Dark & Light 〜11th.Chapter〜

 

 

 

オノゴロの町は、以前来た時と同様、ひっそりと静かな町だった。

以前、ガルナハンの街で知り合った、エミリーが教えてくれた『聖クサナギ教会』

ここでカガリはあのレリーフを見て、ポツリと無意識に言ったのだ。

 

―――「・・・『ヘリオポリス』・・・」

 

ニコルが仕入れてくれた貴重な情報。その中に自分たちさえ知らない、教団が極秘裏に持っているといわれる『ポリス』という街か何かの名前。

もし、もう一度あのレリーフを見れば、カガリにつながる何かが出てくるかもしれない。

 

無論、それだけではない。

カガリはどうやって人間界に来たのか、その経緯はわからないが、おそらくキラに眠らされる前は、人間界でもかなりの田舎にいたのではないかと思う。

『電話』・『写真』・・・

こうした今ではありふれているはずのものさえ、彼女は全く知らず、寧ろ怖がりさえしていたのだ。

 

(・・・もしかしたら、ガルナハンにカガリが立ち寄った可能性もあるのでは・・・)

 

一人でも知り合いがいるところならば、カガリも尋ねやすいだろう。

ましてカガリは自分がDarkであることを知っている。

人間の住むところを避けて通っている可能性もあるが、カガリの魔力はあの「アミュレット」が抑えている事で、人間に対し害は殆ど与えていない事は自覚してきているはずだ。

カガリを受け入れたガルナハンの街なら、きっと困ったときに尋ねやすいのでは。

 

 

そんな思いを抱きながら、アスランは町のほぼ中心にある『聖クサナギ教会』に向かって足を進めていた。

 

そ、そのとき

 

「?随分賑やかだな・・・」

気が付けば、普段殆ど人気のないはずの教会の方から、ワイワイと明るい人々の声が聞こえてくる。

やがて大きく開かれたドアの向こうから、見覚えのある姿を見つけ、アスランは思わず走り出し、声をかけた。

「エミリアさん! エミリー!!」

朗らかな笑顔で談笑していた婦人たちの輪から、人のよさそうな女性がアスランの声に気づき、目を見張りながら手を振ってきた。

「おや!あの時の神父さん。えぇ・・・と確か―――」

「アスランです。アスラン・ザラ」

「そうそう!アスランだったわね。どうしてここへ?また悪魔でも出たのかい?」

「いいえ・・・ちょっと確認したい事ができまして。・・・でもエミリーさんこそ何故ここに?」

翡翠の瞳を見開きながら尋ねるアスランに、エミリーは一瞬瞬きをした。

(・・・アスラン・・・あの時とは随分雰囲気が変わったわね。寧ろそんな瞳をしていたのは、もう一人の女の子の方だったわ・・・)

「?エミリーさん?」

アスランの覗き込むような瞳に、エミリーは慌てて笑顔を取り戻していった。

「あ、あぁごめんよ。ぼぉっとしちゃって・・・。そう、今日は月に一度の『礼拝の日』だったんだよ。」

「あぁ・・・」

 

ガルナハンの街は大きいが、以前あった『Z.A.F.T.』への不信からか街に教会がない。

そこでガルナハンの隣町である小さなオノゴロの町にある『聖クサナギ教会』へ月に一回礼拝に行く―――というのを以前ティアマットから街を救った際、エミリーから聞いたことがあった。

 

「それにしても・・・信者の皆さん、こんなにいらっしゃったんですね。『Z.A.F.T.』への不信感から、あまりいらっしゃらないと思っていたのですが・・・。」

「それなんだけどね。」

エミリーは一呼吸置くと、優しげな瞳でアスランを見返した。

「あんたたちのおかげなんだよ。」

「え?」

言われている意味がわからず、一瞬不思議そうに目を見開いたアスランに、エミリー、そして久しぶりにみた写真屋の主人や街の人たちが、いつの間にかアスランを取り囲んでいた。

「あんた達があの『悪魔』を追い払ってくれたからね。街の人一人の犠牲も出さずに。あの時アンタと、それにあの金髪の可愛い女の子が一生懸命説得してくれなかったら、今頃この命はなかったかもしれないさ。」

