女神は封印、そして敬うべき女神を下位にありながら落とし入れた罰として、大天使ルシフェルは地に落とされた…

 

「それが…お前だというのか…」

アスランの言葉にルシフェルはゆっくりと頷く。

だが、ルシフェルの語りを苦渋を呑んだ表情で聞いていたサタンが苛立ったように噛みついた。

『あぁ!あの『神』とかいうやつらの所為さ!あまりにも強かった俺達のことを僻んでこんな茶番を演じ、俺たちを失墜させて、まんまと女神を手に入れようとしたのさ!

『違うぞ、サタン。あれは我々の落ち度だ…決して女神を独占するつもりはなかったにしても、たった一人への愛に執心した時点で、我々は己が役目を放棄したと同じだ。』

サタンをたしなめるルシフェル。だがサタンは逆に激昂した。

『またそうやっていい子面するのか!? それが『俺』が『俺たち』になった原因だというのに!』

「『俺たち』?」

アスランの疑問の一つである「2人の覇王」。ルシフェルが2つに別れた、というのは…

『続きを話そう。』

ルシフェルがそんなアスランの意を汲んでか、前と同じ口調で語り出す。

 

   そう、ルシフェルは地に堕された

   神々が愛したルシフェルという名は、大罪を犯した者から取り上げた

   そして神は代わりにこう呼んだ

 

   魔界の王―――『ルシファー』と

 

「そうか、Darkの王として刻まれた『ルシファー』は、お前、ルシフェルが地に堕とされてつけられた名前だったのか。」

アスランが経典の中に登場するDarkLightの名前を反芻する。

『ルーシエ』…『ルシフェル』…『ルシファー』

みな同じDarkを意味していたとは。

 

   だが、地に堕とされたルシファーは、全くの悪にはなりきれなかった。

   心の奥にはまだ大天使だった頃の慈悲の心が残っている

   女神を愛する心が残っている

   

   次第にそれは、大天使としての心と、堕とされた恨みや嫉妬、執着の間で激しい葛藤を生じ始めたのだ

 

『そう、我々が地に堕されたとき、その厄災『ルシファー』をその身に封印した救世主『カガリ』の中で更に葛藤が増した。』

 

   苦しむカガリは2つの心と戦い続けた

   大天使の心――『ルシフェル』と悪魔の心―――『サタン』と

   『ルシフェル』と協力して『サタン』を封じ込める

   だが、カガリの心は強靭でも、身体の方が限界に達していた

 

   カガリは自分の身を捨ててサタンを封じようとした。

   「ルシフェル…私がサタンと同化するから…お前は『神殺しの槍』…『ロンギヌス』で私ごと殺せ…そうすれば同化した肉体を滅ぼせば、魂も一緒に滅ぶ。同化していないお前の魂は、きっと新たに転生できる。」

   『駄目だ!そんなことをしたら、君は…君の魂は転生もできずに消滅する!』

   「いいんだ。私はその為に生まれてきたんだから。私の所為でみんなが滅んだら…私だけ転生して生まれ返っても、何の意味も無い。だから…」

   

『その時だった…』

 

   「もう嫌だ!何でカガリだけがこんなに苦しまなきゃいけないの!?僕がカガリの苦しみを半分貰う!」

 

 

「キラ…」

アスランが思わず呟く。

『そう、サタンの魂はキラに取りついた。そしてキラはカガリほどの力は持っていなかったため、耐性が効かず、やがて』

「サタンに身体を乗っ取られ、自身は…滅んだ」

 

そう呟きながら、アスランは今まで体験したこともないような憤りを感じていた。

すべて自分一人で枷を背負おうとしたカガリ

カガリのために遂には身も心も失ったキラ

Darkと戦い続ける為に、自身の幸せを犠牲にしたデュランダル、タリア、マリュ―、数多くのエクソシスト達…

 

―――一体何時まで、こんな犠牲を繰り返さなければならないんだ!?

 

    止めてやる!カガリのために…キラの…皆のために!!

