Dark & Light 〜15th.Chapter〜
―――「ねぇねぇ、お兄ちゃん!もっとお話して!」
キラキラした純粋な瞳が俺を見つめた。
ケンカも当然多かったけど、どの兄妹よりも、俺たちは仲がよかったと思う。
「お兄ちゃん、助けて!」
そう言って、何度も泣きじゃくりながら、俺を頼ってきた。
その度に俺は頑張った。
「ありがとうおにいちゃん!」
涙の乾ききらないまま、それでも嬉しそうに満面の笑顔を向けられると、頼られた誇らしさと嬉しさで、クールに決めるつもりの俺の顔までほころんでいったっけ。
困ったときだけじゃなく、何か期待されると、どうにも断りきれなかったな。
そういえば、あれは何時だっけ?
夜ベッドに入って、眠くなるまでおしゃべりしてた時だった―――
―――「ねぇねぇ、お兄ちゃん!もっとお話して!」
頼られた以上、「ダメ。」と言って、兄の尊厳を失う訳にはいかない。
だから学校の勉強している時より眠気も覚めるくらい、俺にしては一生懸命話を続けた。
―――「それでな、それから・・・」
―――「うんうん!」
―――「こら!シン、マユ、何時までもお話していないで、さっさと寝なさい!何時までも眠らないと、怖〜〜〜い『Dark』に食べられちゃうわよ!」
突然開いた子供部屋のドアから、母さんが『Dark』よりも怖い顔で現れて、俺たちを叱った。
―――「マユ、怖くないもん!」
意地張って膨れるマユの顔はそれでも何処となくこわばっている。
―――「あらそう。じゃぁ、夜のおトイレも、お兄ちゃんについてもらわなくっても大丈夫ね。」
勝ち誇ったような母さんの顔に、マユは泣きそうな表情になると、毛布を頭のてっぺんまで深くかぶってベッドにもぐりこんだ。
―――「はい、おやすみ。」
微笑んだ母さんがドアを閉め、俺も目を閉じた時、
―――「ねぇ、お兄ちゃん、お兄ちゃん。」
隣のベッドから小さなささやき声
―――「マユ、また怒られちゃうだろ?もう寝よう。」
―――「ねぇ、お兄ちゃん!」
―――「なんだよ、マユ。」
寝ようとするのに声をかけてくるマユに、俺が少し起こって声を上げたが、マユは真剣に俺を見つめながら言った。
―――「お兄ちゃん・・・もし『Dark』が来ても、マユのこと守ってくれる?」
さっきの母さんの話、真に受けてるんだ。
俺は笑って答えた。
―――「あぁ、守ってやるよ。」
―――「どんなに、どーんなに強い『Dark』が来ても?」
―――「絶対守ってやる!」
―――「やったぁ!じゃぁ・・・」
喜びながら、キラキラと瞳を輝かせて、マユはそっと言った。
―――「じゃぁ、お兄ちゃん。『救世主』様になってね!」
だが、その願いは時を待たずして奪い去られた・・・
―――「父さん!母さん!」
―――「シン!マユ!そこから動くんじゃないぞ!」
突然街に現れた『Dark』。
それは強力な力で、あっという間に街中を火の海に、そして血の海に変えていった。
―――「お兄ちゃん・・・」
―――「しっ、マユ、ジッとしているんだ。」
震えるマユを抱きしめながら、必死に物陰に隠れるしかなかった俺。
その俺とマユの耳に、父さんと母さんの叫び声が聞こえた。
―――「嫌ぁ!お父さん!お母さん!!」
―――「ダメだ、マユ!いっちゃダメだ!!」
だが俺の腕を振り切って父さんと母さんの元へ向かったマユ。
やがてその声が悲鳴となって俺の元に響いた。
―――「マユ!」
マユはもう動くことが出来なかった。
屋根に届くほどの『Dark』にその身を握られ、四肢はダラリと垂れ下がって。
鮮血のしぶきが顔を染め、既に生気のなくなった目は、力なく俺を見下ろしていた。
―――「お・・・兄・・・ちゃん・・・」
―――「マユーーーーーーーーーっ!!」
俺の涙声の叫びに、マユは最後の力を振り絞って、小さく微笑んで言った。
―――「お・・・兄・・・ち・・・メ・・・シア・・・に・・・な・・・って・・・」
それが最後の言葉だった。
そしてマユを俺の目の前で喰らった『Dark』が俺に襲い掛かろうとしたとき、ようやく『Z.A.F.T.』のエクソシスト達がやってきた。
そして、俺だけが生き残った。
でも、生き残りたくなんてなかった!