「そう。だからワシらは改めて、『Z.A.F.T.』が悪魔たちからこの世界を救ってくれる『メシアン』を見つけてくれると信じるようになってな。」

「それで、改めて入信・・・というより、認めようと思ったんだよ。」

写真屋の主人と、市場にいた女性がアスランにいって聞かせた。

「それにな・・・今日ガルナハンの街の者が多いのは、それだけじゃないのだよ。」

「それは・・・どういう・・・。」

アスランの言葉が終わらないうちに、エミリーが言った。

「あの『石版のレリーフ』だよ。」

エミリーはそっと続けた。

「あの石版は『Z.A.F.T.』のエクソシストが『メンデル』で悪魔を呼び出して壊滅させた―――って言い伝えられていたんだけれど、あんた達があの恐ろしい悪魔から、身を呈して護ってくれただろう?今までは『反攻意識』が強くて、隠し持ちながら「こんな恐ろしい事をしたのは『Z.A.F.T.』だ」と教団を否定していたけれど、あんた達を見てもう一度信じてみよう、って気になってね。街の皆で相談して決めたのさ。「あのレリーフはもういらないから外してくれ」って。」

 

アスランの心の中が熱くなる。

 

―――「皆聞いてくれ!アスランは私を・・・私のいた街を悪魔から救ってくれたんだ!」

 

あのカガリの心からの叫びがなかったら・・・今頃、エミリー達は・・・

そして『ZAFT.』のへの信用と存在意義をも救ってくれたのは・・・

 

 

(やっぱり・・・『君の力』のおかげだったんだな・・・カガリ)

 

 

 

「そういや、あの子・・・カガリちゃんだっけ?どうしたんだい?今日は一緒じゃないのかい?」

アスランの心にサクリと矢が刺さったような衝撃に、身体までがビクンと揺れる。

不思議そうなエミリー達の表情に、アスランは声を振り絞った。

「彼女は・・・突然いなくなったんです。ですからこの『聖クサナギ教会』でカガリがレリーフを見ていたのを思い出して、ここに来ているんじゃないかと・・・。そうだ!皆さん、ガルナハンでカガリを見かけませんでしたか!?」

懇願するようなアスランの態度に、あの時のアスランを知るものは一瞬その様変わりにあっけに取られた。

あの恐ろしく強く、冷静で心の中さえ伺えなかったエクソシストが、一人の少女の失踪で、こんなにも感情的になっているなんて・・・。

「残念だけど・・・あの子のことは皆知っているが、見たことはないね。」

「何かあったのかい?喧嘩でもしたとか?」

顔を見合わせ答える人々。

だが、二人の様子を知っていたエミリーは、そっと答えた。

「そうかい・・・さぞ辛かっただろうね・・・。」

母親の様ないたわりの声。

今のアスランには胸を突かれ、瞳の奥に熱を帯びて、みるみる涙が溢れそうになるのを必死に堪えていた。

「そうだ。良かったら『聖クサナギ教会』に今神父さんが来ているから、聞いてごらんよ。もしかしたらここに来る途中見かけたかもしれないし。」

 

ここの教会の神父は普段は不在、そして一ヶ月に一度だけ立ち寄り、ミサをしてくれる、ということを以前にアスランは聞いていた。

 

「そうですね。神父が神父に懺悔を聞いてもらうのも滑稽な話ですが。」

苦笑しながらうなだれるアスランに、写真屋の主人はそっとアスランの方を叩いた。

「なに、神父様とて一人の人間じゃ。完璧なものなど、この世にはなかろうて。」

温かな人の輪の中で、アスランは10年ぶりに味わった、人の温もりに涙した。

 

 

 

 

 

 

 

礼拝が終わり、人々の立ち去った後の教会に入ると、大きな室内は、あの時かび臭かったような湿り気もなく、まだ人の熱気が篭っているままだった。

その奥の祭壇の上では、一人の背の高く、修道服の上から見てもガッチリとした体格の神父が一人、あのレリーの下に脚立をおいてレリーフの掃除をしていた。

「すいません。」

アスランが一声かけると、神父はアスランに背を向けたまま、忙しそうに答えた。

「あ〜、もう今日は話し終わっちゃったから。可愛いお嬢さんの話だったら幾らでも聞いちゃうんだけどね〜v」

神父というにはあまりにもかけ離れた緊張感のない声に、アスランは拍子抜けしそうになった。これでは懺悔を聴いてもらったとしても、「なに、大丈夫だって!ガンバガンバ!」と一声で終わらせられそうな気がした。

呆れたアスランがため息をつき、踵を返そうとしたそのとき

 

(!?この声・・・どこかで・・・)

 

声のトーン、そしてこの飄々としたしゃべり方に、アスランは記憶を手繰り寄せる。

(!まさか!)