 

「もういいだろう!サバトを続けて地上界を滅ぼし、次ぎに天界へ向ってまで…そうまでして神に対する復讐をしたいのか!?」

アスランの瞳に嘗てないほどの力が帯びる。

その翡翠に篭った力に、サタンは言ってのける。

『そうとも!私の力で天界を我が足元にひれ伏させるさ!それに地上界の者どもは、天界の者たちが自分たちの世界を守ってくれていると思い込んでいる。なのに地上界が滅びればどうなる? 守ってくれるはずの神々が見放したのだ!地上界の悲しみと天界への憎しみが渦を巻く―――どうだ!憎しみに満ちた世界こそ、極上の魔界の者どもの餌になるじゃないか!!』

高笑いするサタン。そこに

「そんなことはさせない!カガリ達が命をかけて守ろうとしたものをこのまま見過ごすわけにはいかない!俺は…」

アスランは<キッ!>と顔を挙げる。曇りのない翡翠の瞳がサタンを見据えると、全身全霊の力をこめてサタンに両手を向けた。

「遠き祈り届きし加護を授けん!『ヒールウォール』!」

アスランの両手から激しい光が迸ると、2つに分かれた閃光がサタンにロープの様に巻きつく。

『なんだ、フェイントのつもりか?小ざかしい…その程度の戒めが私に効くとでも―――グゥッ!』

思いもよらず、アスランの攻撃はサタンの動きを止めるに至った。

((あの時と同じ…いや、それ以上の力か…やはり力が上がってきている…!))

アスランの潜在する力に気付いたサタンは、本気に切り替えた。

『…流石はルシフェルの見つけた人間、多少はやってくれるようだ…だがな!』

サタンが絡め取られた光のロープを引き千切ると、あっという間に光が四散する。

「ウッ!」

自分の魔力を込めた戒めが強制的に引き千切られ、その反動でアスランの身体が飛ばされた。

『せめてこの位はしてもらわないとな…『ダークシェル』』

サタンが同じように黒い閃光を走らせると、アスランの身体を包み、急速に締め付けていく

「あぁっーーーーっ!!」

もがくアスランにサタンはほくそえむ。だが

『『エステラーゼ』。』

アスランを守るようにルシフェルが手を触れると、今度は黒い閃光が雲が晴れるように消え去った。

「はぁはぁ…すまない、ルシフェル…」

『礼はいい。それよりお前に話がある。』

「話?」

息も絶え絶えながらにアスランがサタンを見据えたままの姿勢で言うと、ルシフェルはサタンに気取られない様そっと囁いた。

『いいか、一度しか言わないからよく聞け。今のお前の力ではヤツは倒せない。もし倒せたとしても、その時この世界は滅びに近いダメージを受ける。

「…ならどうやって倒す? 倒しても滅びるというのは、どういうことだ?」

『お前は何故『ロンギヌス』があるのに、たるカガリが使わなかったのか分かるか?

アスランはふと思う。

確かに『神殺しの槍は救世主にしか使えない』というのは教会の書庫で読んだ。なのに救世主であるカガリは使わずに自らの身体で封印しようとした。その矛盾は一体どうして…?

 

『何をヒソヒソと話し込んでいる!そんな余裕はないぞ。『ダークマター』!』

サタンの放った黒い球がアスランとルシフェルに向う。それは旧に膨張したかと思うと、黒い爆炎を解き放った。

「うわぁぁぁーーーっ!!」

『クッ!』

ルシフェルはとっさに結界を張ったが、それでも2人の身体は吹き飛ばされ、壁に激突する。

『まだだ!こんなものでは済まさん!!』

サタンの猛攻は始まったばかりだった。

 

 

 

 

 

 

「うわっ!」

「痛ってぇーーーっ!!」

『魔王:マーラー』との戦いに決着をつけたイザークとディアッカ、ニコルが地下で起きたサタンの爆炎の衝撃で、身体が吹き飛ばされかける。

壁にヒビが入り、その一部が落下して、彼らの頭上にまで落ちてきた。

「全くあんな地下深くにいるのに、こんな上まで上ってきた俺らにまで影響あるのかよ!?」

ディアッカが落下物から頭を庇いながら吐き捨てた。

「一体、アスランはどれほどの相手と戦っているんでしょうか?」

ニコルもディアッカに続く。

「まさか…アイツが倒されることなんて…」

「そんな!」

ディアッカの不安にニコルが叫んだその時

「いいかげんにしろっ!」

一喝したのは―――イザーク

「アイツが…俺たちの知っているアイツは王様といえどたかが一匹のDarkにさっさと完敗するような貧弱なヤツか!?」

「あ…そうだな。」

「…そうですね。」

何時も憎まれ口しかたたかないイザーク。イザークは自分より力の弱いものには決して憎まれ口を叩かない。言い返れば、イザークが貶す相手はイザークが自分より実力があると認めた者ということだ。