父さん、母さん、マユ・・・
ずっと家族と一緒にいたかったんだ!
「何で俺を助けたんだ!?俺を殺させなかったんだ!!」
ぶつけどころのない怒りと悲しみをエクソシスト達にぶつけていたそのときに、気がついたんだ。
―――「俺に・・・『力』があれば・・・」
(―――「お兄ちゃん・・・もし『Dark』が来ても、マユのこと守ってくれる?」)
そう、俺に『力』さえあればよかったんだ。
なのに、そのとき俺には力がなかったから。
だったら俺は強くなってやる!
どんな敵も叶わないほど。
そう、『救世主』にだって―――!
強く、どんな『Dark』よりも強く―――!!
「・・・ン・・・シ・・・」
俺は、誰も傷つけさせたりしない―――!
「シン!聞こえてるの!?しっかりして!」
ルナマリアの声にシンが我に返る。
赤い瞳に映るのは、『アプリリウス』の街に上がる火の手と、人々の叫び小声。
そして―――辺りに群がる『Dark』の群れ。
シン達が『アプリリウス教会』から『Darkの大量発生』の報を受けて、慌てて首都に戻ってみると、そこは既に『Dark』に溢れた地獄絵図と化していた。
その光景が、シンに過去の記憶を呼び起こさせていた。
・・・自分だけを残し、家族が『Dark』 に殺された、あの夜のことを・・・
「くっそぉーーーーっ!『ジオ・マキシム!』」
シンが指先に神経を集中し、『堕天使:バフォメット』に向けると、強い雷が『バフォメット』の身体を直撃する。
『ギャァァァァ!』
『バフォメット』の体が黒く焼かれ、やがて力なく倒れる。
「はぁ、はぁ・・・」
「やったわね!シン。凄いじゃない!下級とはいえ『Bランク』の堕天使倒すなんて!」
僅かの隙にルナマリアが感嘆の声をあげるが、シンはまだ納得していなかった。
「まだだ!こんなくらいじゃ・・・これくらいじゃ・・・!『エレクトリカル・ファイガ!!』」
闇雲に放った炎が一つの『Dark』を背後から捕らえ、全身を紅蓮の炎に染めた。
「やったか!?」
直ぐ隣で守護結界を張っていたレイも、シンのこれまでにない強力な魔力に目を見開き、捕らえる。
だが、その炎はシン・ルナマリア・レイの願いもむなしく、あっという間にかき消され、白い煙となって消えた。
「!?」
「何で!?あんな強力な炎なのに!」
「落ち着け、シン、ルナ。良く見ろ。」
2人がレイの声に促されるまま、炎をかき消した『Dark』を見ると―――
『・・・なかなかの炎だったな・・・まぁ、ほんの軽いやけど程度か・・・』
白煙の奥から、理知的な声が聞こえる。やがてそれは日の元に姿を現す。
『大きな大蛇』とそれにまたがり背には『黒い羽』、手には『大きな槍』―――
「あれは!」
「『Aクラス』の『魔王』、『アスタロト』!」
3人は呆然と立ち尽くす。
今までAクラスの『Dark』とは戦闘の経験はない。
ましてや『アスタロト』は『魔王』の中でも上位に位置する強力な『Dark』だ。
「もう、シン!あちこちに『Dark』が発生しているとはいえ、よりによって『アスタロト』にケンカ売っちゃうなんて、どうするのよ!?私たちじゃ勝てっこないじゃない!!だから何時も「相手をよく見て戦え」って言ってるじゃない!」
ルナマリアが悲鳴にも似た非難の声を上げる。
「判ってるよ!だけど―――」
「落ち着け。ルナマリア。・・・確かに今の俺たちにとって、『アスタロト』は敵う相手ではないかもしれない。だが、まわりを良く見てみろ。」
レイが三度冷静に2人を促す。
「もう、既に首都は様々なレベルの『Dark』で溢れかえっている。確かに低級の『Dark』から片付けていけばいいだろうが、それでも何時かは上級の『Dark』を相手にしなければならなくなる。だったらそれは「今」だと思うべきだろう。」