アスランはもう一度振り返ると、思わず大きな声を上げた。

「もしかして、フラガ先輩!?」

脚立の上の男は「あん?」と一声いうと、アスランに向き直り、水色の瞳を見開いた。

「って、アスランじゃないか!」

 

 

―――――『ムゥ・ラ・フラガ』

 

     アスラン達と同じく『Z.A.F.T.』が誇る、精鋭のエクソシスト。

     アスランたちに比べ年長である為、共に仕事をしたということは殆どないが、それでも一度アカデミー時代に幾つか彼の講義を受けたことがある。

     

     フラガ家は代々強い退魔能力を持ち、ムゥも当然その一人である。

     しかもまだ10代の時に、相棒の霊鳥『フェニックス』と共に、街に現れたAクラスのDarkを一人で倒し、その功績から街の名前を取って『エンディミオンの鷹』
     の二つ名を持っている。

 

     ただ困ったこと(?)に、ムゥは自分の教会を持たず、あちらこちらを放浪しては、出会ったDarkを退魔する、ということを繰り返している為、教団本部でも一体
     彼が今どこで何をしているのかわからず、ヤキモキしている状態が続いているのだ。

     教団のある者は「フラガ神父に出会うのは、SクラスのDarkやLightに出会うよりも難しい」と嘆かれてさえいる。

 

 

 

「何でお前さん、こんなところに―――」

「フラガ先輩こそなんでここに。いつも連絡をよこさないから、デュランダル神官様が嘆いていますよ。」

眉間にしわまで寄せて先輩を説教するアスランに、フラガは「わりぃわりぃ!」と反省の色のない声をアスランに向けた。

「で、改めて聞きますが、いつも不在のフラガ先輩が、何でこの教会にいるんですか?」

アスランがまるで風紀委員のように無表情にムゥを詰問すると、ムゥはあっけらかんと答えた。

「『何で』って。俺はいつもこの教会に一月いっぺん来て、ミサやってんだ。これでもちゃーんと神父の仕事だってしてるんだぜ。」

叱られて言い訳する子供のような表情で、憮然とムゥは答える。

だが、放蕩癖のあるムゥが、何故一ヶ月に必ず一回、ここを訪れているのだろうか?

「でも、なんでまたこの教会に・・・」

疑問を抱くアスラン。ムゥは正直に答えずあやふやな理由でアスランの質問をかわそうと考えた。

だが、アスランの明晰さはムゥもよく知っている。

彼に嘘を言えば、必ず見抜くだけの洞察力で、逆にやり込められるだろう。

 

「そうだな・・・。」

脚立から「よっこらせ、っと」と降り、祭壇の階段に腰掛けると、ムゥはゆっくり壁を指差した。

「しいていえば『あれ』の為・・・かな?」

ムゥの指先はあの『ロンギヌスの悲劇』のレリーフを指差していた。

「あれって・・・『ロンギヌスの悲劇』・・・ですか?」

 

 

そういえば、エミリーが言っていた。

 

―――(今来てくれる神父さんはこだわらない人でね。レリーフかけっぱなしにしていても何にも言わないんだ)

 

 

『Z.A.F.T.』を批判するレリーフと知って、いつも教団から隠し続けていたにも拘らず、今来てくれる神父になってから片付けない・・・その『神父』というのは―――

 

 

アスランが一瞬驚き瞬きをすると、そんなアスランの表情を見て取って、ムゥはゆっくりと話し出した。

「あれはな・・・いってみれば『俺の懺悔』ってとこなんだ。」

「フラガ先輩の・・・『懺悔』?」

ムゥはゆっくり頷くと、あのいつもの茶目っ気な表情を押さえ、穏やかに、静かに語り始めた。

「俺の家は代々魔力が強いってことで、いやおうなく子供のときからアカデミーに入れられて、エクソシストになるってのが当たり前だったんだ。でもな、子供の時にやたらと知らない大人が影でコソコソ言っているのを聞いたことがあるんだ。それというのも「あのフラガ家の先祖が、神の力に欲を出し、それを手に入れるために、ある町の人間全てを生贄にして呼び出した悪魔と神を戦わせて、弱った神の力を自分のものにし、その力でもって人間界を自分のものにしようとした」・・・ってね。」

 

 

アスランは思わずハッとする。

 

 

 

一つの街があるとき一瞬にして滅んだ。

その原因は・・・未だ持って不明

 

 

その都市の名は・・・『メンデル』―――!

 

 

「だからこれは俺たち『フラガ家』の戒めであり懺悔なんだよ。」

さびしげな瞳で微笑を浮かべるムゥ。

(でも・・・でもそんなことをしたという証拠は!?)