ディアッカとニコルはお互いの顔を見合わせ苦笑した。

イザークは口は悪いが絶対に嘘はつかないのだ。

「でもよ、こんな攻撃が続いたら、アスランたちはともかく、この教会事態も持たないぜ。」

教会には、Darkの襲来時、避難して来たアプリリウスの街の人々もいるのだ。

「確かに、に、このまま黙って見過ごすわけにはいきませんね。」

「どうするよ、イザーク!」

矢継ぎ早に質問されて、イザークのイライラが頂点に達し様としていた。

「うるさいっ!俺だってこれ以上町や教会をどう守ったらいいのか考えて―――」

怒鳴りかけてイザークは、自分たちの周囲の空気が変わったことに気がつく。

それと同じに壁の崩落や振動が収まって来ている。

「これは…」

「この温かい結界は…」

触れて皆が確信する

何時も変わらず包み込んでくれたあの温かさ

「…ラクス様…」

マスターテリオンとの攻防から守られているラクスが祈りの結界を張ったのだろう。

いや、ラクスだけではない。

教会に避難した人々の祈りが

『ガナルハン』をはじめとする、この世界に生きる者たちの願いと祈りが―――

 

「僕達も祈りをささげましょう。」

「そうだな。ラクス様のお力になれれば本望ってとこだな。」

「よし、いくぞお前ら!ラクス様をお守りするぞ!」

「おう!」

「はい!」

そう言って3人は力強く階段を駆け上がっていった。

 

 

 

 

 

(何故カガリは『メシア』だったのに『ロンギヌスの槍』を使わなかったのか…?)

アスランの横顔に理解しかねる様子を見たルシフェルは、サタンの攻撃を避けながら、更にアスランに続けた。

『ロンギヌスを使えるのは、『救世主の力』を持つもののみ。だがその時サタンの内に眠る果てしないエネルギーすらも爆発させ、その勢いは地上界を壊滅させるほどの力となる。それを防ぐには『防御』となるものが必要だ。カガリのときは、その力をもつ者がいなかった。だが、今は違う。』

黒い矢が降るような攻撃を避け、ルシフェルははっきりと告げた。

 

『お前が『救世(メシ)()』なんだ。アスラン』

 

「え……?」

 

ルシフェルの言った意味がわからず、アスランは一瞬呆けた。

 

「俺…が…『救世(メシ)()』…?」

 

無意識に復唱すれば、ルシフェルはゆっくりと頷く。

「…メシア…この世界を救えるのが…俺…!?―――そんな!」

言った意味の重大さがようやく飲み込め、アスランはサタンの攻撃よりも大きなショックを受けた。

「俺にそんな力はない!それほどの力がないことくらい、お前にだって判るだろう!あれだけ修行を積んでもらっても、一度だってお前に勝ったことがない俺が―――」

『どうして、300年の眠りから私が目覚めたと思う?』

「え?」

まくし立てる様にしゃべるアスランに、サタンに気取られない様攻撃をかわしながら、ルシフェルは続けた。

『私…いや、カガリは確かにキラによって眠らされた。だが、キラがどんなに能力を持っていても私をも封印することなどできない。仮にサタンの力添えがあったとしても、だ。だが、私はこの機会を利用した。「カガリと同じ位、いや、それ以上の力をもつ存在『新たなメシア』がこの世界に誕生したとき、その力を感じたとき封印を解こう」と』

 

アスランは記憶を反芻する。

あの『メンデル』で、初めてルーシエと会ったとき

 

―――『・・・お呼びがかかった』と思って起きてみれば、こんな貧相なヤツにたたき起こされたのか・・・お陰ですっかり『目が覚めてしまった』ではないか・・・』

 

『呼ばれた』のは…ベルフェゴールの妖気ではなく、『メシアの力』をもったアスランが放った魔力だったのだ。

 

『そしてお前から一時離れた。お前が召喚しても行かなかったのは、カガリを傷つけた怒りではない。お前が『真のメシア』として目覚める為の心を鍛える為だ。』

 