ルナマリアは無言でレイの言葉を飲み込む。
「だったら・・・行け!シン。俺がサポートする!」
「サンキュー、レイ!だったらこれはどうだ!?『エレクトリカル・ブリザード!!』」
シンは手のひら全体に力を集めると、氷の刃を作り出し、それを『アスタロト』の四方から放ち、『アスタロト』に氷の刃を突き刺す。
『グオォッ!』
『アスタロト』の小さな呻きに、シンが思わず「やったか!?」と身を乗り出す。そこに―――
<ヒュン、ヒュン、ヒュヒュン―――>
鋭利なものが空気を切り裂く音が、シンの両耳を捉え、やがて
<ザシュッ!>
「うわぁっ!」
ルナマリアとレイが振り返えれば、左腕からは血がほとばしり、痛みを堪えながらうずくまるシンの姿。
「「シン!!」」
『はっはっは!確かにいい刃ではあったが、何しろ威力がなさ過ぎるな!これでは私は倒せんよ。』
まるでアカデミーの教師の様に、『魔王:アスタロト』は威厳を保ちながら、柔らかな笑みさえ浮かべる。
「だったらこれはどう?『エレクトリカル・トルネガ!!』」
シンの姿に怒りを露にしたルナマリアが、強力な『風』を『アスタロト』に向けて巻き起こす。
<バリバリバリッ>
『んんっ!これは――うっ!』
ルナマリアの起こした『風』は、街の建物をも巻き込み、外壁までが剥がれ、巻き上がっていく。
レイの障壁魔法がなければ、建物などあっという間に土台ごと吹き飛ばされているだろう。
だが、『アスタロト』は全身にややダメージを食らったものの、それはほんのかすり傷程度だった。
「はぁ、はぁ・・・これだけ力を使ったのに・・・」
屈み込むようにして額の汗を拭いながら、悔しそうに吐き捨てるルナマリア。
「はぁ、はぁ・・・流石は上級『Dark』といったところか・・・」
そう呟き片膝を立てて倒れこむレイも、疲労の色は隠せない。
『・・・子供にしてはまぁまぁの出来だ。及第点を挙げてやりたいところだが・・・生憎と私は君たちとは敵同士。まぁ、人間界では伝説の存在でしかなかろう私を、じかに見ることが出来たのだ。それだけでも感謝してもらいながら、私の糧になることを光栄に思ってくれ。』
まるでネズミ捕りに捕まったネズミを、水につけるような表情で『アスタロト』は3人を眺める。
その命は、自分の意思でいかほどにでも出来る、という優越感でいっぱいの表情で。
「くそっ、こんなところで・・・」
そういいながら、精一杯の虚勢を張ってみせるシン。だが心の奥では、あの日の妹の姿が蘇った。
(―――「じゃぁ、お兄ちゃん。『救世主』様になってね!」)
そういって、兄に懸命に期待を寄せていた、純粋な思い。
『さぁ、おやすみ。小さな『エクソシスト』達!』
『アスタロト』が左手の槍を3人に向かって構える。
(・・・ごめん。マユ・・・お兄ちゃん、『救世主』にはなれなかったよ・・・)
そう心の中で呟きながら、目を閉じるシン。
その次の瞬間―――
『ギャァァッ!!』
<グサッ!>
『ぐぁぁぁぁーーーーーっ!!』
何かの叫び声と共に、突き刺さるような音と、その後に続く『アスタロト』の悲鳴。
シン、ルナマリア、レイがその声に目を見開くと、腹部を真っ赤に染め、貫通した穴に苦しみ悶える『アスタロト』。そして―――まるで氷の様な羽を持った、まるで鷲の様な鳥・・・
「何をしている!貴様ら、それでも『Aランク』の『エクソシスト』かぁっ!」
ついこの間も聞いたのと全く同じ声と同じセリフで叱咤され、反射的に3人は振り向く。
そう、あの時と同じように、腕には『氷の凶鳥:フレスベルグ』を従え、それとあいまった『アイスブルーの瞳』とサラリとしたプラチナブロンドを無造作になびかせた、『S級エクソシスト』