アスランはムゥの心情を察し、懸命に言葉をかける。

「しかし、だからといってそれは噂というだけで、証拠はないんでしょう? だったらそんなにご自身を攻めるなんてことはしなくても―――」

「そう。俺も最初そう思って、真実を確かめようとした。」

アスランの言葉をさえぎり、ムゥは幾分か厳しい表情で答えた。

「どんなに調べても、教団の書庫を全て探しても、全くその事実は記載されていなかった。それはそうだろう。これが事実ならフラガ家だけでなく『Z.A.F.T.』の信用問題に関わるからな。だが俺は親父が他の神官を家に招いていた時、聞き耳を立てて聞いたことがあるんだ。「教団の内部には、『上層部にしか知らない秘密の書庫』があって、そこに『Z.A,F.T.』の裏歴史や禁断の魔法が記されている」ってな。

そこで俺は一度、その『秘密の書庫』とやらに潜入した。このレリーフの意味するところが、本当にフラガ家の罪なのか、ということをね。」

「・・・それで、本当のことが?」

厳しい表情になるアスラン。だが

「いんや、書庫の場所まではわかったんだけどね〜。調べているうちに眠りの魔法掛けといた門番してるゴーレムが起きちゃってさ、思いっきりバレちまったわ!」

「アハハ」と空笑するムゥ。だがアスランはここでもまたニコルに聞いたのと同じ情報―――『教団の上層部しか知らない秘密の書庫』に興味をそそがれた。

「それで、お叱りはなかったんですか?厳罰は?」

アスランの真剣な眼差しに、やや意表を突かれながらも、ムゥは真剣な表情と口調を取り戻し、アスランの耳に囁くように言った。

「・・・ここだけの話だぞ。とてつもなく恐ろしい厳罰が待っていた・・・それは・・・」

アスランの頬に伝う冷や汗・・・

そしてムゥは言った。

「『マリューさんの愛情いっぱい☆尻100叩き』!!いや〜アレは痛かったね〜」

頭をかきながら「ハハハハ」と高笑いするムゥに、アスランは張り詰めていた神経がドッと疲れを感じた。

 

「で、今度はこっちは質問する番だ。」

ムゥは笑いを止めるとアスランに向き直った。

「で、改めて聞くが、何でお前さんがこんな辺境の町にいるんだよ。確かディオキアのでっかい教会にいたんじゃなかったんだっけ?」

「えぇ。ただ俺もちょっとした事情があって、あのレリーフをもう一度見に来たんです。」

 

アスランはポツリポツリと話し出した。

 

カガリとの出会い。

キラという人物を探して旅に出たこと。

カガリの中に、もう一人、強力な魔力を持つDarkがいる事。

カガリがこのレリーフを見て呟いた『ヘリオポリス』という場所を探していた事。

 

そして・・・彼女がいなくなってしまった事。

 

 

「ふ〜〜〜ん・・・そりゃきつい目にあったな。やっぱ好きな女に逃げられると、男の沽券に関わるからな〜」

「・・・いえ・・・問題はそこだけではなくって・・・」

「でも、結局はお前さんが見つけたいんだろ。その彼女の事。」

「・・・」

言い出せないアスランに、ムゥはそっと語りかけた。

「さっきガルナハンの街の人が「あのレリーフはもう要らない」って言ってきたんで、俺はビックリしたよ。何せ彼らは今の今まで俺たち教団のことを敵視していたからこそ、アレを隠しながらも大事にとっておいていたんだから。でも何故今になって、って話を聞いたらなんでも「『Z.A.F.T.』のエクソシストと連れの女の子にこの街を救ってもらったから、教団を信用する。今後の信頼のために片付けてくれ」ってね。そうか・・・お前さんたちだったのか。」

「・・・俺じゃありません。カガリが説得してくれたからです。俺だけじゃ彼らを救えなかった・・・」

ムゥの隣で俯きながら呟くアスラン。確かに懺悔を聞いてもらっているようだ、と心の中で思わずにはいられなかった。

「そんなに大事なんだったら、やっぱり見つけなきゃいかんだろ。」

「?フラガ先輩?」

スクっと立ち上がったムゥは胸をドンと人叩きすると、アスランに向かっていった。

「よし!ここは恋の先輩として、お前を男にしてやる助言を授けようじゃないか!」

「はぁ?」

なんだか話がずれているような気がするが、アスランも立ち上がると、ムゥの後についていった。

ムゥとアスランが立ち止まり、見上げたレリーフは、カガリが『ヘリオポリス』と呟いたもの。

「そのお嬢ちゃんは、これを見てそんなことをつぶやいたのか?」

「はい。俺も気になったのが、あの女の人なんです。」

アスランの指先には、鎖でつながれた長い髪の女の後姿。

「あの後姿が、なんだかカガリ・・・いえ、もう一人の彼女『ルーシエ』の後姿に似ていて。それに、カガリがもっていた『アミュレット』が、あの『ロンギヌスの厄災』で仮面の男がつけている『アミュレット』と同じなんです。」