そう、あの時アスランはただ「カガリを守りたい」という、メシアの救済とは程遠い望みで力を得ようとしていた。だが今は違う。

カガリ、キラ、ラクス、タリア、マリュ―、デュランダル、ムゥ…

沢山の人々が自分の幸せを犠牲にしてまで守ろうとした、この世界。

その人たちの為にも、自分ができることを探して、力を求めて、そしてここにたどり着いた。

 

『…だから、今のお前にはその槍を取る資格は十分にある。』

ルシフェルは力強い銀の瞳で、アスランを見つめる。

『私が時間を稼ぐ間に、お前がキラの眠っていた棺の上にある『ロンギヌス』を取れ!そしてお前がサタンに留めを指すのだ!』

「でも、サタンを倒した瞬間、莫大なエネルギーの放出が起きて地上界を崩壊させる恐れがあるんだろう!?どうやってそれを止めるんだ!?」

アスランの険しくなった表情に、ルシフェルは言った。

『私が防ぐ。』

真っ直ぐサタンを見据えながら、ルシフェルはもう一度言った。

『サタンと同じエネルギーをもつ私が、私の命でもってそのエネルギーを封印する。』

「!!」

アスランは首を振る。

「何を言っているんだ!お前を犠牲にするなんて、そんなこと俺には―――」

『お前は覚悟したからここに来たのではないのか!? お前が救いたかったのは、そんなに小さいことなのか!?』

確かにみなの気持ちも共に救済したい。でもその為には目の前にある、一番大事な者を犠牲にしなくてはならない。

「俺は…俺は……。」

手をギュット握り締めながら、アスランは思い返す。自分が何のためにエクソシストになろうとしたのか。そして何のために戦っているのか。

 

 

目を閉じると聞こえる。

共に戦うイザーク、ディアッカ、ニコル、シン、ルナマリア、レイの心の叫び

悲しみを内に秘め、祈るマリュー、タリア、ムゥの声

空を見上げながら手を組み祈るメイリンの姿

共に祈りをささげてくれてる『ガナルハン』の人々の祈り

教会に集まる人々の祈り

 

そして

 

―――「一緒に戦おう!」

 

手を差し伸べるのは

金の髪と

金の瞳の

無垢で

無邪気で

明るくて

その微笑で自分の心をいとも簡単に癒し、導いてくれた少女

 

 

―――「カガリ」!

 

 

「うぉぉーーーーっ!!」

アスランが瞳を開く。

それは迷いのない、真っ直ぐな翡翠。

ルシフェルは頷くと、アスランにいった。

『お前が槍を構えたら、私はサタンを封じる。その時、私ごとサタンを貫け! …いくぞ!迷うな!』

それを合図にアスランは真っ直ぐ『ロンギヌス』に向う。

『!?何を考えているのか知らんが、お前のような弱き人間に、それはつかえんぞ。『バrフィーダ』!』

サタンが動きのあったアスランに黒い稲妻を落とそうとする。だが

『我が光に加護の祈りを―――『フィオール』!』

アスランの盾になるようにして霧の結界を張ると、稲妻は跳ね返り、サタンを襲う。

『くっ!何処まで庇うつもりだ、ルシフェル!いい加減に人間ごとき見限ったらどうだ!』

憎憎しげにルシフェルを見つめるサタン。だが、ふと気がつき、『クックック』と唇の端から笑いを溢した。

『…何が可笑しい?』

眉をひそめるルシフェルに、サタンはニヤリと笑うと、勝ち誇った様に言った。

『お前がその人間を守るのに、私を同じ量の力を使わなければならない。その人間の力では、到底私は倒せない。ならば簡単だ。お前が守ることに全ての力を使いきれば、私の邪魔をする者の一番の脅威はなくなったと同じ。お前の力が尽きるまで、攻撃すれば言いだけの話だ!』

高らかに笑うサタンに、フッと小さな笑みを浮かべると、ルシフェルは小さく言った。

『さぁ…それはどうかな?』

『何?』

サタンが一瞬怯んだ隙を逃がさず、ルシフェルは叫んだ。

『今だ!アスラン!』

サタンがその叫びに見やると、キラすら触れることのできなかったロンギヌスを引き抜こうとするアスランの姿。

「うぉぉぉーーーーーーっ!!」

アスランが叫びながら訴える。

 

(―――どうか、みんなの為に―――)

エミリー達旅で知り合った人々の笑顔が目の前に浮かぶ

 

(大事な人たちの為に―――)

共に戦ってきた大事な仲間達の姿

 

(俺はどうなってもいいから―――!)

金の髪が振り向く。

そしてその手が共に槍をつかむ。

翡翠の瞳と金の瞳が見詰め合う。

何にも勝る力を得、アスランは最後の力を振り絞る

 

「俺に力を貸してくれぇぇーーーーーっ!!」

 

すると

<ズ…ズズ…>

びくともしなかった槍が動き始める。やがてそれはしっかりとアスランの手に取られ、金色の光を放つ。

『馬鹿な!その槍は普通の人間では手にすることすら出来―――っ!!』

驚愕するサタンの隙に、ルシフェルがサタンの身体ごと羽交い締めにする。

『!何をする気だ、ルシフェル!?―――ま、まさかお前!?』

『あぁ、その通りだ。行け!アスラン!!』

ルシフェルが渾身の力でサタンの力を抑える。

『やめろっ!!お前も一緒に滅ぶぞ!

『判っている。でもそれが300年以上昔からの私の願いだ!お前と共に私も消える!』

『くそっ!!離せっ!離せぇぇーーーっ!!』

必至にもがこうとするサタン。だが、先ほどの戦闘での違和感と同じ、身体が思うように動かない。

その瞬間、サタンは見た。

ルシフェルの瞳に映っている者の姿を―――

 

((あれは…キラ))

 

穏やかな紫の瞳が、嬉しそうに笑っている。

 

(…やっと、逢えたね。カガリ…)

 

ルシフェルの瞳が金に代わり…嬉しそうに涙をこぼす

 

(キラ…ありがとう…)

 

サタンは理解した。

 

 

   そうか…私の身体が動かなかったのは…

   『キラ』…「お前」だったのか

   …もう既に自分の命も心もなくなっているはずだったのに

   最後の最後に残しておいたお前の魂が、私の力を捻じ曲げてまで…

 

 

 

「うぉぉぉーーーーーーっ!!」

アスランは目を見開く。ルシフェルの背中、その奥にあるサタンの心臓目掛けて

「カガリィィーーーーーーーーーっ!!」

 

 

<ドシュッ―――……>

 

 

『あぁぁぁーーーーーーーー………』

 

槍に先に貫いた感覚。

そしてその身体から溢れ出す眩しい閃光に、アスランが吹き飛ばされる。

目を閉じる一瞬捕らえた最後の姿。

苦しみもがき、消えていく悪魔の姿と、慈愛に満ちた大天使の微笑み。

そして―――アメジストのような瞳が訴える。

 

(―――カガリを…頼むね…)

 

 

 

 

「うわっ!なんだこの光は!?」

ディアッカがホールの人々を非難させながら周囲の変化に気付く。

「それに、この激しい振動は―――!?」

祈りをささげていたニコルも手を止める。

「くそっ!なんだっていうんだよ!?」

「シン、早くこの結界に待ちの人を誘導しろ。」

何時でも冷静なレイにしぶしぶ従うシン。

「みんな!あれ見て!」

ルナマリアが指差す先には、ラクスの『神聖の間』

その部屋の上部から天に向ってまばゆい光の道が出来上がる。

「っ!!ラクス様!」

タリアとマリュ―が叫ぶ。・

イザークが閃光を避け、ラクスを庇おうとした―――が、

「ラクス様、ご無事ですか!? ―――って、ラクス様――……?」

閃光が止み、イザークが目を少しずつ見開くと、先ほどまですぐ傍にいたはずの、長い髪の少女の姿は何処にもなかった。

「…ラクス様…一体…」

 

 

 

 

「ぅ………」

冷たいはずの地下の地面が、何故かことの他温かく感じられながらアスランは目を覚ました。

「ここは――――っ!カガリっ!?」

どちらが上でどちらが下なのかわからないほどのまだ眩しい光が残る空間を、アスランはカガリ―――ルシフェルの姿を求めて、さ迷った。

「カガリ…」

最後に瞳が捉えたルシフェル…いや、カガリの姿

キラにようやく逢え、嬉しそうな笑顔

それだけを残して消えた

 

「ゥ…ぁああぁぁぁーーーーっ!!」

アスランは天に向って咆哮すると、溢れる涙も拭かずに叫ぶように泣いた。

(同じだ…俺もみんなと同じだ…一番愛する人を…自分の幸せを犠牲にして…)

<ガツっ!>

手から血がにじむのも気付かず、アスランは何度も地面を拳で叩いた。

(結局同じじゃないか! 人を犠牲にするような世界があってはいけない、といいながら、俺自身が同じ轍を踏んでいるんじゃないか! 俺のやったことって何なんだ!? 俺の……)

拳を叩きつけたまま、アスランは崩れ落ちる。

 

 

<ゴトッ…>

 

光の奥で、何かが動く気配がし、アスランは慌てて身を起した。

すると、目にぼんやりと人の姿

「―――っ!!ラクス様!?」

いや、ラクスではない。

ラクスに似ているが、あの少女より、大人びてみえる。

そして…神々しいほどに美しい…

 

『アスラン…この世界を救ってくれてありがとうございます。』

 

ラクスが微笑みながら、そっとアスラに手を触れると

「!?」

あれだけあった傷が嘘のように消えていく。

アスランが目を見開き、女性を見上げると、彼女は優しく囁いた。

『この方の魂は、私が連れていきます。』

そういって女性がそっと抱き起こしたのは、既に息のないキラ。

「ラクス…様?」

アスランがその様子を見守ると、ラクスは微笑んでいった。

『あなたは…カガリ様を…ね?』

アスランが慌ててラクスの視線を辿ると、そこには長い金髪の…少女が倒れている。

「っ!!カガリっ!カガリィィーーーッ!!」

アスランが駆けより、その身体を抱き起こすと、身体には温もりが感じられた。

「カガリ…生きている…。奇跡が…起きたのか…」

アスランはカガリをかき抱いたまま、涙を溢れさせながら感謝の祈りをささげた。

「ありがとう…彼女を……救ってくださって……」

そういいながら、ふとアスランは気づく

(どうしてカガリは助かったのだろう…?)

『それはカガリ様とルシフェルは魂が一つになっていなかったからです。』

慌ててアスランがラクスへ顔を上げる。微笑むラクスはまるでアスランの意図を知っているかのように答えた。

『『ロンギヌス』は『神殺しの槍』。つまりは『神』や『ルシファー』のように元々神格を持ったものの魂のみを消す槍。ですから人間のままのカガリ様の魂には、傷は一つもありません。カガリ様の魂は、最後まで彼が守っていたのです。』

ラクスが指差した先は・・・キラの『アミュレット』

「そうか・・・だからキラは・・・」

キラは自分の魔力をアミュレットに託した。自分のこの先の運命を知りながら、それでも妹を救おうとしていた。

「では…キラは…」

アスランの言葉に、ラクスは目を伏せる

『はい。彼の魂は、既にサタンと同化しています。ですから…。』

そこから先は触れなくてもわかる。

でも何故か、キラの顔はとても穏やかで、優しい。

ようやく苦しみから解き放たれたからなのか、それともカガリと逢えた嬉しさからなのか。

 

(―――カガリを…頼むね…)

 

アスランは頷き、ひざまづいてキラに礼を取る。

「キラ・・・あなたの大事な宝物は…私が、この命に変えても守ります。」

 

その時、アスランには、キラの閉じたままの瞳から、涙が零れるのが見えた。

 

そして

「ぅ…ん…」

腕の中の宝物が、その瞳を開いた。

「!カガリ!」

アスランの顔が途端にクシャクシャにゆがむ。

「あれ、アスラン?…って、ここ何処だ?」

アスランがその乱れた髪を直してやりながら、説明しようとすると、カガリがいち早く女性の姿を見つけた。

「『ミーア』…『ミーア』じゃないか!」

「カガリ…?」

初めて聞く女性の名前にアスランは驚く。だが、ラクスはにこやかにそれを受け止めた。

『そうですか。『ミーアさん』とおっしゃったのですね。この女性は。』

話の見えない状況にアスランは混乱する。その様子に、ラクスはゆっくりと語り始めた。

『わたくしは…『女神:ラクス』。『大天使:ルシフェル』を愛した者。』

「…『ラクス様』が…『女神』…!?」

呆然とするアスランに、女神は続けた。

『わたくしとルシフェルは愛し合い…お互いへの幸せと想いを寄せ、他を怠った罰として、天界から戒めを受けました。』

ラクスは口調も重く、辛そうに過去を振り返る。

『ルシフェルは天界から堕とされ、わたくしは力の封印を受けました。でも、同じ罰を受けるなら、わたくしも堕ちるのが筋。わたくしは他の神々の目を盗み、自ら堕ちました。その時丁度ルシフェル封印の儀式を終えた『ヘリオポリス』で、巫女の後を追い、自らの命を絶った少女を見つけました。そして神にあるまじき行為と知りながら、彼女の身体に魂を注いだのです。』

その少女は『ミーア』。カガリの身の世話をしていた女官。

カガリが封印された後、彼女の身体を借りてラクスは巫女となった。

愛しいルシフェルを傍で見守る為に。

『わたくしが自身の力でルシフェルを救いたかった…。でも封印されたわたくしにはその力はなく、ただひたすら日々を重ね、救済するものの出現を待っていたのです。』

「そうか…だから巫女の名前は…」

以前、アスランは何故歴代の巫女の名前が『ラクス』のままなのか、疑問に思ったことがあった。ひそかに代替わりしていたのかと思っていたが、ラクスがずっと300年以上一人で治め続けていたのだ。確かに神官達しかその姿も顔も知られていないから、代替わりしたと見せかけるチャンスはいくらでもあるだろう。

『わたくしはこれから彼の壊れた魂を連れて天界に戻ります。そしてもう一度転生できるように・・・。私の代わりにどうかミーアさんを手厚く葬ってあげてください。』

「わかりました。」

アスランは真摯に頷いた。

『カガリさん。哀しい想いを沢山させてしまって、わたくしには詫びる言葉が見つかりません。でも―――』

ラクスが辛そうに、でも何処か晴れ晴れしく言った。

『あなたがいてくださったから、この世界は輝き続けているのです。あなたが巫女でいる限り、この世界は安寧に包まれるでしょう。』

カガリはちょっと小首を傾げたが、すぐに笑顔で答えた。

「ううん。私一人じゃない。みんなの願いがあるからだ。」

その言葉にラクスは頷く。

『そうですわね…。本当にその通りですわ。』

ラクスがフワリとキラ…ルシフェルを包み込む。

まばゆい光が少しずつ薄れてくると同時に、2人の姿も薄れていく。

 

『ありがとう…この世界の救世主達。』

 

 

やがて光は天に上って一筋の光の道を残した後、ゆっくりと消えていった。

 

 

 

 

 

*        *        *

 

 

 

 

 

数ヶ月後―――

「きゃぁぁーーー!!イザーク様ぁぁvv」

「わたくしの懺悔、早く聞いてくださいvv」

「あら、私が先よ!」

「私だって!」

ディオキアの教会には、今日も若い女性の群れ。

「おい、神父が困っているときは、手助けするのが助手の役目だろうが!」

「その子達は神父様がお目当てなんですから、神父様がお相手して下さい―い。」

そういってツインテールの少女がそっぽを向くと、銀髪の青年は悲鳴に近い声を上げた。

「いい加減にしろぉぉーーーっ!!」

 

 

<…で、結局居ついちゃってるわけだ。>

「そうなんですよ。その愚痴、僕が全部聞いているんですから。」

<でも何のかんのいって、そこが気に入ってるんだろ?>

「えぇ、だって…」

年若い神父は、電話の主の日焼けした神父に笑いながら言った。

「イザークは気に入ったものほど憎まれ愚痴叩きますから。」

 

 

「…ってなことで、今日の祈りは終わり!また来月な!」

「またお出かけですか、神父様。」

「このままこのオノゴロに居てくだされるとありがたいんですが…」

街の人の熱意を感じ思わず照れくさくなるが、神父は丁重に断わった。

「ありがたい申し出ですが、俺も「探し物」しているんです。」

「ほぉ〜一体何を?」

興味深そうに見つめる人々の前で、神父は空を仰ぎ、首都に向って手をかざしながら言った。

「俺の幸せってヤツかな?」

 

 

『ギャァ!』

『ギィッ!』

「この!『エレクトリカル・ファイガ』!」

少年の手から、少年の瞳と同じような紅蓮の炎が生まれ、『妖樹:オードリー』の幼木に放たれるが、あっという間にまた小さな『オードリー』が生まれてしまう。

「もうっ!シンったら、以前の戦闘で経験したじゃない!「オードリーは火属性の魔法を使うと、種を吐き出す」って!」

「知っているよ!だけど俺の炎が強ければ、種ごと焼き尽くせるかと思ったから―――」

赤い髪の少女の説教に、少年は噛みついた。

「やれやれ…あの時AクラスのDarkを倒せたのは、奇跡だったのか…」

元気に喧嘩する2人を、金髪の少年は、ため息をつきながら見守った。

 

 

「カガリ様!?カガリ様っ!?何処におわしますか!?」

「どうしました?マリュ―」

アプリリウス教会の奥―――『神聖の間』から、凛とした女性の声が聞こえる。

「それが…聞いてください。タリア様。またカガリ様が一人でお出かけになって…」

「あらあら、我等が巫女様は本当にお転婆ですこと。」

そう言ってクスクス笑うベテランの女性神官に、栗色の髪の若い女性神官は口を尖らせる。

「笑い事じゃありません!まだこの世界のことを勉強することは沢山あるのですから!」

「あら、それなら「実地研修」も大事な勉強にならないかしら?もうこの教会に閉じこもって、結界を張りつづける必要は無くなったのだし。」

「でも、事故にでもあったら―――」

言いかける神官の口をそっと抑えて、もう一人の神官はウインクして見せる。

「大丈夫よ。頼りになる『FAITH様』が、片時も離れないから。」

そして開かれた天窓から、空を見上げながら微笑む

「・・・どう?ギルバート、見えるかしら・・・」

堅く閉ざされた扉も・・・戒律も・・・もう縛るものは何処にもない。

彼女は300年以上続いた息苦しさを解き放ったように、大きく深呼吸をする。

 

「これが貴方の・・・ううん、私達の望んだ世界よ・・・。」

 

 

 

 

 

 

「今日はいい魚上がったよ!さ、どんどん持っていってくれ!」

「こっちもいいリンゴが取れたよ!さぁさ、たんと食べておくれ!」

 

活気溢れる市場

ここは『ガナルハン』という小さな街

 

「おばさん、銀貨一枚分のリンゴくれないか?」

「ハイハイ、お安いご用―――って、おや、あんた!」

「こんにちは。」

エミリーが振り向くと、そこには既にリンゴを一つ手にとった少女と、礼儀正しい翡翠の瞳の青年。

「はい、そこまで。」

紅く熟れたリンゴを頬張ろうとした少女に、青年が冷静に制する。

「カガリ様、リンゴはちゃんと買ってから食べる様にして下さい。」

「ふぁっふぇ、ひゃんふぉ、おふぁねわふぁふぃはほ!?(※だって、ちゃんとお金渡したぞ!?)」

「お金を渡せばいい、というものではありません。ちゃんと常識と礼儀を身につけてください。」

「めっ!」とたしなめるような…でもその瞳の奥に最大の笑顔を宿しながら青年が言うと、少女は「ふぁーい。」と悔しそうにリンゴを離した。

「あんた達、やっぱり仲がいいんだねぇ〜」

つい数ヶ月前にフラリとやってきた来訪者。でも今はこの街中の人たちが…この世界の人たちが知っている。

でも、あの頃と変わりない、屈託の無い笑顔が、どの経典よりも真実と幸せを運んでくれる。

 

「ところであんた達、どうしてここへ?もしかして…また?」

「はい。旅を始めたんです。」

青年が答える。

「そうかい!で、今度は何処へ行くんだい?」

エミリーは袋いっぱいのリンゴを少女に渡しながら聞くと、少女は満面の笑みで答える。

「全部さ!」

 

 

 

「…『全部』とは恐れ入ったな。」

アスランが苦笑する。

「だって、お前が言ったんだぞ。「この世界の知らないこと、見たことがないもの、全部教えてやりたい」って。だから責任もって教えろよ!」

リンゴを齧りながら、アスランより先をあるくカガリ。

「はいはい。…で、まずやりたいことは何ですか?お姫様。」

「うん!それはな…」

クルリとアスランに向きなおると、カガリは言った。

 

「『電話』!」

 

そう言って笑顔で駆け出す自由の巫

その後を笑いながら追いかける騎士

 

もう教会に縛り付けられる必要はない。

だから自分自身のこの手で、この足で、この世界を知っていく

 

 

 

裸足の巫女と騎士は限りなく広がる草原を、無限に広がる青空のもと、光の導くままに真っ直ぐに走っていった。

 

 

 

 

…Fin.