「「「い、『イザーク・ジュール』!!」」」
3人がいっせいに声を上げると、イザークは「ふん!」と鼻を鳴らし、上から物を見るようにして3人に叱責を飛ばす。
「馬鹿者っ!只「やられる」のをジッとまっている暇があるんだったら、少しでも自分らで出来る最善くらい考えろっ!」
「で、でも、私達、誰一人『Aランク』なんて倒したことないですし・・・」
まるで懇願するようにルナマリアが勇気を出して声を上げる。が、この男に「弁解」を聞く余地はない。
「貴様らは何処まで馬鹿なんだ!一人で出来ないんだったら、何故「協力」しない!? 折角3人一組で組ませている意味が判っていないのか?」
「協力してますよ!今だってレイが守りながら、俺とルナが攻撃して―――」
「だから、そうだとは言っていないだろうが!・・・えぇい!貴様ら、本当に脳みそついているのか!?」
(―――此処まで侮辱するか!?普通…)
まだ『アスタロト』の方が上司の方がましだ、と思いを込めて、シンはイザークを睨み返す。
「ほう・・・まだそんな目が出来るなら、簡単に死ぬつもりはなさそうだな。」
「当たり前だ!」
イザークの挑発に、シンはよろよろと立ち上がる。
その時―――
『見つけたぞ!餌共め。』
イザークの背後から、また別の『Dark・バエル』が襲い掛かってくる。
「危ないっ!」
ルナマリアが声を上げるが、イザークは微動だにしない。完全に反応が遅れを取った。
「キャァァ!」
ルナマリアの声が悲鳴に変わる。その瞬間
『ガォォーーーーーーーっ!』
「行け!『バスター』!『ガーディアックス!』」
まるで虎の様な『神獣:ドゥン』―――『バスター』が『バエル』に飛び掛る。それと同時に呪文が唱えられると、『バスター』の全身に光が帯び、それがまるで光の矢となって、『バエル』の身体を貫く。
『ぎゃぁぁぁぁ!!』
『バエル』が全身を引きちぎられ、悶えると、それを見た良く日焼けした肌のエクソシストが叫ぶ。
「今だ!イザーク!ニコル!」
「わかりました!行きますよ、イザーク!」
「ふん。言われんでも判っているわ!ディアッカ。ニコルいくぞ!『デュエル』、『クリスタル・カーム』!」
『ギャァッ!』
イザークの声と共に、『デュエル』が飛び立つと、はためかせた翼から、氷の刃を『バエル』に打ち出し、『バエル』の全身を水晶の中に閉じ込める。
イザークはその様子にふと口角を上げて意味ありげに微笑みながらニコルを見やると、ニコルは軽く頷き、両手に魔力を集中させる―――
「行きます!『バースト・フレア!』」
ニコルの放った協力な炎―――いや、爆炎とも言うべき炎が『バエル』の身体に突き刺さった数多の氷の刃を一気に沸騰させる。
『ギャァァァーーー……』
沸騰した膨大なエネルギーが『バエル』の体ごと爆発し、『バエル』は四散した。
「判ったか。「協力」ということがどういうことか。」
イザークの言葉に、ふと3人の表情が変わる。
「いいか、貴様ら。「強くなる」ということは「一人で『Dark』を殲滅できる」ということではない。己の力がどの程度かを見極められること。そして今目の前にいる『Dark』をどうすれば倒せるか。その為に、誰がどういう力を発揮すればいいか。それが判ってこそ、初めて「強いエクソシスト」となれるのだ。」
そのイザークの説教中に、再び鋭い力がシン達を捕らえる。
「「「―――!」」」
振り向けば、『アスタロト』が怒りも露に攻撃態勢に入っている。
『小僧共、よくも私をコケにしてくれたな!この借りは貴様らの命で償ってもらおう!』
『アスタロト』が口を開くと、そこに光るが集まる―――
(『救世主』どころか、『Aクラス』の『Dark』さえ、倒せないなんて・・・これじゃ、俺は何のために強くなりたかったんだ!?)
その瞬間、シンの瞳に力が戻った。
「此処で終わりになんてなってたまるかぁーーーーーーーーーーーーーっ!!」
『!?』
シンの気迫に『アスタロト』がひるむ間に、シンは直ぐに指令を出した。
「ルナ!俺の炎にお前の『風』で勢いを付けてくれ!レイ!回りに被害が及ばないよう、最大限で結界を頼む!」
シンの言葉にルナマリアとレイが弾かれたように立ち上がる。
「わかった。」
「わかったわ、シン。タイミングを教えて!」
2人が頷くと、シンはレイの結界が張られた瞬間動いた。
「今だ!シン!」
「いくぞルナ!『エレクトリカル・ファイガァァーーーーーーーーっ!!』」
「『エレクトリカル・トルネガ!!』」
『!先程より、威力が増した!?け、結界を―――』
だが、『アスタロト』が結界を作るも、風で威力を増した炎が刃となって簡単に結界を破り、『アスタロト』の身体を捕らえた。
『こ、この力!?わ、私がこんな力ごときで―――ギャァァァーーー・・・・・・』
僅かな悲鳴だけをこの世に残し、『アスタロト』は塵となって消えた。
「・・・勝った・・・」
「・・・勝ったの?・・・私たち・・・」
「あぁ・・・そのようだな・・・」
3人は互いの顔を見つめあい、確認しあうと、歓声と共に抱き合った。
「やった!やったよ!俺たち!」
「凄いっ!あの『Aクラス』・・・しかも『魔王』でも高位の『あすたろと』を倒すなんて!!」
「・・・やったな・・・シン・・・ルナ・・・。」
「…懐かしいですね。僕達も初めて『Dark』を倒したとき、皆で喜びましたね。」
3人の姿を目を細めて見守りながら、懐かしげにニコルが話す。
「ふん!俺は『Aクラス』ごときで、あんなにはしゃいだりしなかったぞ。」
そういうイザークだが、その目は何処となく後輩の成長を喜んでいるようだった。
「ほぉ〜。こいつは手厳しい教官ぶりだな。でもお前があんなに熱く後輩を指導するなんてね。」
『バスター』の頭を撫でながら、ディアッカがからかうように言う。
「何処がだ!俺は只やつらの甘さに愚痴を言っただけだ。」
「はいはい。『愚痴』ね・・・。そんじゃ、その『愚痴』とやらの続きをしてはいかがですかね、『教官殿』♪」
ディアッカの茶化すような声にイザークは歩み出て叫んだ。
「おい、お前ら!まだ『Dark』はあちこちに溢れているんだ!『アスタロト』一匹倒したぐらいで喜ぶな!喜ぶのは『アプリリウス』を救ってからにしろ!」
イザークの怒鳴り声に、一瞬顔を見合わせた3人は、慌てて整列し、イザークとディアッカに向かって敬礼する。
「はい!これから『アプリリウス』の『Dark』掃討の任務に戻ります!」
「判ったならいくぞ、お前ら!」
「「「はい!」」」
どこか誇らしい表情に成長したシン・ルナマリア・レイは、笑顔でイザークとディアッカの後に続いた。
* * *
「・・・どうやら、始まったようだね・・・。」
下界とは頑強に断ち切られた、教会の『神聖の間』にまで響く地鳴り。
その音と気配を感じ取り、『神官:デュランダル』は満足そうに微笑んだ。
「一体何故このようなことを・・・」
優しげな顔立ちに不似合いの怒りの表情をあらわにしながら、『巫女:ラクス』がデュランダルに問う。
「何故?・・・そうですね・・・言ってしまえば「我が先祖の願いを引き継ぐ」といったところでしょうか・・・。」
「『先祖』の・・・『願い』・・・?一体何を言ってるの!ギルバート!」
厳しい視線を向けながら、タリアもラクスを背後に庇いつつ、声を荒げる。
「『先祖』・・・『願い』・・・。・・・!まさか!デュランダル様!」
「そうか。流石に気がついたようだね。アスラン。」
アスランの洞察力を感嘆しながら、デュランダルは言葉を紡いだ。
「そう・・・あれは今から150年ほど昔だっただろうか。一人の男がこの世界から裏切られたことから始まった・・・。」
そう、「その男」は『エクソシスト』の中でも、他に類を見ないほどの強い能力の持ち主だった。
当然『Z.A.F.T.』でもその対魔能力は評価され・・・最後には『神官』・・・いや、それ以上の地位があっても当然の力を持っていた。
だから「その男」は巫女にその地位を明け渡し、自分が『Z.A.F.T.』を納めることを提案した。
そうすれば、『巫女』は死ぬまで『Z.A.F.T.』に閉じ込められる必要はない。自由な生活がまっている。
だから、男は『Z.A.F.T.』にとっても、巫女にとっても、自分にとっても「一番良い方法」だと思って、巫女に告げた。
だが・・・巫女はこの素晴らしい提案を受け入れるどころか、男を「危険人物」とみなし、この『Z.A.F.T.』から追放した。
「違います!」
アスランに支えられたままのラクスが声を上げる。
「彼の『願い』はそのような綺麗なものではありませんでした!『願い』などではなく、この世界を支配する『野望』・・・。そうです。全てはこの世界を自分の欲望のままに操ることしか考えていない愚かな者でした!」
アスランがふと見れば、自分の聖衣を掴むラクスの手が震えている。
(これは・・・怒り・・・?)
あの何処までも穏やかで、優しいラクス様が、此処まで怒りを露にするなんて・・・
「だからわたくし・・・いえ、巫女が神官に命じたのです。最大の対魔能力を引き継ぐ、由緒正しい『神官』のフラガ家にて、彼を拘束・監禁し、その動向を抑えるように、と。」
「そうか…だからフラガ先輩は…!」
当時、危険人物とみなされたその男を、フラガ家が監禁し、幽閉した。
裏切り者や危険思想者など、教団にとって不利な情報は、一般の信者やエクソシストレベルには知られないように、あの地下の書庫に秘密裏に封印された。
だから『Z.A.F.T.』の中でも秘密事項とされるこの男の監禁は、神官以上しか与り知らないところとなった。
そう考えれば、その男がフラガ家で目撃されてしまえば、「フラガ家の人間」と思われても不思議はない。
フラガ先輩が「自分の血筋への贖罪」と思っていた、あの壁画の人物…それは本当はデュランダル神官の血縁者であり、あの「サバトの悲劇」を巻き起こした人物…つまり…
「『ラウル』…『クルーゼ』。」
アスランの一言に、デュランダルが目を細める。
「ほう…タリアに捉えられるまでのあの短時間で、そこまで封印された秘密を読みきったとは。流石だね、アスラン。その通り、彼こそ私の祖先であり、最高のエクソシストなのだよ。」
「でも、あなたほどの方ならご存知のはず!『サバト』を行うということは、この世界を破滅させる、教団内でも最大の禁忌であることを!だとしたら、『ラウ・ル・クルーゼ』が貴方が先ほどお話したような善人であったとしたら、何故『サバト』を行ったのですか!? それが何より教団に…いえ、この世界に住まう全ての命に対する冒涜だということが、何よりの悪鬼たる証拠ではないのですか!?私の尊敬するデュランダル神官様が、そんな愚かな方とは、信じたくありません!」
必死に訴え続ける翡翠の瞳…
その眼に答えるように、デュランダルは悲しみの視線を向けた。
「愚か…そうかもしれない…でも、アスラン。君とてその『愚か』に疑問を持ったのではないか?」
「!?…何を…言って…」
デュランダルが返した、静かなる、それでいて尚何かに梱るような質問に、アスランは必死にその答えを探す。
と、黒い成熟した瞳が、若い瞳を射抜くように見据える。
「君だって『愚か』だと思ったのではないか?あの少女―――『Dark』である『カガリ』という少女を君は愛したのではないか? 『Dark』と『人間』…決して結ばれないと知りながら、何故それでも彼女を思い続けられたのだ!?」
「―――!」
確かにデュランダルの言うとおりだ。
アスランは今こそ『カガリ』こそ『300年以上前のメシア』、つまり『元・人間』ということを知っているが、初めて会った時には確かに『Dark』と思い、そしてそれを知りながら、彼女に思いを寄せた。
…自分に歯止めが掛からなくなるほど、狂おしい想いを…
「私も同じだよ。アスラン。」
「貴方と…同じ…?」
あの冷徹なる神官から、どこか普通の人間としての顔が現れる。
「何故、『神官』は『巫女』と同様、この教団奥深くに閉じ込められねばならない!? 人間らしく一人の人間を愛してはいけないのか!?…そうは思わないかね…。」
<カラーン…>
何か金属の落ちる音が床に響き渡る。
アスランとラクスが音のほうへ視線をたどると、そこには杓丈を取り落とした一人の女性が、俯き、苦しみの表情で涙を堪えている。
「…私は言ったはずよ…ギルバート…」
打ち震えているのは―――『神官:タリア・グラディス』
「…この『お役目』の依頼が私の元に届いた時、貴方はそれを知りながら、私に愛を捧げてくれた…。でも私たち、決めたはずよね。「この役目は、ほんの一握りの『選ばれた、力のある者』にしか勤まらない」…言い換えれば、「それを拒めば、この世界を壊してしまうのを、見殺しにするのと同じ」…。そこまで身勝手な愛を貫いて、世界が滅んでは、私たちの命とてその滅びに巻き込まれる。愛する人が居なくなった世界は例え生き残ったとしても、どれだけ辛いか!だったら愛する人には生きていて欲しい、と!」
呟くように吐き出すタリアが,キッと悲しみを堪えて、デュランダルを見返す。
「だから決めたんでしょ!?私たち、お互い滅ぶくらいなら、生きる道を選ぼう、そしてその中で出来る幸せを探していこう、って!なのに何故、貴方は―――貴方は……」
「…タリアさん…」
顔を両手で覆い、泣き崩れるタリアに、ラクスがそっとその身体を抱きとめる。
「…ごめんなさい、タリアさん。あなた方の幸せを犠牲にしてしまって…」
振るえ嗚咽するタリアの背中をそっと撫ぜるラクスの目にも、光るものがあった。
(身を挺して、この世界の石杖となろうとしたカガリ…そしてまた、同じように自分の未来を犠牲にして、世界に身を捧げたラクス様、タリア様…デュランダル様…)
いつの間にか握っていた拳を見ると、血が滲んでいる。
アスランはやりようのない怒りに、打ち震えていた。
(これが…この世界のあり方…犠牲の上にしか成り立たない世界…それが本当に正しいあり方なのか!?)
「っ!! お待ちなさい!デュランダル!」
ラクスの叫び声にハッと我に返り、アスランが振り向くと、デュランダルがいつの間にか、ラクスの台座の裏手に回っていた。
「だから私が今度はこの世界のあり方を正す。その為に私は今までこの水晶球に溜め続けた魔力を開放し、『サバト』を行う。その溢れんばかりの魂で『キラ』を目覚めさせ、私の身体に『キラ』を降臨させる。そして私がこの世界を『キラ』の力で作り変えて行く!―――いでよ!我が僕となるもの!」
デュランダルが魔方陣を描くと―――
<ゴゴゴゴゴ……>
「きゃぁ!」
「ラクス様っ!」
激しい振動に倒れ掛かったラクスをタリアがかばう。
「一体何!?このとてつもない力は!?」
マリューが気配を探ると、デュランダルの直ぐ傍で空間がグニャリと歪む。
「!これは…メンデルで見たときと同じ…」
アスランが言うや否や、歪んだ空間が大きく開き、そこから大きな獅子ともつかぬ『Dark』が姿を現す。
「あれは…『第1級魔王:マスターテリオン』!」
『…ふぅ…随分と大きな力に誘われてみれば…。おい人間。この私を呼び出すとは。一体何のマネだ?』
「いや、まさか『マスターテリオン』ともあろうものが、自らおいでくださるとはね。ありがたい。私はいま少し用があるので、それが片付くまで、彼らのお相手をしていてくれたまえ。後でとても良いものをお見せしよう。」
『ふん…まぁいいだろう…久しぶりに楽しめそうだ。』
「くれぐれも、殺さない程度でお願いするよ。」
そういいながら、『マスターテリオン』の身体をポンポンと叩き、デュランダルはラクスの台座の裏の壁に手を当てる。
「いけません!そこを開けては―――!」
ラクスの悲鳴にも似た声を背後に聞き、デュランダルはほくそ笑む。
「『我、此処に封印せし召し物、今、その戒めを解き放たん!』」
デュランダルが呪文を唱え、その手を壁に触れる。
と―――
<パキン!パキ、パキパキ…>
幾重にも張り巡らされた魔方陣がデュランダルの手の中で割れ飛んでいく。
すると
<ギ…ギィ…ギギギギ…>
軋むような音と共に、壁の一角が移動し、そこに奥へと続く階段が現れる。
「お待ちなさい!デュランダル!」
後を追おうとするラクス、だがその目の前に
<ズシン!>
大きな獣の前足が、ラクスの行く先を塞ぐ。
『一応、餌の礼はしなければならないからな…。』
「くっ!」
『マスターテリオン』の妨害に、ラクスはとっさにアスランに呼びかける。
「アスラン!貴方が行って、デュランダルを止めてください!ここはわたくしが食い止めます!」
「!それは―――」
「ラクス様!」
「いけません、ラクス様!貴女こそお早くお逃げ下さい!此処は我々が―――」
「アスラン!お願いします!」
慌てていさめるタリアとマリューの静止も止めず、ラクスは躊躇うアスランを促す。
「貴方でなければできないのです!お願いです、止めてください!デュランダルを!キラを!」
「……!判りました!此処はお願いいたします!」
タリアとマリュー、そしてラクスが力強く頷く。
それを見届けたアスランは、一度大きく頷き返すと、デュランダルの消えた階段へと走り出した。
…to be Continued.
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>なんだかすっかりシンのお話が中心に…
実はこのシンのエピソードは、このSSのプロット作ったときから、書きたい話の一つにありました。
私は基本的にSEEDではアスカガ好きですが、他のキャラも好きなので、自分のSSに登場させたキャラにはバックグランドやエピソードを付けたくなってしまうのです。
…それにしても長すぎました^^;
デュランダル&タリアさんの話も当初からあって、二人の話も盛り込もうと思ったのですが、オリジナルでも出てきたエピソードなので、容易に想像がつきやすいかと思い、あえて此処は外しました。
(これ以上やったら、只でさえ長い話が更に長くなってしまうので^^;)
さぁ、いよいよお話も佳境に入ってきました!アスラン、今度こそ活躍しろよ!(←と書いている人に言ってみる)