「ふ〜〜ん・・・」

顎に指を当てながら、ムゥは少し考えると、アスランに向き直った。

「アスラン、お前・・・」

厳しい口調のムゥ。それに呼応してアスランの表情も厳しくなる。

「彼女をどうしても見つけたいか?」

「はい。」

「自分にたとえ何があっても、彼女を見つけ出したいか?」

「はい。」

「そこまで彼女を愛しているんだな?」

「はい!」

「よっしゃ、わかった!」

「は?」

キョトンとしているアスランをよそに、ムゥが自信満々に祭壇の下からなにやらごそごそと取り出すと、一つの図面をアスランに差し出した。

「・・・これは・・・」

「『教団本部』・・・つまり『アプリリウス教会』の図面だ。いいか、よく覚えて置けよ。ここがロビーでここから『巫女』のいる『神聖の間』に通じる長い廊下だ。」

ここは嘗てアスランも通った道だ。アスランが頷くと、ムゥは更に図面を指で追っていく。

「この廊下の入り口の真下。ここに『秘密の書庫』への道が隠されている。それはこのロビーにおいてある『マントルピース』の後ろが隠し扉になっていて、そこから入り込めるようになっている。一件見たわけじゃわからんが、『封印解除の呪文』を唱えれば、自然と壁に入り口ができる。そこから先だが、廊下の真下にきたら水路が流れているが、左側の通路、始まって3番目のガス灯がレバー代わりになっている。そこを引け。後は道なりに進むだけだが、入り口には門番のゴーレムが2体とガーゴイルが2体いる。そいつらに見つかると速攻とっつかまって、ことによっちゃ重罪になるからな。・・・それでも行くな?」

ムゥが悪戯を帯びた瞳でアスランを見上げる。

だがアスランの瞳には、迷いがなかった。

 

 

真っ直ぐな翡翠の瞳

 

それは以前より冷たいものではなく・・・熱い心を秘めた瞳

 

 

「じゃぁ、いって来い。上手くもぐりこんで嬢ちゃんを見つける手段を自分の手でもぎ取って来い!」

「ありがとうございました!フラガ先輩!」

 

丁寧に優雅に行う挨拶は変わっていない。

だが今まで見たことのないポーカーフェイスの青年の熱い心を感じ取り、ムゥは大きく手を振ってアスランの後姿を見送った。

 

 

 

 

 

 

「いいねぇ・・・若いっていうのは。『恋で成長できる』ってな。」

自分で言っておきながら、苦笑するムゥ。

手に握られた図面を懐かしげに見つめた。

 

 

―――「もうやめて、ムゥ・・・あなたのせいじゃないでしょ? 過去を知ってどうするの? もうこれ以上、あなたの苦しむ姿を見るのが辛いの・・・」

 

 

そういって優雅な栗色の髪が垂れ、慈悲深い大地と同じ色の瞳から、真珠の様な涙がポロポロと零れ落ちていった。

 

 

そのとき思った。

彼女は自分以上に苦しんでいた。

本当にあったかどうかもわからない、己の血筋への断罪。

それを少しでも軽くしようと、懸命に心を砕いてくれていたにも拘らず、真実を暴こうとし続けた自分を止められなかった彼女が自身を責めて溢れた涙。

それを・・・拭ってやれなかった自分。

 

 

(アスラン・・・好きな女の涙は、100叩きなんてかなわないほど痛いもんだぜ。だから、しっかり捕まえて来いよ・・・その未来に続くものが悲劇か幸福かわからんが・・・後悔だけはするなよ。)

 

 

 

 

何時しか星の輝きだした夜空を見上げると、ムゥは若き後輩の未来を願って、大きく深呼吸した。

 

 

 

・・・to be Continued.

 

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>さぁ、話もいよいよ佳境に入ってきましたが、ここで初登場!『ムゥ神父』参上です!(笑)

 実は最初、登場する予定はなかったのですが(なので『SET UP』に設定は無かった)、やはり悩めるアスランを救うとしたら、一番はカガリたん。2番は本編ならキラとか
 ラクスなんでしょうが、2番目の2人は今はアスランを助けるところにいないため、「じゃぁ、人生経験ある大人で、助言できそうな人」と考えて、登場していただきました。

 このムゥ神父をはじめ、ガルナハンの皆さんからの励ましを貰って、自らの意思で動き始めたアスラン。

 この先に待っているのは、苦難か果ては喜びか!?

 

 またまた先に続きます(いい加減長すぎ・・・^